にぎやかな昼食の時間。どの顔にも笑顔が浮かび、みんな楽しそうにしている。 それだけを見てると、フェイヨンは惨禍になど見舞われなかったようにさえ思える。 いや。俺は心の中で首を振った。誰もが心から楽しんではいるけど、それだけじゃない。 フェイヨンは襲われ、荒らされた。この事実は動かない。住む家を焼かれ、愛する人を失った 住人がいれば、戦友を亡くした者もいる。しかし、だからといっていつまでも悲しみに沈んで いるわけには、いかないのだ。だからこそ、誰も小さな理由を見つけては、明るく振舞おうと している。俺にはそう見えた。    「ワイリーちゃん!な〜に暗い顔してるの。食べなさいったら!」 如月が、次々と皿に料理を取り分けてくれる。 「すみませんにゃあ。猫は小食でしてにゃ。」 とは言えなかった。代わりにお礼の言葉を口にして、食事を胃袋に送り込む。 その時だ。食事中の人達が、一様にどよめく。その声に釣られて、俺も 入り口へ目を向ける。なるほど、俺はこのどよめきの理由を一瞬で理解できた。 うん、ここはゲームの世界だ。ただでさえ、美男美女が多くて、俺の目もそれに慣れてきていた。 しかし、あの剣士の娘さんは別格だった!恥ずかしがっているのか、うつむき気味の頬を赤く 染めていた。そこがまた、可憐ではないか。彼女は、この座の中に見知った人でもいるのか、 ちょっとこちらの方を見た。思わず、目が合う。でも、次の瞬間には目を逸らされてしまった。 当然だろう。こっちの顔と来たら、すっかりダラしなくなっちまっていただろうからな。  ふと気がつけば、ルーシエがジト目でこちらを見ている。俺は、慌てた。如月など、俺の喉もと に刀を当てているではないか。これで良いのか、俺。良いわけないじゃないか! そうだ、そうだとも。俺が暗い顔をしていたのには、理由があったのだ。  昼飯の前、ワイリーは光栄にもルーシエの娘、レナと知り合った。それは良い。でも、 出会い方が悪かったと言うしかない。猫の着ぐるみに身を包んでいるとはいえ、元を 質せば武骨な十字軍士。ほがらかに、レナに近づいた俺は彼女を怯えさせた挙句、変質者 扱いされてその母親により、宙を舞うことになったのだから。  おまけにルーシエは、ワイリーの中の人に下着を見られたと思い込んでいた。 あれは事故、おまけに未遂だと言ってるのに!信じてくれたのかどうか。 その後、レナが母の口から聞いた十字軍士クラウスの第一印象は「エロクルセ」だったのだから。 むう、これは何とかしなければいかん。焦ってきた俺の心に、レナの一言が追い討ちをかける。 「パパが知ったら後ろからソニックブローされるだけじゃ済まないよ。」 その言葉が耳に達し、脳に理解された瞬間、俺の汗腺は意識の指揮下を離れた。血管まで、顔に 血液を送る役目を放棄したのだろうか。あの時、俺は冷や汗ダラダラの顔面蒼白になっていた。 そう、楽しい昼食の間も、俺はレナの言葉を思い出していたのだ。  くっ、この忌々しいペナルティーが終わったらルーシエ親子に改めて、堂々と挨拶することに しよう。一人の騎士として。幸い、レナと気まずい出会い方をしたのはワイリーであってクラウス ではない!それに、Sbと言えばルーシエの夫はアサシンか、アサクロか…。いずれにせよ、殺しの プロに狙われたら命がいくつあっても、足りるものか。  ルーシエ達は、俺より早く食事を済ませて去った。。入れ違いに、アリスを連れたハイプリさんが席に着く。 よほど急いできたのか、肩で息をしているじゃないか。しかし何だろう、この違和感は。向こうは こちらを知っているようだし、俺も相手が初対面だとは思えない。そんな既視感のせいか、見詰め合う 猫とハイプリとアリス。この空間の雰囲気は、ますます異様になった。しかし、食後のお茶を飲む頃 にはずい分と話が弾んでいたんだぜ。主に、酔っ払って店を壊したクルセイダーについて。 ううむ、食べ過ぎたかなぁ。この程度じゃ胃袋が痛くなるはずもないんだが…。  さぁ、俺もこの辺で席を立つか。座に残っていた人達に一礼すると、俺は食堂を後にして淵酔亭に向かった。 預かった屋台を返すために。