視線を上げれば、如月と楽しそうに話している女性BS。視線を下げれば、無邪気にじゃれついてくる 商人の女の子。はて、おかしいな。この顔、どこかで見たような…。次の瞬間、如月の一声で俺の頭の モヤは一気に晴れた。 「お姉ちゃん!どうしてそんな格好してるの?」 ああ、そうか!ルーシエがBSの格好をさせられているのか。となれば、この無邪気な商人さんは娘のレナ さんか。しかし、まだ腑に落ちないぞ。まさか二人の本職は商人だった、なんてこともあるまいし。 「いやぁ、カクカクシカジカで…」 ルーシエの口が、母と娘の扮装の理由を解き明かしていく。それにつれて、俺の顔は蒼ざめていった。 なぜだ!なぜルーシエ親子までが、俺が酒で暴れた一件の責を負っているんだ!こんな衣装に身を包んで 恥ずかしい目に会うのなんて、俺一人で十分じゃないか。ええい、しかし眼前の現実は変えられない。 せめて、ルーシエの口から皆まで語らせまい。 「マルマルウマウマなのにゃ」 日はまだ暮れていない。ワイリーの縛りはまだまだ有効で、課せられた語尾に顔を赤らめながら俺は言葉を継いだ。 とりあえず、ルーシエの好意で如月と一緒に、部屋へ上らせてもらうことになった。ありがたい。このナリじゃ、 俺はどう見ても道化だ。それにレナもいよいよ、俺のことを放そうとしない。ついには、すうすうと可愛らしい 寝息を立てて、眠りこんでしまった。ああ、可愛いじゃないか。思わず、頬が緩むのを感じる。 今日、最初にこの装束で町を歩いていた時には、目が合った子供が逃げてったというのに。それを思えば、この ナリもいよいよ板についてきたってことなんだろうか?  母親はどんな面持ちで、この娘の寝顔を見ているんだろうか?俺は、おそらくこの上なく穏やかになっている自分の 顔を、ルーシエに向けてみた。  そんな俺の表情も、ルーシエの顔を見て少し引きつったに違いない。お、おいルーシエ!その恍惚とした表情は何だ! 俺は思わず、大声でルーシエに語りかけそうになって言葉を飲む。天使のような顔ですやすやと休んでいるレナを、起こす わけにはいかん。神が許してもルーシエが許すまい! レナに見とれていたルーシエも、うろたえている俺の視線にはすぐに気がついた。 『騒いで起こしたらぶっ飛ばす♪』 Wisを受けるよりもはっきりと、そんな声が頭の中に響いて来る。眼は口ほどに物を言い、か。テレパシー能力なんてない はずだが、ルーシエの視線がそう語りかけて来ているのは、疑念の余地がなかった。 たまらず、俺は無言のまま如月に助けを求める。頼む。どうにかこの場を和ませてもらえないだろうk こんな願いを念に込めようとして、たちまち言葉を飲み込む。なぜって、こちらよりもよっぽど複雑な感情を湛えた 如月の目を、見てしまったからだ。俺の投げた視線のボールなど、とてもキャッチしてもらえそうになかった! その視線は最愛のお姉ちゃんに注がれていたのだから。 安眠のレナ、耽溺のルーシエ、狼狽のクラウス、そして動揺の如月。レナは別として、他の三名が醸し出す部屋の空気は 限りなく微妙なものになりつつあった。手入れの行き届いたこの部屋の居心地が悪いなんて、なんとも不思議な気分だったぜ。 しかし、この場は耐えきるしかない。そうすれば日は暮れて、この恥ずかしい衣装ともおさらばできる。最高の気分転換に なるだろうな。 ところが、そうは問屋が卸さなかった。神様は俺に、トコトンまでお灸を据えるつもりでいたようだ。 突如、ルクスさんのWisが頭に響いて来る。 「ぬぁあんだとぉぉぉぉ!?」 しまった!思わず叫び声を上げてしまったじゃないか。しかし、聞き返さずにはいられない。何てことだ。ミーティアが さらわれた、だって?騒ぎたくなる心を必死で抑える。 「いきなり叫ぶな騒ぐな黙れワイリー」 気がつけば、ルーシエの氷の視線が俺を捉えていた。ハッ、レナはどうしたんだろう!ふう…良かった。目を覚ましては いない。これで愛娘を眠りの淵から引き戻していたなら、言葉よりも先に拳が飛んで来ただろう。こうなると、もはや 神様が味方してくれてるのか、そうでないのか分らなくなって来るな。 気を取り直して、ルクスさんとのWisに戻る。 『っ、その話は本当なのか?』 『そうじゃなきゃ、今頃貴方に抱きついているのはレナじゃなく、ミーティアなのかもしれない』 柱に人影が。そこに居るんだな、ルクスさん。賢明だ。いくら緊急事態でも、この場には踏み込まない方がいいぞ…。 むう、そういえばラグナさんは、誰かにつけ狙われていたな。あの時、もっと俺にできることはなかったのか! 後悔の念が胸を焼く。もし叶うことなら、自分で飛び出してルクスさんを助けたい。あの二人のストーカーが関わっていれば、 ついに俺も雪辱を果たせよう。焦るばかりだが、この場を動くわけにはいかん。せめて、思い当たることをルクスさんに伝えねば。 『クラウスさんは何か…』 『ストーカー紛いの行動をしている連中が居るとは聞いた。ちくしょう、こんな事になるなんて…』 『詳しく聞かせて!』 記憶を総動員して、知っている限りのことをルクスさんに聞かせる。 『大体はわかった。後は俺達に任せて!』  とても心強い、ルクスさんからの返事。彼ならばきっと、ミーティアを助け出す事ができるだろう。 「頼んだぞルクスさ!」 思わず、大きな声が口から飛び出す…が、皆まで言うことはできなかった。二度まで打つ手を誤った俺に、ルーシエが拳で語りかけて きたらしい。意識が薄れていく。あれ、天使様がお迎えに来たのかな…いや、違う。そう見えたのは、レナの寝顔であった。