俺はみずぼらしい部屋の、みすぼらしいベッドで目が覚めた。 「……あれ?」 起きた早々、思考が止まる。 今まで何してたっけ…?目をこすりながら自分に問う。 全身がだるい。ぼろいパジャマを着ており、心なしか全身がむず痒かった。 部屋の窓にかかったぼろい布を手でよけると、リヒタルゼンの貧民街の 光景が見えた。 「…あれ、俺 確か、生体研究所で……」 口をついて出た瞬間、そこであった出来事をようやく思い出した。 「……最後に生体DOPを全員 生き返らせたよな…何で俺、助かってるんだろ…?」 レディムプティオを使った後、俺は強い衝撃を受けて気を失った。 あれは魔法のせいではなく、どう考えてもアランに一撃を加えられたものだ。 気を失い動けない中、まわりは生体DOPが約30人。 特務のメンバーでも さすがにその相手はできないだろう。 そこからどうやって生還したのか。 部屋のドアを開けてみると、やはりみずぼらしい廊下に出た。 どうやら宿屋の2階のようで 1階にいってようやく主人らしき人を見つけた。 やせこけた老婆だった。 「…あのー、すいません。」 俺は恐る恐る声を掛けた。 「おや、ようやく起きたかい。」 老婆は俺に気付くと目を細めて、まずは一安心といった感じで答えた。 「どうも、お世話になったようで…。あの、私何でここにいるかご存知ですか?」 俺視点では、生体研究所3階から急にこの宿屋にワープしてるわけなのだ。 「ああ、一週間前にね、酷い怪我したあんたが運ばれてね。」 老婆は答えた。 「え…誰に運ばれてきたかってわかります?」 誰かに運ばれてきたということは、恐らくその人に助けられたのだろう。 「かわいい声した女の子だったよ。…ただねぇ、わたしゃ目がほとんど見えないんでね。 …眼鏡も買えないんだよ、まったく…。」 答えた後、そのまま愚痴に変わっていく。 「はぁ…。何か名前が分かるものとか、置いていきませんでした?」 一応聞くが、そういうものは何もないとのことだった。 「ああ、ただ宿代と面倒代はしっかり頂いてるよ!二週間分前払いしてもらってるから、 あと一週間は泊まってって良いからね。ああもちろんもっと泊まっていってくれても 構わないよ。」 げひげひ笑う老婆。 でも正直、ここに延長して泊まるなら他所の宿屋行きます。 俺はさっきの部屋に戻った。 一体誰が助けてくれたんだろう? 知り合いだとするなら、 フィリア、スーさん、ケイト、アキ、レイナの内の誰かだろうか。 特務のメンバーは反旗を翻したわけだから違うだろうし、 他の二人は生体研究所との関連が見えないし、そもそも戦闘力の面から無理だろう。 ちらっとユキさんのことが頭をよぎった。 実力はあるし、旅の目的からしても生体研究所に潜入する可能性はあるだろう。 逆に知り合いでないとするなら、全く検討が付かなかった。 もしかしたらマーガレッタの生体DOPが助けてくれた…という考えも無いことは 無いかもしれない。結構自我は持っているようだったし。 マーガレッタの名前が頭に出てきて、俺は一気に沈んだ気持ちになった。 「……結局…あの任務はなんだったんだ……?」 ニーナにマーガレッタを殺させる。それに何の意味があるのか。 もちろん 俺の推論が間違っている可能性も無いことは無いのだが…。 そんなことを考えるや、突然胸のあたりから妙な寒気がしてきた。 ぶるっと大きく身体が震え、そして全身に寒気が広がった。 今回の出来事で 俺は特務に戻ることができなくなった。 本拠地を置くプロンテラを歩くことだって難しくなるだろう。 アルデバランの部屋も、もしかしたら特務に見張られているかもしれない。 進む未来も戻る場所も無い。本当なら、一週間前に全てが終わっていたはずだった。 「確かにこの状態で、特務にのこのこ戻ったらびっくりするよなぁ…。」 俺が初めてビスカス神父に会いにいったときの、彼の顔を思い出す。 「…でも、任務の目的は ビスカス神父を直接叩くのがいいかな…。」 俺はどうしても納得できなかった。それならば任務を与えた人間に聞くまでだ。 しかしどうやって─…? 俺は昼夜を忘れ、ずっと考え続けた。 考えれば考えるほど、気力が削がれていった。 特務に対する怒りや憤りも積もっていった。 非人間的な任務にショックを改めて受けた。 一瞬でもマーガレッタにナイフを突き刺そうとした自分のことが許せなかった。 そしてどこからともなく絶望感が俺を襲った。 今まで感じたこと無い虚脱感、無力感が沸き続けた。 宿代の期限、二週間目を迎えたとき、何も思いついてはいなかったがプロンテラに 戻ることにした。 「ワープポータルはあるんだけどね…。」 飛行船の行き先、空の彼方を呆然と見ながら呆然と口にする俺。 プロンテラに戻るとは決めたものの、一瞬で戻る決心はできなかった。 結局は距離という言い訳をし、時間稼ぎをしているだけなのだ。 しかし とりあえず動かなくてはいけない、そんな焦燥感に駆られた。 リヒタルゼンからジュノー、ジュノーからイズルードまでを飛行船で移動した後、 そこからは徒歩で行くことにする。ここへきて、未だ距離にすがる俺だ。 思考は何も進まないくせに時間だけはしっかり進む。 プロンテラの城影が薄っすら見え始め、その姿を徐々に大きくする。 そしてプロンテラ城下町を一望する小高い岡の上に到着した。 「あ…ここは─…。」 風が一瞬強くなり、俺の髪を巻き上げる。 そこは、俺がこの世界に来たときにいた場所。 ユキさんとトウガ、セツナと初めて出会った場所。 そこで俺は気付いた。 「……ああ、ニーナも同じルートで戻ってきたんだな…。」 リヒタルゼンから飛行船でイズルードまで、そこから徒歩。 …そのルートを選んだ理由も、恐らく俺を同じだろう。 ここからプロンテラを見下ろしたとき、ニーナは何らかの原因で倒れてしまった。 今ならその理由が分かる気がした。いや、分かる。 プロンテラを見下ろした分だけ、心の中に黒い感情が生まれてくる。 街や城は何も悪くない。しかし、あいつらがいるから。 とりあえず足を進めることにする。何も進んでいないから、せめて足だけは。 街は活気に沸いていた。 ただ、俺の今の気持ちとのギャップが、更に俺を暗い気持ちに落とし込む。 俺は臨時広場の片隅のベンチに腰を下ろした。 この世界にはモンスターが溢れているとは言え、今、この場所はどう考えても 平和な空間だった。 「…全部忘れてしまえればいいのに。」 ここに来て、違う本音がひとつ生まれる。特務絡みのことは忘れて、改めてこの世界で 生きていく─…そんな未来。 「…ダメだな、俺。」 自分を諭しながらため息をつく。 「……わぁ…クリスさん、一人称、"俺"なんですね…。」 俺の横から声がした。 「ええ、そりゃまぁ男ですから…。」 …あれ?と思いつつ振り返ると、いつの間にかベンチの隣にスーさんが座っていた。 「わ、いつの間に!」 驚く俺。 「えーと…結構前からいたんですけど…悩まれているようでしたので…。」 おどおど言う彼女。そういえば直接会うのは随分 久し振りだ。 「あの…昨日、クリスさんのお部屋に手紙挟んでおいたんですけど…読まれました?」 俺の顔を覗き込んで聞いてくる。 「いや…この二週間、戻ってなかったんで…。」 少し申し訳なさそうになる俺。 「そうですか。それでは今お話しちゃいますね…。クリスさん元に戻す方法で心当たりある方を 見つけまして…。」 静かに言うスーさん。 「え、本当に!?」 予想外の報告に驚く俺。 「…ええ。結局は魂のおかしな繋がりが問題になってるみたいなんで、それを外せば いけるんじゃないか…と、先生が言ってました…。」 ややこしいところは省略してそうだが…やっぱり魂云々のことはわからない俺。 「あ、先生というのはですね、私たちソウルリンカーの転職をご指導されている方で…」 スルーしていたところを説明し始めるスーさん。確か転職NPCはモロクにいたなぁと思い出す。 「…でも、俺が元に戻ったら、ニーナはどうなるんだろう……?」 彼女の説明の途中でぼそっと漏らす。スーさんと目を合わすと、彼女は首を横に振った。 「…わかりません。目が覚めたとき、心を閉ざしたときと何も変わっていなければ、また…。 いえ、そもそも…目を覚ますかも分かりませんし…。」 スーさんも小さくため息をついた。 俺がこの世界にきたときと、状況は何も変わっていない。 むしろ俺が特務に戻ってしまったことで、悪化している気がした。 「…でも、魂の壁に…ほころびができてます……。私と会わなかった間、何かありました…?」 スーさんがそっと俺の胸に手を当てた。 「ほころび…?」 以前聞いた、俺とニーナの魂を隔てる壁。それがなくなると……とても恐ろしいことになるのだ。 ふと、生体研究所で聞いた小さな声を思い出した。 ああそうか。あれはやっぱりニーナの声だったのか…。 「…うん、そうですね。やっぱり俺、ちょっと用事済ませてきます!」 俺の胸に当てられたスーさんの手を握って言う。 ベンチから立ち上がる。一旦伸びをする。俺はニーナを助けたかった。 「全部終わったらまた来ます!そのとき、詳しく教えて下さい!!」 俺を制し損ねたスーさんを残し、走って大聖堂に向かった。 -------------------- 2008/07/25 H.N