酒の席では人柄がよく表れるものだ。 「マスターおかわりww」 もう何杯目になるのだろうか。俺の前に座るトウガが酒の追加オーダーを入れた。 「ちょっとぉ…聞いてんろぉ?飲みすぎるとねぇ、お腹に悪いよぉ…?」 ぐだぐだとトウガに絡むユキさん。絡んだついでにトウガのお腹をぽこぽこ叩いている。 これでも随分酔いが醒めてきた方で、一時はセツナの鷹を唐揚げにしようと大暴れしていたくらいだ。 セツナは彼の鷹のケンタと少し離れた席で遊んでいた。 たまにケンタがギャァギャァとセツナに鳴いているのが聞こえた。なんだか怒られてるみたいな。 「…ニーナぁ、明日の夜に納品あるんだけど大丈夫かなぁ…?」 フィリアが俺の横でちびちびとお酒をすすりながら言う。 酒に弱いと聞いていたが、そんなにダウンするんですかあなた。 スーさんはフィリアの横でぼーっと放心状態だった。 最初にお酒を一口だけ飲んで、それからずっとそんな調子。 当の俺も、ニーナ自身お酒に強くないせいか 一杯飲んだ程度でもういっぱいいっぱいに なってしまい、ようやく酔いが醒めてきたところだった。 ユキさん、トウガ、セツナ、フィリア、スーさん。 俺がこの世界にきてからお世話になった人たち。 明日にはスーさんと共に、元の世界へ戻る為に"先生"と呼ばれる人物に会わなければいけない。 そこで元の世界に戻れるとするなら もうここのみんなとは会えないわけだ。 ここは俺が遊んでいたROの世界だが、しかしゲームの世界とイコールではない。 ゲーム越しで会うということはないはずだ。 「ちょっと外の空気吸ってきますねー。」 少ししんみりとした俺は、誰とも無しにそう言い 宿屋の外に出た。 プロンテラの夜空。 これを見上げたのは…ユキさんがローグとの戦いで大怪我を負って帰ってきたとき。 ユキさんたちと別れる朝が訪れる前、一人ふらふらと出歩いたとき。 「なんだか良い思い出が無いなぁ…。」 一人ぼそっとこぼし夜空を見上げると、不思議と笑いがこみあげてきた。 あの朝ユキさん達と別れた後、俺はアルデバランでフィリアとスーさんに出会った。 アルデバランの印象は夕暮れと早朝。早朝というのは大体フィリアに付き合っての ことだったが…。 思えばあのときが一番自由に動ける時間だった。…あのときはあのときで大変だったけれども。 その後に入った特務。ここは正直疲れた。思い返すのも疲れるが… ビスカス神父は結局悪者だった。元の世界に戻ったらゲーム開いていたずらしてやる。 アランは最後、ヤな奴だったなぁ。権力に弱いというか…命令は絶対です!みたいな。 ケイトは…なんだったんだろう。最後の笑顔が忘れられない。 リーヤはケイトの男版だったな。ケイト以上に謎のままで終わってしまった…。 レイナは……最後の涙が忘れられないや。口だけじゃなく、修練に励んでいたことも知ってるし…。 アキは…はぁ、俺この人が一番信じられなかったね。でもユキさんの妹だったって…驚き。 マシューは…あれ、そういえば今日見なかったな…どうしたんだろう。…うーん。 「はぁ。」 ひとしきり回想を終えて一息つく俺。 「や、やぁニーナ。ため息ついてどうしたの?」 ふいに声がした。振り向くとセツナがいた。 「いえ、ちょっと今までのことを思い出してまして…。」 軽く頭を下げながら言う俺。 「ふーん?で、今日はちゃんと楽しめた?」 俺の横に微妙な距離を取って並び、セツナが言う。 「ええ、みなさんお酒入ると愉快になりますね♪」 からからと笑う俺。でもそれも今日まで。笑いすぎて涙が出てきた。 「ははは…。…と、ところでちょっと真面目な話なんだけど、いいかな…?」 セツナが突然真顔になって言う。 「はい?」 行間を読まずにそのまま返してしまう俺。 「前にさぁ…一緒に旅するの断ったんで今更アレなんだけど……明日からも一緒に いられないかな…って。……さ!思っちゃったりなんかして!!」 突然赤くなるセツナ。 …うーん。明日俺、元の世界に戻る予定なんだけど……。 「…今日さ、あの神父の研究資料手に入れてきたけど…そこに書いてあったんだよ。 俺達が探してたヤツのこと。」 赤くなりながら真面目な口調に戻すセツナ。 「探してた…ヤツ?」 聞いたことのなかった、彼らの旅の目的。 「ああうん。ニーナならいいよなぁ〜。俺はそいつに、住んでた村壊滅させられてさ。」 はぁ、と遠い目をするセツナ。 「ユキは兄貴、トウガは家族をな…みんなそれぞれ…」 言ってしまって少し後悔したような色も見せたが、セツナはそのまま続ける。 「そいつさ、生体研究所で改造されて、またここで改造されて…もう滅茶苦茶なんだよな。」 ははっと笑うセツナ。 「…多分俺達だけじゃ無理だから…一緒に戦ってくれないかなって。あいつらも喜ぶだろうし…。」 セツナの言葉に、ユキさんとトウガの顔が浮かんだ。 「…ごめんなさい。」 俺はしばらくの沈黙を破り、返事をした。 「あ、あー。うん、そっか…。」 セツナは肩を落として落ち込んだ。 「あ、やっ、あの、私も一緒に行きたいんですけどね!」 落ち込むセツナの顔を覗き込んで慌てて言葉を繋げる俺。 「あの、実は明日、記憶取り戻す方法が見えたんで、スーさんとしばらく出ることになってまして! い、一緒に行きたいんですよ、本当は!!」 力んでセツナの胸元の服を掴みつつ、声を荒げる俺。 それを聞きながら、再び顔を赤らめるセツナ。 …へ? ヒント: ・深夜の男女。 ・流れは置いておいて、至近距離で向かい合ってる。 ・セツナは俺に男の知り合いがいなくてほっとしていた。 …あ゛。 なんとなくやばいことに気付いた瞬間、俺の腰にセツナの手がまわってきた。 わ、わぁああああわわああああぁfだ亜sヴぁせgsm;がkwmじぇkぁmg 「こらー!そこの変態いぃいいいぃいっ!!」 ユキさんの声が聞こえると同時にセツナの身体が真横に吹っ飛んだ。 「ななな何ニーナにちょっかいだそうとしてるのよっ!み、見損なったわっ!!!」 いつの間にか出てきたユキさんが吹っ飛ばされて地面にはいつくばってるセツナに怒鳴った。 「…ちょっとお前…折角のいいところを……」 セツナが本気で恨めしそうな顔で言った。 「ニーナ〜、セツナは放っておいて、二人っきりでお話しよ?ね?」 若干お酒が残っているのか、ごろごろと猫のようにまとわりつくユキさん。 「あ、はい。あの、ちょっと先に戻ってて下さい、ね?」 ユキさんを宿屋に帰して、俺は未だに倒れているセツナに駆け寄って手を差し伸べた。 「あ、あの、さっきのお話ですが。私の記憶が戻ったときに、もう一回お願いできますか? …きっと私も喜ぶと思うんで♪」 セツナを起こしながら言う俺。セツナは不思議そうな顔をしていた。 「…で、あの。さ、さっきのアレは…あ、アレも、記憶が戻ってから、その、言葉で…お願いしますっ!」 そう言い残し宿屋に走って戻る俺。 後はニーナに任せた!…でもなんとなく、セツナはニーナのタイプのような気がした。 …しかしやっぱり恥ずかしいやね。 宿屋に戻ると ユキさんが、ようやく酒の抜けたスーさんと話をしていた。 聞き耳を立てると 魔力と魂の関係について話しているようだったが…俺にはさっぱり。 「あ、ニーナお帰り!」 俺に気付いたユキさんは話を中断したが、何かそわそわしている。 「あ、続けて頂いて結構ですよ?」 ユキさんは天然っぽいキャラでも実は勉強家。きっと話したくて仕方ないのだろう。 「ご、ごめんね。話し始めたところなんで…後20分だけ!その後部屋でお話しよ、ね♪」 ユキさんはそう言い、スーさんとの話に華を咲かせた。 しかし20分経つとユキさんは睡魔に負けていた。 「はぁ、寝ちゃいましたね。」 寝入っているユキさんを撫でてみる俺。 ついでに既に寝入っていたフィリアもわしゃわしゃと撫でてみた。 「酒入ると朝起きないぞww」 まだ飲んでいるトウガが言う。 「はー、そうですかぁ。明日出かける予定なんですけどねぇ…。」 困りながら笑う俺。それを寂しそうに見るスーさん。 「また遊ぼうぜww」 トウガが親指を立てた手を俺に突き出した。 「ww」 俺も同じく返し、改めて二人のwwを確認した。 朝。 宿屋の前にいるのは俺とフィリアとスーさん。 ユキさんとトウガ、セツナには置き手紙だけ残しておくことにした。 「えーっと、ニーナとスーさんは、その…先生さん?のところに行くんだよね?」 フィリアが言う。 「ええ…ちょっと今日の早くにいきたいなって…。」 スーさんが言う。 「今度会うときは、記憶取り戻しておくからね!」 俺はフィリアにガッツポーズを取りながら言う。 …ただ、俺がニーナだったときの記憶は無いはず。 「じゃ、アルデバランに送りますね〜。」 ワープポータルを開く。フィリアは少し寂しそうに、手を振りながら柱の光に消えた。 さようなら、フィリア。 「じゃ、行きましょうか!」 宿屋に向かって一回、頭を下げる。 さようなら、ユキさん。 さようなら、トウガ。 さようなら、セツナ。 俺はスーさんとモロクに向かった。 モロクの とある建物に案内されると、妙な威圧感を持つ子供…"先生"がいた。 そうそう、ソウルリンカーの転職NPCって子供だけどすごい歳なんだよね。 "先生"は俺の胸に手を当ててしばらくじっとしていたが、一回頷くと手を引っ込めた。 「うん、これなら大丈夫そう。少なくとも君は、元の世界に戻れるはずだよ。」 "先生"が言う。 「元の…ニーナは大丈夫でしょうか…?」 不安そうに俺が言うと、"先生"は顔を横に振った。わからない、と。 「……あ、スーさん。これ…ニーナが起きたら、渡してくれますか?」 俺はスーさんに一通の手紙を渡した。 「何ヶ月も一緒にいるのに、まだ一回しか声聞いたことないんで。手紙書いたんですよ、あはは。」 俺は笑う。スーさんはその手紙を大事そうに胸に抱いてくれた。 「─…あ、それとですね。これ預かっててもらえますか?」 言いながら俺は一本のナイフをスーさんに渡した。 「…なんです?これ…。」 スーさんは訝しげに聞いた。 「これ、ホルグレンさんからもらったナイフなんですよ、レアですよね!」 俺の台詞に、スーさんは少し困った顔をする。 「またこの世界にこれたら、必ずスーさんを訪ねますので…それまで持ってて下さい♪」 俺の笑みに、スーさんは笑顔で返してくれた。 「今までありがとうございました…さようなら、スーさん。」 そう言って、用意されたベッドに横になる。 「…じゃ、お願いしますっ!」 観念を決める俺。 スーさん立会いの元、"先生"の不思議な術が始まった─…。 胸の奥から寒々しい感覚が現れる。 しばらくすると、それが徐々にほどけていくような感じがした。 そしてそれと同時に、ふわっとした浮遊感が感じられた。 さようなら、ニーナ。 …さようなら、ROの世界。 ***** 目が覚めると、白い天井が見えた。 「…あれ?」 さっきまでいたモロクの部屋でもないし、現実の俺の部屋でも無い。 …が、下に視線を移すと点滴台から管が俺に繋がっていた。 俺…は、現実の、男の方の俺。 「…うはww俺、入院してる?www」 どうやら現実の世界では 意識不明の重体になって、入院してたとのことでした。何だこのオチ。 …ただいま、現実。 -------------------- 2008/07/29 H.N