夕方、会場で酒盛りが行われている頃、俺は雑踏から離れた人通りの少ない道にいた。 やれやれ、祭の出店を見て歩くだけでこんなに遅くなってしまうとは。 会場をぐるりと一周したが結局ルーシエさん達とは出くわさなかったなぁ。それだけ広かったってことか。 ただ知らぬ間に面白いことが起こっていた形跡はあった。 道行く人の噂では『巨大パフェ:タナトスタワー』を制覇した二人の細身の女性がいたとか、 急に人気が集まり始めた蕎麦屋と海鮮鍋の店があったとか、 あるチーズケーキの店に料理評論家と文無しが来店したとかしなかったとか・・・ その場に居合わせなかったのが残念だが、皆楽しんでいたようなので良かった。と思っておこう。 ふと空を見上げると橙色が藍色へと変化しており、昨日見た月が顔を出していた。 もうそろそろ鎮魂祭のクライマックスだな。 会場にそびえる立派な櫓に火を灯し、その炎を囲んで犠牲になった人と魔物の安息を祈る。 今回の祭の主となる行事で、終幕の合図ともなるわけだ。 一応事件に関わったし、これには参加しておかないと・・・ そう思いたって会場へ引き返そうとする、が、すぐ足を止めた。 背後に何かの気配を感じたからだ。・・・また殴られるのは勘弁。 それでも良くない予感に恐る恐る後ろを振り向くと、 出た。 日本でも昔から夜になると古い家屋や学校なんかに現れる、アレ。 九尾狐の姿をした、周りに鬼火を灯らしている、半透明の。 「ユ、ユーレ・・・ッ!」 『ちょい待ち、ニーサン』 しゃ、喋った! お決まりの反応をしようとした所で、片足を上げた狐に制止された。 「お札ならあげますから勘弁して下さい!成仏して下さい!」 『いらないよ。それムナックが落とした奴だろう?  躊躇なく撲殺しておいて、その反応はひどいなあ』 ・・・え? 撲殺ってことは、やっぱり・・・ 『ケケッ、先日はよくもやってくれたねェ。  祭には他の連中も来てるのかい?呑気なもんだ』 「この前の事件の、九尾狐の幽霊・・・?」 『そうさ。  あーあ、足が消えてるとかっこ悪いなあ』 狐はそう言うと、透けて見えない足元に首を伸ばし、ふるふると横に振った。 溜め息までついている・・・これは、まさか俺呪われるフラグですか? 「ま、まあ、あれは仕方ないというか。やらなきゃやられてたわけで?  所謂正当防衛というやつで・・・」 『何必死に弁解してんのさ。理由がどうあろうとやったのはアンタさ』 「・・・それで報復するのか?俺達を呪い殺すか?」 『いんや別に?  僕らにそんな力はないし、あったとしてする気もないけど』 「へ?」 『僕ら魔物はね、この世界じゃ冒険者に倒される存在なんだ。  アンタらは僕達を倒し、倒し、経験を積んで強くなる。そういう仕組み』 「そういう仕組みって・・・」 そりゃゲームじゃそうだけど・・・。 『例えばどんなに魔物を狩ってもすぐに新しいヤツが出てくるだろう?  町の近くには初心者が相手に出来るような弱い魔物しかいないだろう?  アンタらに倒されることを前提にされてんだな、僕らは』 「誰かに、意図的に?」 『だろうね。でもただ配置するだけじゃあ冒険者に飽きられてしまう可能性がある。  それで考えられたのが今回みたいな僕らの暴動ってわけだ』 「ちょ・・・っと、待った。あの事件が度々起こってるっていうのか?誰かの手によって?」 『うん、冒険者にとっての非常時。  魔物退治にマンネリ化した人にはちょうどいいだろうね』 「犠牲者が出てるんだぞ?」 『犠牲者ね・・・。冒険者は特別な加護によって死んでも新たな命が与えられるし、  僕ら魔物も数調整のためにいくらでも蘇えるんだぜ?』 「違うよ。亡くなった村人や倒壊した建物のことだ。  あれも意図されたことだと?」 『あー、そうかも』 そうかもって。えらく曖昧だな。 『なにせ僕らはただ数を増やして町に出て、暴れただけだもの。  村人や建物が巻き添えになったっておかしくないよねぇ』 「・・・」 さすが魔物。淡々と言ってくれる。 『そーいうアンタもやけに涼しい顔で聞いてるじゃないか。  本当に人間の味方かい?』 「当り前だ。というか、さっきから心の中を読むんじゃない」 『まあまあ、いいじゃない細かいことはさ。  それよりそろそろ気になってやしない?僕のことで』 「・・・正直、今でもヒヤヒヤしてるから早く言ってくれ。  どういった了見で魂のまま現れて、そんなことを俺に話した?」 『ケケッ、そんなに身構えなくても魂取って食ったりしないさ。  ただ、』 『疑問に思ってることがあるんだよね』 「疑問?」 『最近どうも、魔物の動向がおかしいんだ。  今までの暴動はきちっと数が制限されて冒険者が奮戦すれば確実に倒せるように  なってたんだけどね。段々そうはいかなくなってきた。  一件一箇所に洒落にならないくらいの魔物が投入されるのさ。  先日だってそう。少し殲滅が遅れれば村が崩壊していたかもしれない』 狐の言葉に、先日の事件の情景が脳裏に浮かぶ。 確かにあれはイベントともテロとも言いがたい数だった。 それを勝る数の冒険者が駆けつけなければ自分もどうなっていたか・・・。 『僕らは呼び出されたから仕組みのまま冒険者に襲いかかるんだけど。  最初は勝負どころじゃなかったね。その場にいた人次々に轢かれて、  その後駆けつけた人達が応戦するけどやられちゃって、  そうしてどんどん人が溜まりこめばつっかえて動けないわ、  死んだ冒険者が復帰しにくくなるわテンテコマイ、って感じ』 「それは普通のイベントでもあったような・・・」 『しかし、イベントにしては”告知”が無かった。  特別に僕らが呼び出されるときはいつも、その情報が冒険者に渡るようになってたんだけどね。  今回は誰もそれを知らなかったわけさ』 「テロ・・・冒険者の誰かが、古木の枝を使ったって可能性は?」 『としたら、都合よくフェイヨンの仲間達ばかり出てくるかい?』 「出てこない、な」 『うん。とにかくこれは本当に非常事態。  僕らが呼び出される頻度も増えてきて、元々いる仲間も妙にハリきってるし。  どうなってるんだろうね?』 狐はふわりと飛んで宙を舞うと俺の背後に降りてきて、その鋭い目つきでこちらの顔を見上げる。 「俺にその原因調査をしろと?」 『まあ僕に強制する力はないけどね。ただ、アンタは他の人とちょっと違うみたいだから』 どうやら相手はこちらが異世界から来たことを知っているらしい。 「・・・こっちに来たばっかりで、アテなんてものも全くないけど。出来るのか?」 『なあに、僕らも出来るだけの協力はするさ』 「僕ら?」 そう言うと、狐は首を上に向けて軽く吼えてみせた。 すると周りに次々と浮かび上がる仲間達。フェイヨンDファミリーズだ。 「いッ・・・!?」 『僕ら魔物は倒されて一定時間すればまた蘇って持ち場に戻るんだけど、  それまでの間は君に憑いてアドバイス出来るよ。魂の状態じゃ皆協力的みたいだから大丈夫さ』 「大丈夫・・・って、つ、憑いて!?」 『アンタら人間は背後霊っていうのかな?元の世界じゃ憑いてなかった?』 憑いてるわけないだろ。・・・いや、もしかしたら憑いてたのか? 元の世界じゃ霊感なんてものはなかったので知る由もない。 だから幽霊が憑くのに耐性なんてのもないのだ。 『ま、交代制で一体ごと憑くってことにするから。我慢してよ?』 「うう・・・」 もっとマシな方法で協力出来ないんだろうか? そもそもやるとは一言も言ってないが・・・、元に戻る手立てが今これしかないのも事実。 『アンタにとっても悪い話じゃないと思うよ。この世界を知れば戻る方法も見えてくるだろう』 「・・・分かったよ。その話引き受けた」 『そう来なくっちゃ』 九尾狐は口元でニヤリと笑うと後ろの仲間達に振り返った。 『じゃあ誰が最初にニーサンに憑くか決めよう!希望者手を上げてー、はいっ』 ザッ ・・・全員!? ムナックやボンゴン、ゾンビに加えファミリアまで片羽を上げた。ポポリンは・・・表情で意思表明している。 『あらら。こりゃ話し合いじゃ無理だ。  ・・・じゃあ、最初にニーサンに取り憑いたヤツが一番ってことで』 「え、おい、ちょっと」 『よーい、ドン!』 合図と同時に、魔物の魂が一斉に押し寄せる。冗談じゃない、一気に取り憑かれたらどうする! 俺は慌てて踵を返し走り出した。それに続いて魔物達もすーっと移動する。 な、なんなんだこの妖怪行脚は! 多量の幽霊を引き連れたまま村へ消えていく中、その場に残っていた九尾狐の意地悪い笑いが聞こえた気がした。 『・・・あの者は、異世界の冒険者でも一際奇異な存在ではないか』 『今の僕らと似た匂いがするよね。これからどうなることやら。  ちなみに、君も協力するの?』 『気が向けばな。お前達ほど頻繁に倒されるわけではないし』 『ケケッ、そりゃそうか。僕らの大将様だもんな』