突入から遡ること30分前、砦の前にはまだ俺たちと王国騎士団の監視員しかいなかった。 草原を渡る風が煙草の煙をさらっていく。西よりの強い風は、風上のどこかで降る雨の匂いを含んでいた。 ここで早速ブーストし始めたりしたら明らかに様子がおかしいと思われるだろうから、俺はただ座り込んでヤニを吸っていた。 次から次と手が伸びそうになるが、それでは動揺が漏れてしまう。俺は風の音に耳を澄ませながら、努めて気を鎮め平静を―― 「おい、どうしたグレン。何テンパってる?」 「・・・・・・・・・」 ――どうやら無駄な努力だったらしい。隣に現れたリゲルが俺の顔を覗き込んでそう言った。 これは下手に繕うとボロが出るだろうか。どう切り返すか考えて、俺はここ最近の同盟の戦績を思い出す。 そう言えばここ暫くブリトニアには一歩届かずチュンリムかヴァルキリーレルムに転戦する事が多かった。 しかも完全防衛狙いもだいぶ久しぶり。・・・よし、多分これなら行けるはずだ。 「くそ、バレたか。いやぁこうも久々でしかもB4ともなりゃ、さすがに俺も緊張するわ。」 「へぇ。・・・ま、それなら別にいいんだが――」 「・・・何だよ?」 「まるで初めて一緒に戦った時みたいに緊張してるように見えたから、な。」 「・・・・・・・・・」 当たり前だろ。中の人はリアルGvなんざ初めてなんだよ。 心の中でぼやきつつ、別にそこまでは緊張してねぇよなどと誤魔化して笑ってみせる。 するとリゲルは、半眼でそんな俺を眺めた後、やれやれとため息をついてこう言った。 「その調子じゃ、まともに作戦が頭に入ってるか怪しいもんだな。少しおさらいしとくか。」 リゲルは紙とペンを取り出して、砦の正門とその周りの見取り図を走り書きする。 ・・・字、汚ねぇな。さすが中の人が俺。ともかくリゲルは正門の前と後ろに円を描きながら俺に作戦を説明した。 「今、うちのギルドの主力連中が門の向こうで防衛線を張ってるだろ?そこで敵を止めてる間にマスター連中が先行してEmCする。簡単に言うとそんなもんだ。」 リゲルの視線の先を見ると、砦の正面を埋め尽くすように並ぶ俺たちの先頭に、同盟のマスター3人がいる。 何故わざわざこんな面倒な事をするかと言うと、Gv開始と同時に城主ギルド以外のメンバーは同盟でも砦外に強制排除されるからだ。 この世界でそれがどういう理屈になってるのかは知らないが、そこのシステムはやっぱり変わらないらしい。 「まぁ主力連中に絞った上で射撃部隊と迎撃部隊とロキ部隊を増強してるから、そうあっさり抜かれはしないだろうが敵も多いからな。  更にこうやって俺らが敵より先に門の前埋めて門に突っ込む訳だ。人が詰まって通れなくなりゃ、それはそれで都合がいい。」 砦外で戦ったりしなければ、そういうのじゃ監視員も文句は言えないし大体物理的にどうしようもないからな、とリゲルは笑った。 俺たちは突入したらEmCで呼ばれるまで暴れ続けて敵を妨害する。城主ギルドは第一防衛線が決壊して抜かれるか もしくは同盟のマスター全員がエンペルーム前に到達したらEmC、他はマスターがER到達次第順次EmC。まあ、いつも通りだ。 しかしこいつを実際にやるとどうなるのか。俺はどうにも嫌な予感がしてならなかった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「ぐぉっ・・・!」 鎧と鎧がぶつかり合い、人間が、ペコペコが、息の止まるような圧力の中で軋みを上げて押し合う。 砦敷地外での戦闘行為が認められていようがいまいが、武器を振り回す事なんざ物理的に出来やしないし進めもしない。 息苦しいほどに押し合いながら、もう俺は何分もの間、砦の外に居る。 ゲーム的に言えば「WPが詰まった」。 まあ狭い門に4勢力もの軍団が一気に突っ込めばこうなるのは当然か。 だが分かっちゃいても、こうなると余計に殺気立つのが人の性ってもんだ。 「突っ込めーーーーーーー!!!」 門に向かって殺到する筋肉と骨と鋼鉄の塊が大地を揺らし、大気を震わす鬨の声が耳の中まで埋め尽くす。 ここは戦場。リアルな戦場だ。ゲームのように無言で突撃するような奴などいない。 己を奮い立たせるために、恐怖を吹き飛ばすために、勝利を誓うために。兵士どもは咆哮を上げて突撃する。 周りには味方が多いが、後ろからグイグイ押してくるのは殺気立った敵軍の連中だ。 獲物を振り上げ怒声を上げ、中には腹立ち紛れに当たらない大魔法をぶっ放す気の短いウィザードもいる。その数は当然ながら味方の数倍だ。 俺はこれから――こいつらと戦うんだ。 「ウオオオオオオオオオオオ!!!」 鬨の声に対して怒鳴り返すように。熱狂に浮かされるように。震える心臓に鞭打って俺も叫んだ。 ギチギチと押し合う群集の真っ只中、もう後戻りなんざ出来やしない。迷いを吹き飛ばすように俺は叫びを上げた。 ケツから背中までの全神経が昂ぶってビリビリと逆立つ。興奮と恐怖と闘争本能が、沸き立つ血と一緒に全身を駆け巡る。 ――俺は確かに、特殊な状況で死ぬという実験のためにここに来た。だが、ひと思いに自殺する根性なんざ俺にはない。 スキルで闘争本能を増大させる事は出来ても、それは自殺する勇気には繋がらない。 だから、誰かに無抵抗で殺されるなんて事も俺には出来ない。人を殺すくらいなら自分が死ぬ、なんて言うほど人間出来てる訳でもない。 目の前に俺を殺そうとする奴が居れば、俺は全力で戦うか全力で逃げるだろう。ブーストしてれば尚更だ。それに―― (こうなりゃ俺も部隊の一員だ。俺だけ手ぇ抜いて戦っていい訳ねぇだろうが!) とにかく、とにかく先に進ませろ。俺の覚悟が決まってる間に。ケツまくってここから逃げ出そうなんて思わないうちに。 飛び込んでしまえばいい。あとは野となれ山となれ。必死で暴れて、その末に俺は仕方なく死ぬんだ。 さぁ行け、俺。逝って来い。どうせくたばる時は一瞬だ。 腕を伸ばして前をこじ開け、俺は一気に前に出た。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 門をくぐり圧力が弱まったと思うと、爆音と閃光がミサイルか何かのように降ってきた。 疾走し乱戦する群集に足はよろけ、猛吹雪と何かの光が白く煙って周りがどうなってるのかロクに見えやしない。 俺のすぐ近くを走っていた数人の敵が何かの衝撃に打ちのめされ、盾を構えてうずくまった。・・・生き物が焦げる匂いがする。 そうして一瞬、匂いに気を取られている間にも再び爆撃が大地を揺らした。 俺も思わず盾を構えたが、全身を襲うはずの痛みと衝撃は襲ってこない。 見ると身に着けたエンブレムから漏れる淡い光が降り注ぐ大魔法と共鳴するように俺の全身を覆っている。 これは――味方の弾幕か。 「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」 そんな轟音の中でも不自然な程の存在感で、メタルな絶叫が耳に響いた。 叫ぶクラウンの傍らで髪を振り乱し狂ったようにリズムを刻むのは見覚えのあるジプシーだ。 奴らに近づいた途端、強烈な混沌のイメージが頭の中を埋め尽くし、叫びが耳について離れなくなる。 (なるほど、そういうことかよ・・・!) こいつの効果範囲では何人たりとも一切のスキルが使えない。そりゃあそうだ、集中力もイメージ力も強引に塗り潰してきやがるんだ。 ロキの叫びの効果範囲で出入り口を塞ぎ、その上から弾幕を降らせてスキルの使えない敵を叩くのが防衛線の定石。 こんな広いところの守りでも基本は同じだ。とにかく範囲外まで走らなければ、俺だって何もできやしない。 しかも悪いことに俺のちょっと前をハイウィザードが走ってやがる。抜けられたら間違いなくこっちにSGが降って来るだろう。 そっちを固めてる味方前衛は、ハイウィザードの前を行った敵の前衛たちと交戦中。ヤバい、隙だらけだ! 「トマホークッ・・・!」 咄嗟にカートの中から探り当てて構える、が狙いを定めようにもロキの叫びに集中を乱されそれどころではない。 そうこうしている間にハイウィザードがこちらに向き直り杖を掲げた。くそ、やられるか!? 「あが・・・っ!!」 突然、そのハイウィザードが横から飛んできた何かに「く」の字にへし折られ、消えた。死んで外に出されたらしい。 「何か」が飛んできた方向には射撃部隊のアサクロが2人。・・・今のあれはあいつらの十字砲火か。 ともかくあのハイウィズの死に様なんて、光と音の中で目に映っちゃいないしそれどころじゃない。 助かった。安堵しながらもバクバク踊る心臓と一緒に、ハイウィザードがいた位置まで走り切る。 <<グレン!丁度よかった、ここ守るぞ!>> PTチャットで伝わる声は先に抜けていたリゲルの指示。 振り返ると、主にあまり頑丈ではない部類の連中がロキの横を抜けようと弾幕に耐えながら走ってくるところだった。 中央の部隊と激突する軍勢はまるで決壊した土石流。そこから溢れた奔流が俺たちを呑み込もうと襲い掛かってくる。 通られれば呑み込まれる。呑み込まれれば俺も死んで味方も死ぬ。殺到する敵の修羅の形相がそう言っていた。 殺られる。脳髄を駆け抜けるそんな直感。畜生、畜生、くそったれが、上等だ!! 「来いやああああああああ!!!」 来るんじゃねぇ!自分を奮い立たせる叫びとは裏腹のその一念だけで滅多矢鱈とハンマーを振り下ろした。 衝撃をまともに食らって俺の横でスナイパーがくず折れ、クリエイターが膝をつく。 そこに射撃部隊から叩き込まれた衝撃の後に俺の顔にかかった何かが何なのかなんて、既に考えてすらいなかった。 生存本能が余計なものを脇に押しやる。戦いのためにフルブーストした脳味噌が全力で攻撃信号を体に送る。 前を見ろ。叩き込め。死んでたまるか。墜ちろ!墜ちろ!墜ちろ!!くたばれ!! 死にに来たはずの俺は、全力で死に抵抗していた。生存本能が、闘争本能が、ただ殺される事を拒否している。 まだか。EmCはまだか。IRCのイヤホンに神経をピリピリさせていると暫くして声が響いた。 <<中央破られた、決壊する!>> <<了解、EmC行くぞ!!>> もはや防衛線の形は崩れ、前庭は乱戦の様を呈していた。崩れた防衛線の生き残りと追い縋る味方部隊が敵を妨害し追走する。 数秒後に城主ギルドの部隊は光の柱になってエンペルームに飛んで行くだろう。当然俺やリゲルは居残りだ。 今城主ギルドに居るのは、正規メンバーとラインの展開のため増強された射撃部隊及びロキ部隊。 俺は普段自分のソロギルドで全キャラ格納しているので、リゲルもあっちの正規メンバーではないのだ。 サイドを守っていた俺たちも追撃に入ろうかと動き出した時、ぶわりと一陣の風が舞い上がった。 「行ったか!」 周りに居た味方の一部が、光の柱を残し、エンペルームへと転移して行った。城主ギルドの連中だ。 こうなれば恐らく俺が呼ばれるのももう少し。そう思い斧を握り直していると、あの恐怖のスキルが俺を襲った。 「キィィーーーーーーーーーッ!!」 「ッ!?」 脳髄を金切り声が貫く。スクリーム――これはただの叫び声じゃない、ロキの叫びのあの声のように明確な意図を持って放たれた戦技だ。 衝撃に脳味噌が揺れ、俺はたまらず膝をついた。辛うじて身を隠すようにバックラーを掲げたが、それが精一杯だった。 目の眩みと吐き気が止まるのをひたすら耐えて待ちながら、焦燥だけが俺の腹の中をぐるぐる駆けずり回っていた。 さっきから俺の横から迸っては敵に呪いをかけていたリゲルのグリムトゥースも止まっている。こっちもやられたか! 撓む世界の中、俺たちの横を敵が2人ほど駆け抜けていくのが聞こえた。 炎の壁が突破される音、悲鳴、轟音。こっちの後衛の誰かがやられた。 そう思う間もなく足元に魔方陣が浮かんだ。詠唱の声は後ろの方から、知っている味方とは違う声で。 「ぐあ・・・!!」 盾を掲げた左腕が盾ごと凍りついた。その映像を最後に、俺の体は奇妙な浮遊感に包まれた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  <<展開急げ!来るぞ!!>> イヤホンから響く声で我に返った。それと同時に左半身に激痛が走る。 そうだ、俺の左腕。完全に凍り付いていたがどうなってる?肘から先の感覚がない。全くないんだ。 寒さと痛みにガタガタ震えながら自分の腕を見ると、俺の腕はオボンヌをどす黒くしたような色をしていた。 「なっ・・・!!?」 俺は慌てて腕と体に白ポーションをぶっかけた。途端に痛みが引いていき、感覚が戻って色も元通りに戻っていく。 壊死していた部分にも血が通い始めたが、冷え切った体の猛烈な寒さだけが残っていた。吐く息が、喉の奥が冷たい。 この悪寒は寒さだけのものじゃない。目で見るのとその身にに受けるのでは大違いだ。 これが。これが、大魔法の威力なのか。 「くそ・・・っ」 それよりも・・・ここはどこだ?脂汗を拭って周りを見ると、俺が居たのは細い回廊が続く室内だった。 真っ暗闇の広い空洞の中に、不思議な光を帯びる紫色の石で作られた回廊が浮かんでいる。 間違いない、エンペルームだ。恐らくSGを1HIT食らったと同時くらいにEmCでこっちに呼ばれた、とかそんな所だろう。 「おい、大丈夫か?顔が青いぞ。何か変なもんでもつまみ喰いしたか?」 声に振り返るとリゲルが居た。ゲームであんだけこいつでGv出てりゃ、そりゃあ慣れたもんだろうよ。 笑ってやがる。いい気なもんだ、クソ。所詮一般人な中の人は必死だっつの。 「・・・別に、ちょっと腹が痛ぇだけだよ。いいから行って来い。簡単にくたばんじゃねぇぞ。」 「ああ、お前もな。」 そう言ってリゲルは、封鎖部隊の他のアサシンと一緒に、サイトを焚きながらゲート前へと走っていった。 皆が皆、侵入者対策にサイトを焚いて走り回っているためか、熱のない大きな鬼火が部屋中を踊り回っていた。 紫色に仄光るエンペルームに炎の色が入り混じり、部屋を不思議な色に染めている。 既に敵の偵察がゲートの脇で微動だにせずこちらの動きを伺っては引っ込んでいた。敵襲は近い。 深呼吸して持ち場につきながら、俺は統率された動きで展開していくラインを見渡した。 ゲート前では既にロキの叫びが展開済み。その横で周りに指示を飛ばしているオーラAXが俺の師匠だ。 ヴァルキリーマントを羽織り、処刑剣を構えているのは同盟唯一生粋の両手徒歩ロナ子。 少し引いた位置にリゲルもいた。頑張れ、わが息子よ。戦いぶりを見てる余裕なんて俺にはないかもしれないが。 この砦、一枚目のロキの周りは結構広いスペースが空いているため、ロキの効果範囲が届かない場所が一部にある。 そこにはロキ担当の献身パラや射撃部隊の出張人、バックアップ兼交代用のブラギ冠、 こっちのロキを無効化する敵のLPをLP返しで相殺する教授などが敵の侵入を防ぐようにずらりと並んでおり、 彼らの護衛として俺より数段マッシヴなオーラWSがいた。俺が言っちゃおしまいだが、実際見ると超暑苦しい。 ここの連中は防衛配置が一緒なので割と見知った面々が多い。あのWSも師匠の友達で、ゲーム内での言動からして多分狂墨だ。 二枚目のロキペアは、第一ロキがカバーするスペースの奥、狭い通路の入り口付近。これも主にロキ制圧部隊が通路ごと守りを固めている。 その後ろでは突撃部隊の連中が槍を揃え、或いは斧や鈍器を構えて並んでいた。彼らは敵の突撃部隊を止める壁だ。 ずらりと並ぶ騎兵、そして数は少ないが、咆哮を上げ高熱を纏うWS部隊。正直言ってその姿は壮観だった。 目の前に並ぶその背中が、今の俺には恐ろしく頼もしいものに見える。 彼らの後ろの曲がり角には、壁を突破した敵を無力化して一撃必殺を叩き込む迎撃部隊の面々と一緒に 無詠唱高火力の混成ゴスペル部隊が前方に向かって火線を張っていた。曲がり角の少し空いたスペースは敵を飛び込ませる罠。 そこには後方からの弾幕は勿論、動きを止めて脱がすローグやチェイサーも待ち構えている。 やる気なさそうに戦闘前の一服を吸っているチェイサーが、城主ギルドのギルマスだ。 ここで足が止まれば阿修羅やアシデモやソウルバーンが飛んでくるだろう。俺が居るのもこの辺りだ。 パラディンが荘厳な聖歌を紡ぐ中、モンクやチャンピオンが静かに気を練り、ウィザードたちが呪文を唱える。 この轟音の中にあっても、そこに漂う緊張感はひたすら静かだった。 無論、そこにも後ろにいる射撃部隊の弾幕は降ってくる。それは大魔法の輪唱がもたらす爆音と閃光のオーケストラだ。 時折それが止んだかと思うと、身振り手振りを交えて打ち合わせをしているのが見えた。 あいつらは適当に一斉射撃している訳ではない。各人担当範囲と担当魔法を決めて火力管制しているのだ。 いつもはあのサブマスがやってるが、総指揮官にそこまでやってる余裕はない。今日は別のハイウィズが皆に指示を飛ばしていた。 彼らの後ろは最終ラインの罠地帯。殆ど歩くのと変わらない速さで罠のメンテナンスをしつつ奥に退がって行くのは我らが鬼軍曹。 横でSPを分け与えつつ何か話しているのは、昔からの付き合いだという女教授。 曲がり角の向こうに居るのかここからは見えないが、この部隊はかなりの曲者が勢揃いしている。 超威力特化型阿修羅に、Agi切りスキルアサクロ、妨害スキル豊富な殴りハイウィズにガトリング狂なガンスリなど。 そこに修理兼フルアドレナリンラッシュ担当で放り込まれた俺もまた然り。ああ、これが類友ってヤツなのか。 <<揃ったな、野郎供。>>  不意に、IRCのイヤホンから城主ギルドのマスターの声が聞こえた。 何とも不敵でふてぶてしい、悪漢らしい響き。ちょっと前までのやる気のなさそうな姿とは、まるで別人のようだ。 <<今から俺たちは、ざっと3倍以上の数の敵とやり合う事になる。それもブリトニア常連の猛者ども相手にだ。  中には設立当時から錚々たるメンバーが集まっていた有名ギルドも多い。由緒正しい実力派のお方々だ。>> 今すぐそこまで迫っている敵を皮肉るように、マスターは愉しそうに口の端をつり上げた。 防衛線の中ほどで同盟のメンバーをぐるりと見渡し、言葉を続ける。 <<・・・それに引き換え俺たちは、レーサー集団に毛が生えたような弱小勢力だった。奴らにしてみりゃぁ、野良犬みたいなもんだ。  それが前回、奴らを押しのけてこの場所を奪った。野良犬の集まりが、長い時間をかけて遂にここまで来たって訳だ。  だが奴らはそれを雑魚のマグレだと言う。そう思いたい奴は思わせておけばいい。グダグダ言い返す必要はねぇ。ただ――>> そこまで言って、マスターは腰のグラディウスを引き抜いた。 古びてはいるが凄みを湛えた鋼の刃が、ルアフとサイトの光にぎらりと映える。    ・・・ <<ただこいつで分からせてやるだけだ!余裕かましてる連中に、底辺から這い上がってきた俺たちの力を見せてやれ!  さあ仕事だ野郎供、今日の戦いが終わる時、今と同じようにここに立っていて見せろ!!>> 剣を抜き、槍を掲げ、鈍器を振り上げ、蜂の巣を突付いたような喚声がエンペルームの天井をびりびりと震わせた。 それに応えるかのように、ゲートの向こうからも敵の喚声が響く。上等だ、来るなら来やがれ!! ゲートを挟んだ睨み合いは数秒。そして――IRCのイヤホンから鋭い声が響いた。 <<来るぞ!!>> その声と同時に、ゲートの向こうに敵の騎兵が現れる。5騎、7騎、10騎・・・歩兵も数人いる。凡そ2個小隊――敵の突撃部隊だ。 ゲートの向こうの敵は足並みを揃えじっと動かない。一斉に武器を構えるこちらに動じるでもなく、じりじりとタイミングを計っている。 降り注ぐ大魔法の嵐の前で、先頭のロードナイトが抜刀し――一歩遅れてきたジプシーがゲートを開きながら叫んだ。 「かかって来なさいっ!!!」 瞬間、尋常ではない速度で騎鳥が、鋼鉄の車輪が駆け抜けた。 嵐の海を突っ切る高速船のようなその突撃は、ただの突撃じゃあない、速度変化POTでの一斉突撃だ。 カイトによる魔法反射の光が瞬く間に、それは最前線の部隊を無視してロキ地帯を突き抜け―― トラックの正面衝突のような凄まじい激突音と共に、止まった。 それは剣と槍と盾と鎧が激突する音だった。鉄槌が盾にめり込み、槍が鈍く鋭い音を立てて交差する。 食い込み、薙ぎ払う。受け止め、叩き落す。突破する者と阻む者の激しい鍔迫り合い。 そこに容赦なく大魔法の弾幕が、狙撃手の精密射撃が、暗殺者の十字砲火が、強酸の沸騰と爆発が次々と降り注ぐ。 だがそれでも敵は怯まない。1人倒れ、2人倒れながらも咆哮を上げ防衛線に突き刺さってくるそれは正に脅威だ。 その脅威を撃ち落そうと射撃部隊の狙撃火力は集中する。いや、集中せざるを得ない。 しかし、そんな後方での激戦にも最前線のロキ護衛部隊は微動だにしなかった。 ――その瞬間を狙って、次が来る事を知っているからだ。 「・・・出番だ、殺るぞ。」 遅れてゲートの向こうに現れた敵を見て、師匠がぞわりと殺気を放った。 対峙するのはロードナイト、アサシンクロス、ホワイトスミスから成るロキ潰し部隊。 そしてその後ろから現れた、恐らくゴスペル部隊であろう教授やクリエイター、チャンプなどの混成部隊。 奴らは今そこで血みどろになって暴れている突撃部隊より脆い。だが凶悪な攻撃能力を持っている。 それらを迎え撃つ彼らも、また然り。突撃部隊を迎え撃つのが突撃部隊であるように、ロキ潰し部隊を迎え撃つのもまたロキ潰し部隊。 「来やがれ!!」 部隊の誰かが叫ぶとほぼ同時、敵は一気に散開した。ある者は第一ロキへ、ある者は第二ロキへ、 そしてある者は第一ロキのすぐ近く、ロキ範囲外にある火力拠点へ。 魔法で呼び出された泥沼の中、足止めに設置されたファイアピラーに敵が突っ込みナパームのような火柱が上がった。 弾幕と泥沼に脚を鈍らせる敵に十字砲火が炸裂し、火力支援の傘のもと、味方前衛が刃を閃かせてそれらを迎え撃つ。 演奏が1周すると同時に数人のアサシンクロスが毒瓶を握り潰した。ベノムダストのように術者の全身を覆い燐光のように輝く毒霧。 間髪居れずに演奏が再開された時には、奴らは残光とともに目の前の敵を切り伏せていた。 キルジュルでアサシンクロスを叩き伏せ、教授の腹に錐を突き込み、大暴れしている師匠の横で リゲルは小型短剣を振るって敵の妨害に徹しているようだった。いいぞ、わが息子よ。 「うおおおおおおおらあああああああああああああ!!!!」 絶叫しているのは火力拠点を守るホワイトスミス。師匠の友人の、あの狂墨だ。 火力拠点を制圧しようと近づくハイウィザードやクリエイターやアサシンクロスをハンマーフォールの連打で叩き落し、 それでもロキ際まで近づいて来る敵は、アフターバーナーのように火を噴くカートをドカドカ振り回して薙ぎ倒す。 反撃されれば真正面から受け止めて、敵の息の根が止まるまで殴って殴って殴り続け、武器ごと鎧ごと叩き潰す。 その攻撃は剣士系のように流麗でもなければ、シーフ系のように狡猾でもなかった。 守りにしても盾と鎧を巧みに操り攻撃を捌くのでもなく、しなやかな体捌きで衝撃を受け流すのでもない。 それは溢れるパワーとスピードとタフネスに任せた、豪快無比な戦い方だった。 俺の中の何かが、それを見てざわめく。それは自分の意思ではないような不思議な感覚だった。 (――何だ?) 「うおおおおおオオオオオオ!!!」 その感覚の正体を訝る俺を、雄叫びが現実に引き戻した。 前線を突破したロードナイトが、血みどろになりながらサーベルを振り上げていた。その刃先は一瞬ぶれるように霞み―― 腰溜めに構えて気を爆発させるチャンプに向かって振り下ろされた。 交錯する、轟音。 衝撃波がチャンプもろとも辺りを巻き込んで薙ぎ払い、ロードナイトはチャンプの拳に貫かれて倒れた。 肩で息をしながらチャンプはローヤルゼリーの入った瓶を一気飲みして補給する。まだ突撃部隊を倒し切った訳ではないが こっちは何とか凌ぎ切れそうだ。前方ではまだ激しい斬り合いが続いているが、敵の勢いは明らかに落ちている。 ちょうどいい頃合だな。俺は味方に向かって声を張り上げる。 「装備壊された奴はいないか!?」 早速騎士が2人、曲がった槍を持ってこっちに走ってきた。突撃ならまだともかく、防衛でいちいち前衛にコートをかけてられる程 この同盟は――というか大体どこの同盟もそんなアホな資金力はない。俺は曲がった槍を受け取って急いで叩き直す。 首尾よく敵の攻撃を防ぎ切ったようだが、最初はこんなもんだ。それに敵はまだまだ―― <<次、来るぞ!!>> ――早い! 早くもゲートに現れたのはさっきと別の同盟勢力だ。中堅どころじゃ中々こうは行かない突入部隊の交代の早さ。 なるほど統率が取れてやがる。勝手に他所と喧嘩始める奴もいなければ、ゴスペル隊がER前を占拠し続ける訳でもないらしい。 <<くそ、回転速いぞこいつら!>> <<泣き言言うな、前だけ見てろ前線豚ども。ケツを持つのは私の仕事だ。>> <<さーいえっさー。それよりグレン、魂はまだ貰ってないのか?>> PTチャットで言われて気づく。そう言えば俺はフルアドレナリンラッシュ役だったのに、まだ魂を貰っていない。 どうせ泥沼ですぐ消えるんだが、効いている間は敵に喰らいつく力が段違いになるのでFARは割と嬉しいスキルだ。 <<ああ、今貰ってくるからちょっと待ってろ!>> 「突入!!!」 背後で起こる鬨の声、そして激突音。舌打ちして走り出し、近くに居たリンカーに声をかける。 「魂、頼む!」 「ちょっと待ってね。」 彼女が目を閉じてこちらに手をかざすと、ふわりと何かが体の中に舞い降りたような感触を受ける。 そして一瞬だけ不意に気が遠くなり――何か得体の知れない力が体に満ちてくるのを感じた。 ――これがブラックスミスの魂の力か。 「ありがとよ!」 踵を返して持ち場へ走る。後ろで彼女が何か言いかけたような気もしたが、そんな事を気にしている場合ではない。 激しくぶつかり合う突撃部隊の向こうへ声を届かせるため、俺は大きく息を吸い込んだ。