「こんなところで何してんだ、お前は」 「ほぇっ!?」  降って湧いた声にオレは思わず素っ頓狂な声を上げて跳ね起きた。  ……いつの間にか眠っていたらしい。  深夜に程近い夜の帳、ベンチの後から掛けられた声に振り返ってみればそこにはウィザードの、 ラルの姿があった。 「帰り間際に外で見知った顔が間抜け面で居眠りぶっこいてりゃあ、何事かと思うのは当然だわな あ。  どうしたよ?」 「…………別に、なんも」 「ウソつくなよ。ま、何絡みかは判断付くけどさ」  そう言ってラルはベンチに座る。 「そう言うお前はこんな時間まで何やってんだよ。こんな真っ暗な時にさ」 「んー?洞窟の中じゃあ昼でも夜でも変わんねって」 「…そりゃそうだけど…、って何やってんだお前」  洞窟に篭ることは別に珍しいことでもないが、時間が時間だ。まさかこんな時間まで卵割りやっ てるわけじゃあるまいし。呆れた視線でそちらを見やれば、視線を遠くにずらしなにやら思案気味 のラルの顔。 「……いや、マヤいないかなと」 「ふーん…、……ってぇっ!?  マヤってなんだっ!?」  さらりと言ってのけるその発言にオレはベンチからずり落ちかけ、引き攣ったその顔でラルを見 た。出かけているのはいつものことだが、まさかボス狩りやっているとは思いもしない。はっきり 言って正気かと疑いたくもなる。 「別にもうボス狩りなんぞする必要もないんだけどなあ。  一度日課にしちまった以上、いきなりやめるのもどうかと思ってよ」 「………」  呆れた、と言うか信じられないと言うか。事も無げに言うその台詞にあいた口がふさがらない。 「………日課って…、おま…」 「ME転生のお前には言われたくねーな」 「んなこと言っても、オレ死なねーもん!  WIZでボス狩りって、お前、どれだけ死んでんだよっ!?」 「あー、数えたくねえ…と言うか、憶えてねえ。まあ逝くときゃさくっと逝くから別に?」  別にって別にって別にって…っ!? 「なんでそんな無茶なことしてんだよっ!  オレ達、プレイヤーとは違うんだぜ!?」 「知ってるっての。  …色々あったんだよ、俺にだって」  その顔に何か自嘲じみたものが見えて、オレは口を閉ざす。他人との干渉を殆ど取らないラルは 一体何を思ってそんな事をしているかなどオレにはわからない。 「ま、ぐだぐだ話しててもしゃあないわな。帰るぞ」 「………」  ベンチから立ち上がるラルにオレは俯いて黙り込む。正直まだ心の整理がついてないし、何かや ばいこと口走ってしまいそうで帰りたくない。 「……」  呆れたため息が聞こえる。そして立ち去る音も。呆れられても仕方がない。自分勝手な憤りで飛 び出しておいて、同情を得ようなんてそんな都合の良い話などあるはずはない。 「…なにやってんだろな、オレ…」  呟く言葉に返すものはいるわけもない。いつまでもこうしているわけには行かないのは判ってる のに、身体は動いてくれない。  その時だ、いきなりがばっと視界が遮られたのは。 「っ!?」  突然の出来事に訳もわからず、遮った何かを取り払えば、ぱさっと落ちる鍔広の帽子、マジック アイズ。 「付き合ってやるよ。まだ帰りたくねーんだろ?  ……公平は、組めるな」  声に顔を上げれば、立ち去ったはずのラルの姿。呆然とその姿を見ているオレにラルはぺしっと オレの後頭部を叩く。 「なんだよ、俺様が珍しくペア狩り誘ってんのに、んな面してからに。  それとも何か?未転生は転生様誘うんじゃねーとでも言う気か」 「ば、そ、そんなわけない、けど…。  でも、なんで…」 「なんででもいーじゃねえか。そんなうっとおしい面引っさげていられるのは、俺も気分良くねー し。  暴れて発散しようっつーのは少々短慮でもあるが、たまにはやってもいいんじゃね?」 「だ、だけどオレ殴りだし」 「べっつにー?サフラいらんし、前歩けって言ってるわけでもねーし。  つーか、俺ソロばっかだし。基礎支援にアスムありゃ上等さ」 「………」  不敵な笑みを浮かべるラルにオレは黙り込む。まさかラルからこのような言葉を掛けられるとは 思わなかった。 「……ラルと組むのは、そういや初めてだよな」 「そりゃそうだろ。お前転生前はMEだし、ケル姐んとこいたときは俺まだ70台初めだったし。  組める機会なんぞそうそうあるわけじゃなかったからな」 「レベル差あったから、あの時同じPTじゃなかったっけ」  姐さんの所に入った最初の頃、レベルの会う人たちと一緒に狩りに行った事がある。  こちらの世界に入ってはじめての狩りだった。今思えばあのギルド狩りはこの世界の戦いとはな んであるかを教える為のギルド狩りだったんだろう。防御ステのないオレは後衛で支援をするだけ で結局その意味に気が付かなくて。  その時のラルのレベルはRS内で下限、転生職を抜けばオレは上限だったため同じ狩場には行っ てない。 「そのラルが今はこっちに来た時のオレと同じレベルになってるもんな」 「転生して圏内にいるお前には言われたくねえな」 「そりゃ違いない。  …で、このマジックアイズって何?」  今はオレの手に収まっている紫の帽子に目をやって尋ねれば、ラルはああ、と一声漏らす。 「詠唱短縮は場合によっちゃ必要じゃねえか?  まさかその悪魔のHBで行く気だったりしてたのか?」 「あー、いや、別にそう言う訳じゃなかったんだけど…。そうだよな、主力はラルだもんな」 「殴りたきゃ俺はそれでもかまわねえけど」 「いや、止めとく。どう足掻いてもオレがSG以上の攻撃叩き出せる訳じゃないし」  そう言ってマジックアイズを被る。自分も持ってはいるが、なんとなく付き返すのも気が引けた。  ラルがこれを持っていた事は知らなかったな。大抵とんがりか、ミスケ刺しハットくらいしか見 た事がなかったのに。 「よし、城でも行くか。最近はアビスとか棚とか生体とかオデンとかあるから、きっと城はすいて るんじゃないのか?」 「ちょ、まて。よりによって城かよ!?」  いくら旧ダンジョンとは言え、充分なほどの上級ダンジョンだ。散歩に出かけるようなノリで行 くような狩場じゃない。 「レイド回避足りてんなら充分だろ。アスムありゃ禿も平気じゃねえ?」 「拉致とかあるし、それに深淵どうすんよ」 「そこのところは気合で」 「まてこら」 「平気だろ。この間行ってみたけど、なんとかなったぞ」 「…ソロで城かよ…」 「ソロだと拉致が最悪の状況を作る要因にはならないからな。拉致られたらとりあえず合流じゃな くて外に逃げるようにしておこうか」 「了解」 「じゃあそろそろ行くか」  すたすたと門の方に向かっていくラルを追う様にオレもプロンテラの城門に向かって歩き出した。 「ストームガスト!」 「マグナムブレイク!」  SGによって出来た氷像の中心に向かってオレはMBをぶち込む。がしゃんと大きな音を立て氷 は砕け、そしてMOBは削られた体力を今だ魔力の篭るSGの余波によって崩れ落ちる。 「クァグマイア」  こちらに向かってがしゃがしゃと走り寄るレイドリック達がオレに到達する前にラルのクァグマ イアがレイドを飲み込み、その速度は目に見えて遅くなる。この速度なら何匹かいても避けきれる。  レイドの攻撃を避けているといきなり目の前が白くなる。SGの影響だ。  弾かれるレイドリックにオレはMBを打ち込んだ。 「氷割りあると楽だわ」 「良く出来るな、こんなマネ」  クァグマイア、ファイアーウォール、セイフティウォール、アイスウォールとフォローも欠かさ ないラルの手腕にオレは感嘆の言葉を放つ。 「自分死なねーように動くにはこれくらい出来ないと、やってけねって。  そういうお前も、元ME現殴りのクセに支援上手いじゃん」 「伊達にこっちで転生してねえよ」  彷徨う者の太刀筋はクァグマイア内ではそこまで鋭くない。オレでもかろうじてその刀を盾で防 ぐことが出来る。  防ぎながらもレックスエーテルナを放てば、ラルのファイアーボルトが彷徨う者に降り注ぐ。  ぼうん、と炎が彷徨う者を包み込み、その姿は消え失せる。 「リディック、深淵だ」  馬のいななきが耳に入り込む。固い蹄の音もこちらに向かってくるようで、そちらを見やれば漆 黒の井出達の騎士が移りこんだ。 「セイフティウォール!」  深淵を中心に放たれた泥沼のスキルとそのすぐ後に防御壁のスキルを使う。すぐさまそのSW内 に入り込み、カリツをヒール砲でこちらに引き寄せる。  SWが消えるまでオレは周囲を伺い、ラルに向かうMOBを探す。詠唱中は余りにも無防備にな るので、その間ラルを攻撃されるわけには行かない。 「ホーリーライト!」  音も無く、素早いその足取りで迫る彷徨う者をHLで引き寄せて、その直後SWが崩れ去る。  重いその攻撃はアスム越しでも身体に響き、状況的には囲まれている状態で満足に避けることも 出来ないが、もうすぐSGが来るだろうと判断してそのまま耐える。 「ストームガスト!!」  数度、斬られたその直後に極寒の吹雪が辺りを舞い、凍結した深淵や彷徨うものにMBを放ち氷 を割る。魔法の通りの悪い深淵の騎士は再びSGによって凍りついた。 「ユピテルサンダー!」  一抱えほどの雷球は真っ直ぐ深遠の騎士に向かい、激しい衝撃音とともに吹き飛んだ。 「…ばっか!1体位放置しとけって。  そんくらい俺にだって耐えられるっての!」 「…いや、だって、防御ステ無いじゃんお前」  自身にヒールを使いながら、支援の上書きをするオレに向かってラルは珍しく怒鳴る。 「防御ステとかそんなの関係ねーよ。何でもかんでも自分で抱えようなんぞ思うなっつの!  次やったら、お前のことをマゾと呼ぶ」 「ちょ、」  半眼で睨まれ、呆れの混じったその言葉に反論しようと声を上げようとしたその時、ちょうどラ ルのすぐ後に彷徨う者が沸いた。 「…ちゃんと逃げれたか、マゾ」 「………いや、その呼び名は勘弁」  発動したインディミデイト。SWも間に合わず、咄嗟にラルを庇うように走り出して、気が付い たら彷徨う物と一緒に何処か別のところに飛ばされていた。  拉致られたら合流ではなく一旦外に、と話し合っていたため、慌ててテレポで飛びまくりようや く外に出ることが出来た。  外に出ればそこには既にラルがいて、じと目で睨まれ先程の言葉を投げつけられた。 「インディミの射程は1、禿は2。割り込んだら当然拉致られるだろう?  お前って本当、頭悪くねえのに馬鹿だよな」 「………う、うるさい」  深夜のグラストヘイムの屋上、と言うべきところなのだろうか、そこに座り込んでため息と共に 吐き出される言葉に反論する余裕など無く、ただ不貞腐れたような言葉しか出てこない。 「直情なのは別に良いとは思うが、ちょっとは冷静になれっての」 「…だ、だってラルはWIZだし…」 「ガキみたいな言い訳すんなって。俺はか弱いお姫様なんかじゃねえんだからさ。自衛くらいは出 来るわ」 「………」  何も言えずにごろっと転がる。ぽっかりと浮かぶ月がその目に映った。 「帰りたくねえとか、ガキみたいな言い訳とか。  だと言うのに、判ったように身を引いてさ。  やってることがちぐはぐなんだよ、お前」 「……ラル?」 「言わない後悔と言う後悔。  どっちも後悔するなら後者が良い。  少なくとも、俺はそうだったな」  まるで独り言のような言葉にオレは訝かしみラルを見れば、ラルはこちらを見ずに座り込んで月 を眺めていた。 「いつか言おうと思っていた。  認めてもらえるほどの力を手に入れて、そして言おうと思っていた。  だけど、ようやく言える、そう思った時にはもう遅かった」 「ラル、何を言って…」 「なあリディック、お前はどうしたいんだ?  離れてからじゃ、失ってからじゃ遅いんだ。  それくらい、わかっているんだろ?」  こちらを見るラルの表情は辺りの暗さと、そして変化の乏しいその表情でよくわからない。  それでもラルは何を思ってこんなことを言ったのか…、それはオレでもわかった。 「……オレは…」  次の言葉は出てこない。 「時間が解決するなんてうそっぱちさ。  時間は経てば経つほど、状況は泥沼になって、取り返しも付かなくなる。  俺はさ、お前に俺と同じ道行って欲しくねーんだわ」  ラルに一体何があったというのだろう。ラルとは付き合いは短くない。他愛の無い話なら色々し たけど、今のような話は今までに聞いた事は無かった。いったい、何を後悔しているのだろう。 「………つまらねー事言ったな。  すまん、忘れろ」  ラルは頭を振って立ち上がる。帰るぞ、とその姿は言ってるようだった。 「………ごめん」 「…別に」  オレはジェムストーンを取り出してポタを開く。現われる青白い光は月明かりの色に酷似してい た。  ――言う後悔。  ポタに足を踏み入れながらオレは唇を噛んだ。