「じゃあ行くか、カエル平原!」 と、意気込んでイズを出発したはいいがここで今朝さらっと目に通した朝刊のことを完全に忘れていた。 今更思い出したことだが朝刊の片隅に小さく載っている気象予報によれば、本日のプロンテラ西平原の天気は 大荒れだった。 「…これは」 バラエティ番組のコントなんかで見たことのある、バケツをひっくり返したような滝水。まさにそれ。 どんな大きな岩陰に隠れても、縦横無尽に吹き荒れる風のおかげで一刻経たずにびしょ濡れになった。 それでも必死に岩肌にしがみ付いてる傍ら、まるで他人事のポポリンが話し掛けてくる。 『He、ニイチャン、俺思うんだけど。街戻った方がよくね?』 「生憎だが青石は持ってない」 『マジかよ?聖職者と魔法使いの携行品だぜ…』 無論、自分は現実で携帯電話を携帯しない人間であった。 ここまで来るともう用意が悪いとかそういう問題ではない気がしてくる。 「いや、青石って結構重いんだよ…」 『見えない誰かに弁解してるより、さっさとテレポ使ったほうがいいと思うぜ』 隣の人間よりずっと常識的な魔物の指摘を受け、一旦テレポで帰ることにした。 ああ、イズからここまで来るのに半日費やしたのになあ。大方テレポ失敗が原因なわけだが。 渋々腕を上げ、呪文を唱えようとしたその時、 『ニイチャン!うしろうしろー!』 「うん?」 ポポリンの何処かで聞いたような言い回しにとりあえず振り返ってみる、と、目の前にいたのは黒い馬。 そこからゆっくり視線を上げていくと、黒い手綱、黒い鎧、黒い剣、黒い兜……あ、目が合った。 『ニン…ゲン……コロ』 「てッ、”テレポート”ォォッ!!!」 ここに来て以来最大の声量で唱えたテレポであった。 ……… 行き着いた先、雨は止んでいなかった。うん、そうなんだ。あまりに慌ててランダムワープのテレポを使ってしまった。 「ま、まさにMK5……5秒ももたないか」 『何言ってんだ?』 「いや、気にしないでくれ…それより、ちょっと落ち着かないと、再度テレポ使えん……」 『Hah?なっさけないぜ。そんなヤワなHeartじゃすぐに洗脳とかされそうだ』 「安心しろ、洗脳されればそのまま主人公格にボコされるタイプだ……」 『村人Aの立場か』 ホルグレンの立場とも言えるな。と、今はそんな事を考えている場合じゃない。 幸い、着地地点から数歩先に中に入れそうな廃屋を見つけた。強風に揺られ崩れそうではあるが、 この豪雨を凌げる唯一の場所なら文句も言えまい。迷わず駆け込んだ。 「…あれ?」 「え?」 意外なことにそこには先客がいた。暗がりの中に商人の男女二人が、毛布に包まってこちらを見ている。 怪訝そうな顔で、全身ずぶ濡れのプリースト(鈍器持ち)を見ている。 こ、これは… 『なんという不審sy「失礼しましたーっ!」 思わずUターンして再テレポを試みようとする。と、 「あ、待ってくださいプリさん!」 まーちゃんに呼び止められた。 「あの…ポタ持ってませんか?どこか、街の」 「イズルードならありますけど…ええと」 「お願いできますか!?青石ならありますから!」 そう言ってまーちゃんは、自分の鞄の中からブルージェムを取り出す。 慌てた様子の彼女の隣では、商人君が元気のない様子でぼーっとし、時折咳をしていた。 なるほど、この雨風の中じゃ風邪にかかるのも無理はない。回復させるより街で休ませたほうが得策だ。 まーちゃんから貰った青石を床に置いて、一度深呼吸をする。 これで出なかったら失笑モノだ。システムバグを使ってでも自害したい。 「”ワープポータル”」 今度は静かにそう唱えると、青石の周りから光が浮かび上がり、やがて柱の形を成した。 良かった、どうやら一命は取り留めたようだ。無論商人君の。 「あ、ありがとうございますっ!」 まーちゃんはぱっと顔を明るくさせ、急いで商人君と荷物のカートをポタに乗せる。 最後に丁寧にお辞儀をした後、まーちゃんもそれに飛び乗った。 「……」 二人が去った後の光の柱を、只ずっと見つめていた。 『どうした、帰らねーのか?』 「…気が変わった。せっかく時間費やしたのに、ここで戻っちゃもったいない」 そう言って壁を背に座り込んだ。乗る者がいないと分かるとポタはふわりと消えていった。 『この雨、当分止みそうにないぜ?まあいざとなっちゃテレポがあるが』 そういうことだ。さっきみたいなビックリドッキリがあっても瞬時ワープで万事解決。…出来るといいけど。 水の滴る髪を両手で絞りクリップで留めなおした。 少し視界がクリアになったが、廃屋の出口から外の景色は雨と霧で全く見えない。 不安が募る一方、それに比例して気分も高まっていた。 実のところを言うと、舞い上がっていたのかもしれない。この状況に。 立て続けに身に降りかかる危険や非常時に。 断じてMではないが、こういう”日常”こそ冒険なのだと内心楽しんでいる自分がいる。 舞い上がっていたのかもしれない。現実を忘れて。 「…さっきのまーちゃん、ミーティアさんに似てたな。小さくて」 『ニイチャン今失礼なこと呟かなかったか?』 「いや、断じてそのようなことは」