●プロンテラ南   プロンテラの南門をくぐった先は、ゲームで見慣れたはずの光景とは違って見えた。   絨毯のように覆い茂った雑草が広大な草原を作り出し、   一面に広がっている草木の香りが、心地よい風と共に運ばれてくる。   辺りを見渡すとギルドメンバー、臨時公平パーティーの募集を呼びかける看板を立ち並べていたり、   木陰やベンチに座って雑談に興じる冒険者達の姿が見える。   最近の魔物の動きを警戒してなのか、一般の人々の姿はほとんど見かけない。   ここに生息しているのはポリンやルナティックといった低級の魔物であるが、   戦う術を持たない一般人にとっては充分危険な魔物には違いないのだ。   再確認するように辺りをもう一通り眺めた後、僕はこの世界における剣士の基本を学ぶ為に、   剣士ギルドを擁するイズルードへ向かうべく、プロンテラの城壁に沿うように東へと歩みを進めた。 ●衛星都市イズルード   プロンテラの衛星都市として設置されたここイズルードでは、   北東にバイラン島とアルベルタへ向かう高速艇、南東に各国の首都を結ぶ飛行船が設けられ、   冒険者・一般人問わず多くの人々が列を成して詰め掛けている。   周囲の青い海から運ばれてきた潮の香りは鼻につき、潮風が肌にまとわりつく様な感触を残す。   海を眺めるのは嫌いではなかったが、どうもこの海特有とも言える潮の香りや潮風は苦手だ。   そんなことを考えながら中央の市場を西に抜けると、一際大きな建物が目を惹く。   あの特徴的な外観は見覚えがあった。目的地である剣士ギルドに間違いなさそうだ。   剣士ギルドの前まで来たところで、入り口から数人の男女の剣士が出てくる。   それぞれの剣士が異なる荷物を背負い、何らかの合図や鞄の中身を確認し始めている。   その様子を何とはなしに見ていると、一人の青年剣士が話しかけてきた。   「君、冒険者か?」   「え? ええ、そうです。」   「私たちは剣士ギルドの団員でね。これからフェイヨンまで向かうところだ。」   フェイヨン…… フェイヨンダンジョンの魔物が人里に溢れて一騒動となった、あのフェイヨンか。   「プロンテラの騎士団、聖堂騎士団、大聖堂にフェイヨン救済の勅命が下りたのだが、    想像以上に被害が深刻らしく、まだまだ物資や人手が足りないそうだ。    そこで私たち剣士ギルドも提携して物資の補給及び、近くに行われる鎮魂祭に向けての準備の援助、    フェイヨン周辺の警護に当たって欲しいとの命を受けたというわけだ。」   被害が深刻。青年剣士のこの言葉を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走り、急に鼓動が速くなる。   これは、何だ? 僕は動揺しているのか?   気が付くと一人の女性剣士が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。   どうやら動揺を隠すことができず、その様子を悟られてしまったらしい。   僕は息を整え「大丈夫」とだけ言うと、彼女は安心したのか軽く微笑みを見せた。   その様子を見ていた青年剣士は、顔を綻ばせながらも言葉を続ける。   「だが、これは剣士ギルド直属の団員である私たちの問題であって、冒険者である君は無理に従う必要はない。    物資の補給も私たちや先発隊が運ぶ分で十二分確保できるだろうからな。    もし君がフェイヨンまで足を運び、援助に当たるつもりなら私達は歓迎する。    何にせよ、人手は多いに越したことはないからな。」   青年剣士は微笑を一つ浮かべると、いつの間にか整列していた剣士たちの先頭に立つ。   「では、私たちはこれで失礼する。縁があれば、また会おう。」   そう言い残すと、青年剣士と女性剣士は僕に向かって手を振り、   青年剣士を先頭とした一団は街の南東へと姿を消していった。   剣士ギルドの前で僕は一人、青年剣士の言葉を反芻していた。   その度に気持ちが落ち着かなくなり、言い様のない不安に駆られる。   ここには剣士の基本を学びに来た。だが今は、それよりも本当に自分がしたいことがはっきりと分かる。   フェイヨン救済の援助に当たり、この世界に何が起こっているのか確かめたい。   それが今の僕の答えだった。   剣士ギルドに背を向け、青年剣士たちの向かった先へ走るが、既に姿は見えなかった。   恐らくカプラサービスの空間転送でフェイヨンまで向かったのだろう。   無一文の僕が今から急いでフェイヨンに向かうには、歩いていくしか方法はない。   しかし徒歩で向かう場合、もしも魔物と交戦した時にまともな装備のない自分には勝ち目がない。   ――装備?   ふと、思い出す。この世界に来たばかりのことを。   あの時僕は、キンドリングダガーとロングコートを装備していた。   もしかしたら倉庫に装備があるかもしれない。もしなかったら、その時はその時だ。   中央市場の商人に未鑑定の槍を売り、75zenyを得る。これで倉庫利用が可能になった。   そのまま南にいるカプラさんに倉庫利用の旨を伝え、倉庫内のリストを見せてもらう。   ツイている。   今の僕には充分過ぎる程の品揃えが、そこにはあった。   宿屋の主人から貰ったレザージャケットから、+4ハードアドベンチャースーツに着替える。   +4ワイズゴーグルを頭に被り、首元まで覆う程大きな+4モッキングマントを羽織る。   少しサイズが大きめな+4ブーツオブヘルメスを履き、両手に革製のグローブをはめる。   +4リジットガードの持ち手にあるベルトを左腕に通して固定する。   後ろ腰の革袋にハエの羽を15枚、蝶の羽・緑ポーション・スピードアップポーションをそれぞれ5つ、   右腰の革袋に赤ポーション30個と紅ポーション15個、飲料用として水を入れた空き瓶を3本入れ、   やたら大きな世界地図を丸めて懐にしまい込み、最後に左腰へ+9トリプルハリケーンスティレットを差す。   これだけ整っているのなら、何故オーク村では装備していなかったのか気になるところではあったが、   僕は直ぐに考えるのをやめた。そんなことより今は――   「フェイヨンへ急がないと!」   吹き抜ける潮風にマントをはためかせながら、僕は逸る気持ちを抑えられず駆け出していた。 ●ソグラト砂漠(プロンテラ↓↓)   暑い。   正直、昼間の砂漠という物を甘く見ていた。   岩山に左手を添えて歩いているとはいえ、この暑さには耐え難いものがある。   強く照りつける太陽。   見渡す限りに広がる黄土色の砂。   頭や首元まですっぽりとマントで覆い、ゴーグルを目にかけているお陰で砂埃から身を防ぐことができているが、   その砂埃の所為で視界は非常に悪い。加えて暑さからくる疲労と、ゆらめく様に立ち上る蜃気楼が拍車をかける。   僕はエアコンや扇風機等の科学の恩恵を一身に受けて育った人間である。   そんな温室育ちな現代人に対し砂漠は無情で、こぼした愚痴に答えなど返ってくるはずもなく、   ただ自分の足音と装備の擦れ合う音だけが空しく流れていくだけだった。   それにしても金属製の防具を身に着けていなかったのは正解だったかもしれない。   この茹だる様な暑さの中でそんな重装備をしていたら、蒸し焼きになっていること請け合いだろう。   ああ、それにしても暑い、暑すぎる。   急いでフェイヨンまで行きたいというのに、砂漠の厳しさに体が、本能が抗えずに悲鳴を上げる。   体中から汗が止め処もなく流れていく。ゴーグルをはめた目の周りに汗が溜まり、   アドベンチャースーツは汗を吸い込んで重量を増し、グローブをはめた両手は蒸れ、   ブーツの中には砂が少しづつ入り込み、汗と混ざった気持ち悪さの所為で歩きにくい。   そして左手に添えている岩山と、申し訳程度に生えた木以外は変わり映えすることなく砂の一面のみ。   景色を目で楽しむ余裕も与えてもらえず、心身ともにうんざりとしてきた。   何度目とも知れないため息をついた時、目の前の砂の風景に緑色が混じり、その先には青い湖が見えた。   ここから先は確かポリン島だったっけ。   まず体とブーツの砂を払って、顔を洗ってうがいをしよう……。   そう心に決めていた。 ●ポリン島   全身についた砂を軽く払い、ブーツの中の砂を捨て、蒸れたグローブを外して両手で水を掬う。   掬った水で顔を洗った後、再度掬った水で今度は口を漱いでうがいを始める。   右腰の革袋に入れた飲料水に手を伸ばし、そのまま蓋を開けて口へあてがう。   昼間の砂漠を通った所為か水はぬるくなっていたが、口内は水分で満たされ、渇いた喉を潤していく。   一瓶分の水を一気に飲み干し、随分と生き返った心地になり、安堵の息を漏らす。   急いでフェイヨンに向かいたいのは山々だったが、砂漠で疲弊した体を少しでも癒す為に、   北の方にある木陰に座って休憩することにした。   木陰に座って何気なく辺りを見回した時、東にある橋の付近で何かが見えた。   遠目だったのではっきりとは分からなかったが、ゴーストリングとその取り巻きを、   転生職らしき冒険者3人が相手をしているようだ。   地面に光の絨毯の様なランドプロテクターが敷かれていることから、内一人はセージ系であることが窺える。   テレポートで逃げることの適わなくなったゴーストリングが地に伏せるまで、それほど時間は掛からなかった。   圧倒的な力の前に地に落ちたゴーストリングはその屍骸をさらすことなく、消えるように霧散していく。   ゴーストリングの消滅を確認した3人は、一人が出した光の柱に乗り、吸い込まれるように姿を消していった。   一連の様子を見ていた僕はあることを考えていた。   ゴーストリングは屍骸を残すことなく消えていった。それならば他の魔物も屍骸を残さずに消えていくのだろう。   まるでゲームと同じように。   もし魔物の存在がゲームと同じならば、姿が消えた後にまた復活することになる。   そうだとしたら最近の魔物の活発化のことを踏まえると、フェイヨンの事件は一度や二度では済まないかもしれない。   いや、今後こんなことが起こり得るのはフェイヨンだけではなく、他の街も同じことだ。   魔物の潜むダンジョンやフィールドに近い街などいくらでもある。   そのどこもがフェイヨンダンジョンの魔物より数段上の魔物ばかりだ。   もし、各地の街が魔物の襲撃を受けたら――   「ダメだ!」   僕は被りを振って思考を中断し、後ろ腰の革袋からハエの羽を一枚取り出し、握りつぶす。   一瞬の浮遊感があったかと思うと、次の瞬間には草木が深く茂った場所に立っていた。   懐にしまった地図を広げて確認する。どうやらポリン島の南端に位置する場所のようだ。   とにかくフェイヨンまで行こう。そしてこの目で確かめないと……。   イズルードで抱いた不安を更に募らせ、締め付けられるような胸を押さえながら、   僕は茂みの奥へと足を踏み入れていった。 ●チュンリム湖   ペコペコが多く生息している大きな橋が特徴的なフィールドを東に抜け、   フェイヨンの砦があるチュンリム湖へと辿り着いた。   攻城戦との縁のない僕とって砦は珍しいものであり、   煌く様に澄んだ周りの湖と、辺りを鮮やかな紅色で染め上げる夕日が相まって、幻想的な美しさを醸し出していた。   もう少しゆっくりと見物していたかったが、既に日は沈みかけている。   僕はフェイヨンに向かって東へと全力疾走する。   僕一人が焦ったところで事態は変わらない。   それは分かっている。頭では理解しているつもりなのだ。   しかし気持ちの上ではそう簡単に割り切ることができず、訳知り顔で達観することなどできない。   そういう人間である僕は走り出さずにはいられなかった。   チュンリム湖の最東端にある坂を見上げると、夕日で紅く染め上がったフェイヨンの街並みが見えてきた。   僕は相変わらず消えない不安を生唾と共に飲み込み、フェイヨンに続く最後の坂を駆け上った。 ●山岳の都市フェイヨン   衝撃だった。   規則正しく立ち並んでいたはずの木はおよそ半分程が倒されており、地面の所々は抉れている。   木で作られたバリケードも多くが欠損し、伝統的な様式を思わせる門や民家等の建築物の中には   屋根の瓦が剥がれ落ち、壁に大きな穴が開いている物はおろか、倒壊してしまっている物もあった。   事件によって怪我を負ったであろう人々の多くが、   自分たちの街を元に戻そうと怪我を押して懸命に動いている姿も見える。   数日前に起こった事件の爪跡が未だに、こんなにも生々しく残っている。   そのことが僕の心を激しくざわつかせ、紙一重で平静を保ってきた感情が波を立てる。   居ても立ってもいられなくなった僕は、検問をしている兵士に話を聞き、   現在臨時医療所として指定されている宿に向かって、我武者羅に走り出した。 ※現在のノウンの状態 Base/Job 15/1 STR10 AGI10 VIT10 INT1 DEX21+4 LUK1 所持zeny 45zeny 武器     +9トリプルハリケーンスティレット 盾      +4リジットガード 頭上・中段 +4ワイズゴーグル 鎧      +4ハードアドベンチャースーツ 外套     +4モッキングマント 靴      +4ブーツオブヘルメス アクセサリ グローブ×2 外見 csm:4m508022