「ハハハ、だらしねぇなぁ。まだ目が覚めねぇのかい。」 「・・・うっせぇ。朝ってのはな、二度寝するためにあるんだよ。」 ダメ人間丸出しなセリフを吐きながら、俺はカートに寄りかかってコーヒーを飲んでいた。 その隣でオヤジの方は店を殆ど片付け終わってる。明け方に酒がなくなるまで呑んでたってのに、目覚めよすぎだぜオヤジ。 腹時計的には、もうすぐ昼前と言ってもいいくらいの時間帯だろう。もう少し薄いコーヒーにすりゃよかったな、クソ。 「こっち終わったら手伝ってやるよ。だからそろそろシャキっとしとけ」 「あー・・・努力する。」 ずず、とまたコーヒーを啜る。なんか胃のあたりがイヤな感じになってきた。 ちょっとそこらで顔でも洗ってこようかと立ち上がった時、ふと視界の端に怪しい奴を見つけた。 「よう兄貴。なんだよ祭りで店出してたのか。」 そこにいたのは俺より頭二つ分背の低い不審者、もといアコライトだった。 青まだらの卵殻とガスマスクに黄がかったベージュの法衣の組み合わせが、まるで不健康なヒヨコのようだ。 腰に下げているのは使い込んだ感じの撲殺フライドチキン。こいつは―― 「ブラス!?」 「・・・何驚いてんだよ。弟の顔がそんなに珍しいか?」 そう、こいつは俺の3rdキャラ。ポタだけ取って暫く放置してた殴りアコ。 メインのアサにはこの前会ったが、こんな所でこいつにも会うとは。 しかしコイツがグレンの弟となると、アサの方は兄貴ってことになるのか。次男坊か俺。 「ぉ、何だ弟さんかい。」 「ああどーも、兄貴がお世話になりました?」 「いやいや、兄ちゃんのお陰でオレも随分稼がせて貰ったぜ。」 一通りの自己紹介をし合うオヤジとブラス。一次職のアコライトだからもっと子供っぽいのを想像してたが 背格好は高校生くらいに見える。まぁ仮にも冒険者だし、一次しかなかった時代は一次が子供なんてイメージなかったし それにいつだかどっかのサイトで見た某アニメの画像じゃGDからタンカで運ばれるノビのおっさんとか居たし、そんなもんなんだろう。 なんて事を考えていると、ブラスが思い出したようにこっちを振り返った。 「ああ、そうそう。リゲ兄が次の攻城戦また来てくれって。完全防衛するつもりで全力防衛だってさ。」 「ちょ」 この前見てきた通り、こっちじゃ2PC有無どころか同垢関係なくキャラが参戦している状態だ。 少なくともそこそこアクティブで、ベース含めGvに多少でも関わってた奴は皆居たような印象がある。 出来るとは思えないが、今回は完全防衛狙い。という事はつまり俺は―― 「ベースじゃなくて、ラインだよな?」 「何言ってんだよ。当たり前だろー」 何てこった。今更だが、グレンはステ的にも装備的にも対人戦には不向きだ。 戦場に出ればまずどう考えても死ぬ。しかも今回取ったのはブリトニア。間違いなく即死確定だ。 確かに俺はついこの間、青ヤファとの戦いで奇跡的にも生き残った。それが大きな自信にもなっている。 でもそれとこれとはもう話が別物だ。Gvで一度も死なずに終わる奴なんて一体どれだけいるんだろう。 「ん?なんか顔色悪くね?」 「・・・いや、何でもねぇ。」 「お、何だあんた義勇軍だったのかい。もしかして灯台を拠点にしてるとこか?」 「ああ、いやそことは違う。」 義勇軍。まぁ一般市民にとっちゃ冒険者は冒険者で、Gvギルドの連中が義勇軍なのかもな。 Gv砦は義勇軍砦ってことで作られてるし、義勇軍なんて呼称は後付けのもんだし。 なんだ、差し入れでも持ってってやろうかと思ったのにとオヤジは苦笑いしている。 そのオヤジと何やら談笑しているブラスを横目に俺は考えていた。 ただし、どうやってこの状況から逃れようか、ではない。 どうにか用事を作って逃げるべきか、それとも敢えて参加してみるか、だ。 正直恐ろしい。何回死ぬか、何回殺されるか分からない。 人間に近い姿の化け物を斧で叩き割ってた俺は、今度は人間を斧で叩き割るのに慣れるのかもしれない。 慣れねぇ訳には行かないが、慣れてもどうかと思う。だが、それでも。 復活不能の死亡者が出ないよう、何らかの術式がかけられているらしい状況で死ぬということ。 そういったものが何もない状態で死ぬという手段の前に、それを試してみてもいいのではないかとも思う。 もしかしたら死んで復活するまでの短い間に、俺はリアルに戻る事が出来るのかもしれない。 あまり有効な手段ではない印象はあるが、異邦人の症例は千差万別だ。成功する可能性は十分考えられる。 それに――戦場へのポタに突撃して行くあいつらを、砦を取って勝鬨を上げるあいつらを見て、血が騒がなかったと言えば嘘になる。 「・・・・・・」 「なんかさっきから黙りこくってるけど、どうした兄貴?」 「ああ、何でもねぇ。ついでだからお前も撤収手伝ってけ。」 「エー」 強権を振りかざしてブラスにも手伝わせ、店を片付けてオヤジと別れるまでの間に俺はひたすら考えた。 そして―― ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 結局、俺は参加することにした。思いついた方法は全部試さないとやっぱどうにも気持ち悪い。 気が進まないのは確かだが、強烈なスキル攻撃でも食らえば多分苦しむ間もなく吹っ飛ぶだろう。 そうやって無理やり自分を納得させた後、ガチガチに緊張していた俺は早くから準備しすぎ、随分早く着いてしまった。 ベースには幹部や固定PTL、その他熱心な奴らは居たが、大部分の連中はまだ来る気配もない。 それにしても、前に途中で呼び出された時のベースキャンプはまるで戦場のような騒ぎで、 人が走り回り怒号が飛び交い混沌としていたのに、やっぱり集合の時はこっちでも、というかゲームの時以上に 部隊ごとにきっちり整列しているのが印象的だった。やっぱ生身でバトルとなると気合いの入り方がまず違うらしい。当然か。 PTLが小隊長だったり、突入のタイミングを決める前線指揮官や復帰潰しの指揮官が中隊長だったり、もはやノリが軍隊だ。 やってる事の中身は大して変わらないんだろうが、こっちの世界の正規軍に準拠した呼称だったりするんだろうか。義勇軍だけに。 向こうでは小隊長ことPTLが、まばらにやってくる参加者に認識票を渡している。・・・そういえば俺はどこの部隊になるんだろう。 第一小隊は突撃部隊だからまずないな。第二小隊はロキ制圧部隊。俺のアサの師匠がいる部隊。FARは使える奴いるし俺の出番はない。 第三小隊は無詠唱部隊だし、第五小隊は弾幕だからこの2つもない。第七小隊もロキ部隊だからありえない。入る意味が分からない。 残るは曲がり角で動きを封じて阿修羅をブチ込む第四小隊か、最終ラインの第六小隊。それか支援要員の第八小隊。 第六小隊ならリゲル――俺のメインのアサだ――と一緒の部隊だ。第四で足止めHF連打よりは可能性あるかな。 それとも、どっちにしろ基本的には修理要員だから普通に第八だろうか。まぁいいや、困った時には・・・ 「うーす」 「お、グレン早いね。」 そう言って気さくな笑顔を見せるのは、うちのサブマスター。黒鳶色のマントが似合う男前。 前回に引き続き今回も総指揮で、中心になって編成を考えたのも彼だ。だから迷子案内所も主に指揮者の仕事。 同盟の幹部というのは、特に総指揮を任されるような連中は色々と仕事があって大変なのだ。 「今日俺も出るんだけど、どこなんだ?」 参加人数もかなりのものなので、事前に配られる作戦書に載っていないメンバーもいる。 飛び入りに近いような奴だったり、参加が微妙な奴だったり、そういうのは大体編成表に名前がない。 やはりというか、配られた作戦書には俺の名前はなかったのだが。 「ああ、いつも通りだよ。」 「・・・・・・いつも通り、ってどこの部隊だっけ?」 いつも、と言われてもこいつでGv参加した事なんかないし、そんな事を言われても困る。 ところがこっちの"グレン"は時々こうして参加していたらしい。 サブマスは一瞬、きょとんとした顔をすると少しして吹き出した。 「何言ってるんだよグレン。いつも第六だったろ?」 「あ、ああ。そうだったな・・・悪い。」 「大丈夫か?なんか緊張してるみたいな顔してるけど。」 「や、んな事ねぇよ!大丈夫だ。サンキュー。」 やばいやばい。これは早速怪しまれそうだ。しかしリゲルと同じ部隊とは、こんな調子で大丈夫だろうか。 同じ部隊でしかも兄弟。戦い方とかでモロに異変に気づかれそうだ。 自分のメインキャラに素性がバレて締め上げられるとかシャレにもならねぇっての。 一抹の不安を抱えつつ左から6番目の列へ行くと、艶のある長い黒髪が印象的な女スナイパーが座っていた。 これが第六小隊長兼封鎖中隊長。要は復帰潰し部隊の指揮だ。これがまたトークもGv中の指示も鬼軍曹な奴なんだが。 「今日もこっちだ。よろしく。」 声をかけると、奴はこっちを振り向いた。綺麗な髪がふわりと揺れて、色白な横顔が覗く。 長い睫毛にクールな視線。オイちょっと待て、なんかヤツとは思えねぇくらい美人なんですけど!? 「口でクソ垂れる前と後にサーと言え、ウジ虫。」 「・・・ああダメだ、やっぱ中身は変わってねェ。」 言葉とともに放り投げられるバッジを受け取りながら、俺は盛大にがっかりした。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ PT編成及びギルド移動が終わったのは開始よりだいぶ前のこと。ゲームではありえない時間のとり方だ。 やっぱり同じものでもゲームと生身の戦闘はまるで違う。狩りもGvもこの世界では紛れも無いリアルなのだ。 余裕を持って戦闘準備を済ませて移動。俺たちは砦の前で待機していた。 その周りにはこの砦を狙う敵勢力も集合していた。両者の間で殺気立つ空気に、王国騎士団の監視員が睨みを利かせている。 出発前に渡されたイヤホンのようなものの設定をいじってチャンネルを合わせると、開始時間のカウントダウンが聞こえた。 どうやらこれがIRCらしい。普及しているとは言えこんなものまで反映してくれるとは、ROの世界も芸が細かいもんだ。 <<9・・・8・・・7・・・>> 俺たちの仕事はまず時間稼ぎだ。俺たちが敵を足止めしている間にマスター達がエンペルームの本隊に合流してEmCする。 まずは敵がER前に到達するより早く、防衛ラインを構築することだ。それが出来なければ緒戦で崩れる。 <<6・・・5・・・4・・・>> 既に俺はフルブースト済み。その上で、呼吸を整えている。落ち着け、逸るな。 斧の柄を握る手に汗が滲み、力がこもる。細く長く息を吐き出しながら、やけに大きい自分の鼓動を感じる。 <<3・・・2・・・1・・・>> 頭の周りがザワザワする。走り出す準備をして、砦の門を睨みつけた。 リゲルが俺に声をかけたようだが、耳には入っていなかった。体に走る震えを吹き飛ばすように―― <<・・・0!!>> 「うオオオオオォォォォ!!!」 叫び散らしながら、俺は斧を構えて突進した。