フェイヨンの王国軍駐屯地は、哄笑に包まれていた。大笑いの渦の中心にいたのは、他でもないこの俺だ。 「ぶわははははは!クラウス!やらかしてくれたなぁ!拘束する相手を間違えた上に、肝心の被疑者は取り逃がしたんだって?」 「ふははははは!しかしあのプリさんと忍者さんの連携は見事だったよなぁ。まさに天罰!良い飛びっぷりだったぞ、お前。」 ああ、返す言葉もねぇ。クルセの同僚たちに囲まれて、俺は押し黙って赤面していた。剣士仲間に危害を加えてしまった上に、 取った行動は意味を為さなかった。いよいよ俺も軍法会議に掛けられて、良ければ営倉入り、下手すりゃ最前線送りか…。 俺がコンガリ焼けて、診療所で、所長のマリーさんやアコライトのフリージアさんのお世話になっていた。その間にあの剣士、 ノウンさんはわざわざお見舞いに来てくれた。俺はその姿が目に入ってくるや、跳ね起きて平謝りに謝った。 許してもらえただろうか……? 「しかしお前もちょっと前までは、石の壁みたいに冷厳な戦場の鬼だったのになぁ。人が変わっちまったみてぇだ。」 ギクッ。思わず、肩をすぼめてしまう。 「いやあ、かばうわけじゃあないが、俺は今のクラウスの方が好きだな。前よりもよっぽど、人間味を感じさせてくれらぁ。」 「あんまりドジるんじゃねぇぞ!お前みたいに笑える奴は、去っちまったらもったいないからな!」  俺は涙が出そうになった。みんなは、こんな俺を許してくれるというのか。まだ、仲間として遇してくれるのか。ありがとう、 ありがとう……お前らのためなら、この命もくれてやるぜ。もし見捨てられてないとならば、今回もまたどうにかなるかもな。  いつの間にか、誰も俺のことをからかわなくなった。話題が変わったのだ。 聞けば最近、騎士団はこのウワサで持ちきりだという。我々の主君、トリスタン三世陛下の行方が知れなくなったそうだ。 さっきまでの笑顔はどこへやら、誰の顔も一様に険しい。  無理もない。今は乱世だ。弱い者が生き残るには、強い者を頼るしかない。だから町や村の人達は、俺たち騎士を頼る。 そして俺たちが力を頼むのは、国王陛下だ。もしウワサが本当なら、誰もが強力なリーダーを失ったことになる。 「マスタークルセイダー様や、他の長たちはどう動くんだろうな?下手すりゃ、国がバラバラになるかも知れん。」 「冗談じゃねぇ!ただでさえ俺達はモンスターから民を護り、アルナベルツの奴らとも争っているんだぞ。」  収まりようもない、みんなのざわめきを静めたのは鋭い号令だった。 「気をつけーッ!隊長殿のお出ましである!」  その場は水を打ったように静まり返り、全員が直立不動の姿勢で隊長を見据えている。銀色の口ひげもシブい、歴戦の勇士を思わせる人 だった。彼は抑え気味の声で、みんなに語りかける。 「みなの者。他ならぬクルセイダーの我々が、陛下のご存命を信ぜずして何とするか。そのようなウワサに、耳を傾けてはならん。 私は、信じているぞ。王国は、まだまだ大丈夫だ。」 しかし、みんなの目から心配の影は消えない。隊長の確信に、根拠はあるのか? 「入って来る情報が少なくとも、不安に思うことはない。なぜか?本当に陛下の行方が分からなくなっているにしては、こちらの耳に 届くことが少なすぎるからだ。私のような武辺者に、やんごとなき方々のご事情は分からぬ。だが少なくとも、上に立つ方々の結束が 固いのは、間違いなかろう。」 みんなの表情は、まだ硬い。でも、誰の目元も、さっきよりは緩んでいるように思える。気のせいだろうか? 「これで良からぬことを考えている輩が一人でもいれば、たちまち後継者争いでも起きて、我々だって内乱の戦にでも駆り出されている だろうさ。少なくとも私の目の黒いうちは、そんな軽挙妄動は許さん!」 部下たちの顔に明るさが戻りつつあるのを見て、隊長は言葉を継ぐ。 「良いか、みなの者。最悪の場合、ウワサが本当でも我々は次のご主君に仕えるのみ!これまで通りマスターを支え、宮廷に忠義を尽くす のだ。王国の安寧のために、我々にさえ情報を明かせない、ミケル様のご心痛はいかばかりか。考えてみよ!」 号令をかける者はいなかったのに、まるで申し合わせたように、全員が敬礼した。もはや、動揺している仲間は誰ひとりとしていない。 何もなかったかのように、町の修理や警備に戻っていく。俺もそれにならい、仲間たちの後を追った。