再誕 -Ragnarok Online- -変調- --- (1) --- 「全身が黒いプレイヤー?」 最初にその情報を持ち込んだのは、意外な事にMr.Jだった。 ここは僕らがたまり場にしているゲフェンの一角。 ゲフェンは、地下にあの不気味なゲフェンダンジョンがある事さえ気にしなければ結構住み心地が良い街だ。 いや、むしろ人混みで溢れ返ってるプロンテラや蒸し暑いモロクに比べると格段と過ごし易いと言って良いだろう。 「ウン、何でもそのプレイヤーと出会っちゃうとネ、呪われちゃうって話ダヨー」 Mr.J(♂バード)は何だか分からないブツブツと毛玉が集まったような物やアメーバーを更に濁らせたような物、その他諸々の得体の知れないアイテム(多分単細胞やベト液、泥の塊なんかだと思われる)を嬉々としてアイテム袋から取り出しては積み上げている。 何でこのゴブ面氏のコレクション(?)は視覚的に嫌な方向にバリエーションが増えていくんだ? 「ホント怖いネー」 僕には今貴方が積み上げている--腰の高さをゆうに超えている--奇怪な塊の方がもっと怖い。 「なんだそりゃ?幽霊みたいなモンか?」 その横ではピロシキ(♂ローグ)が積み上げた塊を更に巨大化させようと自分のアイテムをくっ付けたり形を整えたりしている・・・と言うか更に熊の手だとか聖痕をくっ付けると異常に怖いから止めて欲しい。 「幽霊ってイウカ、バグ? 都市伝説? そう言えば昔ソウイウ映画あったネー」 「あれでしょ、バーチャルゲームの中に謎のステージがあるってヤツ。そのステージに進んだプレイヤーは帰って来ないって言う。」 「お、バッシュさんも知ってる?あれって当時スゲーハマったなー」 「あれは名作でしたからねー」 昔はバーチャルリアリティなんて映画の中だけの産物だったのに、いやはや時代の進歩と言うのは凄まじい。 既に医療分野ではバーチャルリアリティを使用したサイコテラピーやリハビリに関してはある程度確立されているし、家庭用・・・とまでは行かないがゲームセンター(死語)に行けばそれなりの筐体も体験出来る。 まぁ、それもあくまで専用のヘルメット型のディスプレイや特殊なグローブ等を着けて初めて効果のある者なんだが。 いつの間にか昔見た映画談義で盛り上がる僕達、既に当初の【黒いプレイヤー】の話なんてすっかり忘れていた。 ちなみに参考までに僕と二人意外の仲間は何をしているかと言うと。 まずナギ(♂プリースト)は情報収集のついでと言って道具屋に先日のゲフェンで集めた収集品を売りに行っている。 いくらRPGの基本と言っても現実大の街中を歩いて情報を集めるのは見た目より重労働だ、このPTは彼が居ないときっと1日を待たずして行き詰る事だろう、いや本当にいつも有難う御座います。 そして頑張る彼と対照的なのが我等がPTリーダーのアユ(♀ウイザード)。 彼女はすぐそこにある軒先の蔭で座ったままスヤスヤと寝息を立てていた。 何故に寝息まで「はふー」なのかは謎だが、座ったままの姿勢でここまで熟睡できるのはある意味賞賛だ。 Mr.Jとピロシキがこれ見よがしに恐怖のオブジェ(今命名)をアユの目の前で作製しているのだが全くと言って起きる気配が無い。 と言うかそうこうしている内にその恐怖のオブジェが既に座っているアユよりも大きくなってるー!? と、その時タイミング良く(?)情報収集&買出しに行っていたナギが帰ってきた。 「おい!みんな大変だ! って、うわモンスター!?」 恐怖のオブジェに対して【ホーリーライト】を唱えそうになるが・・・流石PTの司令塔、寸前でこの物体が敵じゃないことに気が付いた様だ。 と言うか既に子供程の大きさになってるこのオブジェ、僕だったら間違いなく全力で【ボウリングバッシュ】をしていると断言出来る。 何と言って良いか、そのオブジェを一言で例えるなら「全長1.5mもある酔っ払いが吐き出すアレで構成されたサンドマンから、右手に血塗れの熊の手が、左手に不気味に白い聖痕が生えている、しかも顔がアラーム(仮面)」と言う感じなのだが・・・誰か今の言葉で正確に想像できる人物が居たら是非お会いしたいものだ。 兎も角スプラッタ映画顔負けの力作である、チビッ子が見たら軽く10年はトラウマになる事間違いない。 「はふー、どうしたのだ?」 流石に普段冷静沈着なナギの叫び声には反応したのだろう、アユが気ダルそうに目を擦りながら目を覚まし・・・ 「はっ・・ふっ・・・・」 そのままの表情で気絶した。 いやー人間は本当にショックを受けたときは目を明けたまま気絶するものらしい。 そんなある意味どうでも良い事を考えながら、とりあえず僕はアユの両肩を揺さぶって起こそうとしてみる。 後ろでは見事に試みが大成功した二人がハイタッチや二人だけのウェーブ等意味不明な騒ぎ方をしているがこの際無視。 「で、ナギさん如何したんですか?何かあったんですか?」 「あ、そうだ、大変なんだ皆聞いてくれ。」 このサバト状態の中で困惑していたナギだったが、僕の問い掛けで何とか冷静さを取り戻したようだ。 だが、次の言葉で今度はこっちが完全に混乱した。 「さっき聞いた話なんだけど、西門の所で殺傷事件が起こったらしいんだ」 --- (2) --- 「これは酷い・・・」 西門周辺は混乱の坩堝(るつぼ)だった。 道端に倒れ伏している人、蹲っている人、泣き叫ぶ人、逃げ惑う人。 まさに阿鼻叫喚の世界。 地面には所々に血痕がある、確かこのゲームには血の表現は倫理的な理由で無かったハズだ。 逆に言えばこの血は現実の物だと言う事、それは今起きている事が決してゲームの中の出来事では無いと言う事に他ならない。 あの後、とりあえず気絶したまま一向に起きないアユ(何故か「ゲロンチョ仮面が襲ってくる・・・」とうなされていたが)を安全そうな場所に置いて、僕らは西門に向かった。 今思えば何でわざわざ危ない事に首を突っ込む様なマネをしたのか、かなり軽率だとは思ったが、その時の僕らは「何か新しいイベントが起こった」程度にしか思ってなかった。 「何とか死者は出てないみたいだね」 「でもこのままだとヤバくね?」 確かにナギの言う様に見渡す限りの人々は倒れている人を含めて息がある様に見える。 と言っても僕には医療知識が無いから何とも言えない。 ただ一つ確実に言える事はこのままだとピロシキが言うようにかなりヤバい。 と、その時。 「あブなイ!?」 僕は背後から強い衝撃を受けて前方に吹っ飛んだ。 「なっ!?」 思いっきりMr.Jにタックルされたらしい、僕は振り返って「何をするんだ!」と怒鳴ろうとしたが・・・。 最初に目に飛び込んで着たのは、同じく見覚えの無い男にタックルされているMr.Jの後姿だった。 いや、正確には僕と僕の時とは違う。 Mr.Jはタックルを受けて吹き飛ばされていなかった。 そして彼の背後からなので良く見えないが、腹部に突き刺さったナイフ一本。 僕は男と目が合ってしまった、ゾッとするような凄惨な笑顔・・・狂気を孕んだ微笑。 情けない事にその笑顔を見た瞬間、僕の体は良い様の無い恐怖で身動きが取れなくなっていた。 そこからはまるで周囲がスローモーションの様に感じられた。 そのままの姿勢で崩れ落ちていくMr.J。 彼の名前を叫びながらその体を支えようとするナギ。 声にならない叫び声を上げながら男に殴りかかろうとするピロシキ。 そして変化は次の瞬間に起こった。