マリーさんの好意により如月さんも医療所に止まっていいことになった。 それは良いことなんだが・・・何故三人同室? 「・・・俺、ルクスさんとこじゃ駄目ですかね?」 「ダーメ。ルクスは一応病み上がりだろう。  看護にはフリージアもついてるし、邪魔するわけにはいかない」 隣では如月さんが腕を組み、うんうんと首を縦に振る。 「さって、寝ようかお姉ちゃん」 「そうだな・・・あぁ、そうだエルミド。私、寝相も寝起きも悪いから  起こして貰えるとありがたいなーなんて。それじゃ、お休み〜」 ルーシエさんはやや上目使いでそう頼むと、こちらの返事も待たずにさっさと寝床についてしまった。 数分もしない内にベッドから二つの寝息が聞こえてくる。なんというか、無防備だな。 ここにいるのがグレンさんだったらどうするんだ・・・って、それは誤解なんだった。 しかしせめてカーテンくらいは閉めなさい、と俺は二人が寝ているベッド脇のカーテンに手をかける。 「ふにゃ・・・」 視点を下げると、厚めの布団から覗かせるルーシエさんと如月さんの安らかな寝顔が。 普段厳格にしている人でも寝顔はこうして可愛いんだな、と眺めていると・・・ 「どこ見てんらこのエロクルセっ!」 ごすっ、と鈍い音と共に顔面に右ストレートを食らう。 いっ・・・、たいどころの騒ぎじゃない。今の衝撃で一瞬脳震盪が起きた。 慌てて顔にヒールをかけつつシャッとカーテンを閉める。何故か痛みはまだ引かない。 「やれやれ・・・」 溜め息をついて部屋の灯りを消し、じんじんと熱くなっている鼻頭を冷やすべく部屋の窓を開けた。 そこから見える外の景色はすぐ目の前が雑木林であり、木以外に見えるものと言えば 濃紺の空にぽっかりと浮かび上がった丸い月くらいのものだ。 ちょうど胸くらいの高さにあった窓の縁に腕を置いて頬杖をついた。 昼間と比べやや冷えた生温い風が髪と木々を微かに揺らす。 木の葉が枝を掠める音が波のように強弱を付けて聞こえてくる。 プロの宿で見た時よりも大きく見えるその月は、この地に彷徨う魂を慰めるかのように悠然と佇んでいた。 「お姉ちゃぁん・・・やめて・・・」 「ふぁはは・・・きょーからお前は私の・・・かきたれになるのら・・・」 ふと聞こえてきた声に顔を上げる。・・・マズい、どんくらいぼーっとしてたんだ。 気が付けばもう鼻の痛みは完全に引いて、流れ込んでくる風ですっかり体が冷えていた。 姉妹の寝言は気に留めずに窓を閉めて、自分の寝床についた。 翌朝、小鳥のさえずりもまだ少ない明け方に目が覚めた。 昨晩は遅くまで起きていた気がしたのだが、早起きはプリーストの習慣で身についたものなのだろうか? ・・・だとしたら、未だ隣のベッドで爆睡する彼女はあまり教会に通っていなかったのか 冒険者として気侭な生活を送っていたのか・・・。まあ、いいや。 「ルーシエさん、如月さん、朝ですよー・・・」 声を掛けつつカーテンを開ける。 そして高速で閉める。 ・・・えーと、今年齢制限が付きそうな光景が広がっていた気がするのは、俺が寝ぼけてるから? とにかくこれはもう一回開けて起こすべきか、そのままそっと二人の世界でいさせるべきか。今日は自問が多いね。 「皆さん、おはようございまーす」 扉が静かに開き、そこからアコライトの少女が顔を出した。フリージアさんだ。 「あれっ、エルミドさんもう起きてらしたんですか」 「フリージアさんこそ。ルクスさんももう起きてるの?」 「いやあ、ルクスさんは寝ぼすけさんですから、まだ夢の中ですよ。  朝の会の前にはきちんと起こしますけどね」 「朝の会?」 「この医療所では、毎日朝食の前に医療所のスタッフが食堂で集まることになってるんです。  その日の役割分担とかお知らせとかを、マリーさんが皆に通告するんですよ」 「なるほど。  ん、ルクスさんは患者だから出なくていいんじゃ・・・」 「えっと、その、ルクスさんは、もうほぼ完治した状態だから、出てもいいんですっ」 「・・・そか」 取り乱してわたわたと弁解するフリージアさんに、それ以上言及するのはやめておいた。 「お二人はまだ寝てるんですか?」 「あー、うん。でも今、カーテン開けない方がいいかも」 「え、なんでですか?」 「だって、なぁ・・・」 俺が言葉を濁すとフリージアさんは不可解な顔をして、カーテンの掛かったベッドに近づく。 ああ、だからそれを開けちゃあ・・・っと、開けちゃった。 「わ・・・」 彼女の顔がみるみる紅潮していく。 終いには頭から湯気でも出さんばかりに真っ赤になって、硬直してしまった。 「んー、なぁに・・・?」 カーテンの奥からルーシエさんの寝ぼけた声が聞こえる。どうやら今起きたようだ。 「ありゃ、フリージア・・・おはよふ・・・」 「わ、わ、わあああっ!?」 「ああ、フリージアさん!」 フリージアさんは挨拶を返す余裕もなく部屋を飛び出していった。 「おーい、エル・・・わたし何かしたか・・・?」 「いや・・・  とりあえず・・・如月さん起こして着替えた方がいいかと・・・」 その後、ルーシエさんと如月さんは何事もなかったかのように爽やかな顔で食堂に向かい、 朝の会ではフリージアさんが必死にルクスさんに話題を提供していた。