商人ラグナC クラウス、Sになりきれず 「みー坊全面支持。それ以外言うこと無ぇ」 「はァ!?」  俺の一言にその場にいた全員がいっせいに驚き、各々が様々な反応を返してきた。  ポニテ騎士…名前はどうでもいい。こいつは腕を組んだまま目を丸くし、目の前のノウンは慣れない仕事にずっと緊張していたのか、思考停止してしまったようだ。 「おいコラちょっとマテ!? 今何でも聞けって言わなかったか!?」  いち早く尋問モードに復帰したクラウスが噛み付いてくる。 「だから言ったぞ。俺から言えることは無い」 「これでは話になりませんなぁクラウス殿( ̄ー ̄)」  余裕の笑みを浮かべ、勝ち誇ったかのようにポニテ騎士が言う。 「そこの商人が罪を認めたのと一緒ですなあいやあこれは愉快愉快へそでお湯が沸かせますよわっはっは」 「今聞いているのはラグナ殿だ。モル…殿は黙っていてもらおう」  睨みつけられたポニテ騎士は肩を竦めて見せるが、その表情は変わらない。  自身の勝利を確信しているに違いない。抜かりなく次の手を探しているのかもしれないが、そんなのは知ったことじゃない。 「貴公が正直に言わなければ事件の解決にもならぬ!」  フリーズしたノウンに代わり、クラウスが声を荒げた。 「なら、この調べ方じゃダメだな。何にもわかってねえ」  事件解決の為の取調べなら、加害者と被害者を同席させては基本ダメだろう。  片方は「こいつがやった」、もう片方は「私はやってません」。これではいつまで経っても平行線で話が進まない。  これが何のことは無い話し合いなら別だが。 「いいだろう。部屋を借りるぞエイミー殿」 「え、あ、はい」 「ノウンも来てくれ。あとそこのポニ男! 見ないうちに何かやらかしたらただじゃ置かないからな!」  顔を真っ赤にしたままのクラウスは、俺とノウンの腕を引っ張って廊下へと飛び出した。 「こっ、ここならいいだろう…!?」  寄宿舎の一番奥の部屋まで歩き、入るのと同時に後ろ手で鍵をかけたクラウスが呟いた。 「うむ、上出来だ」  誰の部屋かはわからないが汚い部屋。だがここなら盗聴も盗撮もされることは無い。ナイトだけに無いと思いたい。 「教えてくれラグナ。お前が黙秘ってどういうことだ?」  訊いてきたクラウスの脛当てを、俺は問いに答えず蹴りつけた。 「―――――――――ッ!」 「被害者ビビらすとかアホだろお前」  声にならない悲鳴を上げ、脛当てをさするクラウスに言ってやる。 「ち、違う! それはだな…」 「どうせ、『俺は厳しく尋問するからノウンは優しく〜』なんてやろうとしたんだろ」  片方は厳しく、もう片方は優しいというイメージを与え、どちらに真実を語るかを選ばせる。手段としては悪くないかもしれない。 「悪いが、全然ダメだ。どれくらいダメかって? ROプレイヤーがハイブリッド課金に文句言いながら戦闘教範50を20個まとめ買いするくらいダメだ」 「な、何を言ってるんだ?」 「お前ら、何で俺らがこんなことになってるかを声に出して言ってみろ」 「えっと、僕らが聞いたのはラグナさんとミーティアとあの騎士の3人の間でトラブルがあったっていう事くらいで…」  ようやく再起動したノウンが、騎士団から受けた説明をそのまま口にする。  やっぱり、こいつらはわかってない。それまでに至った経緯を知らず、結果しか見ていない。 「それしか説明されてないのに、何の疑問もないのか?」 「えっと…」  それ以外に何の疑問があるのか。そう言いたげな表情でノウンが見つめ返してくる。  いちいち説明するのは面倒だったが騎士団の、特にヤツの思い通りになるのは気に食わない。  同じ「向こう」から来た人間同士だからこそ分かって欲しいことがあるんですよ。 「聞くぞ。何であの騎士は自分が不利な状況で騎士団に通報したんだ? 答えられるかクラウス」  「あー、自分がやってる事に間違いなんてないって確信してたから?」  涙目のクラウスが答えてきた。確かに、普通ならそう考えるだろう。 「もう会えないと思っていた妹との感動の再会を妹の彼氏が邪魔してきたわけだが、それだけで通報するか?」 「え?」 「例え武装していたとしても、騎士VS商人なら結果は明らかだ。Pvでバーサーク状態のAGIロードナイト倒した廃商人の話は聞いた事あるけどな」  悪いが、今の俺はそこまで強くない。 「大体、生き別れて名前も知らない妹をこの大都会プロンテラで簡単に見つけられるか? 問答無用でいきなり宿に連れ込むか? あいつ、妹の名前一言でも言ったか!?」 「あー…」  矛盾点に気づいた二人が、間の抜けた声を上げる。  話を理解しているものとして、俺は最も重要な部分をそのまま言ってやった。 「間に入られたぐらいでファビョって通報するほどの間抜けが、あんなに余裕でいられる理由が分かるか?」 「それこそ、自分がやってる事に間違いなんてないって確信してたからじゃないか?」 「残念だが違う。俺も最初はそう思ったから最初はいろいろ反論したが、間違いだった」  事実さえ列挙すれば何とかなるという次元じゃなかったんだ。 「ど、どういうことなんだ? まさか騎士団があいつに味方してると……!?」 「あくまで公平に判断するって宣言した以上、表向きにそれはない」 「表向きには?」  ノウンとクラウスが交互にたずねてくる。教える立場ってのはやっぱり疲れるな。 「例えば、『どっちが悪いか白黒つける』じゃなく『悪い奴なんていなかった事にする』としたらどうする」 「えっと、仲介人を立ててお互いに妥協できる点を……あ!」  判断する騎士団側が被害者と加害者を同席させている。この時点でおかしいと気付くべきだったんだ。 「ノウン、何か分かったのか?」 「ここは騎士団で、あの人も騎士。同じ騎士が罪を犯すのは許せないけど、間違いならすこしでも助けてあげたいって思うはず」 「えーと、つまり?」  その答えは俺が言う。 「騎士団は俺達三人を『和解』させようとしている。そして、アイツは最初からこれを狙って通報したんだ」 「な、なんだってーー!?」  目を丸くし、飛び上がるクラウス。別にそこまで驚かなくても。 「って、それの何がおかしいんだ? いいじゃないか、平和的で」 「クラウス、ここは日本じゃないんだよ。街の外じゃあ何が起こっておかしくない」  現実世界でも治安の行き届かない場所なら、麻薬取引から人身売買に不法武器の密輸入と、それはもう何でもありな無法地帯が広がっている。 「この場を丸く収めても、油断できないって事だよね?」 「あの神聖様、頭の回転の速さには驚きだぜ」  自らの欲望に使わなければ、良い騎士になれるはずなんだが。 「ええっと、よくわからないんだが…」 「一番デカい奴がどこまで平和ボケしてんだよ。その腰にあるのは何だ。大切な人を守る為の刃? 平和の為に振るう力? 笑わせんなよ。そいつは人を最も効率よく殺す為に改良された武器だろうが」 「う」  あまり厳しく言ったつもりは無かったが、クラウスの表情が強張った。いや、引きつったと言ったほうがいいか。 「さっきも言ったが商人対騎士。向こうが圧倒的有利。仮に奴が凄腕の剣豪だったとして、本気で殺しにかかって俺がどれだけ耐えれる? その場にみー坊がいて、間に飛び込んできたらどうなる? 一瞬でも判断を間違えば誰が傷つくかまで考えたか?」 「さ、さすがに考えすぎじゃないかな…」 「日本とは勝手が違うんだ。常に最悪一歩手前を考えろ」 「なんで一歩手前?」  最悪の状況だと死ぬしかない。だから一歩手前。 「俺は浅はかだ……そこまで考えられなかった……ああ……」 「改めて聞くけど、どうして黙秘するの?」  なにやら落ち込んでしまったクラウスに代わり、ノウンがそう切り出した。 「簡単だ。今の三つ巴状態を壊す」 「ラグナさんが黙秘するのはいいとしても、ミーティアさんは怯えちゃって何も言いそうにないよ」 「それについては全面的にこいつが悪い」  俺に指差され、青ざめるクラウス。さっきは赤くて今は青い。こいつは信号機か。 「俺が何も言わなければ、みー坊と騎士の論争になる。「みー坊=騎士の妹」という式が成り立たない事を証明できるのは本人だけだ」 「黙ってるのは、あの騎士が本当にお兄さんだからっていう発想はない?」  その可能性もあるが、身の上話を一度でも聞いているからこそ言える。 「無しだ。あいつ自分の家も親も知らんし」 「え…」 「要はみー坊に直接ポニテ騎士を問いただせる流れにすればいいんだ」  余計なことを聞きだされる前にと、俺は言い続ける。 「おなじ部屋にいるから「こう言ってますがどうなんです?」とか話を中断する必要は無い。みー坊にガンガン言わせてやれ」 「でも、あんな状態じゃあとても…」 「だから、みー坊が自分から言い出すように仕向けりゃいいんだ。騎士の意見を最大限に尊重するとかな」  結局は嘘で塗り固められた作り話だ。他人にとっては頑丈でも、話の登場人物にとっては砂の城よりも脆いはず。 「彼女が騎士に論破されたらどうするの?」 「そこでフォローするといい。ていうか、口喧嘩でみー坊に勝てる奴がいたら教えてくれ」 「で、結局黙秘貫かれたわけですか。ざまぁwwwwwwwwwwwww」  部屋に戻り、俺から何も得られなかった事をすぐに察したポニテ騎士が大声で笑い出した。  癪に障るがどうでもいい。お前の嘘はもうすぐ崩壊する。 「それじゃあ、改めて聞きましょう。お嬢さん、お名前は?」  台本を感情もなく棒読みするかのようにノウンがミーティアに尋ねる。  顔見知りとはいえゴツいクルセに暴行犯、若い剣士と知らない男だらけ。竦みあがるのはごく当然。 「えと…」 「うーん。モルドレッドさんの証言しか無い以上、それを認めるしかありませんね」  ミーティアが何か言いかけたのを無視し、ノウンは淡々とポニテ騎士の証言を読み始めた。 「貴女は彼の妹で、こっちのラグナから口に出せないほどの暴行を受けて(中略)その露見を防ぐ為に彼が部屋に侵入し……」 「え、えと」 「こちらの二方からの反論はなし。よって、モルドレッド氏の証言からラグナ氏の過去数回の暴行と誘拐拉致の容疑で…」  ポニテ騎士の表情が喜びからか、異様に醜い笑みに変わっていく。自身の意向がすべて受け入れられる事がよほど嬉しいんだろうか。  いつもいいタイミングで妨害して場をさらに混沌の渦へと巻き込むクラウスが、今日はやけに大人しい。何か悪いものでも食べたのか、場の空気を読んでいるのかは確認しようがない。そんな暇はない。  だって、今から面白い舞台が始まるんだぜ。 「待ってくださいっ!」  さっきまで周囲に怯え、竦みあがっていたミーティアが大声を上げた。 「わたしの名前を聞かせてくれますか? モルドレッドさんの妹さんは何て言うんですか!?」 「えっと、それはキミ本人が言うことであってね…?」  あくまで「優しく」をコンセプトに、ノウンが宥めるように声をかけた。 「わたしの名前知ってるんですよね? 別にわたしじゃなくても、ラグナさんでもモルドレッドさんが言ってもいいんですよね?」 「え、ええ……まあ」  こちらに目配せをし、口の端だけで笑みを作るノウン。うん、これでいい。 「そ、それは……っ」  突然の、予想外の行動にポニテ騎士は言葉を詰まらせていた。終始怯えきったまま終わると思ったんだろうが、一度スイッチの入ったミーティアはなかなか止まらないぜ。 「名前も知らない妹さんをどうして知ってるんですか? 知ってるんなら名前を教えてください。言えないわけないですよね!? 言えないんですか? 分からないのにわたしが妹だってわかったんですか? 妹さんの証拠がどこにあるんですか? 髪型なんて理由になりませんよ? 恥ずかしいところにほくろがある? じゃあ今ここで脱いで確認しますか? 今から考えるからちょっと待ってろですか? いいですよ? ちゃんとここにいいる全員を納得させる嘘をつけるならどうぞ」  一気にまくしたて、大きく深呼吸した彼女は告げた。いつもの調子で、やわらかく。 「ラグナさんを騙せても、わたしは騙せませんから」