ふう。 今日という日が始まって何度目の溜息だろうか。 俺とフリージアはマリーさんの指示により昼食用の野菜の買出しに出ている。 流石に米から調味料まで全て買ってこいとは言わないみたいだ。 ただし、あの服装のままというのは当然らしい。 だからフリージアはハイプリの赤い法衣のままだし、俺もアリスのようなメイド服のままだ。 アリスのような格好だと思ってくれれば理解しやすいだろう。 よって面倒だから以後アリス服と省略させて貰う。 違う点を上げるとすれば、頭装備がホワイトブリムではなく大きなリボンということと、スカートがアリスのものよりも長めという事だろうか。 「・・・ちゃん」 この格好のまま数日を暮らせだなんて、正直マリーさんの正気を疑いたくなる。 けれどビアガーデンの一件がある以上、逆らえないしなあ。 「・・・ちゃん」 そういえば修理費もろもろはマリーさんがポケットマネーで立て替えたとか聞いたけど、一体いくらに 「ひかるちゃん!」 「うをわぁ」 気が付けばフリージアが俺の方を向いて怒鳴っていた。 「さっきから呼んでいるのに、全然気がつかないなんて酷いです。」 「あ、ごめん。ええと、何?」 「だからそっちは行き過ぎなんですよ?」 どうやら曲がる角を過ぎていたらしい。俺とした事が…。 「そっか、さんきゅ」 「それと…」 まだ他にあるのだろうか? 「それと?」 「言葉遣いや仕草もアリスらしくしないとね☆」 …フリージアさん、楽しんでませんか? フェイヨンの市場街に来た俺たちは、店を見ながらマリーさんが指定した八百屋を探していた。 「さあさあとれたて野菜はいらんかね。今日はいもがお買い得だよ〜」 「さかにゃ〜、さかにゃ〜、にゃルベルタ産のおいしいさかにゃはいらんかね〜」 「おおわたしのトモダチ、商品を見ていくかね?」 「暑い日中を乗り切る為のアイスクリームはいかがかですか〜」 「フレッシュミート!肉なら何でも取り扱ってるよ〜」 「武器や防具はちゃんと装備しないと意味がないですよ」 「飯ゆうたらモロク料理や。そこの兄ちゃん、ちょっと食べていかんか?」 「昼こそ点心はいかががアルか〜?小包子もあるアルよ〜」 途中変な奴等も混じっていたが、やはりこういう場所は活気がある。 こういう光景を見てしまうと、本当にROの世界なのか現実の世界なのかがわからなくなってしまう。  ―人がいて、人が生きている場所という意味では同じなのかな。 っと、考察してても用事は終わらん。頭を切り替えよう。 しかし入り口付近で見た黒猫の着ぐるみ着た大男の屋台はなんだったんだろう。何処かで見た事あるような…。 いやいや、それよりも心配するは我が身だ。なんかさっきから妙に視線を感じる。 こういう場所は冒険者よりも一般の客が多いからだろうか?それともこの格好か? 「ひかるちゃん、あっちにマリーさんが言っていた八百屋が見えますよ。」 「え、ええ。わかりました…お嬢様。」 ああ駄目だ、変に口調をアリスっぽくしようとすると変になってしまう。 「へいらっしゃい。おう、可愛い嬢ちゃんが2人で買い物とはうれしいねぇ。今日は生きがいいニンジンが入ってるよ!」 八百屋に付いた俺たちを迎えてくれたのは、やけに気風のいい店主だった。 ねじり鉢巻が良く似合い、そのうち「ネギボウズ」とか言ってきそうな感じだ。 というか俺、嬢ちゃん扱い?本気でそう見えるのか?マジカ? 「やだ〜、おじさんたら本当のことを〜☆」 フリージアさん、やけに今日はテンション高くないですか? 「あの…、このメモにある食材って置いてありますか?」 俺はマリーさんに渡されていたメモを取り出し、店主に渡す。 「フムフム…ああ、マリーの嬢ちゃんとこの買出しだったんだね。ああこのメモの食材なら全部扱ってるよ。  まあウチに置いていないならフェイヨン中探しても取り扱ってないだろうがね」 そう言い、ガハハと笑いながら梱包してくれる。 「結構量があるけど、大丈夫かい?」 「はい、お心遣い有難う御座います。」 そこそこ重いけど、持てない量じゃあないしな。 「それでは、失礼します。」 「おう、マリーの嬢ちゃんに宜しくな。」 市場街から出る途中、見知った人をみつける。あれはルーシエさんだな。けど隣の子供は…まあ聞いてみるのが早いか。 「ルーシエさん、片付け作業は終わったの?…っていうか…その子…誰?」 振り向いたルーシエさんはまじまじと頭から足の先まで此方を見てくる。 あ、よく考えたら今はアリスの格好だったんだ。しまったぁ。 「…ぷっ」 「あああ!笑ったな!」 「ぷくく…だって…なにその格好」 「くっ…これは事情が…」 案の定笑われた。いくらなんでも笑わなくてもいいじゃないか! そんなやり取りをしているとフリージアが一歩前に出る。そうだフリージア、言ってやれ! 「ルーシエさん、この子はひかるちゃんです」 そうじゃねえだろぉぉぉっ!! と、叫びたくなったがここは公衆の面前、流石に自粛しないと…。 「ハイプリはやっぱりフリージアか。そうか。すまなかった、ひかるちゃ…くくく」 笑い声を抑えつつ、しかし笑うことは止めずに俺の肩をたたくルーシエさん。 チクショウ、何で俺がこんな事に・・・。 取りあえず、話題をそらさないと。え〜と〜、そうだ!ルーシエさんが連れている子供だ! 「そ…それよりその子誰さ!ま…まさかルーシエさん…ゆうk…」 「なっ、人聞きの悪い事を言うなっ!」 笑われた恨みから、わざと悪く言ってみると案の定食いついてくる。 すると、さっきから俺らの様子を伺っていた子供が口を開く。 「ママ、このお姉ちゃん達誰?」 「「ま…ママぁ!?」」 俺とフリージアの声がハモる。しかしまさかルーシエさんに娘がいたとはなァ…その発想はなかったわ。 「あぁ、このお姉ちゃん達はママの知り合い。フリージアとひかるちゃんって言うんだけど…」 「チョットマテ」 子供に嘘を教えるなよ。つか訂正しろよ。怨みもこめながら抗議の声を上げてみた。 「今ね、教会からの指令で臨時医療所の手伝いをしてるの。」 ガン無視かよ。 「医療所は…分かるね?」 「うん」 「そこに勤めてる人達だよ。とっても可愛いアリスでしょ?」 子供に見えない位置から俺に向かってニヤリと笑って見せてくる。 チキチョウ。だけどここで暴れたらペナルティが増すだろう。ぐっと我慢だ! 俺たちがそんなやり取りをやっていると、市場街の入り口付近で屋台を出していた例の着ぐるみ屋台がこちらにやってくる。 「ルーシエ!こんにちにゃ〜!」 あれ、この声もしかしてクラウスさんじゃあ…。 「私の娘に近寄るな不審者ぁぁあああ!」 俺が声をかける暇もなく、ルーシエさんの必殺の一撃がクラウスさん(仮)に決まる! 「にゃ〜…」 うめき声を上げながら、クラウスさん(仮)は力なく地面へと吸い込まれるように落ちてゆく。 「レナ、もう大丈夫だからね!」 ルーシエさんは怯える娘を抱きしめる。  ―母と子の愛にあふれる実にハートフルな光景だなぁ。   ハートフルといえばECO。   ここはROじゃなくてECOな世界だったのかぁ― じゃなくて! 俺は倒れているクラウスさん(仮)を見る。やはりクラウスさんだよな、よし(仮)を外そう。 「あのさルーシエさん」 「ん、なんだ?」 ルーシエさんが娘から顔を上げる。 「ソレ、クラウスさんじゃない?」 ルーシエさんが倒れているクラウスさんを見てジャスト2秒、やっとクラウスさんだと認識したみたいだ。 「何でクラウスはこんな格好を…」 「あぁ、そう言うことか」 指摘するまで俺も気付かんかった。それは横でぽかんとみていたフリージアも同じだった見たいだ。 つまりはクラウスさんも俺たちと同じく『ペナルティ』を受けていたのか。 いや納得納得。 納得した所で、本来の用件を思い出した。 「買うものは買ったし、医療所に運ぼうか」 地面においていた買い物袋と、ルーシエさんが置いた買い物袋も手に取る。 何故ルーシエさんの分も持ったかだって? そりゃあ勿論 「ルーシエさん、クラウスさんを運ぶのは任せましたよ」 この中で一番体力あるしねえ。 まあ仕方ないかといった表情でクラウスさんを持ち上げ、クラウスさんが引いてきた屋台に乗せる。 娘さんも荷物を拾い上げる。 さあ戻るか! 「待ってください!」 といった所でフリージアに止められる。 何事かとフリージアのほうを向く。 「まだ自己紹介が終わってません!」 …ああ、たしかにそうね。途中でクラウスさんが乱入してきたからねえ。 フリージアは少しかがみ、娘さんと同じぐらいの目線で話しかける。 「ルーシエさんの紹介にあった通り、私はフリージアといいます。」 「うん、わたしはレナっていいます。いつもママが御世話になっております。」 レナちゃんは礼儀正しいな。教育の賜物だろうか。 「ほら、ひかるちゃんも!」 そういいながらフリージアは俺をせかす。 どうしても俺をひかるちゃんと言いたいのか貴様等。 こらルーシエさん、笑ってんじゃねえ。 今日何度目かわからない怒りを抑えつつ、言葉に怒りが出ないように勤めながらレナちゃんに向き合う。 「はじめまして、レナお嬢様。わたしは医療所でメイドをしておりますひかるといいます。以後お見知りおきを。」 「うん、ひかるお姉ちゃん。いつもママが御世話になっております。」 ルーシエさんが後ろを向き、肩を震わせている。ワレ、エエカゲンニシトキィ。 「さあ、戻りましょうか」 出発前よりも精神的に大打撃を喰らっているのですが。 …あれ?結局の所、知り合い以外には俺が男だと気付かれていない?