そろそろ夜中の2時になるだろうか?担ぎ込まれてからずっと安静にしてたので、俺は眠れずにいた。それにしても、ヒールを 使える身が診療所でジっとしてるのも、落ち着かないものだな。 ベッドから診療所の天井を見上げ、俺は感慨にふけっていた。ノウンが俺を快く許してくれて、とても嬉しかった。 俺にできることなら、どんなお手伝いもしてあげたい。そうだ、「稽古をつけて欲しい」と言ってたな。 ここまで思い出して、さらに物思いに沈む。剣術の訓練だって?俺に、お相手が務まるのかな。 ここまで、無我夢中でやってきた。まだ命がある理由は、何だろう。良き仲間に恵まれたから?ここまで育ててきたキャラの 記憶が、どこかにあるからか?恐らく、それはどちらも正しいだろう。ダメだ、ダメだ。俺は強いんじゃない。運が良かったのだ。 俺などが相手で、ノウンは強くなれるのか?もっと適任な人がいるんじゃないか?しかし、いくら考えてもノウンの願いを断る気には なれなかった。こんな俺を頼ってくれたことが、とにかく嬉しかったんだ。ぜひとも、期待に応えてあげたい。  しかし、ノウンの求めに応じる前に、どうしても確かめなけりゃいけないものがある。俺の腕前だ。でも、誰になら客観的な評価を 下してもらえるだろう。このフェイヨンに、他に剣士の知り合いは……いる!いるじゃないか!  俺は鎧を身に付け、サーベルを佩くと診療所を後にする。ペコは起こさないことにした。気のせいか、化粧品の残り香がする。 フリージアに、よっぽど気に入ってもらったと見える。しばらく月明かりの下を歩いて、ようやく目的の場所に辿り着いた。 クルセイダー隊の臨時駐屯地だ。  門衛は、淡い月光の中を近づいてくる人影を認めると、槍を構えてこちらに向けていた。俺が同職者と知ってその来意を聞くと、 ようやく通してくれた。笑い者になるのも、悪くはないかもな。すんなり通してもらえたのは、俺のことを聞き知っていたからだろう。  「隊長!ペコが!乗り手の言うことを聞きません!」  「隊長!クルセが!夜警に行ったまま帰って来ません!」  「うるさい!並べ!団体行動を乱すな!クルセ、騎士、クルセ、騎士で交互に並べ!」  月下の営庭では夜警の交代に向かうのか、騎士やクルセが隊長の前に整列していた。その隊長は、夜警を各自の持ち場に送り出して から、俺の方を振り向いた。 「ほう、クラウスか。『クルセが、ひとり遅れて来るそうです。』とは聞いてないが?お前は我が隊に編入されてはおらん。ゆっくり 休んで、明日の祭りを楽しめ。」 「隊長殿、夜分、申し訳ありません。明日の祭りをこのまま楽しむには、いささか気がかりなことがありまして。」  隊長は、見事に揃えた銀色の口ひげに月光を反射させながら、俺の話を最後まで聞いてくれた。 「ふむ、その剣士もまた、命知らずなことだ。訓練とはいえ、クルセイダーに挑むとはな。」 「そのことについてなんですが…私の剣の腕では、ノウンの訓練相手が務まるかどうか分かりません。」 「それが、あのケイナ・バレンタイン殿から真剣勝負で一本取った男の言葉か。しっかりせい!」    ケイナさん、自分が負けたことを口外したのか。これには、とても驚かされた。隊長は、さらに言葉を継ぐ。 「ケイナ殿のご尽力にも関わらず、お前はまた迷っているのか? ええい、俺が一丁、揉んでやる!」  こうして俺と隊長は、刃が付いてなくて切っ先の丸くなっている、訓練刀を手に対峙することになった。 稽古が始まるや、俺はケイナさんと戦った時のように防戦一方になる。隊長の一撃は、どれもかなり重かった。剣で受けても、 盾で止めても腕までシビれやがる。しかも受けるのがやっとで、かわすことができない。ステ振りよりは、長年の経験が為せる 剣の妙手なのだろう。ついに、俺は決定的な間合いまで詰め寄られてしまった。彼の強烈な一閃が、鎧の胸板を激しく打つ! 痛みで息もできなくなり、俺は思わず、ヒザをついてしまった。なんて豪腕なんだ……文字通り、言葉も出ないぜ。 俺の心の中を見透かしたのか、隊長は言い放つ。 「今のはバッシュではない。通常攻撃だ。」  俺、明日の朝日を生きて拝めるかな……。  答えは、「イエス」だ。結局、俺が隊長の動きを少しでも止められたのは、鎧の隙間を上手く突けた時くらいのものだった。 でも隊長は、こちらがやっとその一撃をかわせるようになって来た頃、稽古を切り上げてくれた。 「ふむ、俺の剣を避けられるようになってきたな。それならば、戦場で足手まといになることはあるまい。訓練は、これまでとする!」 「あ……ありがとうございました!」  こっちはもう、フラフラだ。でも、ここで倒れるわけにはいくまい。最後の力で足を踏ん張り、姿勢を正して敬礼する。そんな俺に、 隊長はいくらか頬を緩めて語りかけて来た。 「クラウス、二つほど忠告しておくぞ。その一!レベル相応の自信を持て。そうすればお前は、どんな時でも戦友に命を預けてもらえる ようになれる。その二!ノウン殿のお相手を務める時には、一切手加減無用だ。全力でぶつからないと、戦士としての礼を欠くぞ。 いいな?」 「ハッ。了解しました!隊長殿、心からお礼を申し上げます!」 「よし、行け!もうそろそろ、町の宿では朝飯が始まる時間だろう?ここには隊員分の食料しかないぞ。」  やはり、隊長に相談して良かった。今や、心はすっかり晴ればれとしている。何の迷いもなく、祭りを楽しむことができそうだ。 今朝の朝飯は、普段にも増して美味いだろう。仲間たちと一緒に、摂らない手はない。俺は羽の生えたような足取りで、宿屋の食堂に 向かっていくのだった。