時期は春にはまだ遠く花見の時期には早すぎる。しかしそれでもアマツの丘は桜爛漫、四季の移 りはこの世界には特にない。とあるイベント、クリスマスや正月時期にそれっぽいオブジェクトが 生成されるのみで、春夏秋冬を意識したいのであればその町々に赴けば良い。お陰で季節感と言う ものはオレ達には殆ど無かった。  目の前には桜が見える。だけどここは屋外じゃない。まるで老舗旅館の宴会場さながらの席、そ こにいるのは20人ほどのリアルの面々。  プレイヤーが横行するマップではいろいろと不具合も出てくるだろうとの事で、プレイヤーが入 ってくることの出来ないこの場所を貸し切って宴会場としたようだ。  貸し賃は有志で集めて足りない分はどっかの誰かさんがスポンサーをしているわけだ。  西洋風の井出達で畳の間にいるオレ達は些か…いやかなり異質に見える。  所々に置かれている食べ物や酒類はその殆どが持ち込みで、何故このような老舗旅館の宴会場に その旅館で作られた料理が置かれていないかというのには訳があった。  予期せぬバトルがあったのだ。あえてそれは割愛させていただく。これって何処の料理バトルで すか?という展開は流石にオレはついていけなかった。 「いくらあたしがアプローチかけても落ちる気配のなかったアンタが結婚なんて世の中間違ってる わ」 「…は、はは…、いやあの時は本気で気づかなくてさ…。すまないって」 「こいつの鈍感ぶりは異質だって言ったじゃないか」  抗議の声を上げるのは絶妙なプロポーションを持つ騎士。その横で可笑しそうに笑うのは、今や その彼女の相方となったハンター。  ……と言うか、言うことかいて異質ってなんだよ? 「おめでとう、やったね」 「殿方は首に縄をかけて手綱を引いておきませんとね」 「え…、それはその…」  フィーナを囲むのはリリアとカイ。にこやかと話すその所々に時折寒気が走るのは気のせいだろ うか?  彼らの言っているとおり、現在オレ達の左薬指には指輪がはめられていた。  あの後プロンテラに帰ったその時、待ち構えていたのはアホみたいににやにやしているルフェウ スとカイがいて、頭の整理もつける余裕も無いままポタを出されて乗せられた先は大聖堂。  あれよあれよと言ううちに気が付いたらこのような結果になっていた。  「頼まれた」みたいなことをダークが言っていた。と言うことはその事を話したのは誰であるか それなりに予想はつける。ダークからの報告を受けて行動に移したと考えても良いのだが、その手 際はあまりにも良過ぎた。まるであらかじめ準備していたのだろうと思うほど…いや実際準備して いたのかもしれない。大聖堂には既に知った顔があったのだから。  勢いに乗られた挙式で心の準備もあったものじゃなく抗議もすれば「鉄は熱いうちに打てってね」 と満面の笑みで返されてしまった。  ………でも、まあ…、フィーナのウェディングドレス姿は…、その、なんというか…ね。 「…うわっ!思い出し笑い!?エロっ!」 「ちょ、いやっ、これは…」  ハンターが大袈裟にのけぞる。違うと全力で否定は…、もしかしたら多分できないんじゃないか な…? 「お前も所詮はケダモノということか!真性女泣かせめ!というか男の敵め!」 「マテコラ、妙な言いがかりつけるなよ!  つかお前はいちいちオーバーリアクション過ぎるんだよっ!」 「うるせーー!女の子に目覚めたお前なんか俺達の敵だーーー!!」 「誤解呼ぶような事言うなあっ!!それじゃあオレが男色のケがあるみたいじゃないかっ!!!」 「…え、リディックってば両刀だったの?」 「そこっ!!恐ろしいことは言わないっ!!」 「りっちゃぁああん、アタシと愛のハーモニー奏でましょ〜〜〜vvvvvvv」 「ぎゃあああっ!?ちょ、アフロさんっ!!!ストップ、ブレイクっ!ブレイク!!」  迫り来る筋肉達磨…もとい。DVダンサーアフロさん。速度増加をかける余裕も無い!DEX高いア フロさんを避けるのは至難の業か!なんてこった、絶体絶命だ!! 「カウプ」  伸びた腕がオレを捉えるその瞬間、するり、とその腕が抜けた。勢い余ってつんのめるアフロさ ん。発せられたスキルにそちらを向けば憮然とした表情のフィーナの姿。 「フィーナ」  感謝の言葉を伝えようと名前を呼べば、そのままふいっと横向くフィーナ。…あれ? 「あらあら、やきもちかしら?」 「ち、ちがいますっ!」 「またまたー、これ見よがしにカウプなんか使っちゃってー。ボクだって知ってるんだぞー?それ って『家族』にしか使えないんだって事ぐらい」 「べ、別に、関係ないもの」  からかう二人に否定の言葉を発して。…なんか、怒ってる?  なにか、怒らせるような事…したっけ……? 「…お前さ…、ほんとに女心わかってないみたいだよな…」  先程まで散々からかってくれたそのハンターは憐れみの眼差しをオレに向けて深くため息を吐い た。  宴も中盤、成人組みはいい加減それなりに出来上がっていたりする。未成年組みはとりあえずそ の空気で楽しんではいるらしい。やや不満げではあるが。  それは仕方ないと思う。両ギルドのマスターはそこの所がとにかく厳しいのだから。せめて今日 くらいは解禁にしても良いとは思うんだけどなあ。 「あの」  そんな折、オレの横にちょこんと座ったフィーナは前を向いたままオレに声を掛けた。 「ん?」 「ルフェウスさんって、飲まないんですか?」  フィーナの目線には姐さんと何か話しているルフェウスの方に向けられている。あいつが持って いるのはジュースだ。因みに姐さんはザルかと思われるくらい酒には強い。 「ああ、あいつな。  飲まないんじゃなくて、飲めないんだってさ」  いわゆる下戸かと思いきや、どうやらそうではないらしい。姐さんのギルドにいた時、とある雑 談の中で聞いた話によれば、アルコールそのものは平気なのだが、カクテルや果実酒と言った混ぜ 物系が受け付けないと言っていた。こっちの世界は基本的にカクテル系が多いので飲むことが出来 ないらしい。 「…そういうの飲んだらどうなるんでしょう?」 「どうなるんだろうなあ。  いや、でも無理に飲ますってのは無理らしいぞ。  以前あいつを騙して飲まそうとした奴がいてさ、翌日まるでゾンビのようにうろつきながら『赤 い金魚が飛んでいる』とか訳のわからないこと口走っていたから。  ほら、あいつ料理上手いだろ?舌が良い分、匂いとかにも敏感でさ。それでばれたみたいだ」  それをしようとした奴はかなりの悪戯好きな奴だったからそれなりに勘付いてはいたようで。  それにしても何をしてあそこまで追い込んだのか、それが恐ろしいのでその後そういった事をす る者はいなくなったのだが。 「……そうなんですか…」  フィーナは考え込むように顎に手をやり、そして立ち上がる。  部屋の端においてある、まだ手付かずの酒をコップに注ぎ、それをお盆一杯に乗せる。 「…よし」 「………あ、あのフィーナ…さん?一体何をやろうとしているのかなー?」 「リディックさんも見て見たいとは思いませんか?  あのルフェウスさんが酔ったのを。  今まで上手にいるあの人を一度で良いので出し抜いて見たいと思いまして」  さらりととんでもないことを言い放つ。えー…と、フィーナさん?あなた酔ってませんか? 「健闘、祈っててくださいね」  にっこりと微笑んでフィーナは歩き出した。直接ルフェウスたちのところには行かない。酒を飲 んでいる成人組みに給仕のように渡して行き……、そして…。 「きゃっ!」  おおーーっとすっころんだーーー!わざとらしさは余りなさげで実に計算高い! 「うわっ!?」  まだそれなりに残っていたコップがルフェウスに向かって降りかかる! 「ごっ、ごめんなさいっ!!」 「ちょっと、大丈夫、フィーナ!?」  自身が酒にまみれたことよりも転んだフィーナを気遣うのは、まさか彼女がそんなマネをするは ずがないと思っている他ならない。  おろおろとしているフィーナに大丈夫大丈夫と笑って見せてタオルを引っ張り出して拭う。服に しみこんだアルコールは完全には拭ききれない。恐らくとんでもなく酒臭くなってるんじゃないか と推測する。 「本当にごめんなさいっ!」  先程のコップぶちかましでルフェウスの持っていたコップも畳に落ちてしまっている。慌てて新 しいコップに飲み物をいれそれを差し出した。 「大丈夫だから。次から気をつけようね?」 「は、はい…」  受け取ったコップの中身はジュースの色と酷似していた。全身のアルコール臭のため、…多分飲 むまで気が付かないんだろうなあ…。  普通ジュースってちびちび飲んだりしないのでくっと飲むのだろうけど…、実際ルフェウスもそ れやったわけだ。次の瞬間激しくむせこんだけど。 「…ちょっ、フィーナ、これ、お酒!?」 「え?ルフェウスさんって、お酒ダメだったんですか!?」  そらっとぼけてますか、まあさっきオレが言うまで知らなかったわけだしなあ…。 「…いって…、なかった…っけ…?」  それはすぐに回ったらしい。くらんくらんと身体が前後に揺れて、そのままべちっと畳に顔面か らつっこんだ。 「…きゃあああっ!ご、ごめんなさいーーーっ!!」  きゅう、と潰れたらしいルフェウスをゆするフィーナ。いや、その状態でゆすったらやばいんじ ゃなかろうか? 「………わざと、だな」  その様子を何も言わずに見ていた姐さんはぽつりと呟いた。 「え?」 「強引なところも見受けられるし、先程からリディックがこちらを見ていれば何事かと思うのは当 然だろう?」  …さ、流石は姐さん…!それだけ飲んでおきながら状況把握すごいっすね…。 「そ、それならなんで止めなかったの…ですか…?」 「私も興味があった、と言えば良いのだろうかな。あえて自ら行動起こそうと言う気にはなれなか ったが」  姐さんもあの事件(?)を知っているため手出しすることはなかったのだろう。 「『受け付けない』と言うのは本当らしいな。何事にも完璧かと思っていたのだが、このような穴 があるとはな」  目を回しているルフェウスを見ながら姐さんは言う。興味津々とやってきたルフェウスを知って いる皆が集まってくる。 「うわ、ほんとにこいつのびてる!」 「影の総帥っぽい人が酔い潰れるなんておもしろーいっ」 「あっはっは、なんかかわいーい」  結構好き放題言っている中いきなり、潰れたと思ったルフェウスが立ち上がった!  突然だからそりゃあみんなびびる。視線をその身に浴びながら当のルフェウスは焦点のあってな い目をこちらに向けた。時折ひゃっくりも聞こえる。 「リディック!ポタ!」 「え、ポ、ポタ?」 「いーから、そーこポタ!」  反論は認めない、そう言っているようでオレは慌ててポタを開いた。  現われた光の柱を前に、ルフェウスはそれを黙って見つめて。ふらふらとこっちに向かって歩き 出す。 「君も、くるの。いいね?」  そう言ってがしっとオレの腕を掴んでルフェウスはポタに乗る。オレを巻き添えにしながら。 「お、おい…大丈夫、か…?」  前を歩くルフェウスの足取りはおぼつかない。心配になって声を掛けてもルフェウスからは大丈 夫だ、気にするなと呂律の回ってない言葉で返される。どこが大丈夫でどこが気にしなくても良い んですか?  旅館に戻る道、その手にあるカートの中は何かで一杯になっていた。『何か』とは多分酒か何か だろう。売り物としてそれなりに作っていてそれを引っ張り出したに違いない。  酔いと言うのは状態異常か何かだと思ってルフェウスに向かってリカバリーとキュアをかけてみ たが、状態は変わらない。…もしかして解毒で解けるのかなあ?  しかし、あのルフェウスが明らかに酔っ払い然たる姿になるとは思いもしなかったな。 「ねぇ、リディック〜?」 「な、なんだよ?」 「フィーナとは〜、戻ったらバイバイ〜?」 「……そういう…約束だから……」  フィーナにも現実の世界がある。オレが干渉できるのはこの世界のみ。 「ばっっっっかじゃね〜の〜!?仮初か!?現地オンリーか!?相思相愛ならそのままがばっとだ ね〜?」 「……がばっと…、ってなんだよ酔っ払い」 「私は酔ってませんっ!」 「いや、酔ってるだろ。一人称変わってるぞ?」  ルフェウスの中の人の一人称は『私』。しかし、こっちの世界に来た時、この姿でいる以上この 姿の言葉で話すと言っていて、それが崩れたのを今までオレは聞いた事はなかった。 「むぅ〜…?」  ルフェウスは眉を寄せ、口を尖らせながら再び前を向いて歩き出した。  ……なんだろう、ちょっと面白い、かも。 「新調〜〜〜〜!!」  その両手に酒瓶を抱えたルフェウスが襖をたんっと開け、会場に戻る。オレも苦笑しつつその後 に続いた。 「さ〜〜〜て、夜はまだまだ長いんだし〜、呑め〜〜〜っ!」 「えーーーー、でも俺ら呑めないしー」  不満の声は未成年組み。酔っ払いの多数いるところで素面はきついのだろう。 「よし、許す。呑め」 「お、おい、ルフェウス!?」  あっさりと許諾したルフェウスに姐さんが止めに入る。 「いーじゃないですかぁー?ぱあーっといきましょ、ぱあーっと」 「未成年者の飲酒は身体の成長を妨げることは知って…」 「…あははは、考えてみればこれ本来の身体じゃないし〜、問題ないんじゃな〜いですか〜?  私、今男だし〜」 「ちょっと、ルフェウス…?」 「あんまりぐだぐだ言ってると〜〜、ケルビムさん〜のあの事、ばらしちゃうぞ〜〜?」 「ば、馬鹿っ!?あれは言うなと何度も…!!」 「ケルビムさんの〜、そのむ…」 「黙れ!言うなと言っているだろうっ!!」 「えー?マスター、何の話ですかー??」 「ええい、お前達には関係の無い話だ!…寄るな迫るな、馬鹿者!!」  …………柱の一角が崩れると言うのはこういう事を言うんだろうなあ…。  皆に詰め寄られ慌ててる姐さんを見てけらけらと大笑いするルフェウス。  ひとしきり笑ったルフェウスはクルリとこちらを向いて近寄った。 「そうそう、リディックにね〜、プレゼントがあるんだよ〜?  なんとMdef上がる装備だ〜」  よたよた部屋の外に歩いて行って、戻ってきた時にはその手には…純白のウェディングドレス。 「あ、あほーーーーっ!?  それ貰って喜ぶ奴が何処にいる!?」  ルフェウスの持ってきたそのドレスを眺めながら、ごくりと喉を鳴らすまだ酔っ払いの域に達し ていない者が呟いた。 「……すげえ、このドレス+9だぜ…?」 「そう言えば何故か男も着れたよな、ウェディングドレス…」 「ネタでありえない金額使うなよっ!?」  +9ってなんだ!?確かにMdfeは高いし、精錬値も異常なほど高い。だけど、何でよりにもよって ウェディングドレスでそれを作る!? 「ハイプリの服だって白いんだから、問題ないっしょ〜?それにほら裾の広がったコート?見たい なのスカートみたいに見えるし〜」 「見えないし、問題大有りだっ!!」 「……実に、面白そうですわね」 「ちょうどここに化粧品もあるし完璧だね」  逃げよう。ここは危険すぎる。オレはジェムストーンを取り出した。 「…ワープポー…」 「スペルブレイカー」 「ちょっ!?」  使いかけたポタの詠唱はスペルブレイカーによって消し去られる。そちらを見れば朗らかな笑み の教授がいた。 「いえ、やはりこの場を盛り上げるのも幹事の勤めかと思いまして」 「そんな勤めなどいらないから!!って、その手に持った蜘蛛糸をどうしたいのか5文字以内で説 明せよ!」  多分混乱しているのだろうオレが叫べば、ダークは微笑んで。 「拘束用です」 「ふざけんなーーーーーーっ!!!」 「……馬鹿ばっか…」  宴会場に面している縁側で、会場の惨劇(?)を眺めていたラルは激しく呆れの入った声で小さ く呟く。  もちろん、それに気づく余裕などオレには無いわけだけど。  静かな闇夜、先程までの喧騒が嘘のように静まり返った…いや、いびきの交差するその室内。  皆が皆その場で力尽きたように潰れ、雑魚寝のように倒れ伏している。  何かの気配を感じてオレは目を覚まし、そこで人影を見た。一人一人に手を翳して何かしている その影。  雲が切れ、月明かりが室内を照らす。輪郭が鮮明になり、その人影が誰であるかわかる。 「………フィー…ナ…?」  彼女だった。その声に気が付いたのか、フィーナはオレの元に近づいて、少し困ったような微笑 を浮かべた。 「……しの…え……うほう…あ……は…って……」 「……え…?今、なんて…?」 「……おやすみなさい」  次の瞬間、オレの意識は再び闇に落ちた。 ---------------------------------------------------------------------------------------- 117:確か下戸でもソムリエは勤まるような話を聞いたことがあります。   匂いだけとか舐めただけで、というなら無理かもしれませんが。   …スナの人もあの後きっとギルメンに潰されたかもしれません。   強いと言っても限度ってありますからね。   結婚式風景はあえてカットさせていただきました。   そもそも117はRO婚してませんし、1PCのソリストなもので手順と台詞が判らないのです。   要望があれば…書けるかも知れませんが。   結婚して、とは言いません。どなたか結婚式呼んでくだs(ry   料理バトルの方はいつか番外編で書くかもしれません。