「前衛は私が!ルクスはフリージアを護って!」 言うが早いか、ルーシエさんは狼達に駆け出した。 俺は即座に左手の銃を収め、立ち尽くしているフリージアを抱きかかえ、戦闘の状態を把握する。  ―さすらい狼とルーシエさんとなら、戦力的には十分な筈だけど、押されている? その瞬間、はっとする。 前衛に立てる人が敵をおびき寄せ、後方より攻撃できる人が敵を倒す。 それは当たり前の事―MMORPG"ラグナロクオンライン"というゲームであるならば、だ。 俺にもう少し此方の世界での実戦経験があれば、ルーシエを即座に止めただろう。 ルーシエさんがもう少し、その点を知っていれば留まったかもしれない。  目の前の敵はプログラムなんかじゃない。敵も自分等と同じ様に、考えて行動している事を。 さすらい狼は先陣に立ちながら、ルーシエさんだけを見ていない。 実際にルーシエさんに突撃するウルフも見た目以上に少ない。 後ろから見ていると嫌が応にも判ってしまう。  ―コイツ等、想像以上に戦い慣れてしてやがる! MBで吹き飛ばされたウルフは一旦留まり、別なウルフが突撃する。 決して同じウルフが連続で攻撃しない奴等の戦法は、数で劣る俺達には脅威である。 俺は必死に今打てる手段を考察する。  ―支援射撃でウルフを各個撃破…いや、周りのウルフは次のMBで持たないな。   なら指揮官(さすらい狼)撃破が一番か。 崖の上に取り巻きがまだ残っていることを俺は見落とさない。 奴等を呼ばれる前に勝負を決めないと…。 三発目のMBが炸裂し、耐え切れなくなったウルフ達が地に崩れ落ちる。 その一瞬、さすらい狼への射線が開く。  ―片手だろうがナンだろうが、このチャンスは逃さない! 「ラビットシャワー!!」 俺の放った銃弾がさすらい狼を捉える。けど、絶命の一撃にはなりえなかった。 本来この技は、二挺拳銃で初めて使える技である。片手のみ、かつ無茶な体勢じゃあ威力が落ちて当然か。  ―やはり仕留められない、か。となると、あれしかないな。 俺は心の中でつぶやくと、その手段を思い浮かべる。  ―これをやった後、俺はフリージアに嫌われるかもな。   だけどこの経験は必ず彼女に良い経験になるだろう。   冒険者として、教えてやらないとな。 軽く溜息をつくと、俺はフリージアを抱き抱えていた左手を離す。 今だ怯えの色を隠さないフリージアが驚き、俺を振り返る。  ―こんな事するなんて、俺の柄じゃないな。けど― パァン 次の瞬間、俺の左手が彼女の頬を張っていた。  ―彼女が前に進むのに必要なこと、そして全員が生き残るためには最善の手段。 「いい加減にしろ、フリージア!何時までそうしている気だ!!  最前線で戦っているルーシエの姿が見えないのか!  仲間が戦っているというのに一人怯え、戦闘から逃げ出して何が出来るって言うんだ!!」  ―俺達より後ろに敵の気配はない、なら此方に向かってくるウルフさえ逃さなければフリージアは無事だな。 「俺は行くぞ!仲間を見殺しに出来ないからな!!」  ―こんな所に一人にしてごめん、フリージア。…頬を張った責任も、一人にした責任も全て俺が命に変えてでも― 俺は撃った分の弾丸を装填し、ハイスピードポーションを一気に飲み干す。 その瞬間、意識がクリアになり、より鮮明に周囲の動きが捉えられる。流石は覚醒のポーションと呼ばれた品だ。  ―今の俺なら、味方に当てずに奴等に『絶望』を与えられる!― 俺は左手側の銃を抜き、フリージアへ向かおうとするウルフを蹴散らしながら最前線へと駆け出す。 奇しくも其れは、ルーシエさんがLAをかけ終わるのと同タイミングだった。