大聖堂の集合場所に指定された部屋に行くと、アキがソファーに座って本を読んでいた。 「おはようございます、まだお一人です?」 そう言いながらアキの隣に座る。 「あら、おはようございます、クリス。」 アキは挨拶を返しながら、読んでいたページにしおりを挟んで本を閉じた。 表紙には『魔法力学 応用〜第48章』…と書かれていた。 難しそうな本だ。さすがプロフェッサー。 「んー、そうですわね。大体10分前にみなさん来ますから…。」 アキはそう言いながら時計を見た。俺もつられて時計を見ると、現在8時45分。 「はぁ〜、次はどんな任務なんでしょうねー。これが終わればしばらく何も無いって 聞いたんで、早く終わって欲しいですよー。」 ため息をつきながら言う俺。 「ふふふ、早く終わると良いですね♪」 アキは笑顔で返してくれる。 「次の任務はかなり重要だって聞いてますわ。…もうしばらくしたらお話があると 思いますが…」 アキがそんな台詞を口にしていると、特務のメンバーが次々に部屋に入ってきた。 特務の全員が集まると 部屋の中で一列に並んだ。そしてビスカス神父を迎える。 「おはよう諸君。」 ビスカス神父が挨拶すると 特務のメンバーもそれぞれ挨拶を返した。 …いわゆる朝礼、かな。 「さて、早速だが次の任務だ。次…と言うか、以前失敗した任務の続きなんだが…」 ビスカス神父は俺の方をちらっと見たが、俺と目が合うとすぐに逸らして話を続けた。 「リヒタルゼンの生体研究所…以前、ある資料を探すという任務があったが、これの 続きだ。前回は結局見つからなかったのだが、また新しい情報が入った。 詳細はアランに伝えておくから 全員指示をあおぐように。」 ビスカス神父はそう言いながら、特務リーダーのアランに薄いファイルを手渡した。 「また前回同様、現地で別の計画を実行する。これもアランの指示をあおぐように。 …以上!準備が出来次第 現地に向かってくれ!」 そう言うとビスカス神父は部屋から去っていった。 なんとメリハリのある朝礼だろう…。 その後、アランは静かに資料に目を通していた。 少し離れた窓際では、リーヤとケイトが不機嫌そうに話をしていた。 アキとレイナとマシューと俺は4人でなんとなく集まっていた。 「以前…って、いつくらいにあったんですか?今回の任務…」 早速今回の任務について俺が質問をした。 「えーと、いつくらいだったかしら…?」 アキはレイナに目配せをした。 「ん?2、3ヶ月くらい前じゃないかな?最近細かい任務が多くてよく覚えてないけど。」 レイナはさらっと答える。 「ああ、そうでしたわね。そっか、まだあんまり時間経ってないんですねー。」 うんうんと頷くアキ。 2、3ヶ月くらい前…というと、俺がこの世界に来たあたりだろうか。 リヒタルゼンのワープポータルもあったことだし、その任務が失敗に終わってから 俺が来るまでの間はそんなになかったのだろう。 「はー、あそこ暗くて嫌なんだよねー。」 レイナがぶーたれる。 「中はそれなりに広いとは言え…実験体が暴れてますしね…はぁ。」 アキもなんだか凹んでいる。 マシューに関しては明らかに顔色が悪い。 「あ、ごめん…ちょっと僕、外の空気吸ってくる…。」 そう言うとマシューはふらふらと外に出て行ってしまった。 「あー、私付き合ってくるー。」 そう言ったのはなんとレイナ。今まで散々酷く当たってきていただけに、予想外だった。 「あらー、実はあの二人って付き合ってたりするんですかねー、うふふ。」 俺はにやけながらアキに振ったが、彼女は苦笑いをしていた。 「いえ、マシューはクリスのことが好きなんですよ、本当に…。」 "はー、この二人はうまくいかないなぁ"的なオーラを出しながらアキは言った。 「あ、じゃぁ私が行った方が良かったですかね!今から…」 言いながら外に向かおうとする俺の手を、アキが引っ張って制した。 「今は色々あるんで、クリスはここに残っていて下さい♪」 にっこりとアキが微笑む。 「うーん…?」 よくわからなかったが、とりあえず俺はソファーに腰を下ろした。 アキも俺の隣に座り、またしばらく他愛の無い話をしていると…窓際から大きな声が急に発せられた。 驚いてそこに目をやると、リーヤとケイトがアランに対して声を荒げているようだった。 「リーヤさんとケイトさんって、何か怖いですねー…。」 ぼそっと言う俺。 正直、未だにあの二人とまともに話したことが無い。話しかけても不機嫌になられて終了。 向こうから仲良くしようという意思は、今まで一回も感じたことが無かった。 「そうですねぇ。色んな考えの人がいますからね、特務には…。」 少し困った顔をしながら彼らをちらっと見るアキ。そして小さな声で、こう続けた。 「…本当、今回の任務が終わったら…どうなるんでしょうね……。」 その後しばらくすると、ケイトは怒って部屋から出て行ってしまった。 しばらくするとリーヤもむすっとしながら部屋を出て行った。…彼はいつもそんな感じではあったが。 「クリス、ちょっといいかな?」 アランが窓際で手招きをした。アキをちらっと見ると、行っておいでと言わんばかりに首を縦に振った。 「はい、なんでしょう?」 窓際についてまず一言。 「うん、次の任務の話なんだけど、それぞれに説明する必要があるから…。」 アランはそう言いながら一回咳払いをする。 「今日の午後に現地に向かうから、13時にまたここに集合。生体研究所は危険なところだから それ相応の準備をしておいてくれ。何か足りないものがあったらー…」 …長々と続いたが、とりあえず危ないから抜かりなく準備しておけよという話でした、結論。 その後アキが呼ばれてアランと二人で話していたが、しばらく待っても終わらない。 ふいにアキと目があったとき、手を合わせて謝るような仕草をされた。 長引くから待ってないでいいよ…というニュアンスだったのだろう。俺は部屋を出ることにした。 部屋を出ると、ケイトが一人で立っていた。まっすぐにこちらを見ている。…というか…… …俺のこと…睨んでるよ、怖いよorz 「ちょっと付き合いなさい!」 ぶっきらぼうにそう言うと、彼女を身を翻して大聖堂の外へ向かった。 どうしたもんかなぁとは思ったが、行かないという選択肢は中々選べない現実だ。 すたすた歩いていくケイトについていくと、酒場にまっすぐ入っていった。 酒場とは言っても昼の時間帯は普通の食堂をやっているところが多い。 きっと早めの昼食を取るつもりなんだろうが…。 酒場の中に入るとケイトは一番奥のテーブルに座っていた。 俺はケイトの前に座る。 「ちょっと早いけど、お昼にしていいわよね?」 ケイトの台詞は予想通りだったので俺は素直に頷く。 さて、何食べようかな〜とメニューを手に取ると、ケイトが手を上げて店員に言った。 「すいません、カルボナーラふたつ下さい!」 店員は注文を受けると元気良く返事をし、厨房に向かってオーダーを読み上げた。 「あれ、ケイトさん。ふたつも食べるんですか?」 華奢な体に似合わず結構食べるんだなぁと思ったが、彼女の返事は予想に反したものだった。 「は?ひとつはあんたの分よ。」 冷たい目で俺を見る彼女。先生、俺には選択権も無いんですか……? その後料理が運ばれてくるまで会話が無く… 料理がきても黙々と食べ…… 食後の会話も特に無く……… ……俺達は酒場を後にした。 ……………………………………………………………………いや、何で俺、誘われたんだろ…。 そう考えながら とぼとぼとケイトの後をついていくと、大聖堂とは少し離れた広場に着いた。 ケイトは広場の隅のベンチに腰を下ろし、顎で俺にも座るよう促した。もうやだ、この姫様。 陽気な天気。お腹もふくれたことだし、のんびり過ごすには良い場所だ。 …ただまぁ、隣の人にちょっと問題があるんだけど…。 しばらくの間。 俺には永遠を思わせるような間だったが、時計の針はそんなに進んでいない。 「はぁ。」 ふいにため息をついたのはケイトだった。 「……全く、何で記憶無くしちゃうかな〜…。」 続けたのはケイト。両手で顔を抑えながら前かがみになっている。 「え?あ、すいません…。」 今までの流れを全く無視した台詞に俺は戸惑った。 またしばらくの間。 「…あんた、記憶戻したいの?」 また、ふいに言ったのはケイト。 「え…それは、はい。それが何か…?」 しどろもどろになりながら答える俺。 またしばらくの間。 周りの喧騒が嫌に騒がしい。 ケイトは突然立ち上がり 前に数歩出て、俺に背中を向けたまましばらく動きを止めた。 そしてこう言い捨てた。 「…それなら、今回の任務はどうやっても生き延びなさい。」 言い切ると、ケイトは大聖堂へ一人 走り去っていった。 …呆然とする俺を残して。 -------------------- 2008/07/22 H.N