●山岳の都市フェイヨン とある露店にて   テーブルの上に散らばる10zenyコイン4枚と1zenyコイン5枚。   たった9枚からなる慎ましい音がテーブルに小さく響く中、僕の所持金の全てを見たルクスさんは苦笑を漏らす。   「すごく…… 金額不足です。」   ですよね。   というか、僕は診療所を出る前に一度確認したはずだ。   あまりにも軽い自分の財布の中身を。   それを今の今まで、チーズケーキ一切れを完食するまで忘れていたのだ。   「何て、無様……」   自身の迂闊さのあまりテーブルに突っ伏すと、ルクスさんは金を仕舞うよう促してくる。   財布代わりの革袋に音を立てながら仕舞いこんでどうするべきか考える。   この場にいる誰かに奢ってもらうか?   却下だ。この世界に来てからというもの、僕は人に迷惑をかけてばかりいる。   これ以上人様の厚意にあやかる訳にはいかない。   この場から逃げるorすっ呆ける。   両方却下、論外、問題外。理由は考えるまでもない。   と、なると。   ケーキ代の分、ここで露店の手伝いでもするか。   それしかなさそうだ。   エリーさんに手伝いを申し出ようとテーブルから顔を上げると、   ルクスさんが一つの紙袋を目の前に置き、僕の方へ視線を落としている。   「さてノウンさん、ここにお土産用ケーキがある。    折角のお祭だと言うのに仕事をしている医療所の居残りスタッフへの差し入れにしたいのだけど、    あいにく俺はここを離れられない。    そこで、だ。俺等の代わりにこのケーキを医療所まで届けてくれないかな?    無論報酬は出す。成功報酬5,000zenyでどうだ?」   ルクスさんの提案に彼と僕以外の、その場に居合わせた皆が怪訝な顔をしている。   それはそうだ。   差し入れを買った本人が届けるのではなく、僕に依頼して5,000zenyの報酬を出す。   もちろんチーズケーキ1ホール分で5,000zenyもの値段はしない。   僕の所持金を知った彼以外にこの提案の真意を知るものはいないだろう。   彼は依頼という形を通して僕に施しをしようとしていることに。   しかもこの依頼を受けなければ医療所の居残りスタッフを無碍にすることになり、皆から非難を浴びることは間違いない。   ガンスリンガーだけあって心の隙間も正確に射抜いてくるとは流石だ。   二つ返事でルクスさんの提案を承諾した僕はケーキの入った紙袋を受け取り、   臨時医療所へ届ける為エリーさんの露店に背を向ける。   人込みでよく分からなかったが、エリーさんの露店からある程度距離が取れただろう頃にルクスさんへWisを送る。   『ありがとう。後でこの恩には報いるから。』   『ああ。皆には俺から説明しておくから。それよりケーキのこと頼んだよ。』   また人に迷惑をかけてしまった。   そう思っていた所為か、診療所へ向かう足取りは軽くない。   焦りと不安で取り乱す僕を諭してくれたマリーさん。   自分勝手な理由で力を得る為に、稽古という名目を隠れ蓑にクラウスを利用しようとし、   今度はルクスさんから施しを受けようとしている。   フェイヨン救済と鎮魂祭に向けての手伝い。   その為にここまで来たのに、結局何もすることなくこうして当日を迎えてしまった。   僕はここで、一体何をしているんだろう。   その問いかけに答える声は、なかった。