ぱたた、と血が滴り落ちた。  クルセイダーの放った強撃はカイの手を、フィストとアスムプティオ越しに切りつけていた。 「ひぐっ!」  あまりに激痛に悲鳴を上げかける。  しかし、敵の攻撃はそれだけには留まらない。引いたと思ったローグが今はカイの傍にいるのだ。 「…終わりだ嬢ちゃん。  ニューマの境目にはセイフティウォールも出せやしねえ。  死んでしまえ」  カイの傍には緑色に光る柱が存在している。ニューマの範囲内、セイフティウォールの設置でき ないその領域。カイは気が付いた。自分はおびき寄せられていたのだと。  くやしい、と奥歯を噛み締める。自分は馬鹿だと叱責するが、既にもう遅い。目を硬く瞑ってい ずれ訪れる凶刃を待つしかなかった。 「先に一匹目…!」  ローグの短剣がカイに吸い込まれるその一瞬、 「キリエエレイソン!」  リリアのその声と、ガンと弾かれるその音が響く。  カイには何の衝撃も無い。何故かと目を開ければ、カイを庇うようにローグの短剣をその盾で受 け止めるリリアの姿があった。 「言いましたわね、足りない分は私が補うと。  わたしにはあなた方を打ち倒す力はありませんけれど、こうして誰かを護ることは出来るのです。  後で支援を掛けるだけが、プリーストではありませんわ」 「っのクソアマっ!!」  ローグの短剣を盾で防ぎながらも、リリアはすぐ傍にいるクルセイダーにレックスディビーナを かける。  槍を持っていないクルセイダー。恐らくGX型か献身型と予測をつける。ならば沈黙させてやれ ばその脅威は格段に減る。  たとえその隙を突いてローグがリリアに向かって急所となる箇所を攻撃しようとも、ローグの力 から判断し自分のキリエエレイソンが破られないと確信しての行動だった。 「…り、リリア…」  呟きながらカイは慌てて自分の手を自分のヒールで回復させる。リリアにヒールの手間を取らせ るわけには行かない。 「ごめん、リリア」 「お互い様ですわ」  仕切りなおし。でも、慢心は消えた。カイはリリアを頼り、リリアはカイを信じて。  自分の役割を思い出せ、出来ることを思い出せ。  カイは息を吸う。攻撃職二人相手に自分たちの力の差は大きい。だけど如何にその差を縮めるかは自分たちの腕次第だ。 「寸剄!!」  息を吐くと同時にそれは気力を吹きだすそのスキルをカイは発する。周囲の敵の動きを一瞬止め るその力。  相手を無力化させる。それが自分の役割。  咄嗟にフィストを外してメイスを取り出す。クワドロプルドラウジーメイス。そして。 「マグナムブレイク!!」  カイの放ったその爆風はローグとクルセイダーを包み込み、そして寸剄で動けなくなった彼らは 成す術もなくカードの魔力によって意識を失わせた。 「それで、良いのですわ」 「…うん。倒そうなんて、間違っていたよね」  リリアとカイは互いに顔を見合わせ、頷きあう。後はこの二人が目を覚ます前に縄で縛り上げれ ばそれで良いのだ。  弓手の攻防は一瞬が全てだ。  相手の急所を狙うべく矢をつるがえ放つ。高DEXの両名にとって勝負は一瞬で付く。 「俺が俺だけがお前をものにしてやるんだ!!  殺してやる!誰にも奪わせたりしないよう、俺の手で殺してやる!!」  チェスターのその言葉はまるで叫び。だがケルビムはその言葉にも何の心の揺れを出す事はない。  冷静に相手を見据えチャンスを待つ。  攻撃に出る一瞬が勝負なのだと理解している。  チェスターは楽器を構え、ケルビムは矢をチェスターに向け狙いを定める。 「気にいらねえんだ!!  女って奴は男を上辺だけしか見ねえ!  そんなに俺は醜いか!?そんなに俺の面は醜悪だと言うのか!!?」  ぎん、と空気が張った。  ―――来る。  クラウンの最大攻撃スキル、アローバルカン。  威力だけを見るなら、スナイパーのシャープシューティングをはるかに上回る。  ―――冷静になれ。心を静めろ。  弓矢を構え、凛とした雰囲気を出し、ケルビムは真っ直ぐにチェスターを捉える。 「殺して、やる―――っ!!!」  振り払われたその軌道はケルビムを完全に捉えていた。 「ダブルストレイファング!!」  ケルビムは避けない。立て続けに2条の矢を放つ。 「シャープシューティング!!!」  ダブルストレイファングを放ったと同時にその右手に力を込め、自身が持つ最大のスキルを放っ た。  音が鳴った。  空気が張り裂けるような弾ける音。  がらん、とチェスターの持つ楽器が床に叩きつけられた音。  そして、チェスターの絶叫の音。 「チェスター、何故お前はこうも変わってしまったのだ…?  私はお前の気持ちには気づかなかった。  それがお前を歪ませた原因なのだろうか…」  チェスターの見開かれたその瞳は今は何も映さない。心臓を射抜かれ倒れたチェスターは、その まま息を絶えた。  ケルビムはアローバルカンによって打ち抜かれた太腿と肩から血を滴らせながら、足を引き摺り チェスターの元に向かう。  膝をつき、見開かれたその瞳を無事な手で閉じさせる。 「今までやってきたことは許されることじゃない。  だけどその罪も私が出来る限り背負おうと思う。  少しずつ、その歪んだ心を正せるのならば私は力を尽くそう…」  ケルビムは立ち上がり、ホワイトスリムポーションを傷口に掛け、戦況を振り返る。  まだ、終わりじゃない。 「フロストダイバー!!」  氷の道がエレナに走る。ぎんと張るその氷にものともせずエレナはラルに向かって走り出す。 「…アンフロか、水鎧かよ」  なかなか通らないその魔法にラルは小さく舌を打つ。 「どうした、手が止まっているぞ!?」  二刀の短剣を閃かせエレナはラルを斬り付けるが、それを盾で防ぐ。もちろんエレナの攻撃を防 ぎきれる訳もなく、その身体は幾箇所の傷を負っている。それでも致命傷は避けるようにはしてい るが、このままでは回復も追いつかなくなるのはわかっている。 「どうした、命乞いはしないのか?  いくらポーションで回復しようとも、その傷は痛かろう?  土下座して命乞いをするならば、一思いに殺してやるが」 「誰がそんなマネするかよ。痛えとか痛くねえとかそんなのもう俺には関係ねえ」  ラルは杖を構える。まだ心の中で躊躇していたのだろう。エレナは手加減など全くしない。平気 で自分を嬲り殺しにする気だ。  思い出せ、あのアサシンクロスはエレナより強かった。今エレナに翻弄されているのは、どこか で心のブレーキが掛かっているのだろう。 「…本気で行くぜ」 「ほほう。今まで本気を出していなかったとでも?  はったりはよせ」  なんとなく、ブレーキを放したような気持ちになる。あの感覚を思い出せ。別に死ぬのは怖くな いだろう? 「クァグマイア!」  仕切りなおしに何度も発する泥沼のスキルを発動させる。 「は、それが全力か!?」  嘲笑するエレナを無視して、ラルは自らその沼地に足を踏み入れた。  アサシンを相手に至近距離で戦うのは自殺行為だと知っている。だが、セオリーはこの戦いには 意味はない。 「狂ったか!?私相手にその近距離で挑もうとは!」  必要なのはこの場から逃がさないこと。シーフ系にはバックステップでこの場から逃げる事も可 能だから、その退路をふさぐ。 「アイスウォール!!」  きん、と澄んだ音がエレナの後方から発せられる。文字通り氷の壁。間髪居れずにその両サイド にもその壁を発生させる。 「どういうつもりだ」 「もう、逃げれないぜ?」 「それはお前も一緒だろう?」  エレナはその沼に足を取られながらも、それでも早い速度でラルに近寄る。  エレナの刃がラルに到達する前にラルはセイフティウォールを発生させた。  弾かれるその刃。 「エナジーコート」  セイフティーウォールでの時間稼ぎはその身に魔力の膜を張るだけに留まる。大魔法を使うだけ の時間はクァグマイア内にあるセイフティウォールでさえも間に合わないのは理解している。 「無駄だ!!」  ぱりん、とセイフティウォールの壁は砕け散り、エレナはラルに短剣を突き立てた。 「…俺の魔力が尽きるか、アンタが力尽きるか我慢比べしようじゃないか?」 「な、何!?」  盾の持たない、つまりは杖を持っている腕にエレナの短剣を突き刺したまま、ラルは小さく笑う。  エナジーコートによる魔力の膜でダメージは軽減されるが、決して小さなものではない。  それでもラルは刺された事に気もとめず、詠唱を開始した。 「ユピテルサンダー!!」  レベルを下げて使用するのは詠唱時間を考えての事で、その雷撃にエレナは吹き飛ぶ。しかしす ぐ真後ろにある氷の壁に阻まれ、エレナが飛んだ距離は僅かに数歩分。 「…やっぱりアンフロか。水鎧にしちゃあダメージの通りが悪い」 「くそっ!?」  エレナは立ち上がり、ジェムを取り出す。 「ベナムダスト!!」  毒の霧がラルを襲う。 「…とっとと決着をつけようか」  毒の所為で酷く身体はだるいがそんなものに気を取られるほど、やわな精神は持っていない。  SPの回復を望めない以上、決着は早く着く。 「ユピテル、」  雷撃の詠唱を開始する。エレナも黙って待っているわけはなくラルを斬り付けるが、ラルは急所 となる部分を盾で防ぐだけで、それ以外はまともにその刃を受けている。いくらエナジーコートを 纏っていても耐えられるダメージではないはずだ。 「…ば、化け物にでもなったというのか!?」 「……サンダー!!」  バヂンと弾ける雷撃に吹き飛ばされ、エレナは再び地面に伏せる。 「ソウルストライク!」  間髪居れずに放つ霊弾。属性鎧を身に着けていないエレナには効果は薄いが、それでもダメージ は通る。  そして再びユピテルサンダーの詠唱。  正直こんなごり押しの戦いなど、馬鹿げているのはラルにだってわかっている。もしこの戦いぶ りをあのアサシンクロス相手にしていたら、簡単に殺されるのも知っている。  相手の奇をてらった戦い方も出来るのだが、何故だかラルはそれをしなかった。 「くそおおぉぉぉっ!!!」  エレナは焼けた身体を無理やり立たせ、ラル目掛けて駆ける。ど、と腹部に刃の刺さる感覚。  だが、それでもラルはたじろがない。 「化け、物めぇっ!!!」 「………あんたが殺してきた数と俺の死んだ数。どっちが多いんだろうね」  ラルはそう呟きながら、その右手をエレナの眼前に翳して何度目かの雷撃のスキルを放った。  吹き飛ばされ地面に叩き付けられるエレナ。立ち上がらない。最早それだけの体力は残っていな い。  そのエレナに向かって、表情は変えなくともやはりダメージは大きかったのか、足をふらつかせ ながらラルは近寄る。歩いたそこには血の軌跡が続く。 「……あんたは覚えてないかもしれないけど、俺がノビの時色々助けてくれたのはあんただった。  まさかこっちの世界で再び会えるとは思わなかった。  そして、こんな結果になるなんて夢にも思わなかった」  ラルは一振りの短剣を取り出してそれをエレナの脇に放る。 「憶えてないだろ?あんたがくれたマインゴーシュだ。  後生大事に持ってたんだぜ?  …だけど、残念だ」 「………」  エレナは目線を落ちた短剣に向ける。古びてほつれたマインゴーシュ。 「さよならだ」  ラルは手を翳し、ゆっくりと詠唱を開始した。 「ストーム、ガスト」  荒れ狂う氷雪の魔法にエレナはその命を費やした。  ギンッ!…カラン。  ナイトの剣を盾で防ぎフィーナの手に持ったカウンターダガーを叩き落とし、ナツキは膝をつい ていた。 「…だめだよ、ひなちゃん」 「……あ」  ギリギリとナイトの剣に押されながら目はナイトに向けて、両手で押し負けないよう盾を押さえ る。 「りっちゃんはひなちゃんがそんなことするの、望んでない。ひなちゃんは手を汚しちゃ、ダメ」 「そんな事言ってる余裕あるってのか!?」  力任せに剣を押し付けるナイトの言葉に、ナツキは負けないよう歯を食いしばる。 「ごめんね、なっちゃん、この人しかあいて、できないの。  ひなちゃん。りっちゃんをお願い。ひなちゃんなら、りっちゃんもわかってくれる、よ」  ナツキはその受けた盾を斜に流す。力を入れていた軸はずれ、剣は地面に叩きつけられる。 「くろーずこんふぁいん!!」  ナツキの声と同時に可視出来ない壁のようなものがナツキとナイトを囲う。 「ひなちゃんの邪魔はさせないよ」 「クソガキが…!」  ナツキは短剣を構える。威力はさほど無くても、このナイトを抑えておくことだけは出来る。  クローズコンファインの効果によって、若干なりとも身体は動きやすくなる。だからナイトの剣 も避けられる。 「てめえっ!こいつらを黙らせろ!」  ナイトの言葉にリディックは武器を取り出し、すっと足を前に出す。構えて近寄るそのリディッ クを遮るようにフィーナは手を広げてその前に立ちはだかった。 「…違うよ、違うでしょう?こんなこと、リディックさんがやろうとしていることじゃないよ?」  リディックの足は止まらない。フィーナに近づき、そのチェインを振り上げる。  ガンッと鈍い音。チェインの先がフィーナの肩に当たる音。肩が砕けるほどの威力は無い。それ でもよろめくくらいの衝撃はあった。 「良いの。気の済むようにして。リディックさんが私たちのためにとても辛い目に遭ったのを聞い たから。少しでもその苦しさを伝えたいのなら、私、受けるから」  再び振り下ろされる鈍器。フィーナは避けるでもなく、受けた衝撃に悲鳴を上げるわけでもなく ただそれを甘んじて受けている。 「だけどね、私たちね、リディックさんを迎えに来たの。皆で、皆出来たんだよ?  だから、気が済んだら……帰ろう?」  振り上げられるチェイン。その先は僅かに震えている。 「大丈夫だから、もう、大丈夫だから。  ね、皆リディックさん帰って来るの待ってるの。私も、待ってるの。  だから、帰ろう?皆のところに」  フィーナは一歩前に出る。広げた両腕を包み込むようにリディックの背に回す。 「辛いこと、苦しいこと。全部判ってあげる。判ってあげて、それを消してあげる。  大丈夫、もう、怖くないよ」  カチャカチャと震え音を鳴らしていたそのチェインは、リディックの手をするりと抜けるように がちゃんと床に落ちる。  その音と共に、それはまるで操り人形の糸を断ち切ったように、リディックは崩れ落ちた。 「…ごめんなさい」  力の無くしたその身体を抱いたまま、フィーナは床に座り込み、まるで眠っているようなリディ ックの顔を見て一言ポツリと呟いた。 「……な、何が…!?」  ナツキに拘束されたままのナイトはその状況に信じられないと目を剥いた。そして、その目は見 開いたまま、どす、と頭に突き刺さった矢に言葉も発せ無いままナイトは力尽きる。 「…お姉ちゃん」 「……無事か?」 「…うん」  ナツキが相手にしていたナイトの命を消した人物、ケルビムの姿にナツキは彼女の元に走り寄り 抱きつくようにしがみついた。 「ほらほらほらほらっ!どんどんいっちゃうよー」  開かれるスクロール、振り下ろされる宝剣。それは魔法の弾幕。光が舞い、音が舞う。  その所為でその魔法を受けているルフェウスの姿は見えないけれど、アムリタは思う。そこにあ るのは原型のとどめない肉の塊だと。絶叫が聞こえないのは不本意だけど、それは死んだ死体を見 て笑うことにしよう、そう思って様々なスクロールを展開する。  多種多様の魔法を混合させれば、さっきみたいな装備変更による軽減は出来ないはず。  どんなに器用でも、これだけの魔法だ。全部を防ぎきれないし、よしんば出来たとしても僅かの タイミングでその防御は紙となる。  それでもちょっとでも生きていればちょっとずつ、じわりじわりと殺せるかもしれない、そう思 ってアムリタはスクロールを開くのをやめた。  しゅうしゅうと音を出して煙が舞う。炎に雷に氷に石の牙。思った以上に使いすぎちゃったかな と鞄の中のスクロールの残量を見る。 「さーてと、どんな風に料理で来ちゃったかな?」  晴れてくるその煙を手で翳し見ながらその姿のアムリタは実に楽しそうだ。  歪んだ快楽。彼女が元からこうだったのか、それともこちらに着てからこうなったのかは彼女自 身もわからない。でも、楽しければ良い、とアムリタは思う。 「お、晴れてきた晴れてき…」  煙が、水蒸気が消えて露になっていくその様子、しかし、晴れる煙と裏腹に綻んでいたその頬は 徐々に引き攣っていく。 「…めんどくさかったから、使うことにした」  晴れた先、そこに立っていたのは何事も無いように小さく笑うルフェウスの姿。 「…な、なんで…っ!?」 「少しでも楽しめたんじゃないかな?だけどその方が後の恐怖は募るよね?」  薄く笑うルフェウスのその表情にアムリタは後ずさる。あれだけの不規則に放った魔法を全弾防 ぐとは。いや、防いでもダメージは軽減されるだけで、少しでも威力は身体に響くはず…。 「………っ!?  ま、まさか…」  アムリタは気づく。ありえないと口を震わせて。 「黄金蟲カード…?」 「ご名答、+10ガードオブデフ。精錬値はまあやるだけやってみようと言う趣味の範疇だから10にす る必要も無かったかもしれないけどね。  最初からこれを使っちゃうと警戒するだろうし、それに、ほら、恐怖した」  張り付いた微笑を消すことも無く、ルフェウスは小さく首をかしげる。 「……なんで、なんでそんなものを…!?」 「なんで、って言っても持ってるのは事実でしょう?」  ルフェウスは一歩足を踏み出す。そしてそれにたいしてアムリタは一歩後退する。 「さあ、次はどうする?」 「…くっ、バイオプラント!!」  アムリタは小瓶を床に叩きつける。召喚したのはフェアリーフ。遠距離の葉の刃を打ち出すバイ オプラント。  ルフェウスは召喚されたフェアリーフの姿を見止めると、そのままそちらに向かって走り出す。  走りながら避けるほど器用ではないし、その攻撃を避けれるほどAgiは無い。  だから、フェアリーフの攻撃はちゃんと当たっている。 「…なんでっ!平気なのよ!?」  駆け寄るその姿に驚嘆の声を出してアムリタは盾を取り出した。 「GvとかPvとかするんなら、デビリンまでとは言わないけど、ゴスリンくらい用意したらどう ?」  ルフェウスは剣を振り上げる。アムリタは避けれずにそれを盾で止める。鈍い音が響く。 「な、おも…っ!?」  受けた衝撃は思いの他強い。そんなはずじゃない、とアムリタは呻く。  製薬型だと聞いた。戦闘にも殆ど参加しない、露店ばかりやっているのだと聞いていた。  なのになんでこんなに強くて戦い慣れている? 「チート!?」 「どうやってこの世界に居てプログラム弄れるんだろうね?」  問いかけるその言葉に軽く返される。 「僕たちの存在自体がチートのようなものだけど、ステータスとかそう言うのはどうやって改変す るんだい?」  再び振られる剣に振り回されながら、アムリタは必死でその攻撃を防いでいた。避けれない、全 部当たってしまう。何故だとその疑問を口にする前に、その理由を思い出す。  『製薬型』つまりはDEX−LUK型。高HIT高CRI率。それをどうやって避ける? 「い、いやあああっ!!!?」  こんなことなら、自分ひとりで戦うんじゃなかった。誰か他の人でも連れてくればよかった。  しかし、何故だろう、もう、味方は居ない…? 「嘘よ、嘘よ、嘘よっ!!!!  あたし達は最強なのよ!?こんな、こんな雑魚に負けるような事はないはずなのに!!」 「……でも、現実はどう?」  冷めた声は否応無くアムリタの耳に入る。認めない、認められない、認めるわけにはいかない!  頭で必死に否定しながら、しかし現実では自分は追い詰められ、そして。 「な、なによ、何これ!?」  ぬるりとした感覚。普段からアンティペインメントを常用している為、それは既に副作用として 神経が痛みを認識しなくなっていたのだろうその為に、手に伝わるその赤い液体にアムリタはこれ が何であるか一瞬理解できないでいた。  そしてようやくなんであるか判ったその瞬間、 「嘘よーーーーーーっ!!!」  アムリタは叫んでいた。  伝わっているのは自分から滴り落ちる血液。良く見ればそれは身体の至るところからそれ程深く は無いものの、滴り落ちている。 「酷い、酷いわ!!  あなた、女の子にこんなこんな酷いことして!!  それでも男なの!!?」 「残念、中は女なの、『私』は」 「……悪魔…っ!!」 「そうかもね」  そしてルフェウスはポケットに手を入れて、じゃら、と無造作にコインを取り出した。  その様子にアムリタは震える。同じ職として、それが何を意味するか充分すぎるほど理解できる。 「いやあああぁあぁぁああぁぁぁっ!!!!」 「メマーナイト!!」  じゃらんっと大きな音を奏で、激しい衝撃がアムリタの体を襲った。  どっと、倒れこむ。麻痺している感覚が命のレッドラインを妨げているが、どうやらまだ自分は 生きているのだとアムリタは理解した。 「レベルを押さえたんだ、死んでないよね」  仰向けになると、自分を見下ろす長身のアルケミストの姿が見える。冷たい笑みをそのまま貼り 付けたまま自分を見下ろしている。 「あ、あはははははっ!!!  殺しなさいよ!!悪魔!!人殺し!!!  絶対に復讐してやる!!!  何度でも、何度でもあんた達にアタシと同じ目にあわせてやる!!!!  そうよ、あたしを殺しに来たんでしょう!!?  早く殺しなさいよ!!!」  それは狂ったように叫んでいるそのアムリタの顔は凄絶なものだ。その言葉を聞きながらルフェ ウスは首を横にかしげて小さく息を吐く。 「そうだね、僕は人殺しだ。たぶん、それは合ってる。  だけど、一つ勘違いをしているみたいだよね」  言葉を切って、アムリタの方を見て、そしてにっこりと笑う。 「僕は一言も君を『殺す』とは言っていない。  君を『潰す』と言っているんだよ?」  その笑みにアムリタは狂ったように叫んでいたその声をぴたりと止める。ガタガタと振るえ、そ の顔は誰が見ても蒼白なものとなって、そしてその目には鋭い切っ先が映ったのを最後に。  アムリタは壊れた。  けたたましく笑っているのは完全に壊れてしまったアムリタ。横たわっている多数の死体。生き 残っているのもいるが、レッドエンジェルのギルドはもはや完全に崩壊していた。  勝利した、と言っても良いのかもしれない。だが、だれも勝った事に喜ぶものはいない。  時間が経てば死んだものはセーブポイントへ戻るのだろう。しかし、戻ってしまってまた同じよ うな事をされては意味がない。生き返られて縛に付かせ、そしてポータルで移動、牢に繋ぐ。  今まで一環のテロ事件はプレイヤーだけではなく、NPCにも影響を及ぼしていた。  回覧板のようなものが何故回るのか、それはその町に住む人が回しているためだ。  リアルにとって、NPCとプレイヤーに違いは無い。だから、事情を話し、彼らを拘束してもら えるよう頼むつもりで居た。もちろん、これだけの事をしたのだ、それ相応の罰も受ける気ではい たが。  ケルビムはこの惨状に息を吐く。  終わったとはいえ、心に残るその感情は酷く重い。  リリアは怪我をした皆にヒールを掛けて回り、そして眠っているように横になっているリディッ クを抱えているフィーナの傍に寄った。 「こんな事になってしまったのは、わたしの責任です。  本当に、本当にごめんなさい」  リカバリーもキュアもリディックが目を覚ますきっかけにはならなかった。 「…誰の所為でも…無いかもしれないし、私達の所為でもあるかもしれない…。  本当に、こんな事になるなんて思わなかった私は周りが見えていなかったんでしょう」  フィーナも目を伏せて、消え入りそうな声で紡ぐ。 「リディックは治るのか?」  ケルビムはフィーナに聞けば、フィーナは力強く頷いた。 「治ります、治して見せます。どれだけ時間をかけても、絶対に治します」 「……そうか」  ケルビムはその言葉に小さく微笑んだ。何度も会った訳ではないが、初めて会ったその姿からは 想像も出来ないくらい強く優しいその瞳に目を細める。  良い娘に惚れたものだと、リディックに目を向ける。  そのやり取りを離れた場所で見ていたルフェウスはちょいちょいとナツキを呼んだ。 「なっちゃん。ちょっと、いい?」 「…どうしたの?マスター?」 「うん、お願いがあってね」  近寄るナツキに、ルフェウスはぱちんぱちんと身に着けていた装備を外し出す。 「マスター?」 「悪いんだけどね、これ、皆に返してもらって良い?  Gv近いのに借りっぱなしじゃまずいし、これからちょっと手を放せない事もあってね。  次のGvに間に合いそうも無いんだよ」 「え?え?え??」  渡されたその装備の量と重さにナツキは目を白黒させてそれを何とか受け取る。  ルフェウスのふと浮かべたその表情にナツキは妙な違和感を感じた。 「マスター…?」  声を掛けるナツキに小さく微笑んで、ルフェウスはリディックの元による。  意識の無いその姿に首を振る。 「ごめんね、ちょっとでも疑ってしまったんだ。  長い間一緒にいたって言うのに、ひどいよね、本当に」  独り言のように問いかけても、返事は来ない。 「ルフェウスさん、大丈夫ですよ。リディックさんはそんなことでは怒らないと思います」 「…うん、ありがとう、フィーナ。  リディックをよろしくね」 「……はい」  そして振り向く。その視線の先には今だ狂ったように笑い続けるアムリタの姿がある。  ――――『私』も君と一緒。心に悪魔を飼っている。 「おい、どうしたよルフェウス?」  なんとなく、妙な予感を感じたのだろうラルはアムリタを見ているルフェウスに声を掛けた。 「…うん」  気のない返事、距離を取るように数歩歩く。  ――――『悪魔』は最後は必ず。 「ごめんね…」  俯いて吐き出すように。  それは滑らかに、極自然に。だからすぐに気づかなかった。その手に何を持っていたか、何をす る気だったのか。  ルフェウスは何の躊躇いも無く右手に収めた銀色のナイフを自身の首筋にあてがって、  ――――滅びなくてはいけないんだよ?  一気に引いた。