再誕 - Ragnarok Online - ---プロローグ--- 「こんばんわ、ラグナロク運営チームです」 「この度ラグナロクオンラインは、12月24日を持ちましてサービスを終了させて頂く事となりました」 「これまで長い間、ラグナロクオンラインをご利用頂き、誠に有り難う御座います」 2009年 冬 クリスマスイベントで賑わう僕たちの頭上に響いたメッセージは、 唐突にこの世界の終りを告げた。 西暦2018年11月 英国に拠点を置く巨大複合企業NTI(Neo Technology Industry)社はネットワークエンターテイメント産業に乗り出す為 ガンホー・オンライン・エンターテイメントに対しTOB(株式公開買い付け)を宣言した。 怠慢な管理体制や度重なる障害により経営が悪化の一途を辿っていたガンホー・オンライン・エンターテイメントは、 僅か14日と言う短期間で自社株の7割をNTI社に奪われてしまうと言う結果となる。 その翌月24日、ガンホー・オンライン・エンターテイメントは、同社が抱える全てのオンラインゲームのサービスを停止した。 勿論、僕らが遊んだラグナロクオンラインも・・・ 最初の頃こそ突然の不条理さにやり場の無い憤りを感じ、ネット内で反対運動の真似事をやっていた僕らだったが。 時間が過ぎると共に他のゲームへ移る者や、社会人となりネットを卒業するものが現れ、その運動も下火になって行った。 僕も僕で大学へ進学し、慌しい毎日を送るうちに、 何時の間にかラグナロクオンラインと言うゲームがあった事さえ忘れようとしていた・・・。 そして、月日は流れ2020年初夏 僕の冒険は一枚のダイレクトメールから始まった --- (1) --- 「すげー!!」 初心者修練所を抜けた僕は、目の前に広がる光景に感嘆の声を漏らす。 中世ヨーロッパを再現したかの様な美しい町並み。 広場の噴水から吹き出す水飛沫が日の光を反射して輝いている。 賑やかな通りを行きかう人々は一様に世界史の教科書でしか見た事のないような服装に身を包んでいる。 その人ごみに紛れるように、甲冑を身に纏った騎士や身の丈程もあろうかと言う大きな弓を背負った者もいる。 ガラガラガラ・・・ 「オラオラ!、退いたどいたー!」 僕のすぐ横を勢い良く手押し車の様な物を引いて男が通り過ぎる。 すれ違い様にちらりとその手押し車の中を覗き込んでみると、色とりどりの液体の入った小瓶や青い水晶の様な石が大量に入っていた。 (あれは・・・ブラックスミス・・・だったよな?) 遠目に見ていると、男は適当なスペースに止まり、その手押し車から出した巨大な立て札を手に持ち、道行く人に何か呼び掛けていた。 声はハッキリとは聞き取れなかったが、立て札には「青J 480z 集中・速度・狂気各種あります」と書いてあった。 周りを見てみれば、その男と同じような看板を持った人が数人、同じように道行く人々に呼び掛けている。 (露天販売・・・だよな?) そう思いながらふと遠くに、これも教科書でしか見た事の無い様なとても白く大きい建物がそびえ立っているのが見える。 「えーっと、確かあの城がパ・・パ・・パロ・・ピロ・・・」 「ようこそプロンテラへ!」 「うわぁ!!!!」 突然背後から掛けられた声に驚いて振り返る、 そこにはよく喫茶店などで見かけるような服装に身を包んだ女性が、真っ白なシルクの手袋をした手を口にあてクスクス微笑んでいる。 「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。」 「あー、こっちこそスンマセン。大きな声出しちゃって」 僕はバツが悪くなり、頭をかきながら軽く会釈をする。 「いいえ、初めてこちらに来た方は皆さんそんな感じですから、お気に為さらなくて結構ですよ。」 女性は微笑む。 彼女は自分の事をカプラ・テーリングと名乗った、言われてみれば彼女の様な甘栗色のポニーテールが印象的なNPCが居たような気がする。 「宜しく御願いしますね、えっと・・・バッシュさん」 テーリングと名乗った彼女は手にもっていたボードを見つつ、自分のスカートの両端を摘むように少し上げると、 映画でしか見た事のないような・・・お嬢様がやるような仕草で一礼した。 「あ・・・・・・・・、はい!宜しくおねぎゃあしゃましゅっ!!」 一瞬、自分のキャラクターネームを忘れてた僕は慌てて「宜しく御願いします!」と言おうとしたが ・・・恥ずかしい、どもってしまう。 声に出してキャラクターネームを呼ばれた事なんてずいぶん前に仲間内でやったオフ会以来だ、 こんな綺麗な女性の前でどもってしまった事と、キャラクター名を声に出して呼ばれた事でいよいよ僕は真っ赤になってしまった。 彼女は、そんな僕の様子がよっぽど可笑しかったのか、堪えきれないように口に手を当ててクスクスと笑う。 僕は照れ隠しに会話を続ける。 「でも凄いですねここ!一瞬本当にゲームの中に来ちゃったのかと思いましたよ。」 「ええ、そう言って頂けてとても光栄ですわ。でもここはもうゲームの中ですのよ。」 「あ、そうでしたね」 彼女は続けてとびっきりの笑顔で言う。 「では改めて・・・、ようこそバッシュさんRagnarok Online for Realの世界へ」 --- (2) --- 2020年6月 NTI社はリアル・ネットワーク・アミューズメントの第一弾として「Ragnarok Online for Real」を発表。 これはNIT社が独自に開発した、人間の体に微弱のパルスを流す事により触覚や刺激(温度や痛覚等)を再現する「生体パスル技術」と。 実際の物質空間に立体映像を紛れ込ませる(例えばカップの中にコーヒーの立体映像を投射する)「リアル・バーチャル技術」を使用する事により、 空想・架空の世界を現実空間に持ち出してしまおうと言う、 まさに前代未聞の試みだった。 そしてその第一弾としてステータスやスキル、職業等のゲームシステムが比較的簡単であり、 且つ、これまで登場したオンラインゲームの中で人気が高かったラグナロクオンラインに白羽の矢が立ったのである 無論、この試みはメディアの間で賛否両論に別れ激しく取り立たされる事となる。 「安全性は本当に大丈夫なのか?」「子供達への影響は?」果ては「そのような夢物語みたいな話が本当に可能なのか?」 数多くの疑問視する声にNTI社が出した答えは。 「自社の所有する島を丸ごとその舞台とし、世界中からテストプレイを希望する健全な成人男女一万人を募り、安全性を証明する」 と言うものだった。 そしてその募集枠の内の3千人は、以前のラグナロク・オンラインのユーザーから募集される事となった。 「Ragnarok Online for Real テストユーザー募集のお知らせ」 このニュースをダイレクトメールで知った時、僕は一にも二にも無くテストユーザーへ応募した。 勿論以前僕たちの遊んだゲームをもういちどプレイしてみたいと言う気持ちも有ったが、 何より大学で電子工学を専攻していた僕にとって、NTI社の持つ技術を体験してみたいと言う欲求と。 もしかしたら、これを機会に一大企業であるNTI社に就職出来ないかという甘い算段が頭の片隅にあったのかもしれない。 何はともあれ、僕は早速このテストユーザーの募集に応募し。 10万人の応募があったとされる3千人の枠に、偶然にも入る事が出来たのである。 --- (3) --- ROR(Ragnarok Online for Real)の世界は僕が思っていた以上に素晴らしい世界だった。 参加プレイヤーは、まず初心者修練所にてGPS内臓付きのドックタグと専用の衣服、 それに数日分の食料や携帯用の簡易テント・寝袋が配布され、その使用法を学ぶ。 テントや寝袋については、当時アウトドアが趣味だった僕にとっては特に印象に残る物では無かったが。 ドックタグと衣服については、凄いとしか言い様の無い物だった。 まずはドックタグ。 このドックタグは普通の物よりもふた周り程大きく、両面にタッチパネル式のモニターが付いている。 表側にプレイヤーネームや各種ステータスや状態が表示されており、 裏側には装備や所有アイテム、スキルツリーなどが表示されていて、モニターに触れる事で装備の変更やアイテムの使用が可能となるらしい。 次ぎに衣服。 この衣服には微弱な電気信号を通す特殊な繊維が使用されており、 プレイヤーが立体映像に触れた際にその衣服を通して様々な信号をプレイヤーに伝えるらしい。 それによりプレイヤーは立体映像に触れた時でも、実際にそこに物があるような感覚を得られるそうだ。 これについては流石に半信半疑だった僕だが、初心者修練所で実際に立体映像のポリンと戦った時に、 叩いた時に手に返ってくる反動や、攻撃を腹に受けた時の衝撃があまりにも生々しくて驚いた。 この衣服事態は緩めの全身タイツみたいなもので、最初身につけた時は兎に角恥ずかしかったのだが。 すぐに服の上から装備の立体映像が現れたので今ではそんなに気にはならない。 ちなみに今の僕の装備は、胴体を覆う簡易的な鎧のみといった・・・俗に言うノービスファッションになっている。 その他にも初心者修練所では様々な事を教えてくれた。 それこそMMORPG時の修練所で教えてくれたような事から、 果ては冒険者の為の野宿のやり方まで。 以前のRO経験者だと言う事を事前に申告していた僕は必要最低限度の講習を受けただけだったが。 修練所を出るときチラリと見た教室で「初めてのラグナロクオンライン」を教本代わりに真剣に講習を受ける成人男女の集団は・・・別の意味で印象に残った。 そして修練所を出た僕の目の前に広がる広大な世界。 ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ。 僕は、ふと一番最初にROをやった時と同じような高揚を感じていた。 --- (4) --- 「ではバッシュさんはやっぱり剣士になられるのですね。」 「ええ、AGI型の両手剣士になろうと思ってます。まぁ、ソロでやるなら妥当かなあと。」 ここ数日利用する内にすっかりテーリングさんと打ち解けた僕は、 戦いが終わって体力が回復する間、彼女とちょっとした世間話をする様になっていた。 「最初にお名前を拝見した時に、剣士スキルの名前と一緒だったので剣士になられるのかなぁと思ってたんですよ。」 テーリングさんは何時も明るい笑顔を絶やさない。 以前のROで「カプラ萌え!!」とか叫んでいた仲間がいて、それを聞く度にちょっと馬鹿にしてた僕だったが・・・ ・・・今なら何となくその気持ちが分かるかもしれない。 「まぁ、この名前はROを知る前から色んなゲームで使ってたんで、初めてROをやったときは僕も驚きましたよ。」 「あら、そうだったんですか? 偶然ってあるものなんですね、でもRORではAGI型の方って多いし、人気なんですよ。」 「え、そうなんですか?」 以前のROにおけるAGI型と言えば、あまり優遇されるようなタイプでは無かった。 低Lv時の冒険では回避力の高さで活躍出来ていたAGI型だったが。 Lvが上がるにつれてモンスターの攻撃に耐えれる体力を持つVIT型が優遇されるようになり、 Lv90台になる頃には冒険に参加しようとしても断られてしまう有様だった。 特に僕が使っていたAGI型の両手剣騎士は「金ゴキ(光るだけのゴキブリLv)」と呼ばれる程だったと言うのに・・・。 「ええ、やはり擬似的な物であったとしても攻撃を受け続けるのは嫌だという人が多いですし・・・ 一緒に冒険する仲間にしてもずっと攻撃を仲間が受け続ける様を見たくない人が多いみたいですね。」 なるほど・・・、確かに耐えてナンボのVIT型は自分がやるのも見てるのもちょっと嫌かもしれない。 ・・・っと、体力が回復したようだ、勢い良く立ち上がる。 「よし!ではまた行ってきます!!」 「頑張って下さいね。」 笑顔のテーリングさんに見送られ、僕はまた城門を潜り街の外へ出る。 モニター越しに見ていたものとは違い、プロンテラ南の草原のなんと広大な事か。 僕は腰に下げていたナイフを勢い良く抜き放ち、青空高く掲げてみた。 僕がこの世界にいられるのは大学の夏季休暇の間の1ヶ月間のみ。 とりあえず剣士になると言う目標は出来た。 後は転職までポリンを倒す事800匹!! ・・・チキンな僕の冒険は果てしなく長いかも知れない。