商人ラグナVol.27  俺が作ったバナナジュースをミーティアに持たせ、だまし討ちにしてコサンスからCRをもぎ取った俺、ラグナ。  覚えたてのスキルを試しに、俺はあの退屈な削り取り作業を行ったアルベルタ←の森へと再びやってきていた。 「いちいち技名叫ぶの面倒なんだよッ!」  これで腕に力が漲るんだから不思議な話だ。ラウドボイスは、叫ぶ言葉は何でもいいらしい。  自分がスキルとして叫んでいると認識すれば、それでいいんだとか。 「ディレイほとんど無くてASPD次第じゃありえねー速さで打ち込めるんだぞCRは。その速さで毎回かぁとれぼりゅーしょん☆って叫ぶってどんな早口言葉だ!?」 「は、はにゃ…」  その辺は理不尽だが、俺もそのスキルを使えるようになった事に変わりは無い。  というか、カートの内側に緩衝材入れて、重さで吹っ飛ばすだけなんだよな。これ。 「で、でもでも、こんなに重いカートを振り回せるなんてすごいですっ」  ミーティアはこう言うが、実際カートの重さはそれほどでもない。  どういう理屈か普通に歩くのにも支障がないし、階段だってすいすい上れてしまう。チェンジカートで形を変えても方向転換が容易。水没しても中身が無事で、氷の上でも滑らず溶岩の上に落としても溶けない超性能。それがたったの800ゼニーで借りれるなんて(※)。  こんな万能荷車を振り回すだけなんだから、誰かに教えてもらう必要は無かったんじゃないかと思ったりした。  そして、カートでひとつ気がついたことがある。 「みー坊、カートはどこ行った?」  折角PCも10まで上げたのに、ミーティアはいつものようにカートを引いていない。 「え、えと…その」 「また壊したのか」 「こ、壊れたんですっ」  壊れたのと壊したのではニュアンスが変わってくるから、そんな意味で言い返してきたんだろう。  ミーティアは、カートを破壊するほどひどい扱いはしていない。むしろ俺以上に丁寧に扱ってるという印象を受けるんだ。  そんな彼女がカートを交換したのは、前にアルベルタに居たときから数えて20回目。何故か数日で底に穴が開いたり車輪が壊れたり持ち手が外れたりと、真っ当な物が与えられた試しがない。  それはいつか時計にでも行ったらカプラ本社に寄って聞いてみることにしよう。 「そこの商人さん。ちょっといいかい?」  森からアルベルタに戻るなり、俺は緩めの着物のような服装の青年に呼び止められた。 「はにゃ?」 「ああ、お嬢さんじゃなくて、そっちの彼」  ミーティアへのナンパかと思いきや、そうではないらしい。  一目で何の職か分からなくて首を傾げたが、とりあえず言えるのは、胡散臭い。  どうするか決めかねていたが、俺はそいつの用事に付き合わなければならなくなった。なぜなら、俺がこっちに着てから、あのヤギ親父以外には言っていない事をさらっと言ったから。 「ちょっと気になったんでね。二人なのに三人居るように見えたからさ」  やはり意味が理解できないミーティアを先に宿へ向かわせ、俺はそいつへと向き直った。 「いいのかい? 相方を返しちゃって」 「そんなに長い話じゃないんだろ? それとも、話が終わるまで子供を立たせておくのか?」 「まあ、賢明だね」  幽霊とか超常現象といった怖い話を聞かせると寝れなくなるから、というのも理由のひとつ。中にいる人が別の世界の住人だとかいう情報をまだ教えていないのが本当の理由だが、言わないでおく。 「自己紹介がまだだったね。僕はソウルリンカーの…」  そこまで言って、彼は口を止めて何かを考えているようにあちこちに目線を移したあと、再び俺のほうを向いてから続けた。 「フィラメントって呼んで」  間違いなく偽名なんだろうけれど、何で白熱電球の発光部分なんだろうか。  俺の口に出さない疑問を察してなのか、彼の自己紹介はそこまでだった。 「早速聞かせてもらうけど、どっちなんだい?」 「何だそりゃ」 「今僕と話してる人物が、その身体の持ち主か、それとも入り込んでいる別の人物かって事さ」  爽やかな潮風が止まった、ような気がした。 「僕の言ってるコトが判らなかったら、変な奴が居るって認識でいいんだよ。今の貴方なら理解できると思うけど」 「それは否定しない」 「じゃあどうなの? 自分の立場を理解できてるんなら答えられるでしょ?」  言ってしまっていいのだろうか。フィラメント(仮)がとてつもなく嫌な奴に見えるのは俺だけか?  「何か言ってよラグナさん。面白くないよ?」 「お前が信用するに値するかどうか考えてたんだよ」  正直に質問に答える義理は無い。だが立ち去るわけにも行かないし、どうしたもんだろうか。 「ふふ、警戒されちゃってるね。折角いい事を教えにここまで来たのになぁ」  段々胡散臭くなってきたし、いっそのこと自警団かGMでも呼びたい。だがGMコールは未実装。というかこの世界にゲームマスターなんて居るのか。  俺みたいに元の世界から来てる奴らは、その辺りの情報を持ってるんだろうか。情報交換ぐらいはしたいんだが、今どこに居るんだろう。  そんな事を考えていると、いつの間にかフィラメントが俺の目の前まで近寄ってきていた。 「だからさぁ、一人で考え込まないでよ。僕が何のために今ここに現れたのかわからなくなっちゃうじゃんか」 「あ、ああ。悪い」  腰に手を当てて溜息をつくフィラメント。俺が高いのか、それともコイツが小さいのか。フィラメントは150センチあるかないかの背丈だった。ミーティアより背が高いのとは思っていたが、案外小さかったぜ。 「その反応から見て僕の思うとおりなんだろうけど。聞いても答えてくれないから話を進めるよ?」 「あーはいはい。勝手に進めてくれ」  俺にテキトーなリアクションをされて頭にきたのか、フィラメントは一瞬だけ眉を顰めた。  そうだと口にはしていないが、こいつも俺のように「目が覚めたらROの世界だった」体験をしているんだろう。こう思えば今までの発言から感じた疑問は全部解決する。 「僕みたいに、中の人は元々この世界の住人じゃない。間違ってないよね?」 「そんなとこだ」  俺と同じ状態にあるって事は正解だった。立ち振る舞いだけで同類と見抜いたコイツの眼力は評価しよう。 「じゃあ単刀直入に聞くけど…元の世界に戻る方法はみつかった?」 「無い」 「うわ…」  俺が即答すると、彼は驚いて数歩後退った。 「自分のコトはだんまりなのに、そこだけあっさり答えるんだね」 「いらない期待はさせたくないからな」  正直に生きて間違う事はない。と思いたい。 「でも、丁度よかったね」  何が、と俺が尋ねる前に、フィラメントはにやにやと気味の悪い笑みを浮かべた。 「僕はね、送り返す事ができるんだよ」 「死人をあの世に送りかえすのか」 「それもあるけど、僕が言いたいのは違うモノのことさ。何だと思う?」  いきなりギブアップするのも面白くないから、ちょっと考えてみる。  迷子を送りかえす。それは案内人の仕事だ。  モンスターを送り返す。それは討伐だろ。  荷物を送り返す。運送屋じゃないからこれは違う。 「ふふ、わからないみたいだね」  ずっと感じていることだが、にやけ顔がマジで気味悪い。なんというか、非常に残酷な悪戯を実行しようとする子供のような笑みだ。 「時間もったいないしね、教えてあげるよ」  ほんの一瞬の出来事で、思考が止まりかけた。  生暖かい風が吹いてきたと思ったら、感電したかのように身体が痺れた。  リンカーで、相手から常に一定の距離を保っている、見た感じINT型の少年。  これだけ条件が揃っていて、フィラメントがどんなソウルリンカーであるか予想できなかったわけじゃない。 「さすがに油断したねぇ、ラグナさん」  膝をついた俺を見下ろす、薄気味悪い笑みを絶やさないフィラメント。  PC間に攻撃はできない? できるのはPvPルームかUrdrサーバのみ? そんな常識はここでは通用しない。 「僕から攻撃してくるなんて思ってもいなかったでしょ。本鯖じゃできないしねぇ」  全身の痺れが収まらず、声すら出せない。睨むしかできないのが悔しいぜ。 「うわぁ、怖い怖い」  そんな俺の心境も分かっているんだろう。おどけた口調で神経を逆撫でしてくれる。 「どうして僕がアンタにエストンかけたかわかる? あ、エストンって何だかわかるよね?」  リンカーのスキルはどこの国の言葉かわからない名前だが、どれに何の効果があるのかは知っている。 ■説明なんぞいらぬという方は読み飛ばし推奨■  今コイツが言っているエストンは、中型のMOBを2秒ぐらいスタンさせ、尚且つエスマを発動させるための準備スキル。ダメージも与えられるが、威力は当然お察しください。 ■読み飛ばしここまで■  さて、問題なのは俺を行動不能にしてくれた理由だ。 「察しがいいアンタならすぐわかると思うけどね。わからないんならそれでいいよ。ここでの出来事も何もかも夢オチで終わるんだから」  フィラメントの中の人は、物事を教えるのに向いていないと思った。それが格好いいと思っているのか、長々と回りくどい言い方をするだけだ。 「はっきり言いやがれチビ助」 「この状況でもそれだけ言えるなんて流石だね。じゃあ教えてあげるよ」  自覚して受け入れているのか、フィラメントに背が低い事を指摘したが、全く動揺しなかった。 「僕はアンタのような奴を元の世界に帰せるって言ってるんだよ。どう? まだ何かわからない?」 「わからねー事だらけだ」  痺れがようやく収まったので、感覚を確かめながら立ち上がり、フィラメントと向き合う。 「一気に全部聞いてもいいんだが、聞くのも面倒だからこれだけ教えろ。そんな能力のあるお前が、なんで平凡な商人Aな俺の前に突然現れるんだ」  元の世界に戻りたくて、足掻いている奴らは大勢いるはず。いや、いる。俺のようにノンビリと過ごす奴を相手にする前に、必死で方法を模索しているそいつらに力添えするのが道理ではないのか。 「簡単だよ。今ちょうど目の前に居たからさ。それとも何か理由が欲しい? 星に選ばれたとかゲームマスターから送還命令が出されたとか、アンタが神々の争いの鍵を握る存在だったとか」  偶然ならそれでいい。そんな痛々しい理由をこじつけないで欲しい。 「そういうわけで、アンタにはさっさと帰ってもらうよ」 「いやいやいや。そこでどーしてそうなるんだ」  本当に帰れるのかどうかは別として、俺にYESかNOの選択肢は与えられていないのか? 「は? 何言ってんの? 帰れるんだよ? 嬉しくないの????」  いつ誰が帰りたいと申したのか言ってもらいたい。少なくとも俺は、こいつの前で言った覚えが無い。 「なんで? 帰りたいんでしょ?」 「そりゃあ、仕事とか家賃とかC2Qの新型とか北京五輪とか冷蔵庫の生卵とか気になる事はあるさ」 「帰ればいいじゃんか。そのために僕がいるんだし」 「最後まで聞けアホ。お前がどうなのかは知ったこっちゃないが、俺はこの世界でも何とか馴染んで生活してるわけだ。そこで突然俺が居なくなってみろ。今までやってきた事が全部パーだ」 「意味わかんないし。アンタが帰ったってその身体は残るんだし、何にも問題ないじゃん」 「それがあるんだ。俺は何にも無いノビからスタートしてるんだよ。この身体の主は自分が転職した事は知らないし、俺がコイツとして会った人間の顔も声も知らないんだぞ」 「べつにいーじゃん。こっちが混乱しても、アンタには何の損もないでしょ」  何を言っても屁理屈で言い返してくる。どこかの誰かにそっくりだ。 「とりあえずだ。俺はまだ帰れないから他当たれ」  まだ何か言っていたが、自分の思考を相手に押し付けるしか頭に無い奴に構っていても時間の無駄だ。こんなのと帰る帰らないの問答をするぐらいなら、ミーティアと明日の予定を立てるほうが建設的だと思う。 「か、帰れなくて泣きついてきても知らないからな!」  自分語りに必死になり、目の前に俺が居なくなった事に気付いたフィラメントが、後ろから大声でそう叫んだ。  タイリギやノピティギを駆使して追いかけて来るのかと思ったが、それも無いようだ。  もし俺が帰るときは、何の後腐れも無いようにやる事をやってからだ。