ポケットの懐中時計を見ると、時刻は18時をとっくに過ぎていた。 ユフィが戻らず心配なので、俺は露店をたたんで迎えに行くことにした。 入れ違いになる可能性もあったけど、何がトラブルがあったんじゃないかと 嫌な胸騒ぎがして、いてもたってもいられなくなったからだ。 すぐ近くの空間転送サービスを利用して、フェイヨンに着いた矢先 アミストルが突然俺を無視して歩き出した。 ひょっとしたらこいつ、ユフィの居場所が分かるのか…? 舗装された道路はすぐに獣道となり、深い森の中へ入って行く。 うっそうと茂った草木に覆われている上、日も落ち始めていて視界はかなり悪く、暗い。 ポリンやスポア、ウルフなどモンスターが見えると、羊は容赦なくタックルをかまして倒して行く。 たまに羊からまばゆいオーラが見えるのは気のせいだろうか。 確かに俺の羊はLv80で奥義取得済み、このくらいのmobなら簡単に倒せるだろうけど。 こんな頼りになる奴だとは思わなかったぜ。 途中アミストルが突然足を止めて、何かをくわえて俺に近付いてくる。 なんだこんな時にジャルゴンか?と思ったら羊の口には小さなポーチがぶら下がっていた。 ポーチの刺繍にはユフィの名前があって、俺はようやく事態の大きさに気付いた。 中には蝶の羽や蝿、ユフィお手製のスリムポーションなどの回復剤が入っている。 あいつこれで戻れなくて迷子になってるのか…ここは人気もないし助けを呼ぶこともできない。 ポイズンスポアならともかく、Lv70だとドラゴンテイルに勝てるはずが… フェイヨンから1時間位歩いただろうか、大分森の奥まで入ってきたように思う。 ギイギイと変な音を立てる、気持ち悪い顔のトーテムポールがこちらを睨んでいる。 先程のようなモンスターはいなくなり、今度は狐やでかいトンボが俺達に襲いかかってくる。 さすがにアミストルもこれらのmobはそう簡単に倒せないらしく、歩みはさすがに遅くなった。 ここまでただ羊の後ろを歩いてきただけだったが、さすがにもう傍観している訳にはいかない。 俺はカートにしまってあった宝剣を2本抜き出して 九尾狐に向けてそのうちの一振り、アイスファルシオンをかざし念じてみる。 「コールドボルト!」 鋭く尖った氷の刃が九尾狐を貫き、息の根を止めた。 本当に出ちゃったよ魔法…俺は驚きを隠せなかった。 ファイアーブランドも合わせて駆使して敵をなぎ倒し、とにかく前に進む。 ユフィは大丈夫だろうか、それだけが心配だった。 遠くからこだまとなった悲鳴が聞こえる。 俺達はその方向へ向けて全力で走り出す。 そこには倒れて動けないユフィと、俺の背丈の3倍はあろうかという大きな赤毛の熊の群れに 1匹だけ黄金に輝く毛皮をまとった虎…エドガーがユフィの方を凝視していた。 「ユフィ!」 俺が叫ぶとユフィは顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら「マヤさん…」と俺の名前を呼んだ。 恐ろしいほど怖くて怯えて、もう身体が動かないようだった。 エドガーもすぐ俺達に気付いたようだったが 無視してビッグフットの群れとともにユフィに襲いかかる。 「キャッスリング!」 俺が命令したわけではもちろんなく、それは突然の出来事だった。 まばたきをする間もなく、ユフィとアミストルの位置が入れ替わる。 俺はなりふり構わずポケットからボトルを取り出し、渾身の力を込めてエドガーに向けて投げつけた。 「アシッドデモンストレーション!」 物凄い閃光と爆発音の後、エドガーの身体は塵となって地面に崩れ落ちた。 アミストルに襲いかかっていたビッグフッドの群れも、bossの消滅が理解できたのか 一目散に森の中へと逃げていく。 俺は急いでユフィの元に駆け寄った。 「ユフィ!大丈夫か!?怪我は…」 「マヤさん…助けに来てくれたんですね…またドジっちゃってごめんなさい」 「ちょっと待ってろ、今手当てを」 よく見るとユフィの身体はところどころ服が破けて、あちこちに傷があるようだった。 急いでカートからホワイトスリムポーションを取り出し、傷口に塗って処置をする。 すぐに痛みは大分引いたのか、ユフィの顔から笑みがこぼれる。 「へへ…マヤさんは私のヴァルキリー様みたいな人ですね」 「悪い予感って言うのは意外と当たるもんだからな…でも無事でよかったよ」 「マヤさんってそんな姉御肌っぽい喋り方でしたっけ?」 「え?ああ気のせいだと思う…」 そう言えば俺は女だったんだ、つい無我夢中で忘れてしまっていた。 ユフィがどうして迷子になったのか理由を尋ねると、狩りに熱中している間に うっかり知らない道に迷い込んでしまい、ドラゴンフライの大群に襲われて びっくりしてアイテムが入ったポーチを落として帰れなくなってしまったんだとか。 私方向音痴なんです、とユフィは笑ったが結構洒落になってねえ。 「マヤさん、あれは…?」 ユフィが指し示す先、エドガーの死骸が塵になった場所に真紅の剣が突き刺さっている。 俺がさっきまで使っていた剣、ファイアーブランドと全く同じものだった。 「ユフィ、確かアイスファルシオンしか持ってなかったよね?」 「はい、そうですが…」 「いつも製薬を手伝ってくれるお礼に、これはユフィにあげる」 「そ、そんな高いレア貰えません!」 「私はもう持ってるし、使わないレアを持っててもしょうがないからね」 俺はそう言って剣を地面から抜き、ユフィに手渡す。 彼女は今にも溢れ出しそうな涙をこらえながら笑っていた。 「立派なクリエイターになるの、楽しみにしてるよ」 「この剣に約束します!」 ユフィは力強く頷いた。 ちょっとおっちょこちょいだけど、全てにおいて真直ぐな彼女の姿勢にどうしても心動かされる。 しかし一体俺はどうしてこんな台詞を言ってるんだろう… 「さあ帰ろう、立てる?」 「はい、何とか…」 手を差し伸べると、ユフィはにっこりと笑って俺の手を握り立ち上がる。 蝶の羽を使うと、そこは今朝首都ポタを出してもらったアルデバラン時計台の前だった。 辺りは既に暗闇に包まれていて、街路灯や立ち並ぶ家々の灯りが点々としている。 羊は既に俺の家(なんだろう)に向けて朝来た道を歩き始めていた。 さてユフィを家まで送って今日あったことを振り返ろう、なんて考えているとユフィが口を開いた。 「マヤさん…」 「傷が痛む?」 「いえ、そうじゃなくて…」 「?」 「…今日泊まって行ってもいいですか?」 「あ…うん、もちろんいいよ」 ユフィの提案に俺は戸惑いながらも、思わず了承してしまった。 俺とユフィの間には、照れ隠しのような不思議な空気が漂っていて、お互い無言のまま帰路に着く。 家について時計を見ると、22時半を回ったところだった。 「簡単なものしか準備できないけど、何か作るね。ユフィはシャワーにでも入っておいでよ」 「ありがとうございます、でも急なので着替えが…」 「私のでよければ用意しておくよ」 「はい!ではお言葉に甘えて先にシャワー使わせてもらいます」 自室に戻り、適当な寝間着を用意する。 狩りの後とかだし、下着もいるのかなあ…と思い箪笥を探してみる。 色々と下着はあったものの、見てるだけでかなり恥ずかしい。 今は自分の所有物とは言え俺は男だし。 シャワー中のユフィに硝子越しに「置いておくね」と声をかけて、あり合わせの食事を用意する。 勝手知ったる他人の家ってやつだな。 ユフィが出てきた後、俺もそのままシャワーを浴びる。 …自分の身体を見るのがこんな恥ずかしいとは思いもしなかった。 今マジで俺は女なんだと納得せざるを得ない、しなやかな肢体に正視が不可能。 その後二人で食事をしながら、今日の狩りについてとか、ユフィの話を色々と聞いた。 とても嬉しそうに話す彼女の姿を見ると、俺もなんだかとても嬉しい気持ちになった。 「じゃあそろそろ日も変わるし、寝ようか」 「はい、でもマヤさん、布団はもう一組あるんですか?」 「…さあどうだったかな、ちょっと見てみるね」 「確認しなくても、一緒に寝ればいいじゃないですか!」 「…私ソファで寝るね、ユフィは一応怪我人なんだしちゃんとしたベッドで寝たほうがいい」 「マヤさんが家主なんですし、それとも…嫌です?」 「そ、そんなことはない!けど…その…」 「じゃあ決定ですね!行きましょうもう私疲れたし眠たいです!」 さらっととんでもないことを言い始めた。 男と一緒に寝るのはまずいだろう常識的に考えて…しかし今俺は女である。 ユフィにその気があるなら尚更駄目のような気が… いやいいのか?普通駄目だろ…ああどうなってんだ。 完全にパニック状態の真っ只中、なかば強引にユフィに手を引かれ寝室へ向かう。 「おやすみ」 「おやすみなさい!」 しかし案の定このベッドはシングルである、幾ら細い身体とは言えちょっと狭い。 ユフィと身体が触れないように位置取りをするのはかなり難しい。 彼女の吐息がはっきりと、手に取るように感じられる。 どういう状況なんだよこれは… 「マヤさん…」 「ん?」 「ちょっとだけでいいから、ぎゅっと抱きしめてもらってもいいですか?」 「…うん」 そっとユフィの首の後ろに腕を回して、力が入らないように抱きしめる。 ユフィは俺に顔を近づけてそっと唇を重ねた後、小さく呟いた。 「クリエイターとしてのマヤさんも、女性としてのマヤさんも…あなたのことが大好きです」 もうあっちの世界に戻らなくてもいいや、と心から思った。 あとがき 文章がかなり怪しいし表現力も稚拙なのですが、ここまで読んでくれて本当にありがとう! ROの世界に迷い込んだらどうなるんだろう?というところだけを主眼においてるつもりですが 少しでもその感触が伝わればいいなあと思っていつも書いています。 しかしこれでもう4作目になるとは…自分でもびっくりです。 ちなみにこの作品はもうちょっと続きがあったのですが 自主規制せざるを得ない内容になってしまったのでボツにしました。 書いててこの妄想はやべえよ!ってことに。 #本文中のアミストルの使うスキルは「キャッスリング」です、キャスリングではありません。 羊様が自分の身を犠牲にすることはないと思います。もふもふスレ的に考えて。 Special Thanks 目が覚めたらROの世界だった!スレを読んでいる全ての方 あぷろだ&まとめページ管理人様 2008/02/29