かくして俺は屋台を引き引き、淵酔亭へと戻っていった。まだ、昼食をとってない人も いたようで、店に到着するまでには、屋台は空になっていた。 淵酔亭の主は、料理が売り切れているのを見るとニヤリと笑い 「よっぽど上手くやってくれたんだな、ワイリーちゃん。」 と言葉をかけてくる。くっ、その小っ恥ずかしい名前は、本店の方まで届いていたのか。 いや、これは俺の手柄ではない。その名付け親、バードのカールが手伝ってくれたおかげなんだが。 でも、店主には、そんな事はどうだって良いらしかった。予想外の売上に、ホクホクしてたからな。 「よし。それじゃあ今度は、そこに積み上げてある弁当を売ってきてくれ。」 主の指さした先には、浅くて大きな箱があった。長いスリングが付いていて、首にかけられる ようになっているみたいだ。その箱を、体の前面で支えるのか。うへぇ、首が痛くなりそうだな。 しかし、そんなのは瑣末な問題だった。この弁当、今度はどうやって売りさばいてやろうかな…。 また都合よく、吟遊詩人の目に留まるとは思えなかったし。しかし、この町は復興に勤しんでいる。 昼飯時に食事ができなかったくらい、忙しい人だって少なからずいるだろう。そういう人を呼び込め れば、勝算はあるはずだ。  そんな事を考えてながら歩いていたら、聞き覚えのある声に呼び止められた。 「よーう、ワイリーちゃん!精が出るな。」 ふと我に返ると、目の前には如月がいた。思わず笑顔で、挨拶を返す。 「よう、朔!俺はこれからまた、ひと稼ぎして来るよ。しかしこの箱も、不親切な作りになってるよな。 早いとこ売り切らないと、首を痛めちまうぜ。」 「ああ、見てるだけで肩の辺りがうずいてくるなあ。芸当の一つでも見せて、お客を呼び込んだらどうだ?」 芸当、芸当…。朔夜の言葉が、頭の中をぐるぐる廻る。そうだ! 「良いことを思いついた!朔、お前、手裏剣は使えるよな?」 「ん?ああ。一応な。」 「よし、それじゃあ俺にナイフの投げ方を教えてくれないか?手裏剣の扱いと、似たようなものだろ?」 「うーん、お前も剣士なんだし、片手剣修練は最大まで取ってるだろうから、無理な話じゃないと思うんだが…。」 とは言うものの、如月はどこか、乗り気でないようだ。 「まさか私の頭の上にリンゴでも乗っけて、的にするつもりじゃあるまいな?」 ぐっ、心中を見破られたか! 「その顔は図星って感じだな、ワイリーちゃん。」  魅力的な顔に、かすかに怒りを浮かべながら、朔夜はため息をついてみせる。しかし、次の瞬間に俺の耳に飛び込んできた 言葉は、実に意外だった。 「手伝って欲しいんなら、素直にそう言え!」  助力を申し出てからの、如月の行動は迅速そのもの。淵酔亭の戸をくぐったかと思えば、もう俺が下げているような箱を持って 戻ってくる。 「ほらほら、さっさと半分よこせ!」  こちらは感謝の言葉さえ、まだ口にしていないというのにどんどん俺の荷は軽くなっていくではないか。そうして朔はついに、 弁当の半分を自分の箱に移し替えてしまうと、深呼吸してから往来の方へ向き直る。 「はいは〜い。皆さ〜ん!ご注目!フェイヨン一のビヤガーデン、『淵酔亭』のお弁当で〜す!」  そのあまりに明るく、涼やかな声に俺は目を丸くした。通行人も思わず、何人か足を止める。 「お昼ご飯を食べそびれた方も、これから旅立たれる方も、ぜひ見ていってちょうだい。安くて美味しいよ!」 俺は思わず、心の中でうなっていた。不思議な気分になってくる。例えようがないけれど、朔夜の声には、災害に疲れたフェイヨンの 人の心を元気づける何かがあったのだ。たちまち、彼女の周りには人だかりができる。ただでさえ、同性をも虜にするほどの可愛らしさだ。 朔の弁当は、飛ぶように売れていった。その反面、こちらはようやくワイルドローズの装束も板に付いてきたとはいえ、元が武骨な クルセ。売れ行きの違いには、苦笑いするしかなかった。 「あら?お客さん。お気に召す弁当が見つからないの?そこの猫ちゃんの品ぞろえも、見てってあげてよ。」  俺はハっとする。もう舌を巻くしかない。如月は最初、何も考えずに弁当を積み替えていたワケじゃなかったようだ。まさか、こんな 展開になる事まで、見越していたのか?今度は、こちらが大勢に取り囲まれる番だった。もみくちゃにされそうになりながら、俺は心の中で 如月に脱帽、最敬礼していた。  日がだいぶ西側に傾いてきた頃、俺達ふたりは淵酔亭に箱を返して、笑顔を交わしていた。と、耳の中へ 「ワイリーちゃあぁぁぁぁん!」 と、可愛らしい声が聞こえてきたではないか。聞き覚えがある。声の主に向かって振り返ろうとしたその瞬間、ルーシエの娘、レナが俺の 腰へ飛びついて来た!思わずよろけて、視線が下を向く。 「おね…どうしたのその格好…」 レナに圧倒されながらも如月の声を受けて、俺はようやく体を起こす。あれ?おかしいな。俺に女性BSの知り合いは居ないはずなんだが…。