目が覚めると、知らない天井が目に飛び込んできた。 ん…おかしいなぁ。昨日はちゃんと自宅に帰ったはずなんだが。 なんで、知らない内に自分のでもないベッドに寝てるのか、分かるものか。 それより、どこのお宅のお世話になってるんだろう…俺は、部屋の様子を見ようと首を右に向け… そしてギョっとした。すぐ傍に、西洋風の鎧と兜が立ててある! あわてて上半身を起こすと、今度は左手が何か金属質の物に触れた。サ、サーベルじゃないか! そうか…これは夢なのかな?じゃあまた寝ちまえば…って寝れねぇ! 驚きのあまり、ハッキリ目が覚めちまったし、胸は早鐘を打ってやがる。 新鮮な空気を吸えば、ちょっとは落ち着くか?そう思って、部屋の窓辺に行く。 ほう、厚い木の鎧窓か…。古臭くて良い趣味だなぁ。 しかし窓を開けた俺は、外を見て落ち着くどころか、さらに度肝を抜かれるのであった。  窓の外には、活気あふれる街の風景が広がっていた。だが、どう見ても日本の街じゃねぇ。 この窓と同じくらい古めかしい、ヨーロッパ風の街並み…。 それだけでも戸惑うのに、俺の混乱に拍車をかけたのは通りを歩く人々の服装だった。 ローブに杖を持った人、鎧に身を固め、マントをなびかせて歩く人…町と同じくらい、古風なんだ。 しかも、どこかファンタジックで現実味がないと来る。気のせいか美男、美女が多いな。  俺は、頭を抱えてベッドに座り込んだ。どう考えても、分からない事が多過ぎる。 何か、とんでもない事が起きたのかな?それよりも街の人の服装、どこかで見た事ないか…? ここまで考えてみて、俺はようやく納得のいく結論に到達した。 どうも、Roの世界に入り込んでしまったらしい。  というか、さっきから身がだいぶ軽いな。俺はお世辞にも、運動が足りてるとは思えないんだが…。 部屋の隅に、姿見があったのでそちらへ向かう。 鏡の中から俺を見返していたのは、見た事もない男だった。髪の形も色も、DOP様そっくり…そうか! こいつは俺の自キャラ、クルセイダーのクラウスに違いない。  そうであれば、俺はこれからクラウスとして振舞うしかないのか…。 俺のリアルはどうなるんだろう気になったが、深く考えるのは止めにした。 今じゃこっちが俺の現実だし、考え込んでも悲しくなるだけで、どうにかなるわけでもないからな。 それに、こっちはこっちで楽しそうだ。さて、これからどうするかな…とりあえず、服を着るか。  こいつが、また難儀だったんだ。厚手の布の服を身に付け、その上から鎖かたびらを羽織り、 悪戦苦闘して背中で留める。ここまではいい。だがこの鎧…着方が分からねぇ! 窓の外を見た時、目に入った看板から察するに、ここは宿屋だな。よし…。  数分後、宿の従業員はフロントで「鎧の着付けを手伝ってくれ。」と頼み込む、冒険者にしては 恥ずかしすぎる男を目にする事になるのだった。 それから、部屋で待っていると、メイドさんが客の願いを叶えに来てくれた。 笑うなよ、兵が見ている(見てねえよ!)。 で、鎧を着せるその手際の鮮やかな事と言ったら…さすがは冒険者の宿だな。 そんなに早いと、俺が覚えられないじゃないか。でも、こんな恥をかくのは二度と御免だ。 俺は、手順を頭に焼き付けた…次は一人でできるかな…いや、できろ。  俺は宿の人に厚くお礼を言うと、とりあえず狩りに出る事にした。 普段は夏の蚊くらいしか殺せない男だからな。クルセとしてやっていけるかどうか…てか、スキルの 使い方も分からないけどな! ひとまず、人目の多いプロ南を避けてプロ06に向かう。ここのモンスターなら…自分から襲っては 来ないし一刀両断にできる…はずだ。 我ながら、打算のおぞましさに背筋が寒くなり、下を向いて思いっきり首を振る。 まだ敵を殺してもいないんだぞ。再び前を向くと、そこにはのん気そうなルナティックの姿が。 俺は剣を構えた。  体が覚えていたのか、剣の振り方だけは様になっていたようで、事は一瞬のうちに終わった。 一瞬、叫び声を上げたかと思うと動かなくなるルナティック。気がつけば返り血が鎧の胸板を 染めていた。 たったそれだけの事だったが、俺はドッと疲れを覚えると剣を杖にしてヒザを突き、肩で息を していた…心を砕かれてしまったんだ。  俺は命を奪った。そんなこたぁ、こっちの世界に来る前でもしていた。 でも今度の相手には…何の恨みもなかったんだ。俺に会いさえしなければ、失われずに済んだ無害な 命。それが、ただの試し斬りなんかのために犠牲になったんだ。気がつけば、涙をこぼしている。 ダメだな、俺はこの世界でやっていけそうもないな…。 そう思うと、俺はそのまま、しばらく動けなかった。  我に返ったのは、一人のノービスが怪訝そうな顔で俺の顔を見つめていたからだ。 アコに成りにでも行くんだろう。曇りのない目で、おずおずと俺を見ている。 そうなんだよな。この世界の人は、たとえノンアクティブだろうとモンスターを狩る事に迷いはない。 実際ひどい目に会わされてるし、戦いの真っ只中に居る。俺の方がよっぽど可笑しいんだ。 俺は少し落ち着きを取り戻し、ノビに微笑みかけた。ああ、俺は大丈夫さ。 それで安心したのか、ノビは元気に森の奥へ消えていった。ありがとう。良いアコに成れるさ!  でもな、俺の迷いは消えたわけじゃなかった。だから、プロンテラ城内の詰め所に出仕する事に した。実際のクルセを目にすれば、何かが分かるかも知れない。不適格なら、追放してくれるかもな。  城へ入る前から、俺は自分の甘さを再び痛感させられていた。緊迫した面持ちで、ケガの手当ても 半端な伝令がペコに乗ったまま、次々に城門をくぐって行く。 看護士官の所には、次々にケガ人が運ばれて来ている。プリさんが傍にいるラッキーな人ばかりでは ない、という事かな。アコさん、プリさん、看護卒が病床を飛び回っていて、さながら戦場だ。 まだ行った事もないけど。クルセの詰め所に行く間も、真新しい羊皮紙の筒をひっつかんだ厳しい顔 の同業者と、何度もすれ違った。まだ羊皮紙の封印、乾いているかも怪しかったな。うん。 この国は戦いの最中にあるんだ…。  詰め所の控えの間には、一人の女性クルセイダーがいた。俺の前を歩いていた奴がその人に挨拶し、 奥の間に消えていく。ケイナ=バレンタインさん…貴女、大聖堂に居るはずじゃ? まぁ、そんなこたぁどうでも良いか。俺を見るや、明るい声が耳に飛び込んできた。 「クラウス!クラウスじゃないの!久しぶりねぇ。今度の狩りはどうだったの?」  最悪でした…という言葉を飲み込んで、俺は挨拶を返す。 「それが…あまりに長く外に居すぎたのか、ちょっと疲れてしまいました。」 そんな返事が返ってくるとは思わなかったのか、ケイナさんは怪訝な目で俺を見る。 「ふーん?いつもの貴方なら、疲れていても元気な振りをするのに、らしくないじゃない。 何かあったの?」 ほう、俺はそんな奴だったんですね…と言いそうになって、素直に心のモヤモヤを白状する。 「実は…自分はもう、迷いなく剣を振るう事ができなくなってしまったんです。かかって来もしない モンスターにまで、刃を打ち下ろす…それがおぞましく思えて来まして。」  ケイナさんは、いよいよキツネにつままれたような顔で俺の顔をじっと見たかと思うと、次の瞬間、 弾けたように笑い出した。  ええ、可笑しいでしょう?お気の済むまで笑ってやって下さい。自分でも分かっている事だ。 でも、だんだん腹が立ってきた。やっぱり、そんなに笑える事なんでしょうか? そんな気持ちが、少しずつ表情に出てきたのを見て取ったのか、ようやくケイナさんは笑うのを 止めた。 「アハハハハ…アハハ!ご…ごめんなさい、クラウス。まさか、貴方からそんな事を聞くとは 思わなくてね。」 頭上に「?」エモを出したかも知れない俺に、ケイナさんは言葉を継ぐ。 「貴方は今まで、眉毛一本も動かさずにモンスターの血煙をかぶって来たじゃないの。その勢い、 真っ直ぐな太刀筋、敵に向ける冷たい目…味方とはいえ、怖いほどだったわ。そんな貴方が、今に なってねぇ…。」  画面の中の俺は、そんな奴だったのか…と驚いていると、彼女は真顔になり、さらに続けた。目には 優しそうな光が宿っている。 「誤解しないでね?私は、貴方を見直してるのよ。クラウスにもそんな、人間らしいところがあった なんてね。でも、このままじゃいけないわね。」 「やはり、クルセとしては不適格なんでしょうか?除隊を申請した方がいいのかなぁ…。」 「このご時勢に、気の迷いくらいで除隊申請なんて通らないわよ?貴方、もうレベル98にもなる じゃない。そうなるまでに、草の茎一本にもお金を出してくれた、街の皆さんの気持ちを無駄に する気?私についていらっしゃい。」 ケイナさんが俺を誘った先は、プロンテラ城内の広い空き部屋だった。何でも、訓練場として 使われているらしい。彼女は私から距離を取ると…スラリと抜刀した。 「剣を抜きなさい、クラウス。貴方には自分が何者なのか、思い出してもらわなきゃね。」 な、何でそうなるんですか!俺はスキルどころか剣を扱えるかどうかも分からな…。 ガッキーン! うろたえる気持ちを口の外に送る前に、彼女の顔がすぐ目の前まで来ていた。 俺は彼女の剣を必死に受け止めている。いつ自分の剣を抜いたのか、覚えてもいねぇ。 ケイナさんをやっとの事で押し戻すと、今度は今まで自分の首があった所に突きが走る。 こんな重い鎧を着て、どうして身軽に動けるんだ…?ああ、そうだ。俺って極Agiだったっけ。 などと無駄な事を思い出すほど、俺は落ち着きを取り戻していた。まだまだ狼狽してるけどな。 「ケイナさん!待って下さい!なんで貴女と勝負しなくちゃいけないんです?しかもこれ、真剣じゃ ないですか。」 「後がないわよ、クラウス!貴方が迷いを断ち切れないままなら、ここで私の手にかかるしかない!」 ええい、もう壁際まで追い詰められたか!こんな所で果てたくなどない。そう思うと、俺の心に火が 灯った…ように感じられた。こうなりゃヤケだ。 「マグナァァァァムブレェェイク!」 一瞬、ケイナさんは後ろに弾き飛ばされる。キッと俺を見据えたまま、離れない目。さすがだ。隙は 突かせないつもりだな。でも、俺はイチかバチかの賭けに勝てたようだ。 出せなければ、やられるしかなかったMB。それを受けたおかげで、ケイナさんは体勢を崩した。 その瞬間に俺は捨て身になって剣を振り下ろし、追撃を重ねる。 動きなんて、体が覚えてるのを無理やり思い出させてるだけだ。不利な体勢のまま、畳み掛けるような 剣を受け続けたケイナさんは…ついにバランスを失って、床に倒れた。 カチャリ 彼女の喉もとに剣を突きつける、乾いた音。勝負はついた。 訓練場から詰め所に戻る途中、ケイナさんは上機嫌だった。 城内の張り詰めた空気がなければ、鼻歌でも歌いそうなほどに。ああ、分かった。分かったよ。 俺は、今まで画面越しにしか見てこなかったクラウスが、どんな奴かは知る由もない。 けどそんなこたぁ、どうでもいいんだ。 誰もが、俺の抱いたような葛藤を乗り越えて、今も明日のために戦い続けている。 迷っている暇なんて、ありはしないんだ。 クラウスの奴、どんな気持ちで表情を殺していたんだろうな…。もし俺と入れ替わりでリアルに 来ているんなら、あきれるほど平和な世の中を楽しんでもらいたいな。 後、体を鍛えておいてもらえると助かる。お互い、元通りになれるかなんて分からんが。 さて、マスタークルセイダー様によれば、次の軍務までには間があるそうだ。どうやら他にも、 こっちに来てる人はいるみたいだし、そこらを巡っていれば会えるかな? そんな事を考えながら、俺はプロンテラの南門にペコの首を向けた。