ここは首都西カプラの花売り少女がいる通りのちょうど角 俺はいつもここにお手製の製薬品を並べる露店を出している。 各種スリムポーションに四属性レジポ、ボトル全て完備。 もちろんランカーなんかになれるはずもないので、相場よりかなり安めで置いている。 当然赤字だけど、それ以上に自前の製薬品を使ってくれる人がいるのが嬉しい。 自慢はこの製薬品の材料の9割は自前で調達したものであるということ。 俺のクリエはI>A宝剣型、暇な時は相方の羊とのんびり狩りをして集める。 たまに一人になりたい時とか、羊を見てると和むのは気のせいだろうか。 残りの1割は知り合いがわざわざ持って来てくれたり、いつも露店で買ってくれる 固定客の人達が格安で譲ってくれたりする。 こんな繋がりがあるのがROをやってて一番嬉しいことだよなっていつも思う。 明日は火レジの材料を調達にフリルドラを狩りに行こう。 今日もいつもと同じようにきちんと品を並べて、モニタの電源を切って俺も安息。 「ゴーン…ゴーン…」と鐘の音(?)と共に俺は目を覚ました。 目覚まし時計の音にしてはやたらと遠くから聞こえたような気がした。 身体を起こすと、エメラルドグリーンの柔らなかな髪が顔にかかって、一瞬視界が遮られる。 それが自分自身の髪であることに気付き、俺は思わず疑問符を口にした。 「…え?」 しかしその声は嫌と言うほど聞き慣れた自分の低い声ではなく、明らかに音程の違う声だった。 透き通るような声は明らかに女性のもの。 身体に目をやると、とても白い肌に細い腕、繊細な指。 ふと胸に手を当てると、信じられない膨らみに慌てて手を離す。 下を見ると胸に谷間が見える…ちょっと待てこれはどういうことだ? 俺はちょっと立派なベッドの上にいた。 周りを見渡すと、本棚や化粧台に机、それらの上には可愛い羊のぬいぐるみが沢山置いてある。 ベッドから起き上がりカーテンを開けると、部屋には一気に光が差し込んで景色が飛び込んでくる。 窓の外には白を基調とした欧風の建築物が軒を連ねていた。 遠くにはここからでもはっきりと確認できるほどに大きい、時計台が時を刻んでいる。 部屋にあった鏡台の前に立つ。 緑色の長髪に細い身体、どこからどう見ても女としか思えない。 パジャマのはたけた箇所から見える胸元がとても…エロいです。 モデル体形だし、普通に可愛いじゃねえかよ、俺の好みそのものだ。 背は160ちょっとくらいだろうか、いつもと視線の高さが違って少し違和感がある。 とんとんとドアをノックする音が聞こえる。 おもむろにドアを開けると、茶髪の前髪ぱっつんショートカットの女の子が笑って立っていた。 頭の上には不思議な白い羽がぱたぱたと揺れている。 彼女は俺がいつもROでよく目にしている容姿、アルケミストそのものだった。 「おはようございます!」 開口一番、彼女は元気良く挨拶をしてくれた。 女の子の身体、そしてこの子は誰?状況がさっぱり分からないまま俺は完全にパニックだった。 「今日は珍しく起きてこないので、どうしたのかなって思ったんですけど  どうしてそんな神妙な顔つきなんですか?」 彼女は不思議そうな顔で俺を見つめていた。 ああどうすればいいんだろう、しかしこの天使忘れのアルケミスト… 俺には心当たりは一つしかなかった。 気が動転して、行き当たりばったりの作り話をし始める。 「昨日ね、ちょっとお酒を飲んで…そのまま記憶がないの」 「えーっ!?お酒飲むだなんて初耳です、私も誘ってくれればよかったのに」 「ユフィはまだ二十歳未満でしょ、未成年は飲めないよ?」 「マヤさんだってまだ19じゃないですか、取り乱したところをちょっと見てみたかったですよ!」 彼女は俺のことを「マヤ」と呼んだ。 マヤは俺のクリエの名前…つまり俺は自キャラのクリエになってROの世界にいると言うことか。 しかもゲーム内の性別通り、女として。 このアルケミスト、ユフィとは俺が転生してクリエに転職した直後に ルティエのおもちゃ工場でで狩りをしている時に知り合って それ以来ずっと仲良くしている親友(と少なくとも俺は思ってる)子だった。 色々なことが脳裏を過ぎる中、ベッドの脇に置いてあった大きな羊のぬいぐるみが突然立ち上がり ゆっくりと俺達の立っているドアの前まで歩いて来て、ユフィに頬擦りをしている。 「グレイもおはよう!いつ見てももっふもふだねー」 ユフィはそう言ってアミストル(?)を撫でている。 ちょっと待て俺が主人だろうがこの羊野郎…俺に近寄ってくるのが普通なんじゃねーのか。 「マヤさん、今日は製薬するって言うからお手伝いに来ましたけど  今からやらないと午後首都で出すのに間に合わないのでは?」 「着替えてすぐ行くね、下で待ってて」 「はーい!」とユフィは部屋を出て階段を下りて行く。 グレイと呼ばれた羊もユフィについて行ってしまった…どこまで薄情者なんだよ。 再び一人になった俺は小さく溜息をついた。 まあこうなったらなるようにしかならないな、とパジャマから着替えることにした。 クローゼットを開けて確認すると、やっぱり女物の服しかなかった。 それはどう見てもクリエイターの衣装… 下着姿に悶絶し、どうやって着るんだこの服は?と四苦八苦だったがなんとか着替えに成功。 短いスカートに開いた胸元がやたらと風通しがよくてスースーするんだが。 化粧なんて当然したことがないので、まさに適当だが一応様になったとは思う。 再び鏡台の前に立って自分の姿を再確認、やっぱり可愛いじゃん俺… 化粧台にあったリボンだけ結び方がどうしても分からなくて、それを持って1階へ行く。 どうやらこの家は1階が仕事場、2階が居住スペースになっているらしい。 1階は簡単に言えば理科室のような部屋だった。 製薬に使う器具が所狭しと並べられていて、ユフィが机に色とりどりのハーブを選り分けている。 「ユフィ、ちょっとリボンを結んでくれない?」 「はい!」 なんとなく女の子風に喋ってみるものの、とてもぎこちない感じだ。 ネカマなんてやったことないし、その大変さがちょっと分かった気がした。 ユフィは手際よくリボンを結んでくれた。 「はい、できました!」 ユフィはとても嬉しそうに完成を宣言した。 備え付けの鏡を見るとこれはかわいいリボンだろうか…確かに結構似合ってるかもしれない。 ありがとうと俺が礼を言うと、ユフィはまたにっこり「どういたしまして!」と返事をしてくれた。 その彼女の笑顔は心から笑っている気がして、見ていてとても安心するものだった。 不思議なことに、製薬の手順は信じられないほど鮮明に脳内に記憶されていた。 ハーブを乳鉢ですり潰し、湯煎して空き瓶に移し俺が念じて力を注入する。 成功すると瓶に入った液体は光輝き、失敗するとそのままだったり割れたりする。 「いいなあ、マヤさんは成功率高くてうらやましいです」 「製薬ステに比べればそれでも失敗しちゃうよ、それにユフィはまだLv70台だからね」 「でもマヤさんは私の憧れ以上の存在だから…少しでも近づけるように頑張ります!」 「同じ宝剣型って言うだけでも、とても嬉しいよ」 なんて雑談をしながら、無事赤白黄スリムの製薬が終了した。 全部で600くらい製薬したのだろうか、結構な時間がかかったような気がする。 「お疲れ様」とユフィに声をかけると、彼女は「いえいえ!」と笑って答えてくれた。 裏口に置いてあった俺のカートは実際に見るとかなり大きいドーム型だった。 さっき作ったスリムポーションを下部の収納スペースにどんどん入れていく。 その作業をしている間、ユフィがいないと思ったら2階で紅茶を準備してくれていたらしい。 本当気が利く子なんだな…と俺は関心しながら紅茶をすすった。 「今日はスリムだけで早く終わったし、お昼前には首都に行けそうですね」 「うん、私は露店だけどユフィはこれからどうするの?」 「今日はサンドイッチを作ってきたから、マヤさんとお昼を一緒に食べたいんですけど…  駄目ですか?」 ユフィはちょっとどきどきという感じで俺に尋ねてきた。 「それはもしかして、私の分もあるってことなのかな?」 「もちろん!今日そのために早起きしたんですよ、超自信作のBLTサンドなんです!」 「それは嬉しいな、もちろん大歓迎!」 彼女はとても嬉しそうに「やったー!」と歓声を上げた。 普段いつも一人なのだろうか…ゲーム内で彼女は知り合いが多そうな印象だったんだけど。 しかしここは首都ではないとすると、一体どこの街なんだろうか? ティータイムを楽しんだ後、俺とユフィ(と羊)は外へ出た。 相変わらず羊はユフィの側から離れない…飼い主は本当に俺なんだろうか? カートはあれだけスリムPを積んでいるのに、魔法でもかけてあるのかと思うほど不思議に軽い。 水色に輝く美しい河川と、その周りに建つ白を基調とした家々との調和がとても美しい。 大きな川に架かる橋を通り抜けると、その前には今朝窓の外で見た時計台があった。 眼鏡をかけたメイドさんと談笑する、俺もよく見覚えのある容姿の冒険者達。 なるほどここはアルデバランだったのか。 ユフィが近くのプリーストと何やら交渉している。 どうやら首都ポタがないか尋ねているようだ。 快諾を得たのか、プリーストが小さな声で詠唱すると、俺達の前に光の柱が現れた。 ユフィは俺に目配せをして乗るように促すので、俺は素直にポタに飛び乗る。 ポタの先は首都中央、ちょうど噴水の目の前だった。 沢山の人が芝生やベンチに座り楽しげに話をしていたり、読書や居眠りをしている。 BSやWS、アルケミストやクリエイターが露店を出しているのも見えた。 遠く見える店の中からは、やたらでかい音で「カンカンクホホホホ」と聞こえたり… 大きな通りを歩いていくと、交差点のところで見慣れたカラフルな屋根の小さな店が見えた。 花売りの小さな女の子は、俺達の姿に気付くと大きな声で挨拶してくれた。 「こんにちは!マヤさん、ユフィさん!」 そんな元気な声は、俺自身にも元気を分けてくれるみたいな、励まされる感じがした。 俺達もにっこり笑って挨拶をして、早速露店を出す準備を始める。 カートの上に今朝製薬した品を並べてから、ユフィが作ってくれたサンドイッチを二人で頬張る。 「ユフィはいつもソロ?」 「そうですね、狩りに誘ってくれる友達はいますけど一人でいることが多いです」 「製薬もいいけど、たまにみんなで遊んだ方が楽しいよ?」 「それはこっちの台詞です、マヤさん人のこと言えないじゃないですか!」 「じゃあ今度一緒に狩りに行こうよ、フレイヤ神殿1Fとか楽しそうだよ」 「ホントですか!?約束ですよ絶対!」 なんて他愛もない会話がとても楽しい。 気が付けばBLTサンドはあっと言う間に胃の中へ消えていた。 「それじゃあマヤさん、私ちょっと狩りに行って来ます」 「どこに行くの?」 「フェイヨンでポイズンスポアさんを狩ろうと思います!」 製薬材料も手に入るし、Lv70ならまあ妥当なところかな。 ちょっと別れるのが寂しいが、別に会えなくなる訳じゃないし。 「18時にはここに戻ってきます、置いてかないでくださいよ」 「気をつけて行って来てね、狩りのお土産話を楽しみにしてる」 「はいっ!」 ユフィは元気良くすると、大げさに手を振ってカプラの方へ走って行った。 この羊は言語が分かるのだろうか、今回はユフィについて行かず俺の隣できょろきょろと 辺りを見回した後、またいつもとおりお座り(?)してしまった。 ふと思い立ち、カートの中に常備してあるのだろうジャルゴンを食わせてみた。 「…」 ガリガリガリと小気味良い音を立ててあっさり消化してしまったようだ。 ん?実は腹が減ってたのか?じゃあもう一個やるよ。 「…」 この後も何個か食わせてみたが、こいつはどうやら本当に何個でも食べてしまう気がした。 しかし全くもって無表情、外見は可愛いのに主人に対する素振りが素っ気無さすぎるぞ。 気が付くと「Zzz...」とか寝てやがるし。 …もういいや。 ふとバッグの中を覗くと「料理王オルレアン」とか仰々しいタイトルの本があったので 暇潰しにこれを読みながら店番をすることにした。 店番をしていると、見覚えのある頭装備をつけた職が来ては声をかけてくれる。 山羊帽を被ったLK、悪魔HB+悪魔羽耳のアサシン、天使忘れのチェイサー… みんな俺がゲーム内で顔見知りの存在ばかりだった。 ちょっと雑談をして談笑して、露店のお手製品を買って笑顔でどこかへ行ってしまう。 人と接することってこんなに楽しいんだな…久しく忘れていたような気がする。 続く 2008/02/28