見えない火花を散らす商人と騎士、怯えた商人娘、緊張した面持ちの剣士、そして氷の如き冷たい顔をしたクルセ。 聴取が行われる部屋の居心地は、最悪だったに違いない。騎士エイミーは書記としてその場に居合わせたのだが、 これまた眉毛の一本も動かさない豪胆さを見せていた。 そう、俺はポニテの騎士に悟られてはいけなかった。ラグナとミーティアが、知り合いであることをな。 でも、勘のいい奴ならこの事実に気づいているかも知れない。ゆえに俺は、毒気たっぷりの冷酷な捜査官を演じる ことにした。こちらが北風役に徹すれば、ノウンだって太陽役が演じやすいだろうし。 さあ、始めよう。俺はテーブルについた皆を尊大に見渡すと、口火を切った。 ク「私はクラウスだ。今回の聴取を担当する。隣りの剣士はノウン。役目は同じだ。さあ、あなた方も順番に   名乗られよ。」 騎「私はモルドレッドという。心外だな、クラウス殿。そこの商人を取り調べれば、全て済むのではないか?」 ク「私の役目は、神のみが知り給う真実を暴くことだ。誠実な協力を期待する。」 冷やかに騎士の抗議を一蹴すると、俺はラグナへと顔を向けた。 ラ「ラグナだ。知りたいことは何でも聞いてくれ。」 こちらもモルドレッドへの皮肉たっぷりだな。自制すべき立場でなかったら、ニヤリとさせられてたかも知れない。 いよいよミーティアの番が来た。悪いな、ラグナ。でも先に全員の名前を尋ねないなんて、捜査官としてはいかにも ウカツだ。俺は、お前ほどミーティアを知らない。でも、分かるぞ。あの子は利発そうじゃないか。今回も、機転を 利かせてくれるさ。 ク「お嬢さん、貴女のお名前は?」 ミ「あ…う…。」 ク「よく聞き取れませんぞ。」 ミ「う、う…。」 ク「名乗られないのか。お嬢さん、貴女は、お立場をお分かりかな?非協力的な態度は、御身のためになりま   せんぞ。」 ミーティアはもう、声すら漏らさずに必死の表情で俺に訴えかけている。さらに畳みかけようとする俺をさえぎった のは、ノウンだった。 ノ「止さないか、クラウス!そのお嬢さんは、このたび大変な目に遭われたそうじゃないか。今から、あれこれ   嫌なことを思い出さなきゃいけないんだ。それだけでも辛いだろうに!」 ク「フン、それが本当にあったことならばな。」 今や俺は、ノウンだけじゃなくてラグナからも怒りの視線を浴びていた。いいぞ俺、この調子だ。 ノ「お嬢さん、大丈夫だ。言いたくないことは、何一つ言わないでいい。落ち着いたら、ゆっくり話を聞かせて下さい。」 ミーティアは力強くうなずいた。嬉しかったのだろう。ほんの一瞬、表情に明るさが帰って来ていたような気がする。 気のせいかな?こちらに向き直った時には、また元の怯えた顔に戻っていた。ああ、本当にイヤな任務だぜ。 俺、ミーティアに嫌われちまうのかな…。そんな憂鬱も、顔に出すわけにはいかない。騎士団の人手不足を恨むべき か?チクショウ、魔王モロクめ!厄介な時に甦ってくれたもんだ。 だが、こっちが落ち込んでいてどうする。泣きたいのはむしろ、言われなく疑われているこの中の誰かだろう。 気を取り直して、俺は先へ進むことにした。 ク「エイミー殿、今いちど、確認したい。そもそもなぜ、我々はここにいるのかを。」 エ「はい。今までの情報によれば、そのお嬢さんはラグナ殿に暴行を受け、連れ回されたとのことです。これまでも   奴隷のように扱われていたとか。その事実が兄のモルドレッドに露見しないように、二人の面会を暴力的に妨害   しようとしたそうです。」 ク「ふむ、お嬢さんはモルドレッド殿の妹御ですか。それでは、罪に問われたるラグナ殿を拘束し、通報したのは   モルドレッド殿ご自身か?」 モ「その通り。なのに、私と妹を取り調べるとは何ごとだ。」 ノ「申し訳ないが、それが私とクラウスの役目ならば。エイミー殿、ラグナ殿の罪状を申告したのは、モルドレッド   殿の妹御自身でしたな?」 エ「間違いありません、ノウン殿。」 ここで俺は、思い切り眉間にシワを寄せて、さも困惑したようにラグナに目を向けた。それはさぞ白々しい光景 だっただろう。 ク「むう、困りましたな…。ラグナ殿、こうまでハッキリしていては、貴方のお立場もそうとう悪いですぞ。   どうです。今、罪を認められるのなら減刑も不可能では…。」 ラ「クラウス!」 鋭いラグナの叫びが、俺に最後まで言わせなかった。その目は怒りに燃えている。それでも静かに、ラグナは問い かけてきた。 ラ「クラウス殿、貴方も騎士の端くれとして、身内をかばうおつもりか?」 すかさずノウンが飛び込んで来る。 ノ「答えを急ぎ過ぎだぞ、クラウス!ラグナ殿の話も聞かないでどうする。お嬢さんからも、できる限り証言して   もらわなきゃ駄目だろ。」 じろり、と意地悪な視線をミーティアに向け、こちらもあくまで横柄だ。 ク「フン、名乗ることもできないお嬢さんから、聞き出せる事実などあるのかな?」 可哀想なミーティアは、首をすくめている。 ノ「もちろんさ。じゃあ今度は、ラグナ殿のお話を聞かせて下さい。」 ノウンはラグナに向き直ると、優しげに声をかけた。