さらさら、さらさらさら。  細かい砂の音。鮮やかな黄色の砂が袋一杯に溜まっていて、それを小瓶で一掬い、紙の包みにく るんでいく。  地道な作業だが、別に苦ではない。  ここはアルデバラン。涼やかな水音が聞こえ、時計の鐘の音が静かに響く。その中、テーブルの 上に果実ジュースを置いて、フィーナは先程から黄色い砂を少しずつ紙にくるむ作業を繰り返して いた。  テーブルにパラソル、趣はオープンカフェに見えるのだが、客はおらずウェイトレスもいない。 純粋な休憩所のようなものだ。 「えっと、これで45っと…」  くるんだ包みを数えて砂が零れないようにしっかりと封をする。  まだ包んでいない砂が袋にたくさん入っており、これを全部こなすには大分時間を必要とするだ ろうか。  現在フィーナが行なっているのは、時計1階でパンクから取った魔女の星の砂を小分けにしてい る作業だ。ゲーム上では小瓶に入った魔女の星の砂もこちらではただの粉末のようで、NPCに売 るには量り売り、露店で売るにはホワイトスリムポーションを作るために必要な分量を分ける必要 があった。多少の誤差は問題ないのが救いではあるが、溜め過ぎると小分け作業はそれだけ大変な 事になる。  ルフェウスは小分けしないでそのまま渡しても良いと言ってはくれたが、ただでさえ色々厄介に なっているの身、みんなの負担になる事は極力したくなく、今もこうやって小分け作業をしている。  この時間を狩りにあてがえば良いのだろうが、毎日のように戦う日々はまだ若い女性であるフィ ーナにはかなり厳しかった。殺伐とした日々は心が擦り切れそうで、振るう武器に躍らされている 気にもなる。傷ついて、時には倒れて、それに嫌気が差さない方がどうかしている。 「……でも頑張んなきゃ…」  くじけたら自分のために沢山の施しをくれる皆に申し訳が無い。戦う道を選んだのは自分自身で 他の選択を消したのも自分自身だから、諦めたら迷惑をかけてしまう。  だけど、少しは休んでも…と言い訳をしてしまい、今こうして小分け作業を続けていた。 「…弱いなあ、私…」  ふう、とため息を吐いてでも手は止めず、さく、と乾いた音をたて砂を掬った。  一心不乱、というわけではないがそれなり集中していたのだろう、近づく影にフィーナは気が付 かなかった。だから、 「何してるの?」  といきなり顔を覗き込まれ、にんまりと笑う少女に思わず悲鳴を上げてしまうのは仕方の無いこ とかもしれない。 「きゃあああっ!?」 「うわっ!?」  フィーナの悲鳴に驚いた少女は、大袈裟に後退し尻餅をつく。 「びっくりしたなー」  尻餅をついたまま、少女はあまり驚いた顔もせずけらけらと笑っていた。 「ご、ごめんなさい」  慌ててフィーナは少女の傍に駆け寄って立ち上がらせようと手を差し出し、少女も出された手に 何の警戒も無く取り、立ち上がった。 「ううん、ごめんねえ、ボクの方こそ驚かしちゃったみたいだし」  屈託の無い笑みを浮かべて少女はテーブルに備え付けられている椅子に座る。フィーナが座って いた椅子の向かいの席だ。 「いいえ、こちらこそ…」  謝るフィーナに少女はぷ、と吹きだす。 「お互い謝りまくってる」 「……あ」  そして目を見合わせ、二人は笑い出した。 「で、何してるの?」  少女は袋に詰まった黄色い砂を眺め、再びフィーナに問うた。これ?と目を砂に向けフィーナは 先程まで座っていた椅子に座りなおす。 「魔女の星の砂を小分けしてるんです」 「へえー。魔女砂ってそんな事しないといけないんだ」  珍しそうに砂を一つまみして、まじまじと見る少女にフィーナは頷いた。 「ゲームじゃ小瓶に詰まって1個2個ってあるから、そんなふうに出るとは思わなかったなあ」 「そうなんですか」  フィーナはゲームの事を良く知らない。ROに触れたのはこちらの世界に来てからで、ゲームの 仕様というのはリディック達からしか聞いておらず、その目で実際に見た事は無かったのだ。 「『そうなんですか』…ってそうなんだよ。知らなかったの?」 「ええ、私、ラグナロクオンラインをゲームとしてプレイした事なかったので…」 「珍しいリアル初心者なんだね」 「らしいですね」  少女の言葉に困ったように笑って見せれば、少女はあ、と小さく声を上げた。 「ごめんごめん。名前も言わずに話しちゃってね。  えっとボクはカイ。見ての通りアコライトやってまーす」  カイと名乗った少女は右手を差し出した。フィーナはその手を取り、 「フィーナです。ソウルリンカーをしています」  と名乗った。 「いやあ、こっちの世界に来ちゃった人やっと見つけたよー。  フィーナを入れて3人目。なんかこうして話しているのが凄く不思議だなあ」  カイはしみじみと頷いて、フィーナの方を見る。 「もうね、日々暮らしていくのがめっちゃ大変でさ。  一緒に旅してくれてるリリアがいなかったらボク日干ししちゃってるよ」  リアルの人間に会ったのがよほど嬉しかったのか、カイの口から今までの苦労した旅の情景を話 し出す。よほど辛かったのかその表情は心底嫌そうなものだった。 「リリア?」 「うん。ボクがこっちに来た時にね、近くにいたんだ。綺麗な人でね、優しいんだよ。  ROってある程度知ってるけどさ、入り込んじゃうともう右も左もわからない。  それに、お金がどんどんどんどん減ってって、アコライトじゃ稼げねーーーーってね」  カイは基本的に話し好きなのだろう。聞いているフィーナの返答待たずに次々と今まであった事 を話し続ける。 「でね、色々旅しててさモンスターとかめっちゃ怖くてさ。  ゲームじゃそんな気にもならないのにこっちじゃ迫力ありまくり。  ほら、ボクか弱いアコライトだからさ、どうやって倒せば良いんだって右往左往だよ」  まるで戸板に水だ。後から後から言葉が出る。  これだけまくし立てる話し方はフィーナもあまり経験は無く、相槌を打つのが精一杯で、でも別 に嫌な感じはしなかった。 「この間、アマツ行ったときは凄かったよ。  あそこにカブキいるんだけどさ、カブキ判る?えっと凄く強い忍者なんだけどね。  あれとタイマン張ってるアコがいてさ。うん、青アコ。ほら、ゲームしてる人でも怪我するとボ クたちには血、だらだら見えちゃうんだよね。  そんな感じでさ、うわ、すごっていうかグロっていうか。  あれはマジびびっちゃって。ボク、リリアにしがみついちゃったんだよね。  リリアが言うにはね、あのアコもこっちの世界に来ちゃった人だって言うんだ。  凄いよね、どうしてあんなになっても立ってられるんだろうねって」  カイの言葉にフィーナはふと眉を寄せた。青アコというのがいまいち良くわからないけど、リデ ィックが一時青い服を来たアコライトの時期があったからだ。もしかしたらこっちに来てしまった 他のアコライトかも知れないが。 「ボクモンク志望なんだけど、あれやんなきゃいけないとなると流石にどうかと思ってさ。  かといって今更プリに変更と言うのも厳しいし、どうしようかって悩んでる最中なんだ」  捲くし立て、カイはそこでようやく息をつく。 「…あ、ごめん。ボクばっかり話しちゃって」 「ううん、気にしないで下さい。カイさんの話も聞いてて嫌じゃないから」 「やだなあ、さん付けはよしてよ。『カイ』って呼んで。  その代わり、ボクも君の事『フィーナ』って呼ぶから。  ああ、あと敬語はやめてね。もうボクたち友達だしさ」  カイの中では既に友達認定しているらしい。ごそごそと懐を漁って身分証を取り出した。 「トモロクしよ?」 「トモロク?」 「友達登録。フィーナはしたことないの?」 「ええ」 「そっかー。じゃあボクはフィーナの友達第1号だね」  カイは嬉しそうに笑い、友達登録の仕方をフィーナに伝える。お互いの身分証を出し、ある手順 を行なって、友達登録は完了した。 「これで、ここからWISすること出来るんだよ」 「へえ」  リストに出た『カイ』という名前と、目の前にいるカイを交互に見た。 「ここにいたの?」  その時後ろの方から女性の声が聞こえ、カイは新たに現われた人に手を挙げこっちこっちと促し た。 「あまりうろついて、少しは探す身にもなって欲しいわ」  苦笑を交えながらもカイの元に近づいたのは、深紅の法衣のハイプリースト。 「あら?この人は……?」  ハイプリーストの女性はフィーナの姿に気が付いてか、カイに尋ねる。カイはああ、と一声あげ てさっき友達になったフィーナだよとハイプリーストに伝えた。 「…まあ。あなたもこちらに…?  わたしはリリア。カイと一緒に旅をしているハイプリーストです」  と、柔かな微笑を湛え会釈をする。  カイが言うとおり、美しい女性だった。長いストレートの茶色の髪はさらさらと音を立てるよう に流れていて、優しく暖かな印象のある風貌に同性であるフィーナも見惚れてしまう。 「フィーナさんは、こちら来てどのくらいなのですか?」 「……2ヶ月半くらいです」 「まあ、そんなに…さぞかし辛い思いをしているのでしょう?」  開いた椅子に腰掛けて、リリアはフィーナを見る。その瞳は哀しげなものが浮いているのにフィ ーナは気が付いた。 「いいえ、私はまだ。  こちらに来た時、助けてくれた人がいたんです。  その人たちがいなければ私はどうなっていたのかわからないのですが」 「良い人に巡り合えたのですね」  フィーナは頷く。そうだ、あの人たちがいなかったら自分は本当にどうなってしまっていたのだ ろう。お金も身寄りも、知識さえ全く無い自分がこの世界で生きていけるのかすら判らない。それ を考えればなんと自分は恵まれていたのだろう。 「そうだわ。フィーナさんさえ良ければこれからお食事一緒にどうですか?」 「さんせー。ボクもフィーナの事知りたいしさ。ね、いいでしょ?」 「え?」  フィーナはその言葉に時計を見る。アルデバランの町は何処にいてもシンボルとなる時計塔が見 え、時間を知ることが出来る。その時間は5時半を示しており、以前ルフェウスが提示した門限ま で30分をきっていた。 「…だめ?」  不安そうにこちらを見るカイをみて、フィーナも出来ればいろいろ話をしたいと思った。今日で あったのは本当に偶然であるから、次いつ会えるかわからない。 「えっと…、聞いてみます」  駄目と言うかもしれない。それでもフィーナは家主であるルフェウスにギルドチャットで尋ねる ことにした。 『そか。いいよって送り出したところだけど、フィーナのセーブ位置アルデバランだよね?』 『は、はい…』 『帰るのが大変そうだしなあ』  もしかしたら、無理かもしれない。ルフェウスの言葉に僅かに項垂れるフィーナ。 『ということでリディック、行ってきて』 『オレ!?』  いきなり振られた会話にリディックは驚いた声を上げる。迎えに行くのはともかくとして、フィ ーナの新たに出来た友人との食事の席に自分が同席するのは、流石に少々抵抗があるようだった。 『ごめんね、フィーナ。約1名そっちに送り込むけど、それでもいい?』 『マテ。オレの意思は無視か?』 『はい。大丈夫だと思います』 『もしかしてスルー?』  実に空気の読みまくるフィーナも結構良い性格をしているのかもしれない。 『ということでいってらー。  フィーナも楽しんでおいでよ?』 『はい、ありがとうございます』 『じゃあ今からポタで行くから、話つなげといてくれよ』 『わかりました』 「どうだった?」  話が終わったのに気が付いてか、カイは心配そうにフィーナを見た。 「大丈夫だって。それでひとりここに来るんですけど、良い?」 「全然歓迎!人は多い方が楽しいしね」  カイは親指を立てて笑い、リリアも微笑みながら頷いた。 「それじゃあカプラ前に移動しようか」  この場所とカプラとはそれなりに距離がある。ここで待つのはこちらに来るリディックに悪い。 異論もなくフィーナは頷いた。  カプラ前は時計塔入り口付近で今の時間、マジシャンやウィザード、ハンター等が時計塔に狩り の準備をするためか多数いた。 「来る人ってどんな人?」 「ハイプリーストでリディックさんと言う人なんですけど……、あ」  辺りを見渡し、彼の姿を探しているフィーナの目に見慣れた金髪が見える。 「リディックさん!」  声を掛け呼び止めれば、リディックもすぐに気がつきフィーナの元に近寄った。  彼女の傍にいる二人の姿に軽く会釈をし、 「フィーナのところのギルドメンバー、リディックだ。  急な話ですまな…」  言いかけた言葉は小さくつまり、初めて見るはずの二人の聖職者に視線が止まる。 「…あ、あんた達は…」 「え?  ……あ、あの時の…」  リリアも何かに気が付いたようにリディックの方を見た。 「あの時は助かったよ。  ろくに礼も言えずにすまない」 「いえ…。こちらこそ、本当に申し訳ありません。  すぐに気が付くことが出来なくて、大変な思いをさせてしまいました」 「……知っている方なんですか?」  まさかの顔見知りという状況に、フィーナはリディックの方を眺め首を傾げるが、リディックは 気まずそうな顔をしてフィーナの方を見る。 「…あの時の青アコだ。転職したんだー」  その中、カイはリディックに指差しておおーと感嘆の声を上げる。その言葉にフィーナは眉をひ そめ、カイとリディックの両名を見た。 「そっかそっか。  あれは凄かったよね。大丈夫なの?痛くなかったの?」 「え、あ、えーと」  フィーナの突き刺さるような視線が痛い。無茶はしない、それがいわゆる暗黙の了解の中、カイ の発言はリディックにとって、相当立場の悪いものでもある。 「ふふ、弾む話もあるでしょうが、先にお店に行きませんか?  遅くなると、席を取るのが大変になりますよ?」  にこやかに微笑みながらリリアは陽の暮れかけるアルデバランの町を歩き出した。 「ねえねえ、結構良い男じゃん?」 「…あ、え、ええ」  落ち着いた雰囲気のある店内で、夕食の卓を囲み4人は食事をしていた。  その席、フィーナの隣に座ったカイは彼女に耳打ちをする。どう反応すべきか戸惑って、首を縦 には振るがフィーナの表情はあまり芳しくは無かった。  今リディックは同職、しかもレベルの上であるリリアに対し、彼女にスキル配分やその他を聞い ている最中だ。現在普通に話せる相手でハイプリーストがいないリディックにとって、高レベルの ハイプリーストの存在は大きい。かつ、転生前がMEであったことから、純支援であるリリアに取 ることの出来なかったスキルに対し、色々質問も出てくる。 「アスムプティオは確かに万能ですけど、今では殆どキリエエレイソンがメインになってますね」 「あんたI=D>Vだっけ?高速キリエは魅力ではあるが、殴りで使いきれる気はしないな」 「Fleeが高ければ、アスムよりもキリエの方が良いかもしれませんよ?」  二人の会話はフィーナには殆どわからない。自職のスキルは理解できても、他職のスキルまで理 解するのは難しく、なんとなくしか理解することが出来ない。  カイもそうなのであるが、彼女もアコライトと言う職柄支援スキルの関してはある程度の知識が あった。 「やっぱり、なんていうか転生職って世界違うよねえ。  …て、どしたの?顔色悪いよ?」 「……え、なんでもないよ…」  カイの言葉にフィーナは首を振る。別におかしな話じゃないのはわかる。わかっているのだ。 「でもさあ、リリアとリディックって人、結構絵になるよね。  傍から見てカップルに見えるんじゃない?」 「…!そんなことっ!!」  がたんとフィーナは声を荒立て立ち上がった。突然の彼女の行動に話し込んでいた二人も驚き彼 女の方を見た。 「…フィーナ?」 「………あ、」  視線は集まり自分のとった行動に青褪める。何で自分はこんなに苛立っているんだろう。何でカ イの言葉に取り乱してしまったんだろう。 「どうしたんだ?顔色悪いぞ?」  心配そうにこちらを見るリディックに、フィーナはふるふると首を振った。 「違う…、なんでも…なんでもない…」  かたりと椅子を退けながらフィーナは後退する。 「気分がすぐれないのでしたら、わたし宿の方まで…」 「家ポタでも出すか?」  心配する二人にフィーナはどうしようもない焦燥感に襲われる。ああ、どうしよう。ここにいた くない。 「なんでもないの!!」 「フィーナ!?」  フィーナはそう叫んで店の外に飛び出した。 「……あちゃあ…」  その光景にカイは額に手を当てて、しまったと呟いた。まさか自分の言った台詞がこんな事にな るなんて思わなかった迂闊さを呪い渋面を浮かべる。 「すまん、ちょっと行って来る!」  懐からゼニーを取り出し数を数えずにじゃらりとテーブルに置けば、リリアも頷いて財布からお 金をテーブルに置いた。 「わたし達も参りますわ。  お騒がせして申し訳ありません」  他の客の視線を集め、何事かとこちらを見たウェイトレスにリリアは謝罪し、飛び出したフィー ナの後を追うべく自分も立ち上がる。  店を出た頃、辺りはもう夜の気配が濃く、立ち去ったフィーナの姿を見つけることが出来なかっ た。 「外に出たな…?」  マップマーカーを確認したリディックはアルデバランにフィーナのマーカーがない事に気が付い て小さく舌打ちをした。