「…ユキさん!」 視界が涙で歪む中、俺は彼女の名前を呼んだ。 「何者だっ!」 アランが怒鳴りながら、剣を改めて構える。 「あなた達に名乗る名前はありませーん!」 ユキさんは場違いな答えを返す。 「ふん、まぁいい。…お前も道連れにしてやるまでだ!」 アランはそう言うと ユキさんに斬りかかった。 「セイフティウォール!」 ユキさんが魔法を唱えると、アランの剣は彼女をすり抜ける。 「ぐぁっ!?」 直後、苦悶の声を出したのはアラン。見れば彼の肩口に矢が2本突き刺さっている。 アランは咄嗟に天井を見上げたが、それと入れ違いにセツナが天井から飛び降りてきた。 「よっ!ニーナ、元気にしてたか!?」 弓を構えながら、こちらを向かずに声を掛けてくるセツナ。 「…セツナさん!」 何とも力強い援軍だろう! 「ええい、全員で掛からんかっ!!」 業を煮やしたビスカス神父が特務のメンバーに命令を下した。 全員が一斉に戦闘の構えを取る。 「あ、あれ!?トウガさんは…?」 俺はユキさんとセツナに慌てて聞いた。 「ああ…、トウガは高所恐怖症なんで…。」 セツナが汗をかきながら答えた。 天井を見ると、ぽっかり大穴が開いていて 空が見える。 なるほど、高所恐怖症じゃ屋根に上るのも無理だよな…俺は一人納得した。 「来るぞ!」 特務のメンバーの初動に反応してセツナが叫んだ。 「ニーナ!バジリカっ!!」 ユキさんが叫ぶ。 「へ…?ば、バジリカっ!」 俺の周囲に緑色の結界が発生した。あらゆる攻撃を無効にする、ハイプリのネタスキル。 …ゲームでは本気でネタにしか使えない魔法。 俺に掛けられていたレックスディビーナの効果も流石に切れていたのは救いだった。 「っ!」 ユキさんの…舌打ち?が聞こえた瞬間、部屋に吹雪が巻き起こっだ。 それと同時に セツナがバジリカの結界内に文字通り転がり込んでくる。 「…ふぅ、セーフセーフ。」 表情を見るに 本当にギリギリだったようだ。 「これ…ストームガスト?」 俺は結界の外の吹雪を眺めて呟く。 「うん、そうだよー。でも、体温奪うくらいの威力だから平気平気。」 結界内に入ってきたユキさんが答えた。 …何が平気なんだろう、それ…。 吹雪が止むと、そこにはアランとリーヤが霜を纏って倒れていた。 外からビスカス神父の怒鳴り声が聞こえる。 どうやら他のメンバーは部屋の外に逃げ出せていたようだ。 「…さてと、あんまり致命傷は与えられなかったね。」 ユキさんがぽつりとこぼす。 「ど、どうしましょう!…あれ、そういえばユキさん達はなんでここに!?」 今更ながらの俺の疑問! 「あー、簡単に言うと…特務に用事があってねー…。 見張ってたらニーナがいじめられてたんで、予定変更して突っ込んできたの。」 舌をぺろりと出して笑うユキさん。 「あああ、それはすいません…本当にありがとうございます…っ!!」 細かいことは置いておいて、ただひたすら感謝だった。 「さぁて、まずはアキから片付けますか…。」 ユキさんの言葉。 「シャープシューティング!!」 セツナが部屋の壁に強力な一撃を放つと そこにぽっかりと大穴が開いた。 それを聞きつけた部屋の外にいたメンバーが 部屋の中に戻ってくる。 「くそ、逃がすなっ!」 慌てたビスカス神父の声が響く。 ビスカス神父はそのままアランに、ケイトはリーヤに、それぞれヒールを掛ける。 残るレイナとアキが 猛然とこちらに向かってきた。 「逃がさないよっ!」 叫びながら レイナが高速で間を詰めてくる。弓職、魔法職では組まれたら終わりだ。 「ニーナwwおひさww」 そこで懐かしのwwが聞こえた。 「トウガさんっ!?」 驚いて名前を呼んだ瞬間、俺達とレイナの間にトウガが現れた。 「おkwwそれなりにカッコよく登場できたww」 例のふざけたノリ。 ふいをつかれたレイナは瞬時に後ろに退いて間を取り直す。 しかしアキはそれに対応できず、一人だけ前に出てしまう形となった。 「ユピテルサンダーっ!!」 ユキさんの魔法がアキに放たれる。電気の塊が直撃し、アキは部屋に空けられた大穴から 外に弾き飛ばされた。 「表に!!」 セツナが叫ぶ。 その声に俺とユキさんは外に駆け出した。 「ちょww俺はww」 レイナと対峙したトウガの声が聞こえた。 「お前も出て来い!w」 セツナはトウガに一言掛け、俺達の後を追ってきた。 「…さぁてアキ。まずはあなたを懲らしめてあげましょうねぇ〜?」 外に弾き飛ばされ 少し焦げた状態で地面に座り込んだアキに、ユキさんが声を掛けた。 「…え?知り合い?」 俺は目を丸くした。 「うん、妹。」 さらっというユキさん。 「…ま、ちょっと身内のいざこざなんで、ニーナ達はあっちに加勢しててね。」 ユキさんが目配せした先には、大聖堂に空いた大穴から出てきたトウガとレイナがいた。 「よしニーナ、行くぞ!」 セツナが俺に声を掛けた。 「え、あ、はい。ユキさん、頑張って!」 状況は分からないが俺はとりあえずユキさんに応援メッセージを送ってそこを去った。 去り際、アキのヒステリックな声が聞こえたような気がした。 「…ふん、なかなかできるわね!」 トウガと対峙したレイナが言う。 「ありww」 トウガはいつもと変わらず返事をする。 「はぁ、でももったいないよね。その力、特務で活かせば良いのに。」 レイナが微笑んだ。 「爆裂波動っ!!」 レイナが異様な空気を身に纏った。いつもの阿修羅覇凰拳の前振りとは違った雰囲気を感じる。 「…お前は危険だ。…ここで消す。」 トウガの台詞。…あれ、wwが無い!? 言葉の余韻が消えた瞬間、トウガとレイナの戦いが始まった。 「ブレッシング!速度増加っ!」 俺はトウガに支援魔法を掛ける。その状態で互角の戦いとなる。 「はっ、やるね!アランやリーヤの数枚上手かっ!!」 攻撃の応酬の中、レイナは嬉しそうに叫んだ。 「特務なんざ、二人以外雑魚www」 トウガはいつものパターンに戻って返事をした。 「同感っ!!」 レイナの右拳がトウガの脇腹にめりこんだ。 「…いてぇww」 ものともせずに、トウガは剣の柄でレイナの頭を叩きつける。 二人は再び間を取っては攻撃を繰り返す。 「らちあかねww」 数回繰り返した後、トウガは間を取り直して居合いのような姿勢で剣を構えた。 そしてレイナを挑発するような仕草を取る。 「必殺技で勝負?上等っ!!」 レイナはそう言うと気弾を出し、異様な雰囲気を放つほど気を練りこんだ。 「…いいでしょう?この力…。クリスが終わった後にね、私ももっと強くなるの…。」 レイナの、陶酔した表情が見える。口がおかしな笑みに歪んだ瞬間、レイナの声が響いた。 「阿修羅覇凰拳!!!!!!」 轟音と共にトウガが弾き飛ばされた。 しかし同時に、阿修羅覇凰拳を放ったレイナの身体からはおびただしい量の血が噴出した。 ──相打ち。 「ヒールっ!!」 俺はトウガにヒールを掛けた。 「おkww全快ww」 トウガがむくりと起きた。…あれ、シリアスな戦いだったのにネタっぽくなっちゃった。 「……くそっ…」 対してレイナの、弱々しい声がした。 全精力を使い切った為、自分自身にヒールを掛けることもできない。 「く、クリス…お願い……助けて……?」 レイナはヒールを乞うた。 トウガと俺は 倒れたレイナを見下ろす。 「トウガさん…」 トウガに声を掛けるもすぐに返事は無かった。 しばらくしてようやく、トウガが俺の背中をぽんと叩いた。 「ヒール!!」 俺が唱えると、レイナの傷はみるみるうちに塞がった。 「…その失血じゃ、身体はもう思うように動かせんよ。」 トウガはそう言い残し、ユキさんのいる場所へ歩いていく。 「…うぅ…えぇえ……。」 レイナは両手で顔を押さえて嗚咽を漏らした。 力と才能を愛した者の、悲しい一つの末路。 俺は複雑な気持ちを抑えてトウガの後を追いかけた。 「こっちも終わったよー。」 ユキさんが手をひらひら振って俺達に言った。 少し先でアキがのびている。 「詳しいことは私の自叙伝に書くから、後で読んでね〜♪」 ユキさんがにまーっと笑いながら言う。俺は愛想笑いくらいしかできなかった。 しかしトウガは違う。 「サイン書いて一冊くれww」 まぁいつものことなんで、放っておこう。 部屋に空いた大穴から中に戻ると、そこにはケイトとリーヤが立っていた。 構える俺達。しかし、彼らは構えを取らない。 「…特務ももうおしまいね。」 ケイトが言う。 「ビスカス神父なら奥に戻った。…決着を着けるなら、行けばいい。」 リーヤが言う。 「え…止めないんですか?」 予想外の展開に俺は聞き返した。 「私達も結構頑張ったんだけどね。結局ここじゃ、目的が達成できないみたい。」 あーあ、という表情を浮かべるケイト。 ケイトがつかつかと俺の前まで歩いてきた。 「マーガレッタのこと、頼んだよ!」 俺の胸をどんと叩き、ケイトはにっこり微笑んだ。 ケイトとリーヤはそのまま部屋から去っていってしまった。 「…うん?」 ユキさんが不思議そうに俺の顔を覗き込む。 「…うん。」 俺もよく分からなかったが、ケイトの思いを受け取ったような気がした。 そして一番奥の部屋に戻る。 ビスカス神父が部屋の中心に立っていた。 「ふふふ、素晴らしい。いずれも素晴らしい才能を秘めた若者よ。お前らこそ私の実験材料に 相応しい…。」 不敵な笑みを浮かべて言うビスカス神父。 「生体研究所から盗んだ資料、及びこの施設の抹消を実行します、神妙にしなさい!!」 ユキさんが指を突き出し、びしっと決めた。それがユキさんたちの目的か─…。 「ふん、私にはまだ切り札が三枚残っているのだ…。アランっ!!」 その声と同時に、特務リーダー アランが奥の部屋からゆっくりと出てきた。 「レックスエーテルナ!」 「ユピテルサンダー!!」 連続する二つの魔法。出てきたドアへ弾き飛ばされるアラン。 目を丸くするビスカス神父。 「…ちょっと待て!それは酷すぎだろっ!!?」 ビスカス神父は奥の部屋に慌てて行き、しばらくすると とぼとぼと戻ってきた。 「ふ、ふん、まぁいい。次からが本当の切り札だ!!」 ビスカス神父が叫ぶ。 「ここでの実験はほとんどが失敗したが…ただ一つだけ成功したものがあるのだ。 その成功作品を見せてやろう…っ!!」 ビスカス神父の両手が輝き始める。 「いでよっ!サモンモンスターっ!!」 その声と同時に、輝いた光が消える! ………あれ? 「…何か出てくるんじゃないの?」 ユキさんが疲れた顔で言った。 「ままま待て!wisしてみるっ!!」 ビスカス神父は指を額に当て、小声で誰かと話し始めた。 というか、ここにきてようやくwisを初めて見た俺だ。 「そんな便利なものがあれば私もユキさんに送ってみればよかったなぁ?」 俺がぼそっとこぼす。 「あれ、難しいんだよ…?」 ユキさんの返事。どうやらwisは一種のスキルらしい。 「…お前今どこにいるんだ!……アルナベルツ?何しとるんだそんなところで!! ……人探しだと…?ええい、すぐに戻って来いっ!」 ビスカス神父の声がだんだん大きくなってきた。 「"洞窟で氷付けにされたでござるww"じゃねぇええええええっ!!!!!」 最後に絶叫。頼りにならない部下をお持ちのようで。 「…次が最後の切り札だな。」 セツナがぼそっと言う。 「くそっ、まさかこれを切ることになるとはな…。…ワープポータルっ!!」 突然 ビスカス神父の前に光の柱が現れた。 「着いて来い!決着をつけよう!」 ビスカス神父は光の柱に消えた。 俺達は顔を見合わせ、確認してから後を追った。 光の柱を抜けると、そこは深い森の中だった。 俺達はビスカス神父と間を空けて対峙する。 「…迷いの森?」 セツナの台詞。 「ふふふ、その通りだ。そして…これこそが私の最後の切り札なのだよ!!」 再びビスカス神父の両手が輝いた。 「──…いでよ、悪魔バフォメットっ!!!」 その言葉に、森がざわついた。森に重い空気が流れ始める。 「ちょ…あなた聖職者でしょ?なんで悪魔呼べるのっ!?」 ユキさんが問う。 「研究に…契約が必要だったからさ…っ!!」 ビスカス神父の目には狂気の色が見えた。 リヒタルゼンの研究所では、あくまで科学的なアプローチをしていたが、 ビスカス神父の研究では 宗教的なアプローチをしていたということか。 森のざわめきが一層大きくなる。 「さぁ、最後の戦いといこう…っ!!」 ビスカス神父の声を受け、俺達の前に巨大な影が現れた。 -------------------- 2008/07/27 H.N