『今戻りましたー』  フィーナからのギルドチャットは、何とか気を持ち直したオレが姐さんの壁の下、数度のレベルア ップを果たした後に来た。  スキルは何とかニューマまでとヒール3、速度1まで取り終わった状態だったので迎えに行く事が できる。 『………、今、行くから待ってろ』 「…赤いな」 「……姐さん…」  自覚させられ、実際声を聞いて再び頭が熱くなっているところに、姐さんのツッコミが入る。オレ、 どこのお子様ですか?と自問したくなるこの心境を本当にどうにかしてください。 「レベルは足りたか?」 「あ、うん。大丈夫」 「そうか、では行って来い。お前のことだからジェムストーンは既に持っているのだろう?」  姐さんの言葉にオレは頷いて鞄から一つ、青ジェムを取り出した。 「…助かったよ、姐さん。おかげでフィーナに空港か、カプラ経由させなくて済みそうだ」 「うむ。  リディックよ、困った事があったらいつでも来い。  一人で抱え込むな。吐き出したい弱音も全部聞いてやる。  お前は一人じゃないのだからな」 「姐さん、それ、オレの立つ瀬ないじゃん」 「いらぬプライドなど捨ててしまえ。  男だからとか、女だからとかそんなものに捕われる必要なぞ全く無いのだ。  私達はこの世界ではただの駒の一つ。元の世界に戻ろうと思うその志のもと、私達は動いているの だ。全てが同等であり特別など存在しない。  そうでなくとも、お前は何かと抜けているところが多いからな」 「………」  姐さんの言葉に反論できないまま、オレは拗ねた子供のように視線をそらす。そのオレに姐さんは 可笑しそうに笑う。 「さあ、フィーナを待たすわけには行かないのだろう?」 「……う、うん…」  納得いかないままワープポータルの詠唱を開始する。……DEX初期値ってこんなに詠唱とろかっ たのか。  現われた光の柱は別にいつもと変わらない。その柱めがけてオレは足を踏み入れかけ、姐さんの方 を振り返った。 「姐さん、ありがとな」 「ああ」  姐さんは軽く右手を上げ、オレを送り出す。柱の中に入ってしまえばすぐに転送は開始される。気 が付けばオレはジュノーにたどり着いていた。  カプラ前で座り込む他の冒険者に混じってフィーナはそこに居た。時折辺りを見渡しているのはオ レが来るのを待っているが為だろうか。  ……あー、もう、姐さんの馬鹿。  落ち着け、いつもどおりにしたら問題はないのだ。いつもどおり、いつもどおり…っていつもどお りってどうやってたんだっけ…?  それでも、ここで葛藤してフィーナを待たすのも忍びなく、オレは気合を入れて彼女の元に向かっ ていった。 「……フィーナ、…待たせたな」  よし、大丈夫変わってない変わってない。 「あ、リディ……」  オレの声にすぐさまこちらを見たフィーナの目が、信じられないものを見るように大きく見開かれ る。……あれ、オレなんか変だったか…? 「なんで…?」 「え?」 「なんで、アコライトの姿なんですか……!?」  あ、そういえば転生してたっけ。いや、なんでそんなこと忘れてますか?オレ。 「さっき、転生してきたんだ。  ちゃんとポタも取れてるから問題ないだろ?」 「……酷い」  え? 「なんで、なんで何も言ってくれないんですか!?  なんで、転生するって言ってくれないんですか!?」  両手を握り締めて肩を震わせてフィーナはオレに向かって叫ぶ。  え、ちょ、あの、えとっ!?  慌ててどうしたら良いかわからずに右往左往しているオレの目に、何事かとこちらを見るプレイヤ ーの姿があった。 「フィーナ、オープンチャット、オープンチャットっ!」  男女の痴情というものは第3者から見て面白いものなのだろう。野次馬が普段は閑散としているジ ュノーに集まってしまった。  流石にこれは恥ずかしい。いや、これはまずい。慌ててオレは青ジェムを取り出して咄嗟にワープ ポータルを開いた。……行き先は全く考えてない、というか考えられない。 「フィーナ、とりあえずこれに乗って!」  半ば強引にフィーナをポタに乗せ、オレも続けてポタに入る。光の柱はオレ達二人の乗せた後、野 次馬たちの前から消えうせた。  周りは木々に囲まれている。独特の衣装を身にまとうウンバラの民。何処指定か決めぬままうっか りポタを出せば、最近までお世話になったウンバラの地。  先にポタに入ったフィーナはオレが出てきても後ろを振り向いたまま、何も喋ろうとしない。 「あ、あのさ。フィーナ…」  声を掛けるがなんと話すべきなのか思いつかない。頭の中は真っ白でいつか話そうとしていた事も さらさらと砂が地面に落ちるように零れ落ちていく。 「……どうして」  振り向かないままフィーナは呟くように声を出す。 「どうして転生しようと思ったんですか…?」 「………」  フィーナの言葉にオレは言葉に詰まる。転生を目指したのはあるきっかけ、フィーナが傷だらけで ジュノーに死に戻ったのを見てから。  果たしてこれを言って良いものか。言えばフィーナは自分を責めるのではないか?そんな思いがオ レにあった。 「き、気まぐれだよ。いい加減転生見えてるのに放置って言うのもどうかなって……」 「嘘言わないで下さい!!」  振り向いたフィーナはオレを睨み上げ……、泣いていた。 「リディックさん、97になって半年以上いたって言ってたじゃないですか!  なんでいきなりレベルも二つ上げて、転生なんて…、そんなの変です!!」  多分、普段なら慌てて言葉も出ないのだろうが、何故かこのときオレの頭の中は妙にすっきりして いて、困った表情のままではいたものの、自分でも信じられないくらいすんなりと言葉が出てきた。 「オレさ、頑張ってるフィーナを放っておいて待ってるだけなんて出来ないよ。  初めは追いつくのを待っていよう、と思っていたけどそれじゃあオレは待つだけでフィーナに何が 出来るって。そう思ったらいてもたってもいられなくてさ。  待ちたくなくて転生したんだ。それにその方が早く追いつけるんじゃないかとか思ってさ」 「……前、怪我したまま私の前に来た事がありましたよね?  それは狩場からの帰りだったのですか?」 「ああ。あの時は他に気を取られていて、それでうっかり、って奴なんだけど」 「…………。  いつも、あんな怪我、してたんですね……」 「……ああ。  でも、オレほらプリーストだからそんなのヒール1発で…」 「でも、痛いんですよね!?  私、何も出来ないのに…、リディックさんがそんな大変な事しているのに、私は…」  両手で顔を覆い嗚咽を漏らしながらフィーナは地面に座り込む。思わずオレはそのフィーナの肩に 手を置いた。……デジャビュ。 「フィーナが何も出来ない事なんて無い。  オレ達のために動いてくれてる、それだけ十分過ぎるんだ。  それにオレが甘えてるわけには行かないんだよ」 「で、でも…」 「オレ、1stの時すぐにギルドマスターに拾ってもらって、フィーナくらいのときは色々助けても らってたんだ。プレイヤーだって言うのにだぜ?  それなのにフィーナは何も知らない世界にいきなり入り込んで、しかも一人で頑張ってて、それ見 て何もしないなんてどんだけ人間できてないんだよ、って結構自己嫌悪してたんだよ。  オレMEだったからさ、気のきいた支援スキルもろくにないし、スキルリセットして支援取ること も出来ないし…。  それなら、転生も近いからしてしまえって…。  衝動……に近いんだよな。  フィーナが気に病む必要なんか全く無いんだ」  本当に信じられないくらい言葉が出てきた。しかしこれは全て本音で、言葉を作ろうとか飾ろうと かは全くない。 「……だから、もう泣かないでくれ」  両手を顔にあてがったまま、フィーナは黙ってオレの言葉を聞いてくれた。 「…その、それにあんまり…泣かれるとさ、えと、ルフェウスの制裁が…な…」  苦笑交えて話せばフィーナはゆっくりとオレの方を見た。泣かせた状態でルフェウスが見たら……、 やめよう。想像しただけで恐ろしい…。  心底困ったオレの表情と、にこやかにどす黒いオーラを発するルフェウスを思い出してかフィーナ は小さく笑った。  次の瞬間「うぎゃああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」「きゃーーーーーーー!!」という絶叫がウ ンバラに響き渡り、一瞬びくっと身体を竦ませたオレ達は互いに顔を見合わせ、声を出して笑った。 「ふっふーーん?逢引?」  家に帰ればお玉にエプロン、いかにもという格好のルフェウスがリビングに立っていた。…なんで リビングにお玉を持ってきてますか?あなたは。  フィーナの帰りの声はギルドチャットで行なわれており、それから家に戻ったのは結構時間が過ぎ ていた。……だいたい1時間くらい。  フィーナは帰った早々、「着替えてきます」と2階に上がっていく。 「うっさいうっさい!」  手に持った鈍器、チェインを振り回しルフェウスをキッチンに押しやろうとする行動に、ルフェウ スはまあっ、と手を口に当てた。 「ちょっと聞きました?奥様。とうとううちのリディックさんにも遅い春が来ましたことよ?」 「だあああっ!なんだそりゃーーーっ!!」 「いやあ、耳まで真っ赤だもの。  というかね、いつもなら、何言ってんだお前っていうようなそらっとぼけた…いや、何もわかって ない顔して『途中でUFO見たんだよ』とかなんとか言うじゃないか」  ご丁寧に声真似までするルフェウスにオレは複雑な表情を浮かべる。いやそれ以前になんだそのU FOって? 「で、なになに?告白しちゃった??」 「…ばっ!!?」 「あらいやだ。ういのー、うぶいのーー」 「ちが…っ、だまっ!」 「のほほほほほほ、いやあ、楽しみフォルダに新規ファイルが増設されちゃったよー」  そんなもの!ごみ箱いれてデリートしろおおおおっ!! 「ということで、今日は赤飯だ」  にやにやといやな笑みを浮かべながら、ルフェウスはキッチンに戻っていく。 「なんだよ、その赤飯ってっ!?」  心の中でだくだく涙を流しながらオレはキッチンに消えていったルフェウスをじっと見ていた。  今晩のご飯は赤飯でした。本当にありがとうございm(ry (後から聞いた話だと、オレの転生おめでとうの意味だったらしいが…、それ聞いたのは相当あとの 話だ) 「さてとー。次は何処の狩場へ行くべきか」  MOB配置地図を開いて、自身のステと武器を確認し、かりかりペンで頭を掻く。  現在レベルはベース23のジョブ14。  Fleeから考えるとAGI50くらいまでは極振りの方がソロしやすいだろう。  とりあえずポリン島でもうちょっと上げるべきか、そう決めたオレの部屋にノック音が聞こえた。 ノックをするとなるとフィーナしか居ないわけだが。 「どうした?」  扉の方を向いて声を掛ければ、フィーナは扉を少しだけ開いて顔だけ出した。 「明かりがついていたから…、まだ寝てなかったんですね」 「ああ、ちょっと狩場の確認をだな」 「そうなんですか」  ちょこちょこと部屋に入ってくるフィーナは机に広げた地図を見る。 「殴って上げなきゃいけないからどうするか、てな」 「ここに行きませんか?」  フィーナが指差したのはアインブロック下、メタリンマップ。 「まだ早いと思うけどな」 「大丈夫ですよ。私、壁って言うんでしたっけ、それしますから」 「………ちょ、」 「メタリンは何度も戦った事があるんです。だから大丈夫」 「まて、まてって。  なんでフィーナがオレの壁する事になってんだ?」 「前にリディックさんが壁してくれたからですよ」 「そりゃ、ノビのジョブ10までだっただろ?今オレ、アコライトの23だからさ、フィーナが壁する理 由がないんじゃ…」 「ダメです。もう決めました。  ………だって私怒ってるんですよ?勝手にレベル上げて、転生しちゃって…。  おめでとうってちゃんと言えなかったんですよ?  だから、明日は私の我侭聞いて貰います」  にっこりと、しかし有無を言わせぬ迫力のフィーナに思わずオレはうんと首を縦に振るしか出来な かった。  翌日、アインポタは持っていないでジュノーからアインブロックまで飛行船を使う事になった。  そう言えば飛行船に乗ったのは、何ヶ月ぶりだろうか。いや、そもそも飛行船はこちらに来てせい ぜい1回くらいしか乗ってない気がする。それだけワープポータルって便利だったんだよなあ。  現実で飛行機すら乗った事は無いのだが、空を馳せる乗り物にやはり心は躍るもので、遠く小さく なっていくジュノーの町を空から見下ろしながら、オレは外の甲板に出ていた。 「風強いですよ?」  巻き上がる上空の風に乱れる髪を押さえながらオレの後ろに立ったフィーナは中に入りませんかと 船内の方を指差した。 「あー、うん。  飛空挺乗るの久しぶりだからさあ、ちょっと外見ていたかったんだよ」  視線を再び空に向ける。 「リディックさんって、飛行機で窓側座りたがる人なんですね」 「いや、飛行機乗ったことないし…。  あーでも乗ったら窓側キープしたくなるかもなあ」  オレの言葉にクスクスとフィーナは笑い、彼女も視線を空に向ける。 「不思議ですよね。  こうやって風を感じて、空から大地を見て。  どんなにリアルな夢だって、こんなにリアルな感覚を感じる事なんて無いのに。  現実の世界でこんな経験なんて何一つ出来ないのに」 「……もしかして、戻りたくなくなった、とか?」 「…ううん…。  あ、でも、どうなんだろう。  こっちに初めて来た時、何かをしなくちゃって思ってたの。  それは何か思い出せないのだけど…。  ……でも、思い出したくないというか、思い出しちゃいけないというか。  そんな感じで…」  オレはふとフィーナの方を見る。彼女は真っ直ぐ空を眺めており、その表情は一瞬だが思いつめた ようであり…。  しかし、フィーナの言葉にオレは眉をひそめた。 「…………、あのさ、もしかしてフィーナもこっちの世界に来た直前の記憶無いのか?」 「『も』って、リディックさんも?」 「ああ。来た日付までちゃんと覚えてるって言うのに、その日現実の世界で何をやっていたか思い出 せないんだ。その前の日は覚えてるって言うのに、さ。  最初の頃はこっちに来たショックとかそういうのかとか思ったんだが、時間が経ってもそれだけが ぽっかりと穴空いたように思い出せない。変な話だと思うんだけどな」 「…そういえば…、私も覚えてない…」  視線を下に落とし、来た日の事を思い出しているのだろうフィーナは、首を小さく振った。 「……なんか気持ち悪いな、こう言うの」 「そうですよね…。何かあるのかしら」  お互い顔を見合わせても答えなど出ずに飛空挺はアインブロッグの空港にたどり着いた。  なんだっけ、光化学スモッグだっけ?そういうの。  煙いし、目がちかちかするし、こういう所は流石に住みたいとは思わないな。  アインブロッグの町はいつも霧が立ち込めたようなスモッグに覆われていた。たとえこの身体が病 気にならないものだとしても、この状況は絶対に身体に悪い気がしてならない。 「さっさと出よう」  オレの言葉にフィーナも頷いて、心持ち早足でアインブロッグの町を出た。  辺りに広がるのは枯れたような木々。薄茶色の景色があたりに広まっていた。これだけ工業廃棄物 が多いとこの辺の環境まで見事に壊してしまっているようだ。 「では、早速いきましょうか」  やけに張り切ったフィーナは目の前にいるメタリンに攻撃を開始する。  …クリティカルダメージ、儚くも崩れ去るメタリン。 「………あれ?」  その状況にオレは笑い出すのを堪えるのに必死だったと付け加えておく。 「武器、外したら?」 「…そ、そうですよね!」  慌ててカウンターダガーを鞘に収め、えいやと他にいたメタリンに右ストレート。実に良いパンチ だ。結構ダメージ出てるように見えるのは、現在Strに振っている所為なのだろう。  メタリンはフィーナに体当たりを食らわそうと飛び掛るが、Agiの高いフィーナの事、容易くそ の攻撃を避けていた。  ぐっと、チェインを握り締めフィーナに飛び掛るメタリンに攻撃を開始する。が、ミスの連発。  ……なんと言うか、情けないというか恥ずかしいというか二日連続で女の子に壁っすかといった心 境に陥ったりもする。  だささ全開でチェインを振り回し、時折頑張ってと応援されてみれば余計に情けなくなってしまう のはいたしかたない。そ、そもそもオレレベル低いしーー、とか思ってないとやってられない。  四苦八苦してメタリンを倒したらレベルも上がった。やっぱりメタリンは育成用優良MOBだよな あとしみじみ実感する。 「おめでとうございます」 「サンキュ」 「ということで、さくさく行きますよー?」  なんとなくフィーナの表情が生き生きしているのは目の錯覚だろうか?メタリン探して辺りをきょ ろきょろ見ているフィーナにオレはこっそりとため息をついた。 「今日はこんなもんかな」  どれくらいメタリンを倒したかあまり憶えていないが、レベルは順調に上がり今ではブレス10まで 取ることが出来た。本日のスキル振りはブレス一直線で、速度は1のままだ。  持ってきたスピポも全部使い切り、やれやれと腰を下ろす。  アクティブのいないアインブロッグ下マップ、のんびりと切り株に座って休んでもMOBから攻撃 される心配は無い。 「…フィーナ、サンキュウな」  同じく切り株に腰を掛けているフィーナに礼を言う。二日でこれだけレベルを上げれるとは正直思 っていなかったわけで、このくらいのレベルであればここのソロも気兼ねなく行なえる。  もしかしたら明後日にも天津にいけるかもしれない。 「どういたしまして」  にっこり笑うフィーナの表情に疲れた色は見えない。あれだけ動き回ったというのに本当にタフな 身体だ。 「とりあえず、ここをポタメモしておいて…と、じゃあ帰るか」 「そうですね」  フィーナが頷いたのを確認してオレはプロに戻るワープポータルを開いた。