「あ」  デーモンパンクが消え去ったその直後、フィーナの頭上にレベルアップの天使が現われる。 「おめ」 「ありがとうございます。  これで85ですよっ」  嬉しそうにレベル報告するフィーナは少々興奮気味だ。 「…バーサークポーション、解禁だっけ?」 「はいっ!  これでもうちょっと強くなるかな」  フィーナのAgiは振り切っているらしく、これ以上のAspd上昇は装備か、そして今言って いたHSPから狂気ポの変更によってのみとなり、それがようやく達成できたことに対して彼女は 嬉しそうである。 「持ってきてるのか?」 「いえ、まだかなって思って、今日は持って来てないんですよ。  明日からパーサークに変えるつもりです」 「そかそか」  正直スピポ以外使うことのできないオレにしては狂気ポは少々うらやましい。せめてHSPくら い飲めても良いようなものだと思うのだが、こればっかりは致し方ない。 「じゃあ、今のHSP切れたら戻ろうか」 「そうですね」  そう言って、オレとフィーナはフィールド内のカビを探して歩き出す。ジュノーから↓↑←のカ ビマップ。カビしか居ないこのマップでマスクをつけながら二人で狩りをしている。  ラヘル実装からしばらく経ち、今はベインスも実装している今、カビマップより調印マップの方 が組み易さと経験値の関係上良いのだろうが、ほぼ人型のヒルウィンドを相手にするのは、やはり 抵抗がある。  因みにDEFの高いデモパンはフィーナにまかせっきりと言うのがちょっと情け無くもあるが、 残念ながら聖属性を付与できたとしても、デモパンのDEFの高さではオレの攻撃など高が知れて いる。かといってグロリアもまだ未所得だからスパイク持ってもかなり微妙な状態だ。  ふよふよと寄って来るパンクの姿をその目に捉えて、オレはチェインを振るう。  種族も属性も違うと言うのに同じ姿と言うのはやっぱり奇妙な感じだよなあ。  チェインを振るいながらオレはフィーナの方に向かっていったデモパンに闇ブレスを掛けておい た。 「………バーサークポーション…?」  家に戻って消耗品の買出しを頼んだところ、ルフェウスは露骨なまでに顔を顰めてフィーナを見 た。 「85になったら使えるんですよね?  だからハイスピードポーションからそれに変えようと思って」 「………………えっと…」  フィーナの言葉を聞きながら、ルフェウスは顎に手を当てて視線を彷徨わせる。 「別に今から買いに行ってくれって言うわけじゃなくて、もし在庫があったら少し分けてくれれば って思うけど…、倉庫には無いのか?」  渋っているのは今の時間からの買出しに行きたくは無いからではないかと判断してオレはルフェ ウスに尋ねる。  それならば明日分だけでもあればそれを分けてくれたら問題ない気もするのだが、オレの問いか けにもルフェウスの顔は渋いままだ。 「…いや、あることにはあるんだ……。持ちキャラ大抵狂気使っていたからね。それなりに在庫も あるんだけど……」 「ただでくれって訳じゃないし、沢山欲しいというわけでもないんだが」 「いやいや、値段や量の事はどうでも良いんだ。  どうでも、良いんだけど……」  煮え切らないルフェウスの言葉にオレも眉を顰める。いまいち何を言いたいのか判らない。 「……なにか、あるんですか?」  不安そうにルフェウスを見るフィーナも何故躊躇しているのかがわからない。 「ちょっと、まっててね」  そう言うと、ルフェウスはくるりと後ろを向いて黙り込む。恐らくWISを飛ばしているのだろ う。  ややあって、こちらに向き直るルフェウスの顔は引き攣った笑みを浮かべていた。 「フィーナ、明日狩りはお休みにしてもらって良いかな?  ちょっと確認したい事があるんだ」 「え?」 「…どういうことだ?」 「………うん、色々あるんだよ。世の中にはね。  フィーナの事はとりあえず僕に任せてもらって良いかな?  リディックはその間狩りにでも行って来なよ。少しでもレベル差縮めたいんだろ?」  ははは、と乾いた笑いのままルフェウスは言う。  その言葉にオレとフィーナは互いに顔を見合わせ、首をかしげた。 「はろ」  翌日オレ達の家に一人のセージが来た。  RealSkyのメンバーで、ほぼ中堅の位置にいるセージだ。 「おひさしゅー」 「久しぶり、コン」  しゅたっと軽く手をあげて挨拶するセージにオレも合わせて手をあげる。  コン、とは呼んだが正式な名前は『コンバーター作成機』と言う。なんと言うか、いろんな意味 で南無い人である。 「んで、おいらに用事ってなんぞ?」 「確かディスペル持ってたよね?」  コンの言葉にルフェウス聞いてみればコンはこくこくと首を縦に振った。 「おー、もっとるもっとる。けど、実はいっぺんも使ったことねーねん」  名前の通りコンはコンバータを作るために作成されたセージで、ステータスはかなりお察し、か つ、スキルも趣味を貫いたものとなっている。  お陰様で、こちらの世界ではコンバータを作ることしか出来ないが、それでも需要のあるコンバ ータなのでそれを売って生計を立てたりしていた。 「んで、ディスペルをなんに使うんよ?」 「……ちょっと、練習を、ね」  はは、と乾いた笑いを浮かべるルフェウスにコンは首を傾げ、そしてオレの方を見る。昨日のW ISでは説明を受けていないらしい。  もちろん、オレも一体ルフェウスは何をしたいのかわからないので首をふるだけだ。 「…じゃあ、リディックは狩りにでも行ってきなよ。  フィーナ、こっちおいで」  オレを送り出しながらフィーナを呼ぶ。なんと言うかハブされた気にもなるが、オレがいたとこ ろでたいした事は出来ないのだろうと予測を立てる。 「じゃあフィーナ、何するかわからないけど、頑張って」  何をどう頑張れと言うのか判らないがとりあえずそう言って見れば、フィーナのその表情は非常 に不安な色が占めながらも頷いた。 「あ…、はい。リディックさんも気をつけて」  そんな3人を後にしてオレはワープポータルを開いて狩場に赴いた。  時計を見れば午後5時頃。実際ほぼ上限のフィーナとの差を縮めなければいけない事もあり、正 直必死狩りもしてみたりしている。下限転生職の経験値配分はいつ非公平になるか気が気でない。  非公平でも構わないのだが、フィーナが酷くそれを気にするので公平圏内から離れるわけには行 かなかった。 「そろそろ帰ろっかな」  経験値バーを見てそれなりにレベルも上がり、これで少しは安心できるかと帰りのポタを開く。  入って、家に着き…、そしてそこでオレは眉を顰めた。 「…何あった?」  リビングで力尽きるようにうなだれた3人。オレの姿に気が付いてかフィーナは顔を覆ってわっ と泣き出してしまった。 「私、私、こんなことになるとは思わなかったんですーーーっ!!」 「………一体、何があった…?」  視線をルフェウスに向ければ、ルフェウスはまるで魂の抜けかけるようなそんな目でオレを見る。 「……もうちょっと…、待っててもらって良い…?  ………それから、ごめん。ご飯作る気力、尽きた…、外で食べて来てくれない……?」  ぶつぶつと、「わかっていたんだ」と繰り返すその姿は少々異常だった。 「……コン…?」  SPもうないです、と言わんばかりのコンのその顔もかなり引き攣っていて、「恐るべし」とか なんとか呟いていたりする。 「ただ……、うぉっ!?」  玄関が開いて帰ってきたラルもこの光景にあとずさる。 「……何?」  まるで異質なものを見るようにそちらを指差すラルに、オレは首を振って知らん、と答えるしか なかった。  「そういえばさ、ラルも狂気飲めるじゃん」  家から少し離れた大衆食堂、NPCの皆様がひしめくその場所にハイプリとWIZの姿は若干目 立つものがあるかもしれないが、今更慣れたというか気にしなくなっている。  ここは時折ルフェウスが何かの事情でご飯を作れなくなったとき、良く利用しており、食堂のお ばちゃんとは顔見知りだ。  そんな中でラーメンっぽい何かをすすりながらも、チャーハンぽい何かを食べているラルに問い かける。 「飲めっけど、飲んだことねーぞ。俺、魔法型だし」 「原因はそこにあると思うんだ。  ディスペルまで用意してさ、何があるんだろうなあ」 「ディスペルつったら狂気ポの効果も消し去るんだろ?なんでそんな真似するのかは知らんけど」 「試しに飲んでみねえ?」 「断る」 「けちー」  オレの提案もあっさり却下される。 「あ、おばちゃん。揚げギョーザ一皿追加でよろしくー」  厨房でせっせと調理している三角巾とエプロンつけたおばちゃんにオレは追加オーダーをするの であった。 「…ごめんなさい。今日も、無理です」  翌日になっても気力は回復していないのか半分死んだ目状態のフィーナは狩りに出かける事はな かった。  なんとか気力を沸き立たせたらしいルフェウスもうんうんと頷いている。 「差を縮める良いチャンスだと思うよ」  言った言葉ははっきり言って投げやりなそれで、オレも問い返すことが出来ずにいる。  判ったこと、たぶん何かを成さない限り、フィーナは狩りには行かないだろう。  何かが終わらない限り、きっと晩御飯は外食になるだろうという2点だった。  そしてその予想も見事に当たり、1週間ほど食堂に通うハイプリとWIZの姿があったことは言 うまでもない。おばちゃんに「珍しい事もあるものだね」とか言われちゃったよ。 「いい?フィーナ。その感覚を忘れるんじゃないよ」 「はいっ!大丈夫です!……多分、きっと……」 「もう、おいらの教えられることはない!」  帰ってみれば、どこかの熱血スポ根のノリの3人にオレは目を点にしながら見つめていた。 「あ、お帰り、リディック」 「やりましたっ!私、克服したんですよっ!」  何を?という突っ込みは野暮なのだろうか。 「後は実戦で身体を慣らしていくしかないけど…、数をこなせばきっといつも通り出来るはずだか ら」 「はい!」 「コンも今までありがとうね」 「うんにゃ、いつも露店でコンバタ置いてもらってるしねー。  おいらの出来ることなら何でも言ってよ」  そういうとコンはギルドに帰ると言って出て行く。立ち去り際、ぽんとオレの肩を叩いて「頑張 れよ」と一声かけて言った。 「よしっ!  今日は久しぶりにがっつり料理するぞー!  インスタントっぽいものばっかりじゃ腕がなまる」  因みにこの間の朝食はちゃんとこなしているのだが、ルフェウスにとってはあれもインスタント っぽいなにかだと言うらしい。確かにいつもよりちょっと手を抜いた感じはするのだが、あれでも 充分だと思うんだけどなあと思わずにはいられない。  それから本日の晩御飯は普段よりも気合の入ったものだと追記しておく。  ちょ、マジで美味いんですけど。これ。