……とは言ったものの、さてどうしたものか。 俺は大聖堂の入り口が遠目に見える高台に陣取った。 俺が初めてビスカス神父に会いにいったときのように、正面切っていくのはどうだろうか。 前回は問題無く行けたが、今回は分からない。 特務というチームは公にはなっていない為に、門前払いを食うことは無いだろう。 居留守を使われるか、もしくは本人と面会できてしまうか。 もしも居留守を使われた場合、次の手を考えるときに不利になるとは思うが…。 どちらにせよ ここのところずっとそれを考えていて、結局答えが出せずにいる。 俺はとりあえず、堂々と面会することに決めた。 ただ特務のメンバーが大聖堂にいた場合…それが面倒だった。 最悪はケイトかレイナのワープポータルでどこかへ連れて行かれ、そのまま殺される…とかだ。 何せつい二週間前にアランに殺されかけたのだ。ここは慎重に行かなければいけない。 「とりあえず地道に見張るか…。」 俺は雑貨屋で双眼鏡を買い、その日は宿を取った。 特務が大聖堂に集まるのは大体10時、13時、18時、20時のいずれかだった。 つまりその時間前後を見張っていれば良いわけだが…。 「…それって一日中じゃん!!」 自分に突っ込む。まぁ仕方ないじゃないか。 大聖堂の受付で確認を取るという手もあるが、もしそこでばったり出くわしたら。 大聖堂の知り合い…変態アコくらいのものだが、確認をお願いに行ったところで出くわしたら。 考えてみれば確率としては少ないとは思う。 ただ、俺の命が掛かっているのだからどうしようもない。 見張りを始めて三日目、10時前にレイナとアキが大聖堂に入っていくのを見つけた。 「…あれ、二人だけ…?」 ぼそっと漏らす。 その後11時過ぎに出て行き、13時前に戻ってきて、14時前にまた出て行った。 これは新しい任務が始まるときのパターンだ。 …しかし全員揃わないで行動されるのは予想外だった。 「…参ったなぁ、この後に他のやつらが他の任務で〜…とかになるかもしれないし…。」 頭をぽりぽり掻いて考える。 「…仕方ない。今日、行ってみるか…。」 俺は無謀に決断した。 大聖堂の受付に行く。 修道女さんに挨拶して、ビスカス神父に面接したい旨を伝える。 「……あ、はい。今空いていらっしゃいますし…もしクリスティアさんが来たらお通ししろと 承っておりますので…。さ、ご案内しますわ。」 そう明るく言うと、修道女さんは廊下を先に歩き出した。 俺は少し驚いたが慌てて彼女についていく。 ビスカス神父は俺が来ることを予想していたのか。 ということは それなりの対応を用意していたりするのだろうか。 例えば特務の他のメンバーがずっと大聖堂に残っているとか…。 俺は持っていたカバンに手を入れて、中を確認した。 カバンの中には 見張りの合間に露店で買い集めた古木の枝100本がある。 いざとなればこれを全部折り、その隙にワープポータルで逃げる! …なんという微妙な作戦だろう。 「あ、ところでアランさんかケイトさんかリーヤさんかマシューさんは今日見ました?」 途中、世間話のように修道女さんに聞く俺。 「いえ、最後に見たのは…一週間前くらいだったかしら?」 ちらっと俺を見て答える修道女さん。 とは言え、彼女もずっと受付にいるわけでもないだろう。鵜呑みにするわけにはいかない。 しばらく歩いていると、とある一室に案内された。 そこは内装こそ他の部屋と同じようなものだったが、今まで入ったことの無い部屋だった。 通された部屋のソファーで待つ俺。 10分程するとビスカス神父が入ってきた。少し笑みを漏らしている。 「こんにちは、お忙しいところすいません。」 とりあえずソファーから立ち上がり、挨拶をした。 「よくきたね、クリス。今回は記憶喪失になってないよな?」 はっはっはと笑いながらビスカス神父が言う。 「ええ、おかげ様で。今回はよく覚えてますわ。」 若干言葉にトゲを残す俺。 「…ふん。で、今日は何の用だね?生体研究所でアランが始末したとは聞いていたが、 何となくまた会えると思っていたよ。」 ビスカス神父は俺の目をまっすぐに見た。 「前回の任務について伺いに来ました。…何故私に、マーガレッタを……」 俺はそこまで言うと、途端に口が動かなくなった。 頭よりも心が、口を止めさせたのだろう。 「ああ…なるほど。現地で初めて聞いたんだったか。アランも人が悪いよな。」 今度は くっくっくと笑いながらビスカス神父が言う。 「…今回は一人も手を掛けなかったんだってな。」 急に、ビスカス神父の目に鋭さが宿った。 「…今回…は?」 そこで詰まる俺。 俺の返事を他所に、ビスカス神父は窓際まで歩いていきのどかな外の光景を見ていた。 思考がしばらく止まる。 「ああそうか、それも忘れてしまっているんだな。…いや、それを忘れたかったということか。」 そう言いながら、ビスカス神父は俺の前に戻ってくる。 「よろしい。私はまだ君に期待してるんだ。簡単に説明してやろう。」 ビスカス神父の言葉。ここはどうしても受身的に進めざるを得ない。 「まずクリスが特務に入った理由からだ。…もとは私が、君のヒーラーとしての力を 見込んだところから始まる。まぁ、そのときは特務に迎え入れようとまでは考えていなかったが…。」 ニーナはヒーラーとして、大聖堂では高い評価を受けていた。 以前大聖堂でアコの講義を受けさせられたが、そのときに聞いている。 「その後、マーガレッタが失踪した。大聖堂ではそれに関して、とある冒険者から リヒタルゼンでマーガレッタを目撃したという情報を得た。 …他の部署が人員を派遣して調査したところ、詳細は不明だが 彼女は生体研究所での 忌まわしい実験の素体とされていたことが分かった。」 ビスカス神父はそこまで話すと、一旦深呼吸をした。 「その情報が入った数日後、私の元にクリスが現れた。 …とは言っても、私だけのところではなく大聖堂の実力者に総当りしていたようだったが…。 それは何故か? 失踪したマーガレッタを探したい。その仕事をするだろう部署に所属したい。 それを聞いたとき、私の中で一つの興味が沸いたのだ。 私は 直属のチームである特務で、マーガレッタ捜索を行うことにした。 そしてそれを君に伝え、特務への配属を手配した。 …ここまでが、君が特務に入るまでの話だ。」 ビスカス神父はまた一呼吸入れた。 時間にして2,30秒くらいだろうか。俺の口からは何の言葉も出てこない。 「さて、ちょっと私についてきてもらえるかね?」 そう言うと、ビスカス神父はおもむろに立ち上がり、部屋の外に出て行った。 俺はそれに黙ってついていく。…考える力は残っていなかった。 「ここは…」 通された場所に、俺は戸惑った。 特務の任務で捕らえてた人間を入れた牢屋。 「おっと、連れてきたかったのはここではなくて、もう少し先だよ。」 ビスカス神父は俺を奥に誘う。 懐から鍵束を取り出したビスカス神父は、奥にあったドアの錠を開け始めた。 「ここはね、私の管轄で ほぼ誰も知らない部屋なんだよ。ふふふ…。」 怪しげなオーラが爆発した。錠は5個程ついており その厳重さをうかがわせる。 最後の錠を外し、中に招き入れられた。 「─…これは…生体研究所?」 俺の言葉。そう、視界に映ったのはリヒタルゼンの生体研究所を彷彿とさせる機材たち。 「そうだ。リヒタルゼンの研究結果を拝借して、私がアレンジを加えて研究を進めている。 来るべきときの、本番の為にな。」 ビスカス神父がそう言うと同時に、俺たちが入ってきたドアからレイナとアキが現れた。 「お久し振り〜♪」 レイナが明るく言う。アキは何も話さなかった。 「会いたいだろうと思ってね、呼び戻しておいたよ、ふふふ。 …さて本題に戻そう。 純支援でありながら、マーガレッタのドッペルゲンガーはかなりの戦闘力を持つことが出来た。 …しかし、それに残っていた記憶は"友情"というものだった。 なんと馬鹿げたものを残してしまったのだろうか!」 ビスカス神父は本当に残念な表情を浮かべた。 「…もし、戦闘の根源の感情…憎しみや恐怖、怒りを残していたらどうなっただろう? そう、それが騎士やアサシンだったら想像はつく。 しかし、聖職者の、しかも実力者だったらどうなるだろうか?」 ビスカス神父の目が狂気を帯びてきた。 「そうだ、それを手に入れさせる為に、マーガレッタのドッペルゲンガーを殺させたのだ! ……しかし残念なことに途中で逃走し、挙句の果てに記憶まで失ってしまった。 そして今回は…全く殺せずに戻ってきてしまった…。」 息を切らすビスカス神父。 「…前回は、手に掛けた…?」 俺はどうにか、最大の疑問を投げかけた。 「…ああそうだ。マーガレッタ捜索続行の条件としたらな、それなりの数を捌いてくれたよ。 ただ それが目的じゃぁない。あくまでも、クリスに負の感情を持ってもらう為だ!」 ビスカス神父の言葉に、頭のどこかの血管が切れる音がした。 「…っ!き、貴様ぁああああぁあああ!!!!」 絶叫する俺。どんな顔をしているか、全く想像できない。 俺は結局、マーガレッタを刺すことは無かった。しかし ニーナは苦渋の末に、刺した。 ビスカス神父の下らない妄想の実験の為に。 「そうだ!それだ!その怒りが!憎しみが欲しかったのだ!! …あの任務はどうでもいい、この結果が欲しかったのだ!!!!」 興奮するビスカス神父。 その言葉に呼応するかのように、さらに奥のドアからアラン、ケイト、リーヤが入ってきた。 …まずい!このまま取り押さえられたら終わりだ!! 「レックスディビーナ!!」 ビスカス神父か突然俺の魔法を封じた。 「ふふふ、さすがにここで逃げられるわけには行かない。魔法は封じされてもらったよ。」 満面の笑みで言うビスカス神父。 …最悪だ。しかし、何かをしなければ本当の終わりだ! 「くっそおおおおおお!!」 俺はその叫びと共に、カバンの中の古木の枝を折った。 辺りに光の柱が生まれ、おびただしい量のモンスターがそこに沸く。 「うおっ…!?」 ビスカス神父を始め、この展開は読めなかっただろう。 俺はその隙にレイナとアキを避けて、その部屋から逃げ出した。 部屋から出て、まっすぐな廊下をひたすら走る。 後ろを見るとレイナが追いかけてきている! ここで捕まればさっきのあがきも空しく、やはり終わりとなってしまう。 なんとか最低、人のいる場所まで逃げなければいけない。 しかし、廊下の曲がり角を曲がると 想定していなかった光景が広がった。 「え、何これ!!?」 全力疾走しているにも関わらず、思わず声が出た。 曲がってから10メートルほど先に、突如現れた金属製のドアが通路を完全に塞いでいた。 明らかに、簡単に開きそうな気配が無い。 「何だこのドア!逃げるのも想定済みだったの!?」 最後の悪あがきで、そのドアの手前の部屋に飛び込む。 それなりに広く、奥にはお祈り用の十字架が飾られていた。 人影は無く 窓は高いところにあるのみで、外の様子も分からない。 終わった…?しかし、諦めるわけにはいかない! 部屋の中ほどまで入ったところでレイナが入り口に到着した。 「クリス〜、逃げちゃダメだよ〜。黙ってたのは謝るけど、強くなれるならいいじゃん〜、ね♪」 レイナはこんなときも明るく言う。いや、むしろ実験に使われるのが良いことだと思っているのか。 だが、俺は諦めるわけには…。 部屋の奥へ行っても出口は無い。 今ならレイナだけだし、もう一度廊下に出て何かを─… 「だからダメだってば。指弾っ!!!」 あがく俺に、とどめの一撃。見えないエネルギーの塊が俺の横腹をかすった。 「んがっ…」 よく分からない声を出し、俺はその場に崩れ落ちる。 「次はね、私の番なの。クリスもとっとと終わらせちゃってよ、ね?」 俺を見下ろし、レイナが言う。 後ろから何人かの走る音がした。さっきのモンスターは全て倒されたのだろうか。 目から涙が溢れてきた。この状況ではもうどうしようもない。 崩れ落ちた姿勢のまま、前を見ると何人もの足が見えた。 その瞬間、俺の肩に強い衝撃が走り、吹き飛ばされる。 仰向けに倒され、何とか上半身を起こすと アランが鞘から抜いていない剣を握っていた。 恐らく、鞘で殴られて吹き飛ばされたのだ。 「さて、貴様には散々なめられたが…これで終わりにしようか。」 アランが剣を抜く。そしてビスカス神父に確認を取る。 「一旦、殺してしまって良いのですよね?」 なんとも恐ろしいアランの言葉。 「大丈夫、すぐに私の手で生まれ変わらせてあげるよ。」 ビスカス神父がにやり、と恐ろしい笑みを浮かべた。 俺の前にアランが立ちはだかる。 そして剣を上段に構えて──────… 「終わりだ!」 アランの声。 目を咄嗟につぶる俺。 同時に響く、爆発音。 ……え? 瞬間、建物が揺れ、天井から埃が降ってくる。 「な、なんだ!?」 特務のメンバーが騒ぎ出す。 突然、目の前ですたん!という音がした。 そしてその音に続き、語調を荒げる可愛らしい女の子の声が響いた。 「なんだ、じゃないでしょ〜?あんた達こそ何よ!!」 つぶった目を恐る恐る開けてみる。 目の前に、ハイWIZの後ろ姿が見えた。 「私の友達に、何してくれてるのよ!!…ねぇ?」 振り返る彼女。その顔を忘れたことは無い。─────ユキさんだった。 -------------------- 2008/07/26 H.N