宴会の翌日、マリーさん達は彼女が本拠地としているジュノーへと帰っていった。 今回医療所を手伝ったスタッフに、 『困った事があれば私に声をかけなさい。力が及ぶ範囲で手を貸すから。』 と頼もしい言葉を残して。 宿屋に残っていた元スタッフや俺らも、それぞれ旅立つ準備を進めていた。 「ひかるお姉ちゃん〜!」 「レナ、違うでしょ。ルクスお兄ちゃんでしょ。」 そんな中、荷物の最終確認をしていた俺にルーシエさん親子が声をかけてきた。 「あ、そうだった…。お兄ちゃんがお姉ちゃんなのは秘密だったんだ。」 「そうよレナ。ルクスお兄ちゃんがひかるお姉ちゃんだとわかったら、  ダークロードの手下が黙っておかないでしょ。」 「はぁい、ごめんなさい。」 「はい、よく出来ました。」 昨夜の酒の席での、マリーさんの戯言をまだ覚えているよこの親子。 俺は一秒でも早く忘れたいのに…。 一人溜息をついていると、レナちゃんに頭をなでられた。 「お兄ちゃんダメだよ、溜息なんてついちゃあ。  運気がバイバイって逃げちゃうんだから。」 「レナちゃん…そうだな。」 「ひかるお姉ちゃんに戻れないのが残念なのは判るけど、  しっかりしなきゃあダメだよ。」 「…。」 レナちゃんなりの励ましなのはわかるけど、 その一言が俺を暗くさせているのには気付かないんだろうなぁ。 「確かルーシエさん達はゲフェンに向かうんでしたよね?」 これ以上この話題を続けていると鬱になりそうだったので、話を切り替えることにした。 「ええ。魔術師ギルドがあり、今もグラストヘイムへ行く多くの冒険者を支えているゲフェンなら、  こことは違う情報が得られるのではないかと、ね。」 「探し物…見つかると良いですね。」 「…ありがとう。  それじゃあそろそろ出発しよう、レナ。」 「うん。またね、お兄ちゃん」 ルーシエさんに手を引かれていくレナちゃんを見送り、俺は荷物の確認に戻るのであった。 「おう、ルクスさん。出発かい?」 必要な荷物が揃っている事を確認し、チェックアウトしようとロビーに着たら、 クラウスさんがリンゴジュースを飲みながらソファーに座っていた。 「ああ。とりあえずこの宿からはな。」 「この宿からは?てことはまだプロには残るのか?」 「そうなるかもしれんし、そうならないかもしんない。」 「?よくわからんが、プロに滞在するなら連絡先教えとけよ。」 「ああ、そのつもりだ。クラウスさんはノウンさんに剣を教えるんだったな。」 「ノウンさんとの約束だし、俺の望みでもあるからな。」 「成る程な。さてと、俺ももう行くわ。ノウンさんによろしく行っといてくれ。」 「ああ、伝えとくよ。」 クラウスさんに別れを告げ、フロントでチェックアウトの手続を済ませる。 そういえばノウンさんだけでなく如月さんにも会わなかったなあ。 そんな事を考えつつ、宿屋の外に出る。 本日の天気は晴れ、顔に当たる風が心地よい。 俺は清算広場のベンチに座り、空を眺めていた。 ゲームのROでもこの世界でも、ここの賑わいは変わらない。 「ルクスさん」 俺を呼ぶ声が聞こえる。空から声が聞こえた方にと顔を向ける。 「決心は付いたんだな、フリージア。」 「はい、私も冒険者ですから。」 「そうか、そうだったな。」 俺はベンチから腰を上げ、荷物を背負いなおす。 「じゃあ、いくか。」 「はいっ!」 ウェスタングレイスをかぶり直し、もう一度空を仰ぐ。 もう一度、この場所で同じ様に空を仰げると信じて。