9スレ667の続きから― 宿に戻った俺は、ノウンとともに朝食の席についていた。彼が飲み物に口をつけたのを見計らって自分もそれにならい、 一息つくと今後の予定について、話を切り出してみる。 「ノウン、俺は明日にも駐留部隊と一緒に首都へ戻ろうと思ってる。ともに来ないか?」 「何か、考え事があるみたいだな。よし、分かった。一緒に行こう。」 ノウンは、あっさりと同意してくれた。心の重しが一つ取れた思いだが、俺はまだ表情を緩めない。確認しなくては いけないことが、まだあるのだ。 「良かった。首都ならば、軍の充実した訓練施設を利用できるからな。でも、お前に聞いてみたいことがあるんだ。 そこで稽古をつける前にな。」 「なんだ?まだ気になることがあるのか?聞かせてくれ。」 「ノウン、俺の杞憂ならば良いんだけどな。恐らくこの世界の軍隊にも、階級を笠に威張り散らすような奴がいる だろう。俺たちはこれから、そんな所に訓練の場を求めようとしてるんだ。それにお前は、まだ剣士。初心を忘れた 奴らに侮られて、辛い思いをするかも知れん。」 「なるほどな。それじゃあなんで、わざわざ首都まで行くんだ?稽古ならここで十分、できるんじゃないか?」 「メリットは、充実した施設だけじゃないんだ。首都は単純に、ここより人が多いんだよ。俺は微力を尽くさせて もらうが、教え切れないこともあるかも知れない。そんな時こそ、多くの人が来る場所で稽古をつける利点が 生きてくる。俺より教え上手な人など、ゴマンと居るだろうからな。」 「よし、クラウスの考えは分かった。思うとおりにしてくれ。俺に気遣いなど…要らない!」 ノウンの目には、強い決意が込められていた。そう、俺に稽古の相手を頼みに来た時に見せた、あの目だ。 その気迫に押され、俺はただただうなずくしかなかった。ようやくのことで言葉を送り出す。 「それじゃあ明日の朝、5時半には宿を出よう。6時には部隊に合流することになっている。」 ----------------------------------------------------------------------------------------------------- ドン、ドン、ドン。ザム、ザム、ザム。 鼓手の叩く太鼓と、そのペースに合わせた行軍の足音。耳に入ってくるのは、それだけだった。朝もやも晴れない フェイヨンの森の中を、大勢の騎士やクルセが行く。ペコに乗っている者は徒歩の者の先を進んでいるが、鼓手に 合わせているので両者が引き離されることはない。俺は病人を乗せたペコの手綱を引きながら、ノウンと一緒に 歩いていた。ペコの奴め、どこか嬉しそうにしている。来た時より背中が軽いからだろうか。 その一方で、人間たちは違う理由で浮かれているように見えた。無理もない。これはまぎれもない、凱旋行進なのだ。 病人でさえこの日を迎えるために、先にプロンテラに帰ろうとはしなかった。 そして点呼と整列を経て隊伍を組み終わり、行軍に慣れてくる頃にはみんな、軽口を叩き出していた。凱旋気分に 水を差さないためか、それを止める者も居ない。 H「いよう、ルーファス。今度もどうにか、生き延びたな。」 R「そう言うお前もしぶとく生き残ったか、ユベール。」 H「ああ、どうなることかと思ったぜ。ようやく前線から帰って来れたと思ったら、フェイヨンに回されたんだからな。」 R「全く、休む暇もないよな。でも、俺たちはまだいい。場数を踏んでるからな。」 H「お前も気づいてたのか、ルーファス。」 R「気づかないワケないだろ、傷ひとつない鎧が多すぎらぁ。どうやら俺達みたいな老練な犬は、思うように集められなかった  らしいな。」 H「しょうがないだろ、今回は正に奇襲だったんだから。俺達みたいに都合よく後方で再編してた部隊なんて、そうそうあった はずがねぇ。」 R「そのしわ寄せが、新兵さんに回ってきたってとこだな。クソッ、思ったよりヤられちまった奴が多いのは、そのせいか?」 H「止せ、ルーファス!盾に乗せられて先に帰った奴らは、誰も立派だ。あいつらが居るからこそ、俺達が生き残ってるような ものじゃないか。」 R「そうだ…そうだったな。新兵さんも立派に戦った。すまない。それを忘れてるわけじゃないんだ。」 H「俺達なんざ、少しは浮かれていられるだけマシさ。マテオの顔を見たか?エリアスが死んだことを恋人に伝えられるのは、マテオ しかいないだろ。あいつしか彼女の顔を知らないんだから。」 同じように辛い役目を背負った人は、他にも居るのだろう。よく見てみれば、誰もが楽しげにしているわけではない。でもユベール と呼ばれた男が指摘した事実は、誰もが今だけでも忘れていたいことだった。 H「おおっと、暗い話はこれくらいにしておくか。なんてったって凱旋だ。新兵さんもこれで一つは、場数を踏んだことだしな。そう   言えば珍しいじゃないか。クラウス、お前が剣士さんを連れているなんて。」 唐突に、ユベールが話を振ってくる。ルーファスも乗ってきた。 R「おお、本当だ!剣の稽古でもつけてやるのか?お前が弟子を取るなんてこと、今までなかったのに。剣士さんもよく、お前みたいな  朴念仁を師に選んだな。」 ダメだ。みんな、色々と勘違いしてやがる。俺は怒気を抑えて、訂正を試みることにした。 K「好き勝手に言ってくれやがって!弟子だ?師だ?とんでもない。ノウンは俺の盟友だ!失礼にしてみろ。俺が相手になってやる。」 R「悪い、悪い。お前やノウンさんを馬鹿にするつもりはないんだ。ただ、あまりにも意外でな。クラウス、お前はともに死線を潜り  抜けて来た戦友くらいにしか、心を開かないじゃないか。そんなお前が、見るからに初々しい剣士さんと一緒にいる。驚くなと言う  方が無理な注文だぜ。」 頭を下げるルーファスにはどこか愛嬌があり、そんな奴を憎み切れないまま俺の怒りはしぼんでしまった。ノウンに目を向けてみると、 俺よりもずっと平然としているし。それにしても、クラウスめ。なんてとっつきにくい人間だったんだ、お前は? 「ノウンさんと言ったか?見たぞ。敵の親玉のすぐそばで戦ってたな!大した肝っ玉だぜ。」 「あら、本当?頼もしい剣士さんだこと。私達もしっかりしなきゃねぇ。」 急に、周りの同業者達がノウンをもてはやし始めた。本人はといえば、すっかり赤面してうつむいてしまっている。 たくさんの人が、大事な戦友を失った。でも誰もが、その悲しみに捉われるよりも、先を見据えたいのだろう。これからもっと強くなる者に 希望を託して。 K「おい、もうそのくらいにしてくれないか。ノウンはすっかり、恥ずかしがってるじゃないか。」 ようやくのことで解放される、赤面の剣士。 N「ありがとう、クラウス。」 すまんな、ノウン。すぐに助け出すのは無理だったよ。