「私もあんまり遠回しに言いたくはないから一気に本題に入るわよ。ルクス君、貴方は一体何者なの?」 思いがけない言葉だった。俺がこの世界の人間ではない事はルーシエさん達ぐらいしか知らないと思っていた。 そのルーシエさん達も話すとは思えないし… 「まあ私も確証がある訳ではないのだけどね。」 「と、いいますと?」 「私には治療目的であれば、各ギルドに保管されている個人のデータを閲覧する権限があるのよ。」 「たとえそれが遠方にあるガンスリンガーギルドであっても例外ではない?」 「その通り。身体情報は全て一致するにもかかわらず、内面は全く違うわね。それこそ別人と言っても良い程に、ね。  本来の『ルクス』、窮地に立たされていても、冷静…に処理するタイプらしいわね。  それこそ、仲間が捕まって盾にされていても、動じずに敵に銃弾を浴びせるほどに。  また、寡黙で人付き合いもあまり良くなかったみたいね。」 「今の俺とはまったく違うと?」 「ええ。昨日のさすらい狼との戦闘は聞いてるわ。  殲滅するだけならフリージアの安全だけを確保すれば問題ないにも関わらず、  冒険者として自覚させるきっかけを作ったわよね。冷静というよりも熱血と言った方が相応しいわよね。」 確かに俺には『ルクス』程に冷徹にはなれないな。うん、俺とは違う。 「ここにルクス君が運び込まれてきた時、後頭部に怪我があったのよ。  もしかしたらそれが原因でとも考えたけど、カウンセリングを行っていてそれは違うと思ったわ。  意識はしっかりしているし、認識も問題ない。その反面、当たり前な事が答えられない。  例えば普段住んでいる場所の住所とか、今年は王国歴何年かとかね。」 そこで俺はまさかと思いながら、あることに気付く。 「もしかして昨夜の激辛料理も…」 「ええ。データに『辛い物は全くダメ』と言う事は知っていたからね。激辛料理は得意だからちょうど良いと思ったわ。」 「あそこまで辛い物がダメなら、普通は手すら付けないですよね。」 昨夜の惨劇を思い出すと、喉が痛くなってくる…なんてレベルじゃあないぜ。 …これ以上昨夜の事は思い出したくない為、話を元の流に戻す事にした。 「そして『今のルクスのデータ』を集めた結果、『本来のルクスのデータ』とは精神構造が全く異なると言う結果になった、と。」 「そういう事。それで…実際どうなの?」 マリーさんが全てを見透かすかのように俺を見つめてくる。 これ以上黙っておくのは無理。けど、マリーさんなら信用出来る気がする。…俺の直感だけどね。 そして俺は、俺が別世界から来た人間である事、何故ルクスの体を拝借しているか不明な事、何故此方に来たかは不明な事を話した。 「そう…別な世界から…。」 「何で来れたかも俺には判りません。気が付いたらフェイヨンDの中で、ガンスリンガーだったのですから。」 マリーさんが何かを考え込んでいる。美人は考える姿ですら絵になるのだから、卑怯だと少し思ってしまう。 「…これは考察の一つだけど、元の世界のルクス君とこの世界の『ルクス』は同じ存在なのかもしれないわね。」 「同一存在?」 「元々は同じ存在であっても、生活環境や周囲の状態によって本人の成長も異なるでしょう?」 判らない話ではない。そうすると『ルクス』はこの世界の俺だといえるのだろうか? 「ただしそれも可能性の一つだって事を忘れないでね。確証は何処にもないのだから。」 「…はい。けれど何故マリーさんがこういう話を?」 その問いにマリーさんは一瞬口を閉じてしまう。しかしその後に発せられた言葉は俺を驚かすには十分だった。 「これは表立って流れている話ではないけど、ルクス君に限らず異世界から来たと証言している人は確認されてるのよ。  ただしその姿は千差万別。ある人は凄腕の冒険者だったり、ある人は戦闘経験すらない一般人だったり。  中にはルクス君のように、既存の人間でありながら内面が全く違うとしかいえなかったりね。」 「…え?」 「無論そういう人達が本当に異世界から来ていたとする証拠は何処にも無い。逆に嘘とする証拠も無いわ。」 これには俺も驚いた。 「と言う事は、中には元の世界に帰ったと言う人も?」 「ある日を境に異世界から来たという人が居なくなったり、性格が変わっていた人が元に戻ったりすると言うのは聞いている。  けれど、それが元の世界に帰ったと言う事かと聞かれると、証明する手立てが無いわ。  それにこの世界に留まっている人も居るらしいしね。」 「異世界から来た人、全てが帰った訳ではないと?」 「そういう事ね。」 元の世界に帰れる可能性はあるという事か。そこで俺はある疑問が生まれる。 「マリーさん、なんでそういう話を俺に?」 「一つはルクス君が何者なのかを知るため、もう一つは迷える子羊に道を示すため、かしら」 少し悪戯っぽく笑うマリーさん。 「それでルクス君はこれからどうするつもり?」 「俺は…その答えをまだ持っていません。この世界に来てからは、考える暇なんてあんまり無かったですから。  方向性だけでも決めたいと思う反面、簡単に決められる事ではないと知っています。  色々な物を見て、体験して、迷いながら答えを探すべきと思います。」 その答えに満足したのか、マリーさんは深く頷く。 「普通に考えれば異世界からの迷い人は元の世界へ帰るべき。ルクス君が選んだ道は困難な道程になるわよ?」 「何も見ずに答えを出したくない、ただそれだけです。  仮にその結果、答えが同じであっても過程が違えば別な意味を成すと、信じてます。」 「そう。なら最後にこの言葉を覚えておきなさい。最善の結果と最良の結果が違う、わよ。」  ―最善と最良は違う、か。正に今の俺に相応しい言葉だな。 「マリーさん、ありがとうございます。」 「フリージアにはこの事は黙っておくわ。どうするかはルクス君が決めるべきよ。」 「…はい。」 …決断しなければならないな。時間もあんまり残されてないし。 「さて、件の手伝いの事なのだけど、医療所の方は専門家に任せてルクス君には鎮魂祭の手伝いに回って欲しいのよ。  具体的にはここの地図入りのポスターを貼ってきてね。」 「祭当日に体調不良を訴えた人のためですね。」 「そういうこと。じゃあお願いね。」