「それじゃあお二人共、お大事に」 そう言って俺は医療所の扉から外へ出て行く。 ノウンさんは大事には至らなかったし、クラウスさんの火傷も丁寧に治療されたみたいなので この一件は落着したと言えよう。しかし一緒に居て飽きない人達だな。 外に出ると辺りはもうすっかり暗くなっていた。 結局祭の準備には一切荷担せず、怪我人・病人の世話も医療所任せだったので 俺がここに来た意義を問われると無言で返さざるを得ない。 手持ち無沙汰に弓手村へ戻ると、広場の中央には立派な櫓が組み上げられていた。 それを見上げて満足そうに笑い杯を交わしているのは、この祭の象徴とも言うべき 大仕事に荷担した村人や冒険者達。仲睦まじく語り合う姉妹の姿もあった。 そんな慰労会が開かれている広場の傍ら、岩肌に沿うようにして並んだ露店では 未だに商人達が忙しく走り回っている。明日売る品物の準備、最終点検を行っているようだ。 彼らの気合の入り具合は尋常ではなく、交代制で見張り役を担う者もいる。・・・かと思いきや そこへ笑顔と果物ジュースを格安で振舞うちゃっかり者もいた。 邪魔にならないよう少し離れて見ていくと、やや離れた場所に一風変わったテントを見つけた。 屋根やカウンターに色彩鮮やかな布をあしらい異国の雰囲気を醸し出している。 他の村人は何故か近づかずに通り過ぎていくが、興味をそそられたためか 自然と足がそちらに向かっていた。目の前に来て、ひょいとテントを覗き込んだ。 瞬間、後ずさりをして顔まで180度向きを変えてしまっていた。 店の奥に頭を突き出した瞬間、強烈な臭いが漂ってきたからだ。 いかん、涙まで出てきた。必死に両手で鼻を抑える様を見て、店主のオヤジは豪快に笑う。 「陸地住まいアンちゃんにはキツいだろ。でもコイツら、これで煮込むとウマいんだぜ」 かっかっと声を上げるオヤジが指した巨大な鍋の中身はグツグツと煮えたぎっている。 顔から手を離さないまま恐る恐る覗・・・こうとしたが止めておく。 今、チラっと無数の蛇みたいなものが見えた。この鍋のダシは何でとっているかなんて 恐ろしくて聞けたものではない。 「く、食えるんスかコレ・・・」 「おお、オレの地元の奴らァ皆食ってるよ。ちょっと前に来た魔法使いのアンちゃんも  最初の飯には戸惑ってたが今や毎回お代わりするくれェだからな」 ほ、本当か・・・? 見た目がグロいもの程美味いとは言うがこの中身を見て食う気になるのは、 明日の来訪者の中でも少ないと俺は思う。 「ま、ともかく明日来て一杯食ってみろや。初めての奴はぶったまげるから」 正直遠慮したい所だが、「考えておきます」と苦笑いで手を振ってその場を後にした。 祭の準備も大方終わり、気が付けば昼間の半分くらいの人しか残っていない。 本番のために早めの帰路についたのだろう。俺もそろそろ宿に行くか・・・。 本当は医療所に泊まり込みで手伝いに来たのだが殆どその任務を果たさず終いだったので そんな状態でタダ泊まりするわけにはいかない。宿は自分持ちにしなければ。 と、向かったフェイヨンの宿であったが。 「ここも満室ゥ!?どういうことだよ!?」 「こっちは店の準備で走り回ってクタクタなんだよ!!」 「外に寝っ転がれって言うのォ!?シンジラレナ〜イ!!」 ・・・そうだ、こんな前日で大勢の人が村に滞在する最中宿の空きなんてあるはずがなかった。 フェイヨンに元々ある旅館に加え臨時で建物を貸したにも関わらず、 宿の玄関はストレスが溜りに溜まった人達で溢れかえっていた。 首都の精錬所並の人口密度とブーイングの嵐に、2・3歩引いた所で呆然としていると、 ふと後ろから声を掛けられた。 「エルミド!何をしてるんだこんな所で」 振り返ると、そこには先程広場で談笑していたルーシエさんと如月さんが互いに腕を組んで立っていた。 どうやら買い物帰りの様で、左側の姉が産地直売の野菜を、右側の妹が調味料数種を、 大小の紙袋に入れてそれぞれ片腕に抱えていた。 「いや、今日の宿を取ろうと・・・」 「無謀な奴だな。どう考えても無理だろう」 「ホラ、いつまでもそこでぼーっと立ってないで、宿に戻るぞ。  今晩の夕食は私と朔で作るから心配しなくていい」 そう言うと二人は踵を返してさっさと歩き出した。 結局、甘える事になるのか。スンマセン、食器洗いくらいはさせて頂きます。 宿からしばらく離れてもなお聞こえる罵声に若干申し訳なさを感じつつ、 小走りで前の姉妹を追いかけていった。 「おーい、フリージアー。そろそろ中入るぞー」 「ふぁ〜、もっふもふ〜・・・」 医療所に戻るとペコにしがみ付くフリージアさんを疲れた顔で引っ張るルクスさんの姿があった。