目が覚めたら、全然知らない場所だった。  木目が模様の木造住宅。  質素な、と言えば響きは良いかもしれないけど実に何も無い。  机、クローゼット、ベッド。それだけ。  パソコンも無ければ、テレビも無い。誕生日に買ってもらったコンポもなくなっている。  というか、部屋の構造自体全く違う。  フローリング加工のされていない床はカーペットすら敷いてないし、壁紙も張っていない。カー テンも殺風景な白一色。今入っているベッドの布団も模様すらない白いもの。 「…拉致、されたとか?」  状況を判断できず、思わず声に出せばその声に首を捻る。なんか、自分じゃない声。少し低いよ うな気がするのは気のせいなのかな?  それにしてもここは何処なんだろう?  私は一体何処にいるんだろう?  そんな疑問を持って、ベッドから出て窓に向かう。  遮光度の低いカーテンは開けなくても外がどれだけ明るいかわかる。そのカーテンを手にし、窓 の外を見て、私の頭はショートした。  石畳の町、道の端に立っている街灯はまるでランプのよう。よく目にするコンクリートは全く無 い。  日本、じゃないよね。本でしか見たこと無いけど、ヨーロッパとかそんな街並み。  じゃあ私は寝ている間にこんな所に連れて来られたとでも言うんだろうか?  ……それだけでも不可能に近いのに、そんな事を一蹴するような町の人たちの格好が私の頭を更 に混乱の極地に向かわせている。  時代錯誤。うん、言うなれば、それ。さもなければ何かのイベントか何か。  まるで中世ヨーロッパの民族衣装、というかそんな服を着ている人たち。…本でしか見たこと無 いから詳しくはわかんないけど。  それになんだろう、あの髪の色は。黒髪、茶髪、金髪あと白髪。それまでは別に良い。赤、青、 紫、ピンクに緑まで。そんな色の髪なんて一体何処に存在しているんだろう。  道に車がいる様子もないし、道は石畳なのに細いわだちが出来ている。タイヤじゃあんな細いわ だちができっこない。 「どーなってんの?」  疑問符の浮かべる私は腕を組んで首を傾げる。そんな時だ、部屋の扉を叩く音が私の耳に入りこ んだ。 「ユーリ!もういい加減にしなさいよ!」 「えっ!?」  扉の向こうからいきなり発せられる高い女の人の声。  と、言うか。今なんて? 「アンタがいつまでも引き篭もってるから、駆り出されるアタシの身にもなって頂戴!」  ヒキコモリ?私が?え?何のこと?  いやいや、私、確かにオタ入ってるけど今まで怒られるほど引き篭もったことなんて無いよ? 「もう、いい加減開けなさいよ、ユーリ!!」 「『ゆーり』?」  違う名前だし。人違いじゃないの?  そんな混乱した頭のまま呆然と扉を見る私。  どれくらい経っただろうか、実際はそんなに経って無いと思うけど、扉の向こうの女の人は諦め たように扉から離れていく。  何が起こったというのだろう。部屋を間違えたとか、そんなベタな話じゃない、よね?  とりあえず、どうやら私は監禁されているわけじゃないらしい。  何も判らないのはどうにも気持ちが悪いので、わかる範囲調べてみようと私はクローゼットを開 いた。 「……流石にこの展開は想定外だわ」  吊るされていた服はどれも似通っているもの。一着取り出して見てみれば、どっかで見たことの ある服。うん、あれだ。ラグナのバードの服だ。  いわゆるブラウスとかスカートとかスーツとか、そういったものは無くって数着あるそれは殆ど がバードの服だった。 「どーなってんの?」  そのバードの服を引っ掴み、再び先ほどと同じ疑問の言葉を呟いてみた。  ……と、そう言えば…。  先ほどの女の人が言っていた『ユーリ』って名前、私が作ったバードと一緒の名前だ。  偶然、とでも言うのかな?  クローゼットを閉めようと手を伸ばして、私はそこで見た。クローゼットの扉の裏側、そこにあ る姿身の鏡を。 「………」  思考が止まる。  鏡の向こう、そこには見たことも無い男の子が呆然としたような顔でこちらを凝視していた。  手を挙げる。鏡の向こうの男の子も手を挙げる。  首を傾げる。鏡の向こうの男の子も首を傾げる。  私と同じ行動を、鏡の向こうの男の子も真似をする。  ………え?  ちょっと、まって?  と言うことは、と言うことは………っ!!!  慌てて確認した自分の胸。  明らかにまったいらな胸は、私が男の子になっている、という事実に他ならなかった。  ショックに打ちひしがれ、床に手を着きいわゆる_l ̄l○のポーズをとる私。  貧乳なのは知っているけど、男の子になるなんて想定外にもほどがある。  夢かと一瞬考えたけど、こんな現実味のある夢なんて見た事が無い。 「う、うふふふふ、冷静になろう?冷静になって考えよう?  うん、どうやら私は性転換を向かえ、いわゆる別の場所にいるわけよ?  ………。  ……………………。  冷静になどいられるかーーーっ!!!」  私は頭を抱えて叫んでいた。  どれくらい、そうしていただろう。  黙っていても事態は変化するわけでもないし。 「……仕方ない、か」  私は、開き直ることにした。 「とりあえず、着替えてみるかな。  はぁ、バードって男の子しかなれないから、仕方無いっちゃ、仕方ないよね」  着ていたパジャマらしきゆったりとした服を脱ぎ捨てて、クローゼットの服を取り出した。  着替えてみればアラ不思議。随分なじんでいるようで。  姿見の前で軽くポーズを取ってみる。  あ、うんうん、結構良い感じじゃない?  そこそこ顔も良いし、ちょっと女顔だけど、それもまた良し。 「後は楽器を持てば完璧だね」  部屋を見渡しても、楽器は置いてない。残念ながらギター片手に弾き語るポーズは取りようもな い。  残念だけど、まあとりあえずは満足した。いいじゃんいいじゃんこの金髪サラサラヘアー。昔脱 色したことあるけど、髪が痛んでごわごわしてて満足できなかったんだよね。これが生まれながら に金髪だった人の髪の毛かー。  おっといけない。自分の姿に見入ってる場合じゃないか。  とにかく状況を理解しない事にはどうしようもない。  私はそのまま机の方に向かっていった。  机の上には書き散らかしたように紙が散乱している。一つ手に取ればおたまじゃくしが並んでそ こにあり、多分これは楽譜なのだろう。  ほんとに吟遊詩人、だなあ。  その楽譜を一枚一枚手にとって見れば、その一つに酷く震えているおたまじゃくしがあった。線 も歪んでいて、インクの染みも酷い。 「何これ?」  まじまじとそれを見て、……その下に小さく「ごめんなさい」と書かれてあった。  『ごめんなさい』と書かれているそれ。明らかに平仮名じゃない。だけど読めた。 「日本語でも、英語でも無いよね?ハングル…なわけないか。なんで、わかるんだろ?」  無意識に理解するその文字に私の頭はすでに開き直りの極地に立っていた。  何でもありだ。うん、そうだ。実に、一向に、気にする必要は無いね☆  だけど、楽譜はいまいち良くわからない。  もともと音楽の成績はあまりよくないし、おたまじゃくしを読むことすら出来ない。  音楽の出来ないバード、かあ。  ある意味レアだ。おちこぼれとかそういうのを軽く凌駕している。  引き出しを開ければ裏返しになっている写真立てがあった。手に取り見てみれば二人の小さな男 の子。その顔を見て、私は数度瞬きをした。  どっかで見たような…。あどけなさを残し、よくわからないと言う顔をしている男の子の手を握 っている……多分、お兄ちゃんかな?は年の割には落ち着いた笑みを浮かべている。二人とも白い だぶっとした服を着ている、金髪の可愛い兄弟の写真だ。 「外人の子供ってかわいいよねえ」  的外れな感想を持ちつつも、写真を眺める。後ろには恐らく家。白い壁のその家の奥には大きく 立派な建物が階段の向こうに見えている。  何処か、など判るはずが無い。 「こういう写真を仕舞っておくって変だよね」  アルバムに入れているなら理解は出来るけど、写真立てにしっかり納まったそれを引き出しに入 れておくなど不自然さを醸し出していて。 「誰なんだろうなー。この子達」  写真にはそれ以外の情報はない。  仕方無しにそれを元の場所に戻そうとして…、その手を止めた。  せっかくだから飾っておこう。そう思い、机の一角を片付けてそこに置いた。  他の引き出しを開けても、ペンとか紙とかよくわからないものが入っていて、新たな情報を得る ことは叶わなかった。 「後は外だね」  私は扉の元に近寄る。内側からカギを掛けているらしく、それを外しがちゃとノブを回せばそこ には金髪ダイナマイトボディの美女が目の前にいた。  ダイナマイトボディ、と一瞬で理解できたのには理由がある。  彼女は恥ずかしげも無く、金色のスパンコールを編みこんだビキニ姿で立っていたのだから。  す、すごいぼんきゅっぼん。引き締まった肢体、すらりとした手足、大きなバスト。  うへー、外人の美女ってほんとにすごーい。  その美女は、一瞬驚いたように目を見開くと、次の瞬間にはその綺麗な顔を怒りのそれに変え、 いきなり私の胸倉を掴み上げていた。  な、何事ですかーーーっ!? 「ようやく出てきたわね、ユーリ」  据わった目線で私を見る美女。どうやら先ほど扉を叩いていた女性、のようだ。 「全くさんっざん人に心配掛けて」  心配してた割には、貴方の顔がとても怖い、です。 「覚悟はできてるんでしょうねぇ?」  な、何の覚悟でしょうか?  突然の事に頭の中はショートして、目を白黒させながら美女を見る。  美女は一向に掴んだ胸倉を離してくれない。 「だんまり決め込む気?何とか言ったらどうなのよ?」 「………え、えっと…」  どうやら『ユーリ』の知り合いらしい。だけど『私』はわからない。  『引き篭もり』『心配』『覚悟』、そして『ごめんなさい』の文字。  恐らく、『ユーリ』は何か失敗した。それも結構大きな事を。  ショートした頭の回路を無理やり接続させて、取るべき行動はただ一つ。  わけはさっぱりわからないけど、謝るしかないっ! 「す、すみません…」  おどおどと、目の前の美女の気迫に押されながら出た言葉は余りにも脆弱だ。 「すいません、で済むと思ってるのーーーーっ!!!?」  どうやら回答を間違って地雷を踏んだらしい。  ええーーー!?何やったの!?このバードは!?  半ば引き摺られるように、美女は私を連れて行く。ここは小さなアパートのようなところ。  扉を開けた先にはリビングの様なところがあって、テーブルの上にはパンやスープが置いてある。 「とっとと食べなさいよ!?アタシが作ってあげたんだからね!」  語気の荒い美女は私を椅子に座らせる。大分冷めているんだろう。器には温かさが名残しか残っ ていない。  このバードは、この美女とどういう関係なんだろう?  あ、そう言えばあの格好、ダンサー、じゃないかな?このバードの恋人? 「何じろじろ見てんのよ!?」  ……怒られた。  美女に睨まれながら、私は恐る恐るスープに手をつける。  ………塩味の薄い、淡白な味。中の具の大きさもまちまち。 「……何よ?」 「い、いやっ、別に」  顔には出してない。出してないはずだけど、美女に更に凄まれた。うう、こわいよぅ。 「悪かったわね!アタシはアンタみたいに料理は出来ないわよ!!文句ある!?」 「な、無いです……」  美女の睨みは私がそこにあるご飯を食べ終わるまで続いていた。……味、もうどうでも良いや。 視線が怖くてそれどころじゃないもん。 「じゃあ、出るわよ?」  食べ終わるまで黙って睨んでいた美女はがたんと席を立つ。その行動を私は首をかしげながら見 た。 「出るって…何処へ?」 「療養所よっ!!リトさんのところに決まってるじゃない!!!」 「………え?」 「『え?』じゃないわよ!!アンタ、リトさんに言う事あるでしょ!?」 「り、リト?」  聞き間違いじゃない。今、この美女は『リト』って言った。  『ユーリ』『リト』知らない名前じゃない。  呆然と私は美女を見上げて、そこで初めて気がついた。  彼女の腰布についているエンブレム。小さな鍵が描かれているそれ。  そして彼女の容姿、頭飾り。  ああ、このエンブレムは私が所属していたギルド『4畳半マイルーム』じゃないのだろうか?そ して目の前にいる美女はそのギルドのメンバーではないだろうか?  急激に確信する。  私は、どうやらラグナロクの世界に入り込んでしまったのだと。  こんなことって、ありえるのだろうか? 「……ユーリ?」 「……まさか、『アサカ』…?」 「ユー…リ?」  呆然と呟いた彼女の名前。その言葉に美女の表情は色をなくす。  たぶん、肯定……だと思う。  実用性の乏しい頭装備、ミスティックローズは町の中でのアサカのトレードマーク。見た目が好 きだからと言う理由で、溜まり場にはいつもそれをつけていた。  目の前の美女も、白い薔薇を模った髪飾りが留められている。  私のギルドのメンバーが目の前にいて、私もそのメンバーの一人で、じゃあアサカも私と同じよ うかといえば、そうではなくて。  訳が、わからない。 「……あ、アンタ…まさか…、『OS』……?」 「『あす』?」 「な、なんて、こと…。  そんな、嘘、でしょう?」  わなわなと震われた声に私はどう答えるべきなのか判らなかった。