再誕 -Ragnarok Online- -仲間- --- (1) --- 「ボウリングバッシュ!!」 僕は力の限りで手にした大剣、ツーハンドソードを振り回す。 斬る為ではなく、薙ぎ払う為の荒々しい一撃。 僕を取り囲む様に群がっていたモンスターが吹き飛ばされ、更に後方にいたモンスターと衝突して崩れて行く。 連鎖するチャージング、それがこの【ボウリングバッシュ】の特性だ。 「バッシュさん後衛が!」 突如、背後から男の声が上がる。 同時に少し遠くで悲鳴が聞こえた。 (しまった!) 振り返ると半透明な馬---ナイトメアが後続の仲間のすぐ横に出現している。 後続にいる仲間は僕が身に着けている鎧よりも遥かに軽装な装備を身につけている、彼ら(彼女ら)が魔法や弓を得意とした長距離からの攻撃を得意とした職業だからだ。 そんな彼らをモンスターから守るのが前衛としての僕の役目なのだが、不用意に離れすぎてしまった。 ナイトメアは荒々しい鼻息を立て、その赤く淀んだ瞳の奥は確実に仲間の姿を捉えている。 僕の位置から仲間までの距離は約20メートル、とても今から走っても間に合わない。 「ちくしょう!もっと回りを見てたら!」 「・・・大丈夫だ」 その時、僕のすぐ隣で声がした。 見ると派手なジャケットに棘付きのリストバンド、髪を金に染め上げたいかにもならず者風の男が不敵な笑みを浮かべている。 男---ローグは手に握ったこぶし大程もある石を・・・まるで丸めた紙でも放り投げるかの様に軽やかな仕草で、今まさに仲間に襲い掛かろうとしていたナイトメアに放り投げた。 否、それは放り投げるなどと言う軽いものでは無かった。 男の手を離れた石は一流のメジャーリーガーの投げた速球すらも凌駕する速度でナイトメアの頭部に直撃した。 シーフスキル【石投げ】。 昔のROでは軽んじられたスキルだが、実際に見るとなんと凶悪なスキルだろう。 思わぬ不意打を頭部に受けたナイトメアはよろめきながら後退する。 「しそー!」 更に背後で男の声がする。 その声に応じるかの様に後続で動きがあった。 後続にいた2人のうちの一人、仮面を被った男が手にしたヴァイオリンを弾き始めた。 軽快でいて、何処と無く喜劇を思わせる様な音楽が辺りに響き渡る。 曲は歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲---【ブラキの詩】だ、どうやら男はバードらしい。 同時に、その演奏のすぐ横で緩やかなローブを羽織り手に木の杖を持った女性が大きく両腕を広げる。 と、兆候は直に現れた。 周辺の空間に少しずつ煌(きらめ)く何かが充満していく。 目を凝らしてよく見ると、それは小さな氷の結晶だった。 最初はうっすらと、そして段々と煌きは増していき次第にその煌きは一つの流れとなって上空の一点へと上昇・集中していく。 上空で煌きは収束して光となり・・・そして次の瞬間弾けた。 突如、周囲をブリザードが襲う。 強風と吹雪、そして鋭利な無数の氷の塊が辺り一面に降り注ぐ---【ストームガスト】、それがこの現象に付けられた名前だ。 僕は咄嗟(とっさ)にブリザードから身を守る為、顔を腕でカバーしてしてしまう・・・が不思議と冷たさも痛みも感じられない。 それもそのはずだ、このブリザードから今まさに全身を氷柱で串刺しにされながら倒れるナイトメアに至るまで全て立体映像が作り出した幻なのだから。 既にこのRORを始めて1週間過ぎたが、未だにこれが幻である事をつい忘れてしまう。 本当にNTI社の最新技術には驚かされるばかりである。 --- (2) --- 「ふう、なんとか片付いたね」 背後で声がする。 振り返るとそこには多少・・・胸元が開いているが聖職者然とした男がいた。 明るい茶髪に知性を灯した瞳。 手にはおそらく聖書だろう、分厚い本が握られている。 露出した胸元からは聖職者の証である十字架が下げられている。 「とりあえず減ったHPを回復しないとね、【ヒール】」 男が僕に向けて手を翳(かざ)し魔法を唱える。 僕の体が一瞬だけ光の帯に包まれた。 「ありがとうナギさん」 男---ナギは「これが僕の仕事だからね」とちょっとはにかんで笑う。 だが彼の仕事は回復だけではない、彼はこのPTの司令塔の様な存在だ。 戦闘中は常に全体が見える場所に居て的確な指示を出している。 仲間も余程彼を信頼しているのか、無条件に支持に従う。 結果、これまで何度も危ない場面を切り抜ける事が出来ている。 ナギに礼を言うと僕は首から提げているドックタグ型モニターを確認する。 モニターには僕のキャラクター名の下にHPとSPを意味する2つのバーが表示されている。 HPを意味する赤いバーは今のヒールでMAX値まで戻っている、しかしSPを意味する青いバーは既に3/4は黒くなっている。 「すいませんちょっと休憩しませんか?ちょっとSPがキツ目で」 「ん?そうだねじゃあちょっと休憩しよっか。ピロさん後衛の二人を呼んできて」 ピロさんと呼ばれたローグ---ピロシキは「あいよー」と頷いたが 「おーい!しそー!Jさーん!休憩だってよー!」 と、後方から近づいてきている二人組に言うとそのまま腰を下す。 まぁ後続組もすぐそこまで近づいて来ていたので、わざわざ迎えに行かなくてもそれで事足りるのだろうと彼なりに判断したんだろう。 サバサバした性格の彼らしいと言えば彼らしい、しかしそれが不快には感じないから不思議だ。 戦闘中でも「やばい!」と思う時にはどんなに離れた場所で戦っていても必ずと言って良いほど彼の助けの手が入る。 実はサバサバしている様で一番仲間思いなんじゃないかと密かに僕は思っていた。 「でもやっぱ画面越しと違って実際にここに来るとコエーな。」 「そうだねー、溜り場の地下にこんなダンジョンがあったなんて今思うと凄いね。」 二人は以前ゲフェンを中心にROをプレイしていたらしい。 僕は二人の話を聞きながら周囲を見回した。 手に持っている松明型の光源(実際に炎が出ている訳では無くトーチ型のLEDライトの周囲に炎の立体映像が投影されている)の範囲外は何処までも続いているかの様な暗闇に覆われている。 時々水滴が落ちる音が聞こえ、それに混じって何処からか馬の嘶(いなな)きが聞こえる。 肌にひんやりとする感触はここが幻覚では無く実際の洞窟である事を意味していた。 そう、今僕たち5人はゲフェンダンジョンに来ている。 --- (3) --- ダンジョンはRPGの基本である。 と、昔のゲームマニア達が言ったかどうかは定かでは無いがやはりダンジョンはRPGの醍醐味の一つだろう。 RORの世界でも例外ではなく、 プロンテラの【下水道ダンジョン】 モロクの【ピラミッドダンジョン】【スフィンクスダンジョン】 フェイヨンの【フェイヨンダンジョン】 そしてゲフェンの【ゲフェンダンジョン】と、幾つかのダンジョンに入る事が出来る。 生憎テストプレイと言う事で入れないダンジョンもあるのだが、実物大に作られたピラミッドや地下水道、洞窟で繰り広げられる冒険の数々は瞬く間にプレイヤー達を魅了した。 かく言う僕も剣士で悪戦苦闘の一週間を過ごした末、無事ナイトに転職できたと言う事で「いざゲフェニアダンジョンへ!」と思い立ったところまでは良かったのだが。 一歩足を踏み入れた途端に襲い掛かって来るアクティブモンスター達にすっかり尻込みしてしまい、ダンジョンの入り口で途方に暮れていた。 そんな時に、この奇妙な4人組みと出会ったのだ。 --- (4) --- 「はふー」 合流すると彼女はため息とも何とも形容し難い言葉を漏らす。 「なかなか【ストームガスト】のLv調整は難しいだ」 そう言うと彼女も適当な場所を探して腰を下ろす。 腰まで伸ばした青い髪が、おっとりとした目元が印象に残る。 彼女は緩やかなローブに木製の杖、典型的なウイザードの姿をしている。 「はふー」 多分口癖なのだろう、しかしながら聞く度にこっちの気まで抜けていきそうだ。 出会って数時間だが同じ言葉をもう20回以上聴いている気がする。 4人組みの中では一番頼りなさそうに見える彼女なのだが、実はパーティーのリーダーだったと聞かされた時は驚いたものだ。 彼女の本当のキャラクター名はアユと言うらしいのだが・・・何故か仲間内からはしそーと呼ばれている、多分あだ名みたいなものなのだろう。 「しそー、Jさんは?」 「んー、多分そこら辺で草刈ってると思うだ・・・あ、きたきた」 見ると向こうから先程の男が両手一杯に色とりどりの草を抱えてスキップしてくる。 近付くにつれ、男の姿がハッキリと確認出来るようになってくるのだが、男は・・・言うと悪いがかなり異様な出で立ちをしていた。 確かゴブリン族の仮面と言う装備だったと思う、道化師とも見える簡素な仮面を被り・・・何故か頭には「STOP」と書かれた立て札が刺さっている。 「大漁ダネ♪」 そう言うと男---Mr.J(Jが何の略が聞いても結局答えてはくれなかった)も座り込み、鼻歌交じりに取ってきた草の色分けを始めた。 「あ、Jさん俺に白ハーブくんない?回復財が少ないんだ」 ピロシキが横から覗き込む。 「イイヨー、黄ポもイル?」 「いるいる、ブドウと交換しようぜー」 二人はそれぞれの腰のポーチから黄色い液体の入ったビンとブドウを幾つか取り出し交換を始めた。 だが実際のところ、今Jが持ってきた色とりどりの草から二人が交換しているアイテムにいたるまで、全てが立体映像によるホログラムなのだ。 身に着けているスーツから体内に流れ込む微弱な電気信号(生体パルス)により、ホログラムに触った感触や温度変化(ビンを触ってヒンヤリする)が再現される為とてもそうとは思えないが一度システムが停止すればここは何も無いただの洞窟になってしまうのだろう。 「そういえばさ。」 ナギがふと思い出した様に言う。 「皆はROからROR内に何を持ち込んだ?」 --- (5) --- そう、実はこのRORでは以前ROをプレイしていたプレイヤーには一つ特典があった。 それは『以前所持していたアイテムを一つだけRORの中に持ち込める』と言うものだ。 RORプレイヤーは参加の時点で以前ROで所持していた武器・防具・アイテム等から一つ、ROR内に持ち込みたい物を指定する。 もちろんBOSSカードや超レアと呼ばれるような一部のアイテムに関してはゲームバランスを崩しかねないと言う理由で制限が掛けられている為、持ち込めるのはイベントやBOSS戦以外の通常通常の狩で取得できる物と言う決まりはある。 だが長年使っていた愛着のあるアイテムを再び、しかも現実に使えると言うの前ROプレイヤーとしては凄く嬉しかった。 「俺はコレだなー」 そう言うとピロシキは懐から一本の短剣を取り出した。 細めの、背の部分から一本トゲが伸びたような短剣だ、刃の部分には不思議な斑模様が入っている。 「あ、カウンターダガーだ。」 「うん、ROの時はこれが欲しくて必死に金貯めたからなー」 ピロシキは逆手でダガーを持つと軽く空中を切る、なかなかその格好はさまになっていた。 「はふー、私はコレなのだ」 アユは自分の髪に着いていたクリップを指差した。 「フェンクリなのだ。」 「あ、ホントだカードが貼り付いてる。」 見るとクリップの裏側に跳ね回ってる魚の絵が描かれたカードが張り付いていた、フェンカードだ。 「ちなみに僕はコレだよ。」 そう言うとナギは自分がしていた厚手のマフラーを解く。 通常プリーストが大切にするマフラーと言えば一つだ。 「イミューンマフラーですね。」 「バッシュさん正解、しかもなんと+9」 言われてみれば普通のマフラーよりも随分と厚手だと思ったが、なるほどマントは精錬するとああなるのか。 「そう言うバッシュさんは?」 僕は腰に下げた大剣を抜く。 「僕はこれです。」 「それはツーハンドソードだね。」 「ええ、僕が一番最初に買った属性剣なんですよ。」 よく見れば剣の刃にはうっすらと紅い波紋が広がっている、火の属性を持っていると言う事だ。 「精錬は+4なんですけどね、この剣で色々な処を冒険して回ったんです。本当はもっと良いアイテムをって思ったんですけど・・・なぜか所持品のリストを見せられた時に目に留まっちゃって。」 「あー、分かるそれ。俺も結局カウンターダガーは+4止まりだしな。もっと良いアイテムあっても何か思い入れのあるヤツを選んじゃうんだよなー。」 「はふー、みんなロマンティックなのだ。Jさんは何もって来たのだ?」 「ボク?」 Jはまだアイテム整理の最中だった、いつの間にかゼロピーやらなにやらドロドロした物(多分ベト液)まで並べられている、ここでバザーでも開く気なんだろうか。 「ボクはコレだネ。」 妙に奇妙なイントネーション(彼曰く外国人風日本語らしい)で自分の仮面を指差した。 「ゴブ面ですか?」 「はふー、ゴブ面好きなJさんらしいだ」 「ちょっと待て、何かその面妙に分厚くないか?」 「んー言われてみればアイテム説明にあるような粗悪なって感じなないね、・・・ってまさか。」 「イエース♪」 その時、一瞬Jの仮面の奥の瞳が輝いた様な気がしたのは気のせいだろうか。 「+9ゴブ面♪」 『マジッスカ・・・』 皆同時に呟いた。 遠くでは馬の嘶きが聞こえる。