『Otheres Syndrome』。他者認識症候群。  何の前触れも無く突然以前の記憶を失い、そこにまったく別の人格が生成される症状の名称。  当初、記憶喪失、または解離性同一性症候群―多重人格―と思われていたが、発症したそのどれ もが本来その人物では知り得ない事を知っていることから、その人物に他人が入り込んでいると言 った認識をされるようになった。  ただ、『Oteres Syndrome』略称『OS』の認知度は全くと言って良いほど無い。  それは『OS』に掛かる患者に共通点は全く無く、恐らく誰しもがその症状を内包しているもので あろうと言う見解が成されている。また、『OS』の治療方法が全く存在しない事により、国民に混 乱を呼ばないよう、規制している為。  そしてこれが最も重要な理由として、『OS』発症者は何故か国家機密を知っているものも多く、 他国への機密漏洩を危惧され現在特殊警戒態勢が成されている。 「今はまだ、国も『OS』に対し表立った取り締まりはしていないのだけど、少なくとも『OS』が発 露している者は、どこかかしかに監視の目があると思って良い」  リトは瞳を伏せながら、そう、締めくくった。 「国家機密って…」  話が余りにも飛んでいる。私はただラグナの世界に来ただけのオタな女の子だよ?それが特殊警 戒態勢だなんて…。 「そーだな」  ルカは私の顔を見て、腕を組む。 「リヒタルゼン、レッケンベルの地下に何があるか…。おめーは知ってるか?」 「え?  リヒタルゼンって…生体研究所でしょ?」 「………あー、そーだ。  そこに何があるか、知ってる範囲で隠さずに教えてくれや」  ルカは私から視線を逸らさないまま、そしてさっきから全く表情を変えないまま尋ねてくる。 「何って…、生体DOP…LKとAXとWSとスナとハイプリとハイウィズ、あとそれの1次職…いるよね」 「名前は?」 「転生職だけで良い?  セイレン=ウィンザー、エレメス=ガイル、ハワード=アルトアイゼン、セシル=ディモン、マーガ レッタ=ソリン、カトリーヌ=ケイロン」  リヒタルゼンの生体DOPは有名なMOBだし、私も生体には何度も狩りに行っている。だから名前も 属性も攻撃手段も把握している。  生体DOPの名前をそのまま告げれば、ルカはその目を細め、リトは青褪めた表情を私に向けてい た。 「それだ。  何で知ってる?もし、それが表立って公表されれば、レッケンベルは世界から抹消されるだろー な。  他にも、だ。  ベインスのトール火山の地下や、セスルムニルの聖域等、『OS』は知り得ない、知っちゃあいけ ねーことを知っている。  何故だ?」 「………あ…」  私は声をなくしていた。  狩りをする為、狩場に行く為、クエストをする為。  そのどこかかしかに必ずあるその内容。  『この事を知っているのは、自分だけ』  私がやっていたのはオンラインゲーム、他にも何人も何人もそのクエストをしているはずだ。  その都度、何度も心を痛めるNPCや……何度も、何度も死に至るNPCがいた。  そうだよ、ありえない。ここは、この世界はゲームじゃない。ラグナの世界に入った、と言うこ とはつまりは現実、と言うことになるんだ……! 「………それが『OS』が特殊警戒態勢を取らされる原因ってぇ奴だ」  ルカの表情から私は何も汲み取れない。さっきリトは「国は表立った取締りをしていない」とは 言っていたけど、表立ってないのなら秘密裏で何かされてしまうのか…?  ルカは…、リトは……私を、どうしてしまうのか? 「……あ…ぅ…」  言葉が詰まる。どうなるの?私は、どうなってしまうの?  沈黙が、あたりを満たす。じじ、とランプの炎が室内を揺らす。  重い沈黙。  それを破ったのは、ルカの、芝生の生えた笑い声だった。 「まwwwwなんとかなんだろwwwww」  リトもその口元に小さな笑みを浮かべている。 「ルカらしいね」 「え?え?え??」 「幸いwww上におめーが『OS』になったってwww気づかれてねwwwww  気にすんなwwwwww」  あ、あの、なに?どう言う意味?気にするなって、何を言っているの? 「安心して良いよ、僕達は君に危害は加えない。  僕は今はこんな為りだけど、君を守ることに力を注ぐつもりだよ」  優しいその顔。どうして?なんで? 「な、何言ってるの!?『ユーリ』はリトの弟でしょ!?  私は『ユーリ』を奪ったんだよ!?  なんで、何でそんな事言えるの!!?」  私は、リトに声を張り上げていた。なんでそんな事を言えるの?私は、他人なのに…! 「私は、私は……っ!!」  ぽろぽろ涙がこぼれた。みっともないくらい、二人の前で私は大泣きする。 「……僕は、ユーリの兄でいる自信が、無いんだ………」  呟かれたリトの懺悔。それは取り乱している私には聞こえなかった。 「いい加減wwもちつけwwww」  リトの病室を出て、ルカに促されるまま私は夜のプロンテラを歩いている。  芝生の生えたルカの声。 「……変だよ…、なんで?リトはユーリのお兄ちゃんでしょう?  なんで、あんなこと、言えるのよ……」  リトの顔を見れば判る。リトはユーリの事を気遣っている。兄弟仲が悪かったらあんな顔しない。 それなのに、それなのになんで…。 「出来の良いwww不器用な兄wwとw認めてもらいたいww不器用な弟wwwなんだよwwwあ いつらはwwww」 「……どういう、意味?」 「そだなwwwおめーに話してもwwいっかなww?」  ルカは星夜を仰ぐ。男らしいその横顔、……その口に出る芝生が無ければどきっとしたかもしれ ない。 「…何、を?」 「リトの入院してる理由wwwwww」 「理由…」  ハイプリーストであるリトが療養を余儀なくしている理由。不思議ではある。  私が理解しているリトは『純支援ハイプリースト』。ステータスはD>V>I。名無し実装前の今 で言えば旧仕様のハイプリースト。INTは低くてもメディタは10とってある。TUもMEも取ってない 支援に特化し、多少の前衛もこなせるよう私は育てていた。  もしそのステータスがそのままこの世界に適用されるのなら、リトがあんな状況になっているの は疑問だった。  さっき、アコさんにヒールを貰って、あの時受けた傷はもう痛みどころか引き攣ったところすら ない。アコさんのヒールであれなのだから、ハイプリのヒールはもっと性能が良いはずだ。 「まwww長くなるけどなwwwwww」 「長くなるなら……芝生生やさないでよ……」  私の突っ込みに、ルカは盛大に芝生を生やしていた。 「……重いなあ…」  ルカに促され、たどり着いたその家。  アサカに追い出された、ユーリの家。  アサカはいない。聞けばここはユーリとリトが住んでいた部屋。リトは任務や調査に出る事が多 く、滅多に家に帰らないから、実質住んでいるのはユーリだけだという。  道すがら、ルカにリトが入院している話を聞いた。  クエストで言えば、名無しクエスト。  大聖堂からの指示でベインス西、名も無き島へたどり着いたその場所で、リトは重症を負ったの だと言う。  負った理由を聞いて、私は呆然とルカの顔を見た。  大聖堂から命が下ったのはルカ。しかし、ルカ一人では厄介な内容の為、リトに同行を頼んだ。 その時、話を聞きとめたのかユーリが付いて行きたいと懇願し、二人はそのユーリの必至さに折れ たらしい。  ルカとリトは幾度の歴戦を駆り抜けた戦士であったから、多少の相手でも何とかなるそう思って いた。甘く見ていた、とその時ルカは悔しそうに唇を噛んでいた。  しかしその探索の途中、モンスターに不意打ちをくらい、襲われたユーリを庇いリトは怪我を負 う。死んでもおかしくないほどの大きな怪我だった。  プロンテラまで撤退し、その時偶然にも名立たるヒーラーであるハイプリーストの女性と居合わ せ、治療を受けたため大事に至ることは無かったのがせめてもの救いだった。  しかし、その原因を作ったユーリは自分を責め、部屋に閉じこもり、……そして、私が、ここに 来た。  ルカの言っていた「出来の良い兄とその弟」、ユーリは多分リトに自分の強さを認めてもらいた くて、焦っていたのかもしれない。だから、二人に無理を言ってついていったのだろう。…それが こんな結果になるなんて自分を恨んでも仕方ない。いっそ、消えてしまえれば…そう思ったかもし れない。  ふと目線を机に向けた。机の上に飾っている写真。どこかで見た顔、と思っていたその写真は多 分まだ子供のユーリとリトなんだろう。 「……お兄ちゃん、かあ」  年の割には落ち着いた、大人びた顔の写真のリト。出来の良い兄。優しい兄。そんな兄を持った 弟は何を思うだろう?…兄弟のいない私には、………わからない。  『Otheres Syndrome』。もしかしたら、成るべくして成ったのだろうか。ユーリがそれを望んで いたのだろうか。私には……わからない。  答えの出ない問題。ぐるぐると頭の中で駆けずり回って、私は深く息を吐いた。  いつの間にか眠っていたらしい。  ある音に私は目を覚ました。  コンコン、と窓が叩かれる音。 「………何……?」  寝ぼけた頭で音の元に顔を向ける。  叩く音は断続的に訪れて、その音に首を傾げる。室内の明りは消えていてとても暗い。深夜の闇 があたりを覆っている。  コンコン、コンコンコン。  叩く音は止まらない。こんな夜遅くになんなんだろう?  そう思い私は起き上がり窓の元へ歩き出して…、そこで気が付いた。  私の部屋は3階。窓にはベランダは無い。窓を叩く音は外から聞こえる。 「………っ!!?」  ありえない。まさか、まさかラグナの世界で心霊現象が起こるなんて…!  足は立ち竦み、目は窓に釘付け、どきんどきんと心臓は鳴っている。  嘘、マジで?こんな、こんな事ってあるの…!?  カーテンの生地は薄い。雲が切れ月が現れたのか、月明かりが窓に差し込む。  私は見てしまった。  窓の外に張り付く人影を!! 「…っ、……!!……、………!!!」  人はあまりに恐怖すると、声が出なくなるらしい。恐怖心もピークに達し、足はわなわな震えだ す。  なんで、こんな目に遭うのよ!?私が一体何をしたって言うのよっ!!!?  コンコン、コンコンコン…。  叩く音は続き、そして…。 「ユーリ殿〜いい加減開けて欲しいでござるよ〜〜」  情け無いその声が窓の外から聞こえてきた。 「……なんでっ、窓から…っ!!?」  カーテンを引けばそこにはザンバラ髪の男がいて、服装からするにアサシンクロスだとわかる。 「扉から来たら良いじゃない…っ!!」 「その手があったでござるか」  アサシンクロスは腕を組み、うんうんと頷いている。な、な、何なのこいつはっ!?  不審な目を向けて私はそのアサシンクロスを見ていた。窓はまだ開けていない、窓ガラス越しに 私達は話している。  良く見れば、そのアサシンクロスは命綱のようなものを腰に巻き、ロープで吊ったような姿勢で いる。…なんて泥棒みたいな奴……。 「それはともかく、開けて欲しいでござるよ。このままでは不審者みたいでござるから〜」  不審者みたい、じゃなく不審者そのものだ。そんな奴を部屋に入れるわけには行かない。 「正体のわからない人を入れるほど、お人よしじゃないもん」 「む〜、正体のわからないなんて、なんとご無体な。  ギルドのアイドルの拙者を忘れたでござるか?」  ……ギルドのアイドル…って……何を言ってるの、この人。  ………黒いザンバラ…エレメスヘアーのアサシンクロス……。  ………あ。 「……アルト?」 「おおーー、思い出してくれたでござるか!  ささ、その窓を開けてくだされ〜」  アルトだと思うアサシンクロスはニコニコ笑って窓をノックする。私は不思議な脱力感を感じ、 促されるまま窓を開けていた。  窓を開ければ、するりと部屋に入ってくるアサシンクロス。着地の音は全く無い。 「寒空の下、凍死するかと思ったでござるよ」 「凍死するほど寒くないじゃない」 「…それは気分と言うものでござる」  ござる言葉のアサシンクロス、アルトは窓を閉めながらそう言う。因みにロープはどうやったの か判らないけど、回収済みだ。 「……それにしても」  後ろを向いたままのアルトは呟く。 「やはりユーリ殿は『OS』でござったかぁ…」 「………」  アルトの言葉に私は身構える。 「いやいや、緊張しなくてもよかろう。  拙者もルカ殿から聞いているから気にする必要はござらんよ」  振り向いたアルトの顔は月明かりの逆光ではあるものの、笑っているように見えた。 「……なんの、用…?」  それでも私の警戒は続いたまま。 「いやいや。拙者、明日より所要がござって出かけねばならぬ。その前にユーリ殿に話を聞きたか ったのでござるよ」 「話……?」 「うむ。  先日調査対象人物の移動先の情報が入って、そちらに向かう前に、聞いておきたい事があり申し て」  アルトは言葉を切る。意味ありげにその口元を笑みの形にする。 「ユーリ殿の……いや、ユーリ殿の姿を借りているそなたに、教えてもらいたいことがござる」 「拙者が調査しているのは『OS』の情報。『OS』に掛かった者が何を考え、何をしようとするのか 調べているのでござる。  というのも今追っているものは、拙者の同業のアサシンなのでござるが、そのアサシン任務完了 の直後、失踪したのでござるよ。  まあ、拙者たちとてまっとうな職でないのであるから、人知れず処理されたり逃げ出す輩もいる のでござるがな、その者、少々事情が変わっておってな。  拙者てっきり、足を洗い、妻子とも健やかに暮らすものと思っていたのでござるが……、妻子を 置いて失踪したのでござるよ。おそらく『OS』患者なのであろう、と拙者みたでござる。  職が職であるから、場合によっては他の同業の手に掛かる恐れもあり、そのものの監視、拙者が 志願したものでござるが、さて、どう見るかと思った次第でござるよ。  そのことで、同じ『OS』患者であるユーリ殿に話を聞こうと思ったのでござる」  饒舌のアサシンクロスの言葉に、私は呆然と彼を見ていた。  アルトが監視するというのは私以外のラグナロクの世界に来てしまった人、なのだろう。でも、 それよりも…。 「そんなこと、私に話して良いの?  だって、アサシンって言ったら暗殺者でしょう?  人にそんな大事なことをばらしても平気なの?」  そう、アルトが行なう事は人知れず監視を行なう任務。それを私に話したりしたら、それは任務 を部外者に知らせることになる。アルトの立場は悪くなるものでしかない。 「ん?  ああ、拙者こう見えても人を見る目は達者でござるよ。そなたから邪な気は感じ取れぬからして 安心しているでござる。  ……それに、拙者はユーリ殿から包み隠さぬ話を聞きたいゆえ、拙者が隠し事をするわけにもい かぬでござろう?  ぎぶあんどていく、でござるよ」  アルトは私に茶目っ気を含ませたウィンクをしてみせる。ござる口調のアルトについつい私も顔 を綻ばせていた。 ======================================================================================== ※324様 設定をお借りしたこと大変申し訳ありません。 とりあえず、このアサシンクロスは隠密行動長けた空気のような存在なので無視しちゃっても構い ません。あくまでも情報収集の監視だけ、余計な事する相手を人知れず除斥するのが目的なので、 平穏なROライフをお楽しみくださいませ。 それでももし何かのネタで使えるのでしたら、どうぞ好きなように使ってください。