「フィーナ、そっちっ!」 「え!?きゃっ!」  場所は氷の洞窟2階。寒風吹き荒ぶその場所でオレとフィーナは氷のMOBを相手に戦っていた。  公平組めるようになってから大分経っていて、いまではフィーナは古代装備も解禁、レベルも上 級のそれになっている。ゆっくりと無理はせず、高効率とかには無縁だとしても、それでも休みを 挟みつつ時間を掛ければその分レベルは上がる。 「タゲ、こっちに寄せるから少しバックな」 「すいません」  フィーナを襲おうとしているスノウアーにリカバリーを掛け、それをオレが受け持つ。3匹以上 に囲まれてしまえばFleeが削られるため…というか、密度高くて満足に動けないから避けられ ないんだよな。囲まれFlee減少というのは。  カウンターダガーを常時使っているフィーナにとって大型のスノウアーとアイスタイタンはいく ら弱点属性をついているとは言え、やはりサイズ補正がきついらしく交戦時間は延びてしまう。  オレにしたって、属性付与できるのは聖しかないので、いざと言う時はコンバーターと言う手も あるのだが、余裕のあるうちはそんなブルジョワな戦い方をしたくないため、極普通に無形特化し か使っていない。  そもそもオレは純粋な殴りプリじゃないからダメージ量も結構お察しだったりする。後ろからで はなく横で一緒に戦って行きたい、そう思って選んだこの道。しかし、それで支援を取れなくなっ てしまっては意味が無い。型で言えば殴り寄りのバランス支援型といったところだろうか。  そんな事もあってかあまりこのダンジョンは相性良くないという事なんだろうかね。  だというのに、なんでここに来たかといえば、やはり行ってない所と言うのに少々魅力とか感じ たためとりあえず行ってみよう、と言った観光に近いものがあった。  ずずん、と鈍い地響きのような音を立て、スノウアーは倒れればぽろりと零れる氷の収集品。 「少し休もうか?」 「で、でも…、動いてないと寒くないですか?」 「……そう、だよなあ」  地下に行けば行くほど凍える空気が身体を撫ぜる。1階から2階に向かった時、気持ち的にも気 温が下がったと感じたのできっと3階はもっと寒いのだろう。  凍えて動けなくなる、と言うのはないのだが、とにかく寒いというか痛い。 「じゃあフィーナの狂気ポ切れたら戻りと言うことでおけ?」 「了解です」  この間、狂気ポーションの説明を読んだんだよ。意外と説明文とか気がつかないことが多かった のだが、狂気ポって暴れ出したくなるような…いわゆる興奮剤みたいなものらしい。  今でこそ普通に話も出来るのだが、狂気解禁したとき1週間はそれに耐性をつけるため特訓した のだと後から聞いた。暴れて手のつけようの無いフィーナってどんなよ、とか聞いてみたかったの だが、フィーナも、それに付き合っていたルフェウスもコンもそれについてはノーコメントを貫い ていた。  それでも狂気が切れたら魂が飛ぶと言うのか、ぷしゅーと何かが抜けるようなそんな感じで、そ うとう狂気ポ効果を押さえつけてるんだろうなあと思ってしまう。  時折すれ違うプレイヤーであるセージやリンカーに辻支援を掛けながら、近づいてくるアイスタ イタンを二人で袋にする。この交戦中に通りかかったプレイヤーのショックエモも何度か貰ってい たりするのは、本来魔法職であるオレ達がそろって殴りかかっている所為なのだろう。 「つくづく、悪人くせーって思うな、こういうのは」 「それは言わない約束です!」  Agi型の二人がかりで削り落とすアイスタイタンを相手に小さくこぼしながら、オレはチェイ ンを振るい続けた。 「……あ、リディックさん。…そろそろ切れます」 「そか」  狂気が切れる時と言うのがフィーナには判るらしい。切れてから1分は掛からないとは言え、そ の間フィーナは無防備になってしまうので、戻るか安全なところを探す必要があった。  今回は戻り、と言う話だったので辺りにMOBがいないことを確認してポタを開く。 「フィーナ」  帰りのポタを背にフィーナの名を呼べば、彼女は頷いて鞄から1輪の花を取り出した。  それを放り、僅かな黙祷は今まで倒したMOBに対してのものだ。  意味の無い行為に見えるだろうが、それでもやはり自分のしていることに対する謝罪をしている のだろう。  フィーナがポタに乗ったのを確認して、オレもポタに乗るべく足を踏み出し。  一度だけ、放られた花を振り返る。  極寒のその場所で花は静かに揺れていた。 「…おーい、大丈夫かー?」  ポタの出た先、ラヘルのベンチでフィーナはぽけっと空を見上げている。焦点が定まって無いよ うに見えるのは、狂気の切れた反動か。 「…あー…、大丈夫、ですぅ」  空を見上げたまま間延びするその声を聞きながら、何処が大丈夫だよと心の中で突っ込みを入れ オレも隣のベンチに腰を掛けた。  フレイヤを讃えるアルナベルツ教団。仮面や覆面をつけた信者たちの姿は幾分異常なものに見え るのだが、宗教と言うのに口出しする気は全くない。  正直ハイプリーストとか言いながらも大聖堂にあまり顔出しもしないオレが言えた義理も無いの だが。  遠めに見えるジョンダサービスの男性の周りには聖域に向かうだろうプレイヤーの姿も見て取れ た。そういや、聖域クエストとかしてないもんなあ。行ったところで相手は人間だし、戦える気は 全くないけれど。  多種多様の職。夕方のこの時間は人の混雑する時間帯だ。  仲睦ましげにPTチャットを飛ばしているプリとハンタのペアや、これからガリオンにでも行く のか倉庫の中身を確認している拳聖や、神殿を眺めているマーチャントの二人組みも見える。 「…、はっ!」  いきなりフィーナはがばっと立ち上がって、辺りをきょろきょろ見出す。 「ど、どうした?」 「……あ、もしかして私、寝てた…?」 「意識飛ばしてるなーと思ってたら、寝てたのか…?」  恐るべし、狂気ポ反動。 「えっと、ここ、ラヘル、ですよね?」 「え?あ、ああ。なんか帰りにフレイヤの泉に行ってみたいとか言ってなかったか?」 「憶えていてくれたんですか?」  マップを眺めながら、独り言のように呟いた言葉をオレは聞き逃さなかった。ゆえに家に直行で はなく、ラヘルに立ち寄る事にしたのだ。  驚いたようにオレを見るフィーナに向かって、小さく笑いながら立ち上がる。 「よし、門限まで観光するぞ?」  太陽は赤味を帯び、白い建物が立ち並ぶラヘルの町はその太陽によって赤く染まる。  一時の赤の時間。  フィーナは顔をほころばせて、 「ありがとう」  と一言オレに向かって飛ばした。 「まだ季節的にも寒いと言うのに、これまた寒いものばかりで」  取ってきた収集品は氷のものばかり。解けて消えてなくなることの無い、これって何処のフリー ジングコフィン?な収集品を手にとって箱に収めるルフェウス。 「売るのは明日で良いよね?」 「ああ。たのむわ」 「ところでさ、さっきケルビムさんから連絡あってね。  親睦会でもやろうかって話出たんだよね」 「…親睦会って…、今更っつーか、何のためにと言うか」  ルフェウスの言葉にオレは眉を顰める。 「うん、僕たちもこっちに来てそろそろ1年だしね。  RSのギルド拡張したのはリディックも知ってるだろう?  結構知らない人もいるだろうし、顔出すのも良いんじゃない?」 「だけど、そういう企画って姐さんはあまり考えないと思うんだけど、提案者誰さ?」 「最近RSに入った人だってさ。  RS以外のリアルの人と会って見たいとか言ってて。  個人的に、とかだったらお互い気疲れするかもしれないから、知っている人全部集めて騒ごうと かそういう訳なんだよね」 「ふーん」  RSには苦手な人がいるのだが、まあいざと言う時は誰かに犠牲になってもらおうか、とオレは 物騒な事を考えながらルフェウスの話を聞いていた。