●山岳の都市フェイヨン   全ての行事が滞りなく進められ、鎮魂祭は無事に終了を迎えることができた。   その翌朝、青く澄みきった空から優しく暖かい日差しがフェイヨンを照らし、雲一つない快晴となった。   気持ちのいい天気の中、臨時医療所のとある一室には暗雲が立ち込め、ギスギスとした気まずい雰囲気が漂っていた。   僕、クラウス、ルクスさん、フリージアさんはマリーさんに呼び出され、四人揃って床に正座をしている。   昨夜ビアガーデンで起こった一件について話があるらしい。   聞けば一夜の内にビアガーデンの殆どの器物が損壊し、利用していた客にも少なからず被害が及んでいたという。   確かに僕は昨夜ビールを飲んだ、それは間違いないのだが、   誰かに延々と何かの説明をされていた様な、されていなかった様な記憶はおぼろげながらも残っていたが、   ビアガーデンで暴れたという記憶は全くなかった。   因みに、現在僕には二日酔い等の症状はない。   それほどの量を飲んでいなかったということになるのだろうが、事の問題点はそこではなく、   ましてや誰が暴れたかということも争点にはならないようだ。   連帯責任という言葉がある。   つまり、いつの間にか姿を消していたミーティアさんを除く、その現場にいた僕たち四人に等しく責任があるということだ。   マリーさんの口から次々と飛び出す叱責の言葉を浴びながらも、三人の様子を一瞥する。   三人とも諦めた様子で俯きながら彼女の言葉を肯定し続けている。   皆もこういう場合はどうすればいいのか心得ているようだ。   相手の言葉を否定せず、肯定し続けた方が気持ちの上でも楽なのだということを。   こうしてマリーさんによる説教は約三時間にも渡り、その上で四人各々に罰が与えられることとなった。   説教が終了してから暫くした後、最後に残された僕は正座のままでマリーさんから罰を言い渡される瞬間を待っていた。   「さて、ノウン君。」   「はい、何でしょうかローズマリー所長。」   長い説教の後の所為か、つい口調が改まってしまう。   「君にはこの服を着て、私の言うことを聞いてもらいます。まず向かいの更衣室で着替えてきなさい。」   「承知しました。」   手渡された服に違和感を覚えた僕は、受け取った姿勢そのままで固まってしまった。   「ローズマリー所長。僭越ながら二、三お聞きしたいことがあります。」   「何かしら?」   手渡されたのは薔薇の模様が施されたマフラー、金属製の肩当て・肘当て・手甲・脛当て・胸当て、   裾口が大きく広がるロングスカートを持つワンピース状の服。そう、これは。   「女性剣士の衣装ではないでしょうか?」   「そうだけど、何か問題が?」   「性別上男である僕が女性の衣類を身に纏うのは不適切ではないでしょうか?」   「私の見立てによると男性にしては小柄で細身、やや高めの声と体毛の薄い君にはとても似合うと思うのだけれど。」   「そういう問題ではないと思います。それに僕の体格や声質はともかく、何故体毛の濃さまでご存知なのでしょうか。」   一瞬の沈黙の後、マリーさんは底冷えするような声で告げる。   「私の決定した罰に問題でもあるの? そうね、あるというのなら衣装を変えてあげてもいいわよ。    女性アーチャーでも、女性シーフでも、女性マジシャンでも、今手渡した服よりも露出の多い物に変えることを許すわ。」   「出過ぎたことを聞きました。直ちに女性剣士の衣装に着替えてまいります。」   彼女の宣告に危機感を覚えた僕は、逃げるように更衣室へ駆け込み着替えを始める。   女性用の衣類に殆ど知識のない僕が着替えに手間取るのは当然であり、   何とか一通り着付けを済ませるのに数十分要してしまった。   「着替え、お、終わりました。」   下にショートパンツを穿いているとはいえ、普段身に着けるはずのないスカートは思った以上に動きづらい。   そのことが今自分は女装をしているという事実を強め、羞恥心で顔が赤くなっていく。   「じゃあ、後はこれをつけて終わりね。」   それに構う様子を見せずに、マリーさんは僕の頭へ馴れた手つきでウィッグを着け、   更衣室から引き出してきた姿見で確認しながら衣装の微調整をし、薄く化粧を施していく。   「よし、完成! 我ながらいい仕事したわー。」   目の前の姿見には青髪ボブカットの女性剣士が映し出されていたが、   それが女装した自分自身だと分かっていると素直に直視することができなかった。   ただ、マリーさんは非常に満足しているようだ。   「うんうん、私の目に狂いはなかったわね。ノーラちゃん、生まれ変わった自分をみてどう?」   「ちょっと待ってください。ノーラって誰のことですか?」   「もちろん、あなたのことよ。今この瞬間からあなたは女の子なのよ。」   「ああ、つまりこの格好でいるときは、僕はノウンではなくノーラとして振舞えと。そう言いたいんですね?」   「話が早くて助かるわ。それとノーラちゃん、あなたは言葉遣いや立ち振る舞いを特に意識することはないわね。    普段通りのままでもしっかり女の子としてやっていけるわ。一人称が『僕』の女性も珍しくないし、女性としては    ちょっと声が低い方だけど問題ない範疇だし、普段から物腰が柔らかい方だしね。」   「言葉の意味がよく分かりませんが、普段から僕は男らしくないと。そう言いたいんですね? そうですね?」   僕の反論を軽く無視して、マリーさんは笑顔を絶やさないまま一つのバスケットとメモを渡す。   「少し前にルクス君とフリージアにも買出しを頼んだところなんだけど、それとは別に足りないものがあるのよ。    そこであなたに買い物をお願いしたいんだけど、いいかしら?」   「それは分かりましたが、もし二人と鉢合わせになったらちょっと、いや、かなり恥ずかしいんですけど。」   「大丈夫よ、お互い絶対に気付かないから。」   「それってどういう意味――」   「とにかく、あなたは立派な一人の女性よ。あなたはとても可愛くて魅力的よ。私が保証するから自信を持って。」   多分褒められているんだろうけど全然嬉しくないし、保証されたって自信なんて持ちたくない。   それに誤魔化されてしまったが、お互い絶対気付かないってどういう意味なんだろう。   「さあ、頑張ってノーラちゃん。私、応援してるから。」   マリーさんは有無を言わさず僕の背を押し、結局逆らうこともできずに部屋から閉め出されてしまった。   仕方なく廊下を歩いていると数人がこちらを見ているようでヒソヒソと話を始め、ちらほら声が聞こえてくる。   「あれ? さっきあんな子いたっけ?」   「なになに? お、結構可愛いじゃん。」   「俺、マジタイプなんだけど。どうしよう、声掛けようかな?」   「わぁ、綺麗な子〜。」   「べ、別に羨ましくなんかないんだからねッ!」   というより、思いっきり見られている。   聞こえた声が耳に入り、恥ずかしさと情けなさが入り混じって再び顔が紅潮する。   同時に一種の諦めにも似た決意が生まれてきた。   もういい。   分かった、分かったよ。   こうなった以上、腹を括ろう。   これが僕の果たすべき責任なら、償うべき罪ならば、背負うべき罰というのなら、受けて立ってやる。   そして、誰にも正体を悟られることなくこのペナルティを終えてやる。   そんな空しい誓いを胸に秘めながら医療所の扉を開け放つと、   僕はマリーさんから渡されたメモを頼りに慣れない足取りで買い物へ出かけた。