町角から色々な食事の香りが通りへ漂い出す昼飯時、俺はワイルドローズのような格好で、様々な軽食を乗せた屋台を引いていた。 ああ、恥ずかしいったらありゃしないぜ。ビアガーデンを発つ際に、店長が投げかけた言葉は今でも背中に突き刺さってるようだ。 「ああ、クラウス。今日一日、語尾には『にゃ』を添えてもらう。ローズマリーさんの意向でな。」 くっ、罰は罰ということか。この縛りがあるせいか、俺は恥ずかしさのあまり、いまだに商人としての表情を作れないでいた。 コスプレを強制されてはいても、結局は騒ぎを起こした者として、多くの人が俺の顔を覚えていたことだし。町の子供が、ひっきりなしに からかってくる。笑顔だ、クラウス。ここで堪忍袋の緒を切ったら、背後の親達を敵に回しちまうぞ。そうなったら、商売どころじゃ なくなっちまう。にこやかに振り返ってるつもりだが、目が合えば逃げられるってことは…俺の眼に殺気でも宿っていたのだろうか。  売り物には、自信があるんだけどな。フェイヨンの復興をメニューの面から印象づけたいのか、ビアガーデンの主は遠くから仕入れた 食材を、惜しみなく使っていた。 「さかにゃ〜。さかにゃ〜。にゃルベルタの「おいしいさかにゃ」はもちろん、モロク産のペコ肉料理もあるにゃ!」 いかんな、どうしても声のトーンが低くなる。かき入れ時だってのに、あまり売れ行きは良くなかった。何としても、店の弁償はしたい のになぁ。 「そこの兄さ〜ん。表情が固いよ?それじゃあダメ、ダメ!ここは一つ、僕が手伝ってあげよう!」  物思いに沈みかけていた俺を現実に引き戻す、ヤケにテンションの高い明るい声。その主は、バードだった。なぜだが知らないが、ノリ ノリだ。こちらの返事もまたずに、もうリュートの弦を張りなおしてる。生粋のエンターテイナーとは、こんな感じの人を指すのかな? いずれにせよ、これは「地獄に仏」って奴かも知れん。俺は思わず、頬を緩めると、 「それじゃあここは一つ、、お願いしますにゃ。」と頭を下げた。  いよいよ弦の調子が整ったのか、バードは勢いよくトレモロを効かせてリュートをかき鳴らす。それだけで、道を行く人たちの脚が 止まった。 「さあさあ、皆様。寄ってらっしゃい!フェイヨンきってのビヤガーデン、『淵酔亭』から屋台が出たよ!評判の店は満員御礼、店主は 忙しいので、ご覧の通り猫の手まで借りてござい!」  周りの人から思わず、笑い声がこぼれて来る。その反応をしっかり受け止めながら、バードのマシンガンのような口上は続く。 「そこを道行く親父さん!もう野良猫一匹でも、Mobの顔は見たくないって?そんな殺生な!この屋台を引くワイルドローズのワイリー ちゃんは、今回の事で眠れないほど心を痛め、東へ西へと駆けずり回って美味い物を集めてくれたんだ。か弱い猫の身で山のような 食材を、町に運び込むその苦労話は、聞くも涙、語るも涙。結局カプラさんの転送代で、このあわれな猫ちゃんの身代はスッカラカン になっちまった!」  たとえ作り話でも、どんなドラマを聴かせてくれるのか、聴衆も少しは期待していたらしい。  「何を聞かせてくれるのかと思ったら!」 「わははははは!何だ、カプラサービスかよ!」  見事に肩透かしを食らって、こぼれるような笑い声が、辺りに木霊した。しかし、ワイリーちゃんって何だ。どこかの岩男に、殴りこまれそうな名前じゃないか。バードは さらに畳み掛ける。 「償いの一心で屋台を引きひき、フェイヨンまで来たが、人間社会の壁は厚かった!故郷のにゃルベルタに帰ればワイリーちゃんにも、 腹を空かせて泣く五匹の子猫と、それを必死になだめる妻がいるっていうのに…。そりゃあちょっとは、仏頂面も作りたくなるだろうよ! 親父さん、そんな哀れなワイリーちゃんに、助けの手を差し伸べてやってくれないかい?後で、バラの一本でも持ってお礼に来てくれる とさ!」  バードの出まかせに目を白黒させてる俺を尻目に、親父はすっかり調子に乗せられてしまっていた。 「おう、そういう事なら、助けてやらなくちゃあ!ああ、バラは要らないからな。」  何と、気前よく一番高い料理を買っていってくれたじゃないか。それだけじゃない。すっかりノリノリになった聴衆が、我も、我もと 屋台に来てくれた。にわかに、猫さえ同類の手を借りたくなるほど忙しくなる。一段落ついて、ようやく人だかりが散っていった頃には、 ほぼ全ての品が売り切れていた。ありがとう、バードさん。大助かりだよ。 「いや、礼はいいって!こっちも楽しかったし。1zでも多く店の弁償に回してくれ。」 心ばかりの礼金を、バードは頑なに辞退した。じゃあ、せめてお名前だけでも。俺は改めて名乗ると、握手の手を差し出した。その手を 力強く握り返し、バードは答える。 「僕はカール。縁があったらまた会おうな!」 思わず、黒猫耳のヘアバンドがズリ落ちそうになる。俺のサブキャラかよ!この世界は、思ったより狭いのかも知れんな。 カールの姿が辻に消えていくまで見送り、俺は他の場所へ行ってみる事にした。しばらく歩くと、ルーシエの姿が目に飛び込んで来る。 連れている、小さな騎士のお嬢さんは誰だ…?聖職者の同僚と一緒にいるみたいだな。俺は楽しい心のままで、ルーシエ達に声をかけた。 食材を探してるようなら、何かサービスできるかも知れない。 「ルーシエ!こんにちにゃ〜!」 …今にして思えば、俺は自分がどんな格好をしているのか、充分に意識していなかったのかも知れない。頭に花でも咲かせてそうな男が、 妙なコスプレで、満面の笑みで自分の方へ走ってくるのだ。しかもその口調も、どこかアブナい。 騎士のお嬢さんは俺と目が合うと、小さな悲鳴を上げて身構えた。それからの事は、よく覚えていない。強烈な一撃を受けて、体が宙へ 浮いたからだ。ルーシエが俺に、何か叫んだ気がする。「娘」、しかも「私の娘」と言ったのは気のせいかな?ああ、地面に倒れ、薄れ ゆく意識の中でも、俺はまだローズマリーさんの課した縛りのことは忘れていないようだった。 「にゃ〜…。」  後で聞かされた話によれば、俺は気を失う前に、こんな力のないうめき声を上げていたそうなんだ。