転生職のレベルアップは未転生時の3倍はかかるという。しかし、98から99を経験している 以上経験値の伸びも正直気にもならない。…その分ステータスが脆弱ではあるけれども。  メタリンを相手にチェインを振るい続け、なんとか銃器兵の必要HITまで確保することが出来 たのはそれほど時間を置いて、の話ではなかった。  転生前が転生前だったので鈍器で殴る行為はいまいち馴れない。しかし不思議なもので武器を振 るう行為は決してぎこちなさはなく、それが当然というようにオレは武器を扱うことが出来た。 「ステータスの恩恵…というか、『そういう造り』なんだよな」  自身の手を見つめながら呟く。ぎちぎちとやかましい音を奏でるポルセリオを鈍器で打ち倒し、 落ちた収集品を拾う。  前線で戦う上で克服するもの、だが、流されてはいけない。オレが倒したものには命があったっ て言うことを忘れてはならない。  ……でも。 「談笑しながら武器を振るうって、それって流されているのと一緒なんじゃないか…?」  その次の日も手伝うと言ったフィーナに、壁の約束は1日だけだったろと断りを入れたとき、レ ベル差付いちゃうよ?という台詞にオレは一笑して転生の廃装備をなめんな、と伝えておいた。  ルフェウスほどではないけれど、MEやるには高Def必須なので三減以外はそれなりの装備を 持っているし、なにより今まで使われる事のなかった別キャラの装備も倉庫に収まっている。  後は狩場にあわせて足りないものを補充するだけで充分なのだ。 「しかし、便利な武器も実装されたもんだ」  明日使う予定の鈍器、グランドクロスを手にとってしげしげと眺める。  聖属性付与されている武器は今までアコライト系が持てるものはなかった…はずだ。  今でこそ新しい武器も実装されているが、一昔前は聖属性の武器は価値が高く、一般的にその属 性攻撃を気軽に使える職といえば弓手くらいしかいなかった。  購入したグランドクロスも別に安物、というわけではなかったがオレの持っている金額からでも 充分買うことが出来る代物だ。  久々に取り出した通行証も忘れないよう法衣の内ポケットの中に入れておく。  殴りでどれだけ天津の敵に通用するかは知らないが、やるだけやってみる価値はある。  とりあえず、かろうじて狩りにはなった。  グランドクロスの元々の攻撃力と聖属性付与によって銃器兵にそれなりのダメージを与えること が出来る。あくまでも、それなり、ではあるが。  しかし、この畳ダンジョンは本当に訳のわからないところだった。  どのルートをたどれば2階に行くかは知っているのだが、その畳の部屋を3Dに見てしまうとよ くわからない。  通れると思えば突き当たりだし、壁かと思えばするりと抜けれるし。今まで行ったダンジョンの 中でもここは特に奇妙なところだった。  畳ダンジョンはINTアコの御用達マップで、所々にSP回復に努めるアコライトが居ることが 多いのだが、平日の午前中の今となってはその姿は極端に少なく、袋小路になっているその場所に 銃騎兵が溜まっていることも度々あった。  たーん、たーんと撃って来る銃弾はニューマで弾きながら1体ずつ打ち倒していけば、ヒールで 攻撃する時のようにSPが尽きるということも殆ど無い為休憩も少ないが、当然殲滅する速度も遅 くなるのは仕方の無い話だ。  それでもINTに振ってない現在のステ、基礎支援だけで息が上がるのが現状だったりする。 「はー、やれやれ」  畳部屋の隅っこに座りながらSPの回復を待つ。ニューマが間に合わず銃に撃たれた傷にレベル の抑えたヒールを掛ければ、完全に治らなくても血は止まる。後はSPの回復にあわせて、回復さ せれば問題ない。  ただ、問題なのがカブキ忍者の存在だ。テレポ不可能地域に現われる場違いな強さを持ったあの カブキ忍者はアコライトはもちろんプリーストですら容易に倒せる敵ではない。 「その為のハイドクリップなんだけどな」  すぐ取り出せるようにクリップはポケットに入れてある。 「よし、行くか」  立ち上がり、なんとなくも膝の辺りをはたく。HPもSPも全回復していた。  過去訪れた道順をなぞりながら、袋小路にも足を踏み入れ銃騎兵をさがす。雅人形も倒そうと思 えば出来なくもないが、呪いに沈黙攻撃が幾分厄介かと思い手は出さなかった。  何度かの往復の後、数度すれ違ったカブキ忍者は慌てて取り出したハイディングクリップによっ て回避することが出来た。ハイドで隠れ、距離が離れたところで一気に全力疾走で逃げるのだ。  格好悪いとかそんな事は行ってられない現状だし、人がいなければカブキ忍者から全力で逃げ出 してもタゲが移る事は無い。そもそも、畳ダンジョンのカブキ忍者と対等に遣り合えるアコライト の方がかなり希少だ。  ダンジョン内は日が差さず、時間の経過は時計のみとなっている。ちらほらと他のアコライトの 姿を見えるようになり、気が付いたら午後の5時。  片道進めば帰る時間にもちょうど良い。  長い廊下を歩きながらオレは銃騎兵の姿を探し続けた。 「…あ、クレイモアトラップ…」  部屋の一角に設置された罠がある。ハンタースキルクレイモアトラップ。しかし、この場所でこ の罠と言うのはあれが近くに居るという証拠でもある。  出来れば見つからずに進みたいところだ。慎重に歩を進みふすまをすり抜け次の部屋に…。 「…っ!?」  こちらに向かって走り寄るアコライトの姿に一瞬オレは驚いた。この状況はまるでジェイソンに 追われている被害者…というかまんまだ。血糊の付いた衣服は恐らく当人の物だろう。悲鳴等は聞 こえない。そんな発言する余裕など無いだろうけど。  どうする…!?  いや、敵わない事は百も承知だ。ならば…。  まるで無意識に取り出したクリップを握り締め、ハイディングのスキルを使おうとするオレの背後に一つの足音、目線をそちらによこせばアコライトの姿が見えた。 「かぶ…」  カブキがいるぞ、と声を掛けようとしたその瞬間、追われていたアコライトはカブキ忍者の刃に 崩れ去る。となるとタゲは一番近くに居たオレになるわけだが、もしここで隠れたらタゲは後ろの アコライトに流れる。それは流石にハイドでタゲを外す行為をし辛い。つまり、タゲをアコライト に故意に移すということになるのだから。  ……あのアコライトが逃げるまで耐えてみるか…。  迫り来るカブキ忍者と対峙するべく背中に背負ったもう一つのバックラー、タラフロッグのカー ドが刺さっているクラニアルバックラーを取り出した。  構えたその瞬間、カブキ忍者の凶刃が左腕に響いた。その衝撃は耐え切れるものではなく数歩後 ろにたたら踏む。 「逃げろ!」  後ろに居るアコライトを見ずに声だけ掛ける。誰もいなければハイディングで消えることも出来 るが、人が居るのであれば少しでも時間は稼ぐ必要があった。  否応無く繰り出される刃は鋭く速く、忍者らしいあらゆる角度から襲い掛かる。  どう足掻いても全てを避け、防ぐのは不可能でがそれでも致命傷になりうる、顔面や首、心臓を 狙われないよう必死でバックラーで身を固めた。  正直それ以外の箇所は鋭い痛みが走る。と、その瞬間ふわっとオレを包む癒しの光が舞い降りた。  訝しみ、目線だけをそちらに向ければ先ほどのアコライトが必死でヒールを掛けているのが見え た。  ……なんで、逃げない!?  欲しいのはヒールじゃない。あんたがこの場から立ち去ることだ。いくら転生を果たしていると してもアコライトをカブキ相手に延命させようとしてどうする!?  しかし、アコライトのヒールはやまない。  昔の記憶、初めて自分でサンクを敷いてMEを使ったときのあの生殺し状態を否応無く思い出さ れるが、現在の状況はそれよりも悪い。それはカブキ忍者の一撃は下手をしたら致命傷になるとい う事。  ……畜生、やれってことか!!  武器は自分の血で滑って思うように握れないが、それでも取り落とさないようにしっかりと掴む。 後方のアコライトのヒールを当てにするのならば、防御は捨て全力で攻撃に転じる…!  人武器など持ってはいない。かといって闇チェインは銃騎兵にはなんの特化にもなりはしない。 故に持ってきたのはグランドクロス、ただそれだけ。 「このおぉおおぉぉっ!!」  カブキ忍者は要求Fleeが高い。さらに要求Hitも高い。1次職、殴りアコライトが満足にダ メージを与えることなど出来ないのも知っている。それでもオレは殴り続けないと…。  せめて顔の、特に目を狙われないように身を捻り攻撃を繰り出す。  白い襖は赤く染まり、畳は濡れた音をする。冗談じゃない、この出血量って普通なら致死量だぞ?  …気持ちが悪い。今までMEやっていたそんなことがぬるく感じるくらいきつい状況だ。殴られ るのと斬られるのとではこんなにも受け取る感覚は違うと言うのか。  ふとヒールの間隔が短くなったような気が…ちがう、同時に2回とか来るような気がする。  ……人が増えたのか…!? 「ホーリーライトを!」  叫ぶ声に気が付いてくれれば少しは早く決着が付くかもしれない。ホーリライトでカブキ忍者の HPが減ればその分早く倒せるし、ヒールの間隔が長くなればオレは死ねる。  声が聞こえたのか、後ろからホーリーライトの光弾がカブキ忍者に放たれる。タゲは完全にオレ が持っている。死なない限り外れる事は無い。  しかし、いつまでこの状態なんだろう。ヒールは途絶える事は無かった。まるで終わりの無い修 羅地獄。ともすれば発狂してしまいそうな状況に、オレの意識は半分遠退きかける。  と、その時。 「サンクチュアリ、イムポシティオマヌス!」 「!?」  足元に展開された聖域と武器にふりかかる淡い光。…これは、プリーストか!? 「アスムプティオ!」  次に掛けられたのはハイプリーストの使うスキル。光の膜が全身を覆い、それがカブキ忍者の刃 を鈍らせる。  途端に発せられるのはホーリーライトの弾幕か。  これなら、これならもうすぐ終わる……。  ……ただ、それに気を抜いたのがいけなかった。先程見たクレイモアトラップの存在を完全に忘 れてしまったのがいけなかった。  どん。  鈍い破裂音。ふらついた足は数歩後ろにたたら踏んだその場所は先程見かけたクレイモアトラッ プ。踏んだ右足はアスムが無ければ多分吹き飛んでいた。そのバランスを崩した直後のカブキ忍者 の刃もアスムが無ければ右腕は肩からなくなっていたかもしれない。  一瞬頭の中が真っ白になって、何が起こったのか理解できなかった。  今にももぎ取れそうになっている右腕と焼け焦げた右足。ひゅ、と息が洩れる音を聞いた気がし た。状況が理解できたとたん、狂ったような激痛が全身を駆け巡り、喉からあらんばかりの絶叫が 迸る。両膝をつき、最後の一撃が目の前に来るのも気が付かず…、しかしそれはオレに届く前に鈍 い音と共にカブキ忍者は畳に伏していた。  酷い脂汗が額から浮いて畳に落ちる。もはや血の海となったこの場所では、そんなものは何かの 変化に向かうものではないし、それに気を向けるほどの余力などなかった。  左手で右肩を痣が出来るくらい掴み、喉から出てくるのは痛みに呻くその声。 「おつー」 「おつかれー」  しかし、プレイヤーにはそんな声は聞こえてないようで、カブキを倒した時に良く聞かれる労い の言葉を発言する。ゲームをしていれば多分オレもそう言っていただろうが、今はそんな余裕など 無かった。早くヒールを掛けて治さないと、と思うのだが声が出ない。たった一言で良いのに、そ の一言を言うだけの余裕すらなかった。  そんな折にオレに掛けられるヒールがあった。メディタの効力の乗った、高レベルヒールが。 「……あ、」  不意に和らぐ激痛、千切れかけた腕はまるで接着するように元のように張り付き、焼けた足は黒 い墨が零れ落ちて新しい皮膚が再生される。 「……大丈夫ですか?」  深紅の法衣を纏ったハイプリーストが心配そうな表情を浮かべオレを見ていた。  いや、プレイヤーにそんな細かい表情など出来るわけが無く、そう見えたのはオレ自身の心境の 所為かも知れない。 「……助かったよ」  軽く咳き込んで、喉に溜まっていた血の塊を吐き出して、ようやく出た言葉をハイプリーストに 向ける。 「殴りアコライト、という事はチャンプですか?」  ハイプリーストの言葉にオレは首を横に振る。 「いや、ハイプリだけど」 「同業者ですか」  柔かな声のハイプリーストにああ、とだけ伝える。治った腕は引き攣ったような感覚があるがす ぐに元に戻るだろう。 「殴りハイプリースト…でしたか。それは大変な道だと思いますが……」 「好きで選んだことだから」 「ふふ、殴りの方って強い信念を持ってる方が多いですからね」  ハイプリーストは寂しげな笑みを浮かべ言葉を紡いだ。 「では、わたしはこれで。一応、保護者なので」  ハイプリーストが目線を移せばそこにはアコライトの少女が立っていた。その心配そうな眼差し に違和感を感じて…。  立ち去るハイプリーストとアコライトを目で追うオレは、振り返って寂しげに微笑むハイプリー ストと目があう。 「……本当は、わたしがカブキ忍者の盾をするべきなのですが…。わたしにはまだ…できなくて… …本当にごめんなさい」  ハイプリーストはそう言って襖の奥に消えていく。  え? 『わたしにはまだできなくて』……?  ちょっとまて、それって……。  沸いた疑問に慌てて立ち上がり、しかし、目の前に現われた銃騎兵によってその進路はふさがれ ていた。  真意は問いただせないまま、オレはあのハイプリとアコを見つける事は出来なかった。  あれから数日、変わらずに天津畳マップで銃騎兵を屠る生活が続いて。  よほどMOBの遭遇運も良かったのだろうか、程なくして転職するレベルまで達する。  毎日のように通っていたので畳マップに来るアコライトや駆け出しのプリーストの常連とも言え るキャラは大体わかってきたが、その中にはあのハイプリとアコの姿はなかった。  出来ればもう一度話をしてみたいと思っていたのだが、それも叶わずしてオレのジョブレベルは 50になっていた。