再び重い衝撃が走る。再び血しぶきが宙を舞う。そしてマーガレッタが俺の上で崩れ落ちる。 間髪入れず、ドス!という鈍い音が響き、俺の上からマーガレッタの身体が横に吹き飛んだ。 吹き飛ばされた逆側を見ると、アランが俺を見下ろしている。 「…クリス、次は間を空けず、さっきのナイフで仕留めろ。」 そう言い残し、アランは元いた場所へ戻っていった。 …ほんの、1、2分の出来事。 状況が全く分からない。分からないことが多すぎる。 改めてマーガレッタを見る。小さなうめき声を上げているが、意識はもう無いだろう。 苦痛にあえいだ顔が見える。さっきの笑顔が脳裏に蘇る。 …間違いなく、ニーナと一緒に写真に写っていた女の子だ。 しかしアキは、その女の子を"ステラ"と呼んだ。 落ち着け俺。 まず"ステラ"がマーガレッタなのか、ということを確認しなければいけない。 マーガレッタは俺が動いた瞬間、突然向かってきた。 そして勢いはあるものの、抱きつく…というのは敵を殺すための行動では無い。 …そしてあの笑顔。 仮説を立てる。 生体DOPは元となる人間がいるわけだから、少なからず記憶が残る可能性があるだろう。 さっきのマーガレッタの行動は全くの他人に向けられるものでは無い…。 つまり、ニーナとマーガレッタは知り合いだった。 判断証拠は少ないが、"ステラ"はマーガレッタだと言って…恐らく構わないだろう。 …しかし何故、何よりも最優先で抱きついてくるのか。 深い闇に堕ち、そこで例えばようやく親友に出会えた…そんな状況だとしたら? ニーナとマーガレッタの関係は知らないが、少なくとも単なる友達以上のつながりは あったのだろう。そこを今 詮索する意味は無い。親友ということで収めておこう。 次。何故、"ステラ"なのか。 そもそもこの名前はアキから教えてもらったものだ。 マーガレッタ=ソリンの愛称にしては、名前からかけ離れすぎている。 アキが嘘を付いているにしてはその理由が見えない。それとも、本当に間違えたのか…? 視線を前方に移すと ホワイトスミスの生体DOP、ハワードと交戦中だった。 俺の支援が無くてもなんとかいけている。 「セイフティウォール!!!!」 俺が唱えた瞬間、淡いピンク色の光がアキを包んだ。 とっさにアキが俺を振り向く。俺からの突然の無駄な支援に、アキは真意をはかりかねた。 「……嘘…ついたね?」 カマを掛け、睨む俺。とっさに目を逸らすアキ。 アキは数秒動きを止めたが、何も言わずに戦闘に戻っていった。 ……嘘だったのか! "ステラ"という名前は、アキがマーガレッタの名前を隠すためにつけた偽の名前。 しかし何故?何故アキがそんな嘘を付く必要がある? 思い出せ俺。嘘を付かれたのはいつだ。 確か…初めて写真を持って大聖堂に行ったとき……。 そして、最初に写真を見せたのは変態アコだったものの、次に見せたのは…アキ。 …そもそもアキは、あのとき俺を何故待っていた? ……俺の動きを……監視していた? 何故マーガレッタの名前をそこまでして隠そうとしたのか? ……わからない。頭がごちゃごちゃになっているせいか、何も思い浮かばない。 目を地面に向けたとき、腰に下げたナイフ─…アランから受け取った武器が一瞬 視界に入った。 そもそも何故アランはこのナイフを俺に渡したのだろう。 "至近距離に近づかれたら─…" "次は間を空けずに、さっきのナイフで仕留めろ─…" アランの言葉を振り返ると、まるでマーガレッタの行動を知っていたように思える。 確かに密着した相手を殺すには確実かもしれないが、何故その行動を知っていたのか。 "次…と言うか、以前失敗した任務の続きなんだが…" 任務の説明のときの、ビスカス神父の言葉が頭をよぎる。 …ここへは以前きている。俺がこの世界に来る前に。 そう、恐らくニーナも同じくマーガレッタに抱きつかれたのだろう。そこでこの戦法を思いついた…? ──…いや違う。何かが違うような気がする。 そもそもマーガレッタの この行動の意味を考えれば、ニーナに直接 手を下させるだろうか? 恐らく親友の成れの果て…?本人では無いとしても、外見は本人。しかも記憶の断片を 受け継いでいるのに──…。 ……分からない。 ハワードが倒され、アランが続けて生体DOPを一人釣ってきた。 …再びマーガレッタ。 分かっている、俺のところまで来るんだろう? 「マーガレッタ!!」 すぐさま俺は大声で、彼女を呼んでやった。 その声に、当の彼女と特務のメンバーがそれぞれに反応する。 彼女は俺が何者か分かると、先程と同じ様に他の連中には目も暮れず俺に向かってきた。 そこで俺は、マーガレッタの力を利用して巴投げを掛けてやったのだ。 無事☆成功!! …特務のメンバーも予想外の出来事に皆唖然としたのだが。 「ヒール!」 倒れたマーガレッタを回復させる俺。マーガレッタは立ち上がり、俺と目を合わせる。笑顔だった。 「抱きついたままだと、無防備だからね…。」 マーガレッタの髪を右手で撫でていると、アランが前線からやってきた。 「…何をしている?」 冷たい目。冷たい口調。今まで見たことのなかった、アランの表情。 他のメンバーは後ろから、俺とアランを黙って見守っていた。 「それはこっちの台詞です!ろくな説明も無しで、何か企んでいるみたいですが、何ですか!!」 俺は反論した。全てが納得いかない。 バシッ!!!!! 激しい音。 視界がまわった。瞬間、首と右腕に衝撃が走る。 そして、目の前に映った地面に鮮血が散った。 視線を上に移すと まさに今、マーガレッタが崩れ落ちるところだった。 「ちょっと…!何を…っ!!」 思わぬ光景に、アランを睨む。 「いい加減にしろ!!…次同じようなら、任務を無視してお前を殺す!」 血走るアラン。その殺気に、俺は悔しいが怯んでしまった。 俺のまわりには誰もいない。皆 距離を取り、また生体DOPと戦闘を繰り広げている。 もはや俺は戦力外。…仕方ないのか。 そして来て欲しく無い時間が再び巡る。 ……マーガレッタ、三人目。 俺がへたりこんで座っていた為か、今回はマーガレッタになかなか見つからなかった。 しかししばらく前衛と切り結んだ後、やはり俺に気付き突っ込んできた。 やろうと思えば俺抜きで、問題なく倒せるだろうに…。 「……セイフティウォール…」 ぶつかる瞬間、俺は自分を守る。マーガレッタは俺をすり抜けて 奥の地面にぶつかった。 振り返ると 鼻を強く打ちつけたようで、少し痛そうにしていた。 倒れているマーガレッタを、俺は静かに取り押さえた。 そしてナイフを抜く。 当のマーガレッタはきょとんとして俺を見ている。 …本人では、無い。 だから、ナイフを突き刺しても…良い。 ……本当に、良い? "…………ダメっ" 誰かの声がした気がした。 胸のところあたりから聞こえたような気がした。 「……だめ…だよね、やっぱり。」 俺は静かにその声に話し掛ける。 後ろから足音が聞こえる。 ナイフを地面に落とし、立ち上がる。そして俺は、足音の主と対峙した。 「…やっぱり……できません♪」 どうしようもなく明るく言う俺。目頭は熱くなり、涙が出てきた。 覚悟はしていたが、次の瞬間、強い衝撃と共に俺は地面に崩れ落ちた。 そして再び、目の前に鮮血が流れた。…そして、誰かが崩れ落ちる音がした。 「残念だが…今回も無理みたいだな。」 アランの声とともに、俺の目の前に剣の切っ先が突き付けられた。 その台詞を聞き、俺は突然悟った。 今回の任務とは…"ニーナにマーガレッタ…親友を殺させること"…だったのではないか、と。 何の為に?…それは分からない。……しかし、そう考えれば全てがうまくまとまるのだ。 …前回この任務は失敗したと言っていた。 そして俺は、始めて大聖堂にいったときのビスカス神父の挙動を思い出した。 恐らくニーナは、この任務…"殺しの仕事"から逃げ出したのだ。 しかしニーナになった俺が、再びビスカス神父の元に戻ってしまった─…記憶喪失という形で。 「………ははは…なぁんだ…、全員グルだったのかぁ…」 今更ながら、ずっと騙されていたことを嘲笑う俺。そう、知らなかったのは俺だけ。 「クリス〜、今回は謝ってさ、次はしっかりやろうよ?ね?」 こんなときにも明るく言うレイナが恨めしい。 他の4人の声は聞こえない。しかし、結局は全員が恨めしい。 「…はぁ。俺、ここで死んじゃうのかぁ。」 ごろりと転がり、天井を仰ぎ見る。 「ふん…言い残すことがあるなら聞いてやるぞ。」 剣の切っ先を俺の首に当て直すアラン。誰も、止めようとはしない。 「……ニーナごめん、助けられなかったや。……悔しいなぁ…。」 目を閉じる。暗闇が広がる。死んだら、永遠の暗闇なの? 正義の味方なんて、そんな都合よく現れないよね? そう、所詮そんなものはうそでたらめ。現実は厳しいのです。 でも…悔しいから、ニーナの力、少し貸して下さい。君じゃできないこと、やります。 胸の奥に寒々しい感覚が現れた。 切なく苦しく悲しい、そんな痛み。しかしそこから、強い力が出ているのを感じた。 「───どうした?言い残すことは無いのか?」 アランの声。剣の切っ先を軽く俺の首に押し付け、最期の言葉を催促する。 「……今ね、PT要請を出しているんです。」 仰向けに目をつぶりながら、小さく言う俺。 「…何?」 怪訝そうなアランの声。 「そう…特務を憎む糸を拾って。……アコの授業も役に立つんですね、ふふふ。」 静かに指をくるくる回しながら、深呼吸をして最後に一言、俺は言ってやった。 「──…レディムプティオ」 瞬間、俺を中心として、あたりにヒールのような眩しい波動が巻き起こった。 複数人蘇生の自己犠牲魔法…自分の命を犠牲にし、パーティ全員に蘇生を掛ける魔法。 「な、何を─…?」 アランの声を筆頭に、俺を除いた特務全員のざわめきが聞こえる。 そう、蘇らせたのは……今まで倒してきた転生職の生体DOP…約30人。 「き、貴様ぁああああっ!!!!!!」 アランの叫びが聞こえた。俺はその直後、強い衝撃と共に暗闇に落ちていった──…。 -------------------- 2008/07/24 H.N