突然だが、今オレは非常に面白くない。というか、傍から見ても判るように不機嫌だと自覚もし ている。いやいや、今オレが不機嫌なのは手前勝手なことだよ?勝手にイライラしてるだけで、誰 が悪いとか言うならきっと自分が悪いんだというのも理解している。理解はしているけど、なんと いうかなんでこんな事になったんだろうと神様を呪いたくもなってたりして。  プロ南のベンチに座りながら、オレはぽよんぽよんと暢気に跳ねているポリンを酷く剣呑な眼差 しで見つめていた。ポリンが原因なわけはない。ほぼ八つ当たりに近いそれだ。 「運命のかみさまのあほーー」  呟いた言葉はやけっぱち。わかってる、わかってるさ。この姿が非常にみっともないのはさ。  なぜオレがこんな状況に陥ってるかと言えば……、話は数時間前に遡る。 「お初にお目にかかります」  狩場からの帰還、フィーナと連れ立って家に戻ってみれば、そこには見覚えのないプロフェッサ ーの姿があった。  細身の長身。…オレより背高いでやんの…。  理知的な表情のそれにミニグラスは良く合っている。 「私は教授のダークと申します。以後お見知りおきを」  帰ってきたオレ達に向かって、立ち上がり会釈をする教授、ダークを前にオレは向かいの席に座 っていたルフェウスに誰?と視線を飛ばした。 「最近、RealSkyに加入した教授だよ。  この間、親睦会やろうって話した時の立案者」  送った視線の意味をすぐに理解してルフェウスはダークを見る。 「ええ、私達以外のこちらに入ってしまった方々と話をしたいと思いまして。  えっと…」 「リディックと、こっちはフィーナ」 「初めまして」  フィーナはダークに向かってぺこりとお辞儀をした。 「…あぁ、なるほど」 「『なるほど』?」  名を聞き、オレの方を見てダークのついて出た独り言が耳に入り、オレはオウム返しに尋ねてみ れば、彼は小さく笑って首を振った。 「いえ、お噂はかねがね」  クールな笑み、と言うのだろうかそれを浮かべたダークにオレは首を傾げる。そんな噂されるほ どのことはオレはやってないはずだけど。 「…なんだよ、その噂って」 「ギルドの方との話しに聞いておりましてね、何でもマスターと同じくこちらで転生したとか。  良く、転生に踏み込めたものだと思っておりまして」  ダークは続ける。 「……何の酔狂かは判断しかねますが」 「…な、」  オレの目に見えたその笑みは冷笑に近かった。その言葉とその表情にオレの頭にかっと血がのぼ る。 「あ、失礼。御気に触ったのでしたら大変申し訳ございません」  取ってつけたような謝罪は、充分煽っているようなものでオレは苛立ちを隠すこともせず、ダー クの方に歩き出そうとして…。 「リディック!」  きつい口調のルフェウスに止められる。  見れば家で喧嘩はするな、そう言う視線が込められていた。  それに足を止めて、内心歯噛みする。こいつ、明らかに喧嘩売ってるんじゃないのか? 「で!?こっちに来たのは挨拶だけなのかよ!?」 「挨拶もありますが、私はそちらのソウルリンカーの…フィーナさんでしたか、お話がありまして」  語気が荒くなるオレにお構い無しにダークはこれまた涼しげな口調で軽く流す。 「……私に?」  あまり良い空気とは言えないその中で、自分の名前を呼ばれ、フィーナは僅かに戸惑いながらも 答えた。 「ええ。初めてお会いして、こう言うのもあれですが」  ダークはにこりと微笑みをその顔に浮かべて。 「私と、結婚を前提に付き合っていただけませんか?」 「はいっ!!?」  ダークのその言葉に、彼本人を除く皆が驚きの声を上げた。 「まて、まてまてまて、いきなりなんだそれはっ!?  会って早々とか、そんなのは正直どうでもいい、お前正気か!?」  あまりに突然のプロポーズにオレは慌てた口調でダークに畳み掛ける。 「正気ですよ?見れば、指輪もなされていないようでまだ未婚なのでしょう?  何か問題でも?」 「『何か問題でも』って、大有りだっ!!  よくも知りもしない相手になんでそんないきなり結婚申し込んでんだ、あんたはっ!!  段取りとか順序とかあるだろ、普通はさっ!!」 「私は貴方に確認を取りたいわけではないのですが…。  『よくも知りもしない』とは心外ですね。フィーナさんは魂を所持しているソウルリンカーなの でしょう?それで、充分だと思いませんか?  お互いの事は結婚後、話し合ったりでもして少しずつ理解していったとしても、問題ないと思い ますが」 「…………まて。  それ、どーいう意味だ?」  その言葉にオレは眉を顰めてダークを見る。好きとか嫌いとかそんなものは必要ない、と言うよ うな口ぶりを聞いて黙っていられるはずがない。 「聞けば、貴方は殴り型のハイプリーストだそうですね。  それではフィーナさんの職性能が充分発揮できない。  それに恥ずかしくはないのですか?  女性に戦わせて。  確かに怪我をしてもすぐさま回復できるそのスキルは目を見張るものでしょう。ですが、怪我を した事実を打ち消すことは出来ない」 「………」  反論は、出来なかった。それはオレ自身も思っていたことだ。怪我は治せてもその事実はどうし ても消すことは出来ない。ヒールもカアヒも怪我をした後でのものだ。 「私はサマルトリア型の教授です。  私なら彼女を戦わせる事もなく、そして、…ああ、私は効率厨と言うわけではありませんけど、 少なくとも貴方よりも経験値の貢献も出来ます。  失礼ですが、貴方のレベルは?」 「………87」 「古代すら装備出来ないではありませんか。私は96です。性能的にも充分だと思いませんか?」 「…だ、だけどフィーナには彼氏が…」 「結婚すると言ってもゲーム内で、ですよ?その彼氏とやらはこちらの世界の方でしょうか?  それとも、貴方とでも言うのでしょうか?」 「……ちが…」 「でしたら、部外者の貴方が口出す問題でもないでしょう?  私はフィーナさんとお話をしたいのです」 「………………」  オレは言葉に詰まり、唇を噛んだ。ダークの言う言葉は確かに筋は通ってる。ゲーム内の結婚を 効率に結びつける人だって当然いるし、教授の生命力変換とソウルリンカーのカアヒの相性は恐ろ しく良い。しかも、サマル型だとしたら魂付与での攻撃力は通常の非ではない。確かにフィーナに 戦わせることなく、今よりも遥かに良い効率をたたきだせるだろう。  でも、だけど…っ! 「…これでは今返事を期待するのは難しそうですね」  黙りこんだオレと心配そうな眼差しのフィーナとを見て、小さく息を吐きながら僅かに苦い笑み をその顔に貼り付けるダーク。 「返事はいつでも構いません。  良い返事を待っておりますよ」 「………あ」  ダークはそう言うと会釈をして、ここから立ち去る。すれ違うその横でダークの、オレにしか気 がつけないほどの小さく鼻で笑った音をオレは聞いた。 「………ぅゎぁ…」  その手を自分の額に当て、小さく呻くルフェウスの声も、おろおろとオレとダークの立ち去った 扉を交互に見やるフィーナにもオレは気づかない。  むかむかと腹の底からこみ上げる何かを必死に抑えつけながら、反論できない悔しさと、だけど それでも良いのではないかと思ってしまった自分が情けなさが、頭の中をぐるぐるする。  意識もせずにオレは自分の手を固く握り締めていた。 「……あ、あの…」  そのオレに困ったような視線を投げかけながら覗き込むフィーナの顔を見て、オレははっと気づ いた。オレはフィーナの前でいったい何をしているというんだ。 「……悪い、ちょっと、出る」  フィーナとの視線を合わせることも出来ずに、オレは踵を返して家から出て行った。 「………はぁ」  夜も更けた今、プロの南は月明かりがあったとしてもほとんど闇だ。城壁と、門に掲げた灯火の 明かりもこの闇を払拭するには余りにも脆弱すぎる。  時刻は9時をちょっと回ったくらい。  南のベンチでほぼ3時間近くオレは夜の空を見ていた。  月と星が大地を照らす。人の数は少ない。臨時広場の場所はプロ南ではなく旧剣士ギルド前だか ら当然と言えば当然だろうか。 「…………はぁ」  辛気臭いため息をつきながら今までの事を反芻する。  鈍い自分と行動力のない自分がたまらなく嫌いになりそうだった。  フィーナは初めて異性として意識した女の子で、それもすぐさま破局してしまい、それでもこっ ちが惚れてしまった手前、出来る限り護って行こうと決めた人だ。  ダークの様にゲームはゲーム、現実は現実と割り切れてしまえば、こんな思いにはならなかった のだろうか。…いや、でも…、今更どれが現実でどれがゲームだと言うのだろう。  フィーナがダークの誘いに乗ってしまうということをオレは止めることは出来ない。  効率を考えるならそれが正しい。判ってる、それは良く知っている。  感情論で事を起すのは、間違いだっていうのも判っている。  出来るなら今のまま、崩れない均衡のまま終わらせたいというのは、オレの勝手な願望。虫のい い話だ。  わかっているというのに。  好きな人が幸せになるのならそれで良いと思った自分と、誰かに取られたくないと思っている自 分がいる。 「……どうしたいんだよ、オレは」  鬱々と呟くオレの言葉はプロンテラ南の空に解けて消えた。 ----------------------------------------------------------------------------------------- 117:ちょいと補足を。   ヴァルキリーにソウルリンクしちゃ駄目だよっという話はハイプリの人もちゃんと憶えてます。   ただ、頭に血のぼっちゃった状態ではそれがすぽーんと抜けちゃっているのだと理解してくれ   ると幸いです。