<<各部隊、被害状況報告を!>> イヤホンから響く総指揮官の声を聞きながら息を切らして血を拭う。 痛みから逃れるように振り掛けた白ポーションはその恐るべき効果を発揮してくれたらしく、痛みは消え傷もほぼ塞がっていたが 今しがた食らったBBの威力と、体がブッ壊れるあの痛みを思い出すと嫌な汗と一緒に渦巻くような怒りが湧いてくる。 この止まらない震えの正体は何だ。ビビって縮み上がってんのか、それとも殴り返してやりたくてウズウズしてるのか。 それは俺にも分からない。ただ、必死だった。生き残るために。恐怖にも狂気にも呑まれないために。 死を前にした俺はもう、死にに来た事など忘れたようにもがいていた。 擬似的なものだ。頭ではそう言い聞かせても関係なかった。生き物としての本能、なんだろうか。 <<よーし点呼だ。許可なく死んだウジ虫は手を上げろ!!>> 各部隊が点呼を行う中、うちの鬼軍曹の点呼も聞こえた。 俺はまだ死んでないのでとりあえず黙っておく。多分勝手に喋ると軍曹式のF*ckでSh*tな突っ込みが返ってくるだろう。 <<駄目だ軍曹、復帰できねぇ。>> <<同じく。戻ろうとしたけどありゃ無理だ。途中でまた殺られたよ。>> <<あんなに敵がいるんじゃちょっとな・・・>> さっき、ロキ演奏の一瞬の切れ目を突いた無詠唱大魔法で吹っ飛ばされた、リゲル含むアサシン部隊だ。 ゴスペルで強化されたAll+20の大魔法は威力も速度もシャレにならない。ましてや一瞬の隙を突かれたら尚更だ。 合流不能の死亡者三名。そうIRCに伝える前に、軍曹は死んだ奴らに一言言った。 <<小便は済ませたか?神様にお祈りは?砦の前でガタガタふるえて味方を待つ心の準備はOK?>> <<・・・了解。他の連中と合流してから行くよ。>> 軍曹式アドバイスを一発で理解するリゲル。伊達に付き合い古くはない。 IRCには軍曹含め続々と各部隊の被害報告が上げられていく。・・・見ても分かるが、戦況はだいぶ悪い。 <<砦内の様子はどう?>> <<遊撃多いよ。階段前にもちょっと溜まってるくらい。>> 他の復帰部隊からも情報が入る。どうやら第三マップの復帰潰しラインだけでなく、その下の階段にも敵は居るらしかった。 どおりでさっきから苦戦している訳だ。IRCのイヤホンにはその他各方面から情報が流れてくる。 同盟のマスターも一人落とされているらしく、こっちも敵のマークが厳しくて復帰は難しいようだ。 総指揮は報告を受けて他の指揮関係者と別チャンネルで会議中なのか、ひとまず反応はない。 「今のうちだっ!早く持って来い!!」 恐怖も高揚も何もかも、ごちゃまぜになった思考を振り切って、俺は数の減ったロキ際の部隊に向かって叫んだ。 戦闘開始からもうどのくらい経っただろうか。周りの味方に人数はかなり減っていて、防衛線はいよいよ隙間だらけになっていた。 たった今突撃を凌ぎ切り、一旦敵の手は緩んでいる。EmCに絶好の機会だが――使えるのは生憎2分後だ。 EmCは5分に一度しか使えず、一番早いギルドでリロードにあと2分かかる。恐らく次の突撃には間に合わないだろう。 戦っていた三勢力のうち一勢力は諦めて転戦してくれたが、今攻め込まれれば陥落してもおかしくなかった。 「悪い、こっちも頼む!」 「アンフロ壊れた!」 ロキ地帯をちらちら振り返りながら、ロキ際の前衛連中がこっちに走ってくる。 何しろ最前線のロキ地帯はもうスカスカだった。しぶとく生き延び気を吐いている前衛は師匠含め残り3、4人しかいない。 ロキペアも何度かアシデモで吹っ飛ばされ、LPを敷かれる頻度も多くなっている。 <<こっちに数人くれ。さすがにもうこの人数じゃ抑えきれん。>> <<・・・分かった。第四小隊のローグとチェイサーは前に、スティーブ、アマンダ、レイン、ウォルフは火力拠点へ!>> 総指揮の指示に従い、俺の周りや後ろから呼ばれた連中が前線へと走っていった。 また少し薄くなったライン中盤の床には、死に戻った敵や味方が残した血痕が弾幕の下で黒く焦げ付いている。 第四迎撃小隊、そして第五射撃小隊。これまで俺の目の前で何人死んだだろうか。 「ルアフサイト徹底!薄いぞ気をつけろ!!」 煤けた横顔でマスターが声を張り上げた。破れた属性アンフロを補修しながら、俺もクリップを取り出してサイトを回す。 炎の色に浮かび上がる奴らの姿はどいつもこいつもボロボロで、焦燥の色は濃い。 そろそろ限界だろうか。次の突撃で、とうとうここも陥落するかもしれない。ふとそう思った時だった。 <<聞こえるか豚娘ども!!>> IRCのイヤホンから響いたのは、涼やかによく通る女の声に似合わぬ台詞。 心当たりに後ろを振り返ったのは俺だけじゃなかった。皆の視線の先には一人の女スナイパーがいる。 弓を右手に鷹を従え、大魔法の余波に艶やかな黒髪を靡かせる戦乙女。 その乙女は空いた左手を持ち上げ――中指をおっ立てると、鬼軍曹の顔をして叫んだ。 <<味方が減ったからってビビってるんじゃねぇ!タマ落としたか!?>> タマのついてる奴もついてない奴もまとめて罵倒する我らが鬼軍曹。実も蓋もあったもんじゃない。 それでも不快な表情をする者は一人もいなかった。その言葉の真意を知らない奴などここには居ないからだろう。 敗色濃厚なラインを見渡し傲然と言い放つその言葉を、奴らは闘志を湛えて黙って聞く。 <<いいか、お前等はただ普段通りクソ真面目に自分の持ち場だけ守ってりゃいいんだ。何匹抜けようが前だけ見てろ。>> 俺たちが全力で持ち場を守りさえすれば、後の敵は止めてやると奴は言う。 あいつは同盟が誇る後方封鎖のエキスパートだ。確かにゲームの中じゃその言葉を疑ったことはない。だが―― ――止まるってのか?あれが? 俺が今、目の当たりにしてきたあの突撃が。 災害のような弾幕と激烈な集中砲火と槍衾の鉄壁を越えてその後方を蹂躙する化け物供の突撃が。 殆ど中衛ばかりの一個小隊で止められるってのか? <<――そうすりゃあ私がお前等のケツに奇跡を突っ込んでやる!分かったか!!>> <> ノリのいい数人が唱和する。死にかけたラインが走り始める。いつか奴が、前だけ見てろとラインの後ろから叫んだ時と同じように。 プリーストやリンカーが支援を回し、前衛部隊が布陣を整え、射撃部隊は弾幕の位置を再調整する。 今までと変わらない戦闘準備だが空気がまるで違う。信じ切れない俺だけが取り残されていた。 ――それでもお構いなしに状況は刻々と進んでゆく。 <<復帰者は屋内入り口ゲートでEmCまでライン展開。この逆復帰潰しで敵のEmCリロードを防ぐ。指揮はレベッカよろしく。>> <> EmCの待機時間は、マスターが砦外に出ればリセットされる。敵はこのシステムを利用して速攻をかけてきていた。 第一波を凌ぎ切ってもこれで追撃を食らえば瓦解する可能性は高いが、マスターを通過させなければ勝機はある。 復帰部隊の指揮を任されたレベッカは早速集合場所を指定して動き始めた。 (さぁ、俺はどうする?) IRCの通信を聞きながら、修理用の槌を握り締めて周りを見渡した。 目の前の連中を見る。見た目以上に遥かに屈強だが、激しく消耗して戦列はスカスカだった。 後ろの連中を見る。手厚く守りを固めてはいるが、俺よりも遥かに華奢な連中だった。 何より、どいつもこいつも短い時間とは言え死線で肩を並べた連中だ。 ――どうするもクソもあるか。俺の獲物は飾りじゃねぇ。 「俺も出る。混ぜてくれや。」 最前線にはもう、俺が支援すべきアサシン部隊はいない。 それにEmCを控えた今なら、くたばって戻されようが速攻で復帰できる。 今までロキ際部隊の装備修理の殆どを引き受けていたので死ぬ訳に行かなかったが、これなら大丈夫だ。 何より別にここでくたばろうが、俺の人生が終わる訳でもない。安心して死ねるじゃねぇか。 修理用の槌をカートの中に放り込む。代わりにドゥームスレイヤーを引きずり抜く。 血がざわめいた。これで殴り返してやれると、そう思った。味方を殺ってくれた分、そして俺を何度もズタズタにしてくれた分。 突撃隊長のLKが血塗れの顔でぐわりと笑い、こっちに来いと目で促した。斧を握る手に力が篭る。 「やっといつもの目になってきたじゃねぇの。えぇ?」 戦列に加わる俺に隊長が囁いた。ああ、そうかも知れねぇな。今の俺は戦る気満々だからな。 俺がグレンとしてここに来る前、"グレン"はどんな気持ちでここに立っていたんだろうか。 こいつがどんな奴なのか俺には分からない。それでも、きっと。 <<ここが勝負だぞ。踏ん張れよお前等>> ゲートの向こうに敵が現れる。その身に纏う分厚い光の鎧は、砦内では使えないはずのアスムプティオの光。 そして敵の数も明らかに多かった。――アスムEmCで全突入要員一斉突撃か。奴ら、一気に勝負を決める気らしい。 体温が上がる。鼓動が早くなる。こめかみに滲んだ汗が頬を伝っていくのが、やけに長く感じた。 「突入ーーーーーーーーー!!!」 止め切れねぇ。 ゲートから溢れた敵を見た瞬間に確信し、腰が引けて反応が遅れた。 堰を切った敵の群れがやけにゆっくり見えたその一瞬の後、奴らはひと足で――まさに一歩でここまで来たかのように。 焦げた風がぶわりと俺の顔を撫でる。サーベルを、処刑剣を、グラディウスを、バルディッシュをかざした敵が目前まで迫る。 殺られた。そう思った瞬間、脳味噌が痺れるような金属音が耳に響いた。 「うおぉ・・・ッ!!」 「!!」 前に出た奴らが体を張って敵の一部を食い止めていた。弾幕に打たれて焼け焦げ凍りつく敵を更に狙撃班が打ちのめす。 何してんだ、ビビんなクソ野郎!出遅れながら俺も目の前に突っ込んできた騎士に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。 そう簡単に衝撃を流せない角度から狙った一撃。それでも盾を軋ませて奴は俺の一撃を受け止めた。――だが。 「ぐはっ!!」 崖上からソウルブレイカーの連打が突き刺さり、騎士は何かを口からはみ出させてぐらりと揺れた。 それを深く考える事もなく、俺はそいつをカートで薙ぎ倒して次の敵に斬りかかる。 人を殺してしまっただとかグロいだとか、この渦中じゃ頭の片隅に残る暇もない。 殺らなきゃ殺られる。殺られれば味方も殺られる。 吼えて、ただ振るった。それでも敵は俺たちの間をこじ開けるように抜けていく。 敵のペンダントが光ってニューマを展開すると、狭い通路に発動したニューマはその辺り一帯で狙撃班の攻撃を無力化する。 その隙を突くように、弱まった弾幕の間隙を縫って俺の目の前のLKはマフラーを換装し、姿を消した。 「サイト薄いぞッ!!」 誰かが叫ぶ。サイトを唱える。ただ突破力があるだけじゃあない。優秀な突撃兵は狡猾だ。 アスムのかかった敵は強固で、そう簡単には倒れなかった。圧力に任せるように少しずつ俺たちのラインを押し割って抜けていく。 歯噛みしながら、叫びながら、何とか敵を食い止めようと味方の騎士たちは必死で槍を振るう。 止めなければ。心臓が跳ね上がりドゥームスレイヤーの柄が軋む。吹き飛べクソ野郎――!! 「ッるぁああああああああああああああ!!!!」 真一文字に斧を振るうと火花が散り、敵を捉えた激しい衝撃が腕を震わせた。 それでも敵は止まらない。腕に伝わる衝撃に生々しさはなかった。 フェイヨンのアンデッド供なら一撃で上半身を吹き飛ばした俺の一撃が――見事にいなされている。 敵の多くが俺の横をすり抜けて後衛へと襲い掛かかっていく。 「ぉごあッ!!」 「阿修羅――」 「腕がぁぁあっ!?」 畜生、止まれ!止まりやがれ!!くそったれ!! 口汚く叫びながら俺は必死で獲物を振るう。反撃を食らっては無様に這いつくばり、白ポで傷と痛みを消しながらまた応戦する。 ザルのように敵を取り逃がそうと振り返る訳には行かない。後ろに居たスナの援護射撃が途絶えても振り返る訳には行かない。 振り返れば押し切られる。押し切られれば後ろの奴らがもっと死ぬ。振り返る訳には行かねぇんだ。 ひたすら目の前の奴らを迎え討って食い止めなければ。さもないと―― 「キィーーーーーーーーーーッ!!!!」 「ぐぁ・・・!」 なのにまた俺は、ゲートをうろつくジプシーの金切り声に脳味噌を貫かれて膝をついた。 ドゥームを取り落とし、盾を構えてうずくまる。脳味噌がぐるぐる回って何も出来やしない。 もうすぐ次の勢力が突っ込んでくるかも知れないってのに。後ろの奴らの勢いも明らかに弱ってるってのに。 「・・・っそがああああっ!!」 怒りと気合いで、無理やり立ち上がった。ふらつきながらカートに手を突っ込んでウィンドホークを掴んで引きずり出す。 ・・・が、そこまでだった。ぐりん、と景色が回って腹の底から苦酸っぱいものがこみ上げてくる。 何とか吐くのを堪えて顔を上げると、もう大方の敵は死ぬか抜けるかして周りから居なくなっていた。 だがそれよりも、敵がいなくなっていた事よりも。前のほうで重大な異変があった。 ――先頭のロキが、いない。 <> <<第一ロキやられた!誰か交代居るか!?>> <<無理、もう交代いないよ!>> <<第二ロキと前衛は前へ!あと一分踏ん張ってくれ!!>> LPの相殺に手間取るこちらの様子は既に敵に見られている。 俺たちは急いで前線へと走った。途中で追い越した第二ロキの二人は傍目にも分かる程ガチガチに緊張している。 こいつら、確か同盟のメンバーのサブキャラでまだ実用Lvギリギリだったはず。 ――最前線は初めてか、こいつらも。 <<逆復帰潰しライン、敵マスター処理成功!そっちはどうだ!?>> <<よし!だったら何とか踏ん張れそうだ!引き続き封鎖頼む!!>> 第二マップの復帰部隊から朗報。即追撃が来ないなら、ここを凌ぎ切れば立て直せる。 この流れならあっちは全軍ベースでアスム回してEmC待ちだろう。当然出遅れる。これで稼げる時間はデカい! 「物資露天出すぞ!足りねぇ奴は今のうち補給しとけ!!」 「1枚だけじゃADSのいい的だ。SWよりニューマを!阿修羅はゲートから動く前にDisで何とか――」 火力拠点のWSが露天に群がる味方にてきぱき物資をばら撒き、師匠がゲート付近の残存部隊に指示を出している。 さっき追い越した最後のロキペアが所定の位置についた。こわばった表情で背中合わせに並ぶ二人。 すぐさまクリエイターが液体の入った小瓶を開け、何事か呟くと小瓶の中身が一瞬で気体に変化し、二人の装備に纏わり付いて固化した。 錬金術師の象徴、アゾートは変化を司る。――なるほど、これがクリエイターの力か。 準備が済み、ダンサーがリズムを取る。バードは大きく息を吸い、そして叫んだ。 「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」 演奏に"入った"二人はトランス状態。先ほどまでの緊張はどこへやら、こうなれば眠らされようが演奏終了まで叫び、踊り狂うだけだ。 俺も負けちゃいられねぇ。血のついたカートに血のついたドゥームを放り込みこれから血を吸うウィンドホークを握り締める。 敵と戦い、そして殺した。俺も共犯、一蓮托生だ。今の俺を、あいつらやケルビム姐さんが見たらどう思うだろう? 道を踏み外したと、狂気に染まったと。きっとそう思うだろう。狂わなければ戦争なんて出来ないと、どこかの誰かも言ってた通りだ。 (・・・ああそうかよ、それがどうした!) 自分の死を前にして、ひと足掻きもせずにそれを受け入れられるものか。例え擬似だと分かっていても、俺にはできない。 溺れた人間が水に浮いた藁をも掴もうとするように、俺は必死で目の前のそれを叩き潰しその次を薙ぎ払う。 ああそうだよ、死ぬほど怖ぇよ。でもフェイヨンの時のように理性をトばすのも別の意味で怖いんだ。 でもな、だからって後ろに引っ込んで守られるだけなのは御免だ。前には女だって居るんだぜ?この世界じゃ関係ねぇのかも知れないが。 俺は俺の意志で前に出たんだ。今更退けるかよ。ここに立った以上、俺は後ろに居る戦友の命背負ってんだよ。 だから。 <<来るぞ!!>> 「突撃ぃぃぃいいいいいいいい!!!!」 正気だ狂気だ考えてる暇なんざ―― 「持ち場死守だ!後ろを信じろ!!」 ――俺にはねぇんだ!! 「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」 敵を殺して生き延びて仲間を守る。俺が今考えることはそれだけだ。 ロキの叫びに呑まれる直前の一瞬を利用した一発目のスクリームに何とか耐え、突っ込んでくる敵にカートを叩き付けた。 目が眩むような火花が散って両腕が衝撃にびりびりと悲鳴を上げた。その一撃に躓いた敵が後ろのプリのマグナムブレイクで足を止める。 続く爆発音に重い衝撃音。生暖かいものが俺の背中を赤く染めた。俺は次の敵へと斧を振るう。 奴らもこっちも総力戦だ。全軍突撃命令なのか、前衛どもの後ろに後衛中衛の奴らも沢山いた。抑えきれるような数じゃあない。 足止めを食らいながらも、のけぞりそうな程の圧力で敵の先頭はこっちの前線を押し割って後ろに抜けて行った。 後ろを信じて、奴らは任せるしかない。それよりも後方のwiz連中――奴らにロキを抜けられる訳には・・・! 「ハンマー・・・」 「最低ッ!!!!」 「きゃほーーーーっ!!!!!」 「ぐッ・・・!?」 ・・・まただ、畜生!!ロキに呑まれる一瞬を利用してゲートをチラチラ出入りして囀るダンサージプシーに俺はまた無力化された。 火力拠点のウィザードもこれにやられ、弾幕は消えていく。敵の勢いは止められそうになかった。 立ち上がれない俺を横から何かの衝撃が思い切り吹っ飛ばした。わき腹が熱い。 成すすべなく床に倒れる俺の視界に、敵のエンブレムをつけたハイウィザードが杖を振り上げる姿が映った。 大気にびりびりと力が満ち、そして衝撃とともに意識が吹っ飛んだ。 ちく・・・しょう。俺も・・・ここまで、か・・・・・・ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ・・・俺は 今何をしているんだ? 待てよ。俺は確か・・・山に。 ・・・・・・・・・ 何だ、お前は? 誰だ。何モンだ。 おい、一体、どう・・・な・・・・・ ・・・・・・・・・ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 空が、見えた。 ここはどこだ?俺はここで何をしてるんだ? 自分が何をしていたかは思い出せないが、不思議な光が体を包むのと共に、ぼんやりしていた意識が―― 「が・・・っはッ!!」 一瞬、全身を焼くような痛みが襲い掛かってきて完全に脳味噌が覚醒した。 その後嘘のように激痛は引いて行き、ふと気が付くと俺は不思議な光の中に座り込んでいた。 ここは――うちの同盟のベースか。そうだ、俺は―― (実験は失敗か・・・) そうだ。特殊な条件下で死ぬ実験のためにGvに参加したんだ。 途中から散々意気込んで、結局殆ど何も出来ずにブッ殺された。・・・で、結局失敗だ。 何を食らったかよく分からないが、最後は大魔法で止めを刺されたんだろう。 それから目が覚めるまでの間に何かを見たような気がするが――どうもそれが何なのかは思い出せそうにない。 そうだ、それよりも。俺の周りに居た奴らはどうなった? 「グレンさん!」 声に振り返ると、俺の後ろでMBを撃っていたプリーストが居た。 破れて装甲部分が歪んだローブを持っている。・・・修理か。 その他にも数人、吹っ飛ばされたらしい奴らが倉庫に走って物資を受け取っていた。 とりあえずローブを受け取り修理を始める。・・・まったくどいつもこいつも元気なもんだ。 「出来たぞ。」 「ありがとう!」 礼を言って俺に支援をかけると、彼女は急いでポータルに飛び込んで行った。 俺は――殺されてバーサクもブーストも切れた俺は――さっきの戦いの事を思い出していた。 敵の反撃をまともに食らうたびに死に掛けて、真っ白な頭でひたすら白ポを飲みまくったこと。 スクリームを食らった時の、脳味噌がグルグル回る最悪な気分。 目の前で殺し合う敵と味方。床が滑るほどに飛び散った、奴らの血痕。 内臓らしい何かを口からはみ出させた騎士。そいつをカートで薙ぎ倒して殺した時の感触。 (二度と参加するか、こんなモン――!) 胸クソ悪さに唾を吐き捨てる。それでもこのエンブレムを付けている限り、EmCが発動すれば俺はまた戦場へ逆戻りだ。 さっさと剥がしてしまおう。そう思ってエンブレムに手をかけ―― ――エンブレムを剥がしかけたその手を、止めた。 (・・・おい待てよ。本当にそれでいいのか?) 修理の終わった槍を手に、礼を言って前線に戻っていったあいつら。 ロクに役にも立たなかった俺を戦列に迎え入れてくれた、あの突撃隊長。 俺と肩を並べて、後ろを守るために必死で戦った奴らの横顔。 俺たちが止め切れなかった敵にやられた後衛部隊の叫び。 ガチガチに緊張しながらも最前線中の最前線、誰よりも敵に狙われるポジションに進み出たロキペアの二人。 スクリームで何も出来ずに這いつくばった時のあの悔しさ。 ――武器を取って前線に出た時の、覚悟。 「・・・畜生っ!!」 一気に、狂気POTを呷った。胃に滑り落ち広がっていく熱い激情そのままに、瓶を地面に投げつける。 砕け散ったガラスの破片を凝視したまま、俺は長い息を吐いた。 ざわざわと首筋の毛が逆立ち、血が駆け巡って体が熱くなる。 ああ、そうだ。こんなもん次から金輪際参加しねぇよ。絶対にだ。でもこの戦いだけは最後まで戦ってやる。 自分の意志で部隊の一員になったんだ、俺だけ尻尾巻いて逃げる訳に行くか! 乗りかかった船だ、このままじゃ終わらねぇ。見てろ、畜生。 俺は俺に出来る事を、あいつらと一緒に戦って勝つために! 心を決めて倉庫に走り、物資を補給して戦闘準備を整える。 踵を返してポタコの方へと走る俺のイヤホンから、俺の移動先のマスターの声が聞こえた。 <> 「・・・来やがれ!!」 ぶわりと風が巻き起こり、体が浮遊感に包まれる。 一瞬の意識のブラックアウトとともに、俺は再び戦場へと飛んだ。