「やだ、アンタじゃない」  リリアを狙おうとする相手を叩き伏せながら、カイは自分の傍に寄るローグの姿を見止めた。  憶えている、あの時自分の腹を刺したローグだ。 「…あの時のアコか」  どうやらローグの方もカイの事を憶えていたようで、その口元に笑みを浮かべる。 「あんな目にあって、ここに来るなんたあ、てめえよっぽどのマゾか、アホか?」 「…どっちも違うよ。今度はあんなに簡単に行くとは思わないことだね」  拳を握り、構える。あの時判ったこと。どうやら純粋な力比べなら負けないこと。  だけど、力だけ勝ったって意味はない。ローグの機動力は自分じゃ絶対に敵わない。 『カイ』  ローグを見つめたまま、カイの耳にリリアのWISが届く。 『わたしにも機会を頂戴』 『判ってるよリリア、ボクが足りない分お願いね』  リリアもこの戦いが負けれないことは知っている。一度恐怖に陥れたローグ相手に竦んでしまい そうになるが、小さく息を飲み、相手を見据える。  ローグだけに気を取られるわけには行かないが、この相手だけは決して気を緩めてはいけない。 「アスムプティオ!」  カイに向かって放った防御スキル。光の膜がカイを覆う。 「やれるものならやってみなよ。ボクは前のボクとは違う!!」 「へ、粋がるのも今のうちだ!」  ローグはそのままカイ目掛けて走り、その姿はいきなりふ、と消えた。 「トンネルドライブ!?」  慌ててあたりを伺う。トンネルドライブで消えたローグを見つけるのはと、カイは普段全く使う ことのなかったスキルを放つ。 「ルアフ!」 「おせえっ!!」  ルアフの光はローグを照らすが、しかし既にローグはカイの真後ろにいる。 「バックスタ…」 「セイフティウォール!」  ローグの一撃必殺のその刃が降りる前にリリアのセイフティウォールがカイを護る。  ぎんと弾かれる短剣にローグは小さく唸った。 「ち」  舌打ちをし、間合いを取る。 「…負けないよ、今度は」  ローグを追うべく、カイは足を踏み出す。消えられては厄介と自身の身にルアフを纏い、ローグ に迫る。たとえ速度増加が掛かっていようと、自分の速度はどれほどローグを捕らえられるだろう か。いや、そんな事はどうでも良い。 『カイ!深追いは…!』 『大丈夫』  リリアの警告にもカイは振り切る。大丈夫、勝てる。その為に力を手に入れた。  カイは気づかない、自分がどれだけ慢心しているか。だが、仕方がないのかもしれない。レベル 的な急激な成長を遂げたカイではあるが、実戦経験が殆どない。  だから気が付かなかった。  ローグを追うことばかりに気を取られ、進んだその先に潜んでいたクルセイダーの存在に。 「カイっ!!」  叫んだリリアの声と、 「バッシュッ!!!」  気合と共に放たれたクルセイダーの剣閃はほぼ同時だった。 「ぎゃあぁぁああっ!!!」  悲鳴が聞こえた。恐らく薬が切れたのだろう。数度射抜けばアンティペインメントの効果は切れ る。回復剤に、その薬に。交互に飲んだとしても回復、鎮痛の効果は追いついていないようだ。  ニューマがあろうとも自分には戦い様があった。伊達にこっちの世界で転生したわけじゃない。 自衛に攻撃に、様々な罠も使ってきた。 「クレイモアトラップ!!」  打ち出したその罠はまだ戦う意思のあるものに向けてのもの。通常倍加を誘うその罠でも、単一 でそれなりのダメージも見越せられる。  今自分は冷静なのだろうか。否、逆なのかもしれない。  怒りも過ぎれば感情等付いてこないのかもしれない。  ―――これではまるで…、  表情を変えずに自嘲する。保障してくれる、と彼は言ってくれた。  ―――ごめんなさい。あなたを裏切るみたい。私は多分…。  何かが飛来する音がその研ぎ澄まされた耳に入る。空気を切り裂いてこちらに向かってくるその 音。  ケルビムは咄嗟に自身の力を削ぐはずのニューマに飛び込む。  がんっ!!とそれは床に着弾し、床が抉れる。あたっていたら簡単に身体は砕けるだろう、その スキルにケルビムはそちらを冷たい瞳で見据えた。 「よぉ。良く避けたな」 「この状態でお前が打って出てくるとはな。チェスター。  いつものように後ろで見学でもしているものだと思っていたが…」 「うるせえよ。  俺はな、この手でお前を殺りたかったんだ。  …他の奴らに取られて溜まるか」 「この状況を作ったお前らしかぬ言葉だな。それは自信の表れか?」 「気が変わったんだ。  死んだお前を見下そうと思っていたが、それじゃあ俺の気持ちが納得しねえ。  お前をやっておけばニューマなんか必要ないしな」  チェスターはその手に楽器を携える。 「成る程、懸命だ。  私相手に弓ではなくそれを使うのは、な」  楽器を持つということは、使うスキルはアローバルカン。一撃必殺。食らえばそれで終わりだ。 「随分お高いことだよな。さすがギルドマスター様。  ただ俺達よりちょっとだけ早くにこっちに来たからって、偉そうにしててよ。  あいつもそうだ、古参だかなんだか知らねえけど、二股掛けてさ」  チェスターの言葉にケルビムの眉は上がる。射抜くような瞳は僅かに揺れる。 「……」 「俺はさ、知ってんだよ!  あのクソチェイサーがお前を垂らしこんだことをさあ。お前もそうさ、恋人いる男にほいほい付 いていってよお!!  裏でこそこそ会ってたのも、全部、全部さ!」  チェスターの言葉にケルビムは応えない。ただ、まるでヒステリックに喋るその声を聞いている だけだ。 「良い気味だぜ!BANされて当然さ!!あの直結野郎!!!  居なくなって清々したぜ!!」  チェスターはそれだけ叫ぶとげらげらと笑っていたその声をぴたりと止める。  睨み付けるようにケルビムを見て、吐き捨てるように息を吐く。 「居なくなった男をずっと待っててよ。健気だよな。  邪魔は居なくなったって思ったのによ」 「……チェスター…?」 「帰ってこねえってのは知ってんのによお!!  なんでレンなんだよ!!!  何で俺じゃねえんだ!!!」  チェスターは叫び、楽器を振るう。音がまるで空気を取り込むように濃縮し、それは風の矢のよ うに轟音を伴いケルビムに向かう。  その速度は速く音を認識する頃にはケルビムのところまで到達していた。ほぼ反射神経のみで床 を蹴りその攻撃をかわすが、流れる長く編まれたその髪は根元の方から千切れ飛ぶ。 「お前に俺の存在を刻んでやる!!  俺が、俺が刻んでやる!!!!」 「……チェスター」  チェスターの瞳の奥に潜んだその何かにケルビムは気づく。思っても見ない事に心は一瞬戸惑う が、今はそれに気を止めて等居られない。  弓を構える。  あの攻撃を何度も避けられるほど自分は器用ではない。  ―――切り替えろ。私は…。  目を細め、相手を見据える。トゥルーサイト。  ―――私は、悪鬼だ…!  分断、補助、攻撃。  長詠唱は自身を危険に晒す。必要なのは火力じゃない。ここにいる人間は今まで相手にしてきた MOBよりも体力は低く、だが小ざかしい。  だからこそ、必要な攻撃を必要な力量でその魔法を放つ。 「ファイヤーウォール!」  炎に巻かれれば、大抵の人間は引く。いくら信じられないような高級装備をその手に持っている ルフェウスだって、ステの関係上、数には脆いはずだ。数多の武器や盾を使いこなしながら戦って いても、無傷はありえない。怪我を負えば即座にリリアの回復が飛んでも怪我をした事実は消える 事はない。 「それにしても、脆いな」  必要なのは殺すことではない。相手の戦意を消し去ること。現に怪我を負う事に恐れ出した相手 が引け腰になっているもの素人目から見ても判る。  死ぬことは怖いのだろう。沢山の人を殺したというのに。 「アホらしい」  吐き捨て、クァグマイアを相手のど真ん中に発動させる。  影が、舞った。 「っ!?」  現われたその異常な気配にセイフティウォールを唱える。がぎん、と硬い音が響き、その音の主 を探す。 「…良く反応できたな」 「エレナ」  冷たい微笑を浮かべた暗殺者。両手のナイフが怪しく光る。 「なんだよ、真打ち登場ってか?」 「雑魚は散ったろう?」  エレナの言うとおり、今まともに戦いを挑んでくる数は少ない。 「良くそこまで腕を上げたな。  あのお前が」 「………」  エレナの言葉にラルは小さく笑った。 「アンタにさ、認めてもらいたかったんだよな。  それが、こんな形になるとは滑稽な話だぜ」  肩を竦める。淡い光を発するセイフティウォールの中、決して安全な場所ではないがそれでもラ ルの口から詠唱は出てこない。 「初めにアンタの名前を聞いてから、ついさっきまで俺は信じてたんだ。何かの間違いだってな。  それだったのに、アンタがあいつの腕飛ばした時の顔見て……。  間違ってたのは、俺の方だって気が付いたよ」 「そうか」 「なんで笑いながら人を斬れる?  なんで笑いながら人を殺せる?  何故笑う?」 「何故、か。  決まっているだろう、楽しいから、だ」 「やっぱり、俺が間違ってた。  忘れることにする、昔のアンタを。  今のエレナと昔のエレナは別なんだって、そう、思うようにする」 「ふ、好きにしろ。  おしゃべりはこの辺にしようか。私はお前を殺したくてたまらないのだ。  ほら、セイフティウォールも消えかけているだろう?」 「簡単に死なねえよ」  ラルは杖を構える。自分はウィザード。近接には弱い。そんなことは百も承知だ。 「クァグマイア!」 「ふん」  エレナに向かって放つ泥沼の魔法。機動力を激しく削ぐそれにエレナはバックステップで逃れる。 「その程度で、私を止められるとでも!?」 「おもっちゃいねーよ!!」  闇に溶け込むその姿に次に来るのはグリムトゥースだと理解する。 「サイト!」  不可視の攻撃は避けることは困難で、エレナの姿を暴くため光の発する火の玉を作り出す。見つ からない。まだ離れている?  グリムが来ると言って距離を離すのは利口じゃない。エレナに背中を見せても良いほど彼女は弱 くはない。見極めろ。 「グリムトゥース!」  予想通り床から石の槍が迫り来る。 「ヘブンズドライブ!」  槍が現われた出した軌道の先、そこにラルは避けることもせずに地属性範囲魔法のスキルを発動 させる。グリムトゥースの刃が身体を貫いたとしても、死ななければそれで良い。 「…な、なに…?」  ヘブンズドライブの衝撃にその姿を見せたエレナは、前にいる先程自分の手で怪我を負わせたラ ルの姿に目を剥く。  カラン、と硬い音が聞こえたのは彼が飲み干したスリムポーションの瓶。 「……見違えたな」 「どーも」  呟くように声を出せば、それに返ってくる軽い返答。初めて会ったときのラルとは思えないその 挙動にエレナは嬉しそうに笑った。 「殺し甲斐がある」 「だから、簡単に死なねーって」  仕切りなおすように、お互いは武器を構えにらみ合う。 「お姉ちゃん!」  距離を放されてしまったケルビムの安否にナツキがそちらを見れば、その時ケルビムの近くの床 を穿った音が聞こえた。駆け寄ろうとしたナツキの足は止まる。それは恐怖だったのだろう。  自分を死の淵に追いやったそのスキルに身体が硬直しかけている。 「危ないっ!」  そのナツキ目掛けて振り下ろされる刃に横から攫うようにフィーナがナツキを抱えて飛んだ。  その刃はナツキに届かず空を切る。 「ごめんなさい」 「いいえ、今は目の前の事に集中しましょう?」  フィーナの言葉にナツキは頷く。大丈夫、お姉ちゃんは強いから、絶対に大丈夫。  ナツキは目の前にいるナイトに集中する。武器さえ取ってしまえばどうにでもなる。 「すとりっぷ…」  振り上げられる剣の軌道を避けながらナツキは手を伸ばし…、その言葉は途中で止まった。 「…っ!!?」  状態異常、沈黙。  慌ててナツキはナイトから逃れるように距離を取るが、その攻撃に僅かに傷を追う。 「…そ、そんな」  ナツキが沈黙したその先を見てフィーナは目を見開いた。そこには沈黙を促すスキルレックスデ ィビーナを使った人物、無表情のハイプリーストリディック。 「ナイス」  ナイトは一言そう言うと、再びナツキに切りかかる。  持ち前の回避力の高さ、それだけで何とかナツキは避けてはいるのだがナイトの振り下ろす剣の 速度は速い。  ナツキは相手の攻撃を避けながら武器を持ち替える。Strの振っていない自身の攻撃力はたか が知れているためアーバレストに切り替えたのだ。  至近距離で矢を設置し放とうとしたその矢先、自分とナイトの境界に発生する緑色の光。 「…嘘、でしょう?」  的確なニューマの設置。明らかにリディックは状況を見てスキルを放っている。決して指示を聞 いて動いているわけではない。 「どうして…?」 「たいしたもんだ、『状況に応じ戦え』ってそれだけなのに、しっかり動きやがる。  さすがはこっちで転生しただけはある!」  喋りながらもナツキを追う剣の軌道は止まらない。 「りっちゃんっ!」  沈黙を緑ポーションで直し、ナツキはリディックの名を呼ぶがそれに反応する気配はまるでない。 それどころかその手をナツキに向け、聞き取れない程の音域でそのスキルを発動させる。 「ぅわっ!?」  がくん、と身体に何かがのしかかったような重さを感じ、ナツキはその機敏な動きを封じられる。  速度減少。  かろうじて避けていたその剣戟も、纏わり付くような重さのため避けることも敵わず、ナツキは 自身に振り下ろされるその刃を見る。 「ダメーーーッ!!!」  その状況にフィーナは思わず駆け出していた。 「けっこうやるじゃん?」  こつり、と床を靴底で叩いてアムリタはルフェウスの前に現れる。これから訪れる享楽を思い描 いてか彼女の表情は非常に楽しそうなものだった。  対するルフェウスは、いつも浮かべているその温和な表情はなりを潜め、冷たい視線をアムリタ に向けている。  怪我は合間を縫って届くリリアのヒールによって癒されているが、それでも傷を受けた場所から の血は綺麗に消える事はない。視界の妨げにならない程度軽く拭っているだけで、その手に持って いる剣と盾を構えることなく下に下げ真っ直ぐと立つその姿は、隙だらけに見えるのだが言い知れ ない威圧感が浮き上がっている。 「聞いたよ、あんたって製薬型なんでしょ?なのに雑魚っぽい連中相手とは言えあれだけ動けるって凄いよね」 「………」  アムリタの言葉にルフェウスは返さず黙って彼女を見る。 「極Lukに運剣かあ。完全回避?それでよく耐えれたよね」  その貌に妖艶な笑みを浮かべてアムリタはルフェウスの手に持っている剣を見た。 「でも、さ。これには耐えれるかな?」  そう言うとアムリタはその手に剣を携える。 「ファイヤー、ブランド?」  ほのかな光を発するその剣を見てそこで初めてルフェウスは呟くように口を動かした。 「そ。避けられるかな?」  アムリタはそう言うとファイヤーブランドを振りかざす。じじ、と虚空にくすぶる淡い光が現わ れる。  ルフェウスはその様子を黙ってみていることはしなかった。ポケットの中から小瓶を取り出しそ れを呷り、鞄の中から引っ掴むように一枚のマントを取り出す。 「ファイヤーボルト!」  放たれる炎の矢がルフェウスを襲うのと、ルフェウスが取り出したマントを羽織るのとはほぼ同 時、炎の矢は逸れることなくルフェウスを直撃する。 「…ふ」  ルフェウスは息を吐く。その様子にアムリタは驚いたように目を開けた。 「驚いた。まさかこの瞬間に装備も変えちゃうなんて、そんな器用な人初めて見た」 「……ゲームで行なっていたのをこちらでやっただけの事。この程度慣れてる」 「ふぅん。だったら問答無用でどんどん行っちゃうからね?  ……簡単に死なないでよ、ね?」 「言っただろう?君を潰すって。  それまでは死なないよ」  そう言ってルフェウスはその口元を僅かに上げた。