■ルーシエ、プロンテラ編01 ********************************************************  臨時医療所から撤退したスタッフに同行し、プロンテラにて大聖堂を訪れた私は大司祭様に報告を行い医療所の仕事は幕を閉じた。  別れを惜しみながら皆と別れた私とレナはこの数日プロンテラに留まりアイツのことを知っている人が居ないかを探してみたものの 結局は徒労に終わっていた。  最近では臨時広場に足を運ぶのが日課になりつつある。とはいっても狩りに出る為ではなく、一番冒険者が出入りする場所ならば だれかしら知っている人もいるのではと思ったのだが、結局のところやはりというべきか無駄足だった。  たまにやけに張り切ってトレーニングに励むクルセイダーとそれに振り回される剣士を見かけるがあの2人も元気にやっているようで なによりだ。  そういえば図書館は鬼門でしかなかった。  以前、グレンが見に行ったがさっぱりだったという話を思い出しながら、聖職者である私なら少しくらいは理解できるかもしれないと 考えつつ図書館のドアを潜ったのだが、本を開けばやはり聖職者か疑いたくなるほど眠気に襲われる。  それは中の人である私に問題があるのかもしれないのは否定はしない。だが、それ以上に身体が難しい本を読むことを拒絶する のだからどうしようもない。  もっとも、北欧神話を多少知っている自分であっても『神界と現世の関連性』や『四大属性と現世の構成式』などと言われてもさっ ぱりだ。  まだ「世紀末カプラ伝説」を読んでいるほうが心が落ち着く。しかし意外と面白いなコレ。  図書館を出た後は無駄に消費したカロリーを補給する為レナを引き連れて甘味を漁ったのは言うまでもない・・・のか?  今日も今日とて臨時広場へと足を運んでいた。  もう何日も通い詰めたせいか、すっかり雰囲気には慣れてしまった。  要職を募集する声が響き、活気に満ちるその場所は自分のサーバーではありえない。  本鯖でコレくらい臨時PTが盛んだったらこのキャラは置いとくとしても、もう少しPTにありつけるというものなのだが・・・。   それは唐突に訪れた。  くらりと。  急に時間が止まったような感覚に陥る。先ほどまで当たり前のようにあった喧騒は嘘のように静まり返り、辺りを跳ね回っていた ポリンが何かを察したかのように姿を消した。  どさりという音と共にひとり、またひとりと人が倒れて行く。  募集の看板を出していた人も、自分に見合うPTがないかと探していた人も、落チャを出していた人も、近場で雑談していた人も、露 店を出していた商人でさえもみんなだ。  最後まで立っていた蒼髪のハイプリーストもついには崩れ落ちる。最も、皆がどこまで意識を保っていたのかはわからない。  先ほどまで活気に満ち溢れていたその場所は一瞬にして血のない惨劇の海へと変わっていた。  はっとしてレナの方を向く。先ほどからつないでいた筈の手に力が入っていない。  レナを見れば力なくうな垂れ、まるで死人のように生気が感じられなかった。 「レナ?!レナ!!」  返事はない。顔は土色で魂の抜け殻のようにピクリとも動きはしない。  私は慌ててレナを抱きかかえ、カバンからイグドラシルの葉を取り出した。  瀕死の人間を蘇生させる世界樹の恵み。それをレナに与える。  例え偽りの親子関係とはいえ、こんな子供が目の前で力なく横たわる姿は見たくなかった。  ・・・が、効果は一向に現れない。イグドラシルの葉を握りつぶすと普段ならば手の中に小さな光が集まり、それを与えることで瀕死の 傷を負った者も蘇生させることができるはずなのだが。  アイテムは駄目。ならスキル自体はどうなのか。  だが、私はリザレクションを使用できない。  それでも手はある。私とレナははぐれないようにとPTを組んであるのだから。  ――アスムプティオ。  使用者自身に多大な負担をかける最上級蘇生呪文。だが、あれならば・・・・。  私はレナを寝かせて立ち上がり手を組む。  身体の記憶を辿って魔術式を頭に浮かべ、決して多いとはいえない身体中の魔力を一気に放出した。 「レディムプティオ!!」  ・・・しかし、やはり何も起こりはしなかった。  嘘・・だろ・・?  効果はもちろん、ゲームで言うところのエフェクトすら現れない。  この異常な事態のせいなのか、それともレディムプティオによる反動なのか。  私もまた、暗い暗い闇の中へと意識を吸い込まれることになった。 ********************************************************  目が覚めたらその視界の先にはただただ広がる青空があった。  何が・・・どうなったんだっけ・・・。  背には青々と生い茂る草を背負い、正面には無限に広がる空がある。  あぁ、私は寝ているのか。  朦朧とする意識の中で私は身体を起こす。 「ママ!よかった、目が覚めたんだね!」  傍らから愛しい我が娘の声がする。  その声に、倒れる前の惨劇がフラッシュバックした。 「レナ!大丈夫?!」  冷静さを失ったように、実際何も考えられずレナの肩を掴んだ。 「痛い!」  勢いに任せて掴んでしまったせいだろう。力を込めすぎた手がレナの肩に痛みを与えてしまったらしい。  ごめん、とすぐさま手を離す。レナはまだ少し痛そうに肩を摩っていた。 「レナ、大丈夫?!どこかおかしなところはない?!」  先ほどは生気の感じられない土色の顔をしていたレナも、今では何事もなかったかのように血色がいい。  むしろ顔色が悪いのは私のほうらしく、何を言っているの?と聞き返されてしまった。  辺りを見回せば、何事もなかったかのように広場は活気付いている。  先ほど見た蒼髪の♀ハイプリーストは茶髪の♂スナイパーと何かを話しているようだった。  あれはなんだったのだろうか・・・。  レナはただ私を心配しているのか、悲しそうな顔をこちらに向けている。  時間だけは何かが起こったことを示している。まだ赤々と大地を照らす太陽は、何時間も経ったように傾いていた。 ******************************************************** 「昼間みたいなことはよくあるの?」  ネンカラスに戻った私は、部屋に着くとそうレナに問いかけた。 「昼間みたいなことって・・・なに?」 「ほら、人が沢山倒れて・・・気づいたら時間も何時間も過ぎてて・・・」 「・・・ママ、大丈夫?もしかしてまた記憶が?!」 「え」  話を聞いてみれば、どうやら私は広場で急に倒れたらしい。  貧血か何かだったのかもしれないが、何時間も目を覚まさない私にレナはずっと付き添っていたのだという。  明らかに自分の記憶と食い違う。  その間の他の人の様子を聞いてみたが、周りを見る余裕もあまりなかったということだ。  自分の記憶とレナの証言。どちらが本当なのか、自分でもわからなくなってきた。  レナの話を信じるなら、あれは悪い夢だったということで済ませることもできる。  だが私の体験は本当で、レナは数時間の記憶を補完しているのかもしれない。  どちらにしても、力のない身体を支えたときの生々しい感触は私から消えてはくれなかった。