「……貴方は…!?」  レッドエンジェルのメンバーと共に現われた、そのリディックの姿にリリアは信じられないと首 を振った。連れ去られた、と聞いてはいた。捕われているのだと、そう思っていた。  なのになんで自分達と対なすその場所にいるのか、リリアには理解が出来ない。  もしかしたら、と暗い予感が走る。いや、そんなはずはない。彼はそんな人ではない。  何かの、何かの間違いだと必死にその予感を否定する。 「リディックさん!!」  フィーナも泣きそうな顔で彼の名を呼ぶが、リディックは何の反応もせず、ただ黙って前を見て いるだけ。 「………なんだ、あれは…」  そのリディックの様子にケルビムはその目を顰めた。確かに、無理やり連れてこられたわけでは なく、自分の足でここに来たのだろうが、その挙動は明らかに異常だ。そもそもリディックはあん な無表情な…そう、あんなまるで死んだような目はしていない。 「ありゃあ本当にリディックなのかよ……」  傍にいるそのラルの独り言のような呟きもケルビムの耳に届き、彼女は注意深くその姿を見た。  アクトのようにおかしくなってしまったのか?  そこらの連中と同じように、自分達が殺す相手を何故見ない?  お前は一体何を見ているのだ?  宙に放り出されたその視線の先には何もない事はケルビムにも気づいている。  そんな折、チェスターはその顔に嫌悪感を覚えるような嫌な笑みを浮かべて、リディックの傍に 歩み寄った。 「そういや、お宅らみんなこれの知り合いだったもんな」  乱暴にリディックの髪を掴むと自身に引き寄せる。されるがまま何の抵抗もせず、否、何の反応 すらも見せないその姿は異様なものだった。  他の者も可笑しそうに笑っている。チェスターは横にいる仲間の方に合図を送れば、それは頷い て背後に回る。  突然、だった。  突然それは剣を抜き放ち、リディックの脇腹にその鋭い剣を突き立てたのだ。 「…ひっ!!?」  その異様な光景にリリアは口元に手を当て、短い悲鳴を上げる。  白の法衣が朱に染まり、それはどんどんと大きな染みになっていく。それでも剣に刺された事に 気が付かないように、眉すら動かさず視線は宙に放り出したまま。 「…治せよ」  チェスターは短くそう言えば、そこで初めてリディックはその生気のない瞳を揺らせ、貫かれた 脇腹に手をかざし、僅かに口が動く。声は聞こえない。恐らくヒール。  淡い光が発せられ、今もなお大きくなっていくその赤の侵攻はそこで止まる。 「ま、ご覧の通り、これはもう俺達の玩具。返せって言われても返せねえよな」  チェスターは掴んでいたリディックのその髪を離して、肩を竦めて見せた。  ケルビムたちは言葉を無くしていた。何が起こっているのか理解しようにも、その状況に思考は 止まる。 「そうだっ!  もうちょっと面白いもの、見せてあげる!」  アムリタはぽんと両の手を叩き、その顔に満面の笑みを浮かべた。リディックの右腕を取り床と 水平にまで持ち上げて、そしてその間には斧を携えたエレナが控えている。 「……ま、まさか…っ!?」 「やめっ…!」  各々口に出す、制止の言葉は届かない。振り上げられた斧。鈍い音。飛び散った、赤い物。 「きゃああああぁぁぁぁっ!!!!?」  それはまるで捻った蛇口のように、止めどなく溢れ出るその血液に真っ赤に染まりながらも、た だただリディックはその場に立つだけ。 「ね、もう何しても良いの。あんまり難しいのは出来ないけど、全然問題ないしね」  切り落としたその腕をぶらぶらと振りその血を浴びながらも、アムリタはその口元を弧に歪ませ る。 「俺達もこいつで散々遊ばせてもらったさ」 「さすがハイプリースト様様ってな」  レッドエンジェルのメンバーもげらげらと笑いあう。異常過ぎるその光景。 「……き、貴様らああぁぁあっ!!!!」  激昂の声をあげ、ケルビムは矢を弦がえる。打ち出すその瞬間、チェスターは何事か囁き、そし て展開するニューマの前に、放ったケルビムの矢は弾き飛ばされた。 「言っただろう?  通用しないって、さ」  片腕を失ったまま、ヒールも掛けずニューマを展開。自分が一体どのような状況にあるのかすら リディックは理解していない。 「…アムリタ、そろそろ死ぬぞ?」 「あ、そっか」  止血をしないため、その床には血溜りがいびつな池を作っていた。リディックの足がふらつきだ したのは失血によるためか、それに気がつきエレナはアムリタに言う。 「じゃ、とっとと治しといてね」  無造作に右腕を彼に返せば、その言葉にヒールでその腕を接合させる。まるで機械の様なその動 作。 「………に……した…」 「ん?」 「…リディックに、何を、した?」  今まで声も上げずにその光景を見ていたルフェウスは、静かに一言ずつ含むように問う。その表 情は全くない。怒りも、悲しみも、何もない。 「んー?  初めはね、ちゃーんと勧誘したんだよ?  だけど、ぜーんぜん言う事聞かなくってさ。  だったら壊しちゃえって」  アムリタは鞄の中を漁りながら言葉を続ける。 「最初はね枝であのバカ騎士みたいにやってみようかなって思ったんだけど、下手すれば簡単に死 んじゃうじゃん?イグ葉に白ポにお金もたくさん掛かっちゃうし。  それに聞いたらさ、これの転生前ってMEって言うじゃない。つまりマゾ?  そしたら外からぶつぶつやったってあまり意味ないからと思ってさ。  そしたら閃いちゃったわけ。  もう、あたしってば頭良いよね。  お金もそんなに掛かんないし、ずっと見てなくても大丈夫な方法思いついちゃったのよ!」  あったあったと鞄からひとつの瓶を取り出した。 「じゃーーーん。アシッドボトル〜〜。  朝昼晩、毎日これ飲ませてみたの。  後は近くにジオ呼んどけば時々見に来るだけで簡単簡単。実にリーズナブル。  最初は血を吐きながら暴れてたんだけどさ、3日目くらいからかな反応なくなったの」 「…で、それを俺がマリコンで調教したわけ」 「……なんて、……なんて恐ろしい事を……」  青褪め足元が震え、リリアは首を振りながらそれを聞いた。その矛先は、間違えれば自分に向か っていたことに恐怖し、しかし、自分の所為でリディックをそのような目に遭わせていた事に絶望 する。  カイは口元を押さえ座り込んでいる。傍目からも判るほど青褪め、戻しそうになるのを必死に堪 えていた。 「あなた達は…っ、あなた達は人間ですかっ!!!?」  フィーナは涙を零しながら悲鳴を上げるように叫べば、それにど、と笑い出すレッドエンジェル。 「人間さ。どんな人間だってその心の奥には破壊衝動を宿している。  つまりは我々は本質。お前達もその薄っぺらい仮面を剥げば、我々と同じものだと何故気が付か ない?」 「それが、アンタの考えか。  変わったよな、エレナ」 「変わったわけじゃない。私は私のままだ。お前もこちらに来ないか?ラル。歓迎するぞ」  ラルはその言葉にけっと吐き捨てる。 「誰が今のお前なんかと。冗談じゃねえ」 「残念だ」 「ま、お話し合いもこの程度にしとこ。じゃあ楽しく死んで頂戴」  アムリタはそう一声上げると、レッドエンジェルのメンバーはルフェウス達に襲い掛かる。  その誰もが笑いながら、これからの惨劇を楽しむかのように見え、それは異常な光景だった。 「……カイ、気をしっかり持ちましょう。  わたし達はわたし達の役目を果たすのです」  襲い来る人間にリリアは首を振って、意識を戦いの場に集中する。  杖を掲げ、皆に支援スキルを使用する。 「……うん」  口元を拳で拭い、カイは立ち上がる。絶対にこんな連中を許すわけには行かない。 「ナツキ、無茶は、するな」 「お姉ちゃんも、ね」  ケルビムは弓を、ナツキは短剣を握り締め、真っ直ぐに迫り来る者を見つめる。  点在するニューマは弓手にとって非常に厄介だ。しかし、そんなものは関係ない。自分は狙撃主 として相手を打ち倒す。それだけ。 「ふん、どいつもこいつも、狂った眼しやがって」  ラルは杖を構える。ストームガスト等の長詠唱スキルは恐らく妨害される。だが、別に問題はな い。ウィザードのスキルはストームガストだけではないのだ。  要は使いよう。それだけだ。ふと視線をフィーナに向け、彼にしては珍しく彼女に向かって笑っ てみせる。 「お前さんは手を出すな。俺も前にあんな事を言った手前ではあるが、何にしてもお前さんが戦っ て、その事をリディックが知ったら泣くぞ、あいつ」 「…ラル、さん…」  す、とフィーナの前に出ながら詠唱を開始する。  がしゃり、と重い音が僅かに響く。カートのアイテムを重量ギリギリに持ち、カートを手放す。  持ったまま戦えるほど、器用じゃない。  ―――ああ、これが「キレる」って言う奴なのかな。  頭の芯は酷く冷たい。如何にして。相手を。潰すか。  ルフェウスは何本も差した剣の一つを抜き出して、迫り来る人間相手にその無表情な瞳でそちら を見た。  最前線をルフェウスが立つ。相手は純戦闘職、戦闘型ですらないアルケミスト相手に余裕の表れ か大声で笑いながらその剣を振り上げる。  ルフェウスは盾を前にその攻撃を受ける。非力なアルケミストはそれで吹き飛ぶ、そうそう思っ ていたのだろうが、目の前のそれは剣の衝撃を全て受けたまま、後ずさる事すらない。  僅かに眉を寄せる相手に向かいルフェウスは剣を突き出す。  相手は知っていた、相手は製薬型。Agiなど振っているはずがないと。しかしその剣閃は鋭く 男の肩を貫く。 「なんで…っ!?」  怪我に怯まないのはやはり、アンティペインメントか。疑問の声はありえないその剣速にある。  狂気を使ってたとしても、これはありえない。  そしてルフェウスはすぐさま武器を変える。短剣フォーチュンソード。  完全回避を主に、相手の攻撃を避ける。変えた理由は簡単、後ろからラルの詠唱を確認したから だ。 「フロストダイバー!」  びし、と氷の軌道が相手を捕らえ、まるで蔦を生やすように絡まり凍結する。すぐさまユピテル サンダーの詠唱を開始するラル。 「なんと言う、ふざけた事を」  ケルビムは凍った味方にリカバリーを掛けずに、ニューマを設置するその様子に舌を打つ。  仲間を助けるという考えは、あの者達にはないのだろうか。  点在するニューマは弓手の攻撃を妨害する。しかし、そのような状況下でもケルビムは自分が無 力になるとは微塵も思っていない。設置用罠を取り出し、それを打ち出した。  スキッドトラップ。踏んだ相手はあらぬ方向に飛ばされる。何処に飛ぶかは既に知っている。ニ ューマの隙間、その場所だ。 「ダブルストレイファング!」  二連撃の倍率スキルを弱いその場所に狙って撃つ。つまり、腕の関節。剛速の矢は違える事もな くその狙った場所に突き進む。着弾してもそれは威力を消さず、真っ直ぐに飛び部屋の反対側に突 き刺さる。相手の腕は関節より下吹き飛んだ。 「ぎゃあああああっ!!?」  その悲鳴は痛みじゃない。無くなった腕に対するもの。 「阿呆が。貴様達のやってきた事をその身に浴びて、悲鳴とはな。笑わせる」  再びケルビムは罠を取り出し、次の獲物を定め出す。 「すとりっぷうぇぽん!!」  自分に襲い掛かるその相手の攻撃をシーフ系特有の回避力で避けた後、ナツキはその相手の手の 甲にドロップス4枚刺しのマインゴーシュで攻撃を仕掛け、相手の剣を叩き落した。  ナツキは脱衣ローグだ。Strも殆ど振っておらず、弓もニューマによって阻害される。ケルビ ムのように相手をニューマの隙間に追いやることも出来ないから、自分は攻撃手にならない事を理 解している。だから自分の仕事は相手を無力化させること。 「くそうぜえんだよっ!!!」  一人の武器を落としたそのすぐ後ろにもう一人おり、それがナツキ目掛けて迫り来る。 「うざいのはあんただっ!!!」  飛び掛った相手の横っ面をカイが殴り飛ばした。 「ちっちゃな子にまで手を出してさいてーっ!」  力だけには自信がある。当たりさえすればそれなりのダメージも与えられる。前列でルフェウス のように動くことは出来ないとカイは自覚している。それにしても製薬型だと言うのにあの動きは なんなんだろう。  いやそんな事を気にしている場合じゃない、自分は自分の出来ることを。  こちらは後衛の多いPTだから、せめてその後衛を護るくらい出来なければここにいる資格はな い。 「なによ、あれ。  話違くない?」  高みの見物と洒落込んでいたアムリタは、予想と違う展開に口をへの字に曲げた。  送り出した者はPvにろくに出る事の少なかった、いわゆる雑用と呼ばれるものではあったが、 曲りなりとも戦闘職。それがあの弱そうな連中に良いようにのされているのがアムリタには面白く ない。 「何へぼ支援してんだ、カスが!!」  指示を出しているのは自分だと言うのに、それを認めずにチェスターはリディックに向かって怒 鳴る。  エレナも理解する。こちらが戦意喪失するのは時間の問題だ。枝を折るだけ、血を見るだけ、動 けない者を甚振るだけしか能の無い、そしてそれだけで興奮するような馬鹿でも役には立つかと思 ったが、予想していた通りだ。  ほら、今では逃げ惑っている。  無様だな。エレナは口には出さなくとも心の中でそう吐き捨てる。  ラルはこちらに魔法を放ってこない。恐らく、これの巻き添えを考えているのだろう。たとえボ ルト系でもチェスターはリディックを盾にする。それを知っているのだろう。  ケルビムの攻撃は正確だが、ニューマがあれば恐れるに足らない。  しかし、とエレナは思う。  あの動きの拙かったラルがなかなかどうしてしっかりとした動きをする。あれだけ動けるように なるには相当戦ってきたのだろう。  なんだろう、久しぶりに心が湧くような……、そうだあれを殺してみたい。  立ち直れなくなるくらい、刻んでみたら、多分、きっと、楽しい。  リザキルで何度も、何度も、刻んで見たい。 「なあチェスター」 「…なんだよ!?」  真っ直ぐ戦局を見つめながらエレナはチェスターに声を掛ける。返ってくる苛立ったその声にも 怯む事はない。 「私は、行く。  ハイプリーストを殺せ。それを使えば少しは殺しやすくなるだろう?」 「誰を殺る気なんだ?」 「ラルをやる」  そう言ってエレナは走り出した。 「了解、っと。つうことでお前達はさ、お前これと一緒にあのハイプリども殺してきてくれないか ?」  チェスターは傍にいるメンバーに声を掛ける。今戦っている連中とは違う、実戦に対応できるメ ンバー。ただただ殺すだけでは飽き足らない、そんな目をしていた。 「エレナ、やる気マンマンだね」  アムリタはそのエレナの後姿を見ながら呟く。 「あたしも、久しぶりに殺したくなってきちゃった、かな?」  アムリタは立ち上がる。誰がやりやすいだろう。…そうだ、あの前にいる自分と同じアルケミス ト。あれにしよう。  あれだけ避けるのはきっとフォーチュンソードによる完全回避の為だろう。ならば、魔法で殺し てみよう。そう思いアムリタは鞄の中に入っている大量のスクロールとほのかに赤い光の放つ剣フ ァイヤーブランドを握り締めた。 ---------------------------------------------------------------------------------------- 117:大げさにネタふりふるだけふっといて、中身聞いてみりゃショボ展開なんてよくあることです なんて言われそうな展開で申し訳ありません。 え、なんですか、前回に引き続いてこの無双っぷり。 お前ら、まずはステータスを聞いておこうか?とセルフつっこみしつつ、とりあえず前座前座 と言訳することにします。 次は、もう少しメリハリのある展開になるよう心掛けます。 因みにマリオネットコントロールであんなことできるわけないとは思いつつも、名前からして ちょっと妄想してしまったわけです、はい。    ところで29話にして初めてフィーナがラルの名前呼んだ事に気が付いた117。どれだけ接点な かったというのでしょうか。